「どうしたのです?つるぎ」
ハッとして顔を上げると、写経を終えた主が怪訝そうに庵の縁側から
こちらを見て居た。
「いえ、謙信様。何でもございません」
慌ててかすがは取り繕う。
「そんなに濡れては風邪を引きますよ。こちらへ来なさい」
そう言うと謙信は戸を開けたまま中に引き返した。
雨に濡れた身体を軒先まで怖々運ぶと、丸火鉢に置かれた銅壺から白い湯気が
しゅんしゅんと音を立てて勢い良く上がっている。
「ふふ……本当は般若湯があれば良かったのですが」
にこやかに言う主につられてかすがもはにかむ。今日の主は明るく、かすがは安堵した。
白湯を淹れた質素な湯呑が縁側に置かれる。
「お飲みなさい。女人が身体を冷すのは良く無い」
静かだが有無を言わせない主らしい口調で謙信は言った。
かすがは一瞬断ろうか迷ったが、主手ずから淹れた白湯を固辞するのも反って悪い気がする。
「はい」
恐縮しながら手に取ると、冷えた掌に湯呑の温かさが心地良い。
息を小さく吹き掛けてから湯に口を付けたが、予想以上の熱さに思わず顔を顰めた。
その様子を見ていた謙信がクスっと笑って懐かし気に言った。
「似て居る」
一体誰に――?
かすがの胸の裡に巣くう不安が鎌首を擡げる。
(やはりそうだ。謙信様の中に私の知らない女がいる……!)
疑いは確信に変わった。
その瞬間、温かい湯呑の感触や熱かった白湯が一気に冷えた様にかすがは感じた。
ハッとして顔を上げると、写経を終えた主が怪訝そうに庵の縁側から
こちらを見て居た。
「いえ、謙信様。何でもございません」
慌ててかすがは取り繕う。
「そんなに濡れては風邪を引きますよ。こちらへ来なさい」
そう言うと謙信は戸を開けたまま中に引き返した。
雨に濡れた身体を軒先まで怖々運ぶと、丸火鉢に置かれた銅壺から白い湯気が
しゅんしゅんと音を立てて勢い良く上がっている。
「ふふ……本当は般若湯があれば良かったのですが」
にこやかに言う主につられてかすがもはにかむ。今日の主は明るく、かすがは安堵した。
白湯を淹れた質素な湯呑が縁側に置かれる。
「お飲みなさい。女人が身体を冷すのは良く無い」
静かだが有無を言わせない主らしい口調で謙信は言った。
かすがは一瞬断ろうか迷ったが、主手ずから淹れた白湯を固辞するのも反って悪い気がする。
「はい」
恐縮しながら手に取ると、冷えた掌に湯呑の温かさが心地良い。
息を小さく吹き掛けてから湯に口を付けたが、予想以上の熱さに思わず顔を顰めた。
その様子を見ていた謙信がクスっと笑って懐かし気に言った。
「似て居る」
一体誰に――?
かすがの胸の裡に巣くう不安が鎌首を擡げる。
(やはりそうだ。謙信様の中に私の知らない女がいる……!)
疑いは確信に変わった。
その瞬間、温かい湯呑の感触や熱かった白湯が一気に冷えた様にかすがは感じた。