縁側に座っていたまつは、赤子の声を聞いた気がしてあたりを見渡した。
ぽかぽかと気持ちのいい陽射しがそそぐ、春のことである。
目の前には春を喜ぶ草木でにぎわった、ささやかな庭があった。桜花の咲き乱れる
樹の下で、白い犬が遊び疲れて眠っている。陽の光に純白の毛皮をあずけて、
まるで太陽の申し子のような、陽気でポアッとした表情を浮かべていた。
――まるで犬千代さまみたい。
微笑んだまつの耳に、また赤子の声が聞こえてきた。
その声がどうやら縁の下から聞こえているらしきことに気づき、まつは着物の裾を
軽くさばいて庭に下りた。
かがんで下を覗き込めばなるほど、愛らしい赤子が母親を恋しがって泣いている。
まつは歓声をあげた。
「まあ、子猫……!」
縁の下には手のひらに納まるほど小さな猫の子が数匹、丸く固まっている。猫の
声を人間の赤子のそれと聞き違えたのだった。
鼻にかかった高い声で鳴く子猫の白い体に別の子猫がのしかかって、それもまた
みゅうみゅうと恋しげに鳴いている。三毛まじりの子、淡い褐色のトラと、まるで
ひとつの毛玉のようになって寄りそい合っていた。
――かわいい。
母性本能をくすぐられ、まつはあどけない子猫に愛おしさを込めた柔らかな笑顔を
向けた。
ぽかぽかと気持ちのいい陽射しがそそぐ、春のことである。
目の前には春を喜ぶ草木でにぎわった、ささやかな庭があった。桜花の咲き乱れる
樹の下で、白い犬が遊び疲れて眠っている。陽の光に純白の毛皮をあずけて、
まるで太陽の申し子のような、陽気でポアッとした表情を浮かべていた。
――まるで犬千代さまみたい。
微笑んだまつの耳に、また赤子の声が聞こえてきた。
その声がどうやら縁の下から聞こえているらしきことに気づき、まつは着物の裾を
軽くさばいて庭に下りた。
かがんで下を覗き込めばなるほど、愛らしい赤子が母親を恋しがって泣いている。
まつは歓声をあげた。
「まあ、子猫……!」
縁の下には手のひらに納まるほど小さな猫の子が数匹、丸く固まっている。猫の
声を人間の赤子のそれと聞き違えたのだった。
鼻にかかった高い声で鳴く子猫の白い体に別の子猫がのしかかって、それもまた
みゅうみゅうと恋しげに鳴いている。三毛まじりの子、淡い褐色のトラと、まるで
ひとつの毛玉のようになって寄りそい合っていた。
――かわいい。
母性本能をくすぐられ、まつはあどけない子猫に愛おしさを込めた柔らかな笑顔を
向けた。
だから、まつの夫である前田利家が帰宅したとたん、
「聞いてくださりませ、犬千代さま」
と、いつになくはしゃいでいたのも当然のことだった。
まつの頭の中は猫の子のことでいっぱいだった。
あの時の暖かな感情を、暖かいまま利家に伝えたいと首を長くして待っていたほどだった。
いかに子猫がかわいいのか、愛らしい声で母を呼ぶのか、また、帰ってきた母親が
子らにどれだけ優しい声音で答えたかを。
「犬千代さま、実は今日――」
「め、めしー」
利家は腹をおさえながら、ひどく弱々しい声で言った。
「……――」
利家に向かって駆け出していたまつの足がつんのめる。
「し、死ぬ……」
実際、利家の腹具合はかなり深刻な事態のようだった。目はうつろで、空腹のために
指先までガクガクとふるえている。腹の虫の低いうなり声が、その切実さを雄弁に
物語っていた。
腹をおさえた前傾姿勢のまま、利家はまつの脇をよろよろしながら通り抜けていった。
利家が、今日は砦の守りを固めるために手始めに櫓を建てる、と出かけに言っていたのを
思い出す。
一緒に出かけた甥・前田慶次の姿が見えないのは、おそらくさぼって逃げたからだろう。
だとしたら、余計に――、
「まつー、めしー」
過酷な肉体労働である。
「……めしー!」
よほど大変だったのだろう。
「まつー?」
持たせた愛妻弁当では足りないくらいに。
「まつ、聞こえてるのかー? うう……」
「聞こえておりまする!」
チンチンと箸を鳴らす無作法な音が、まつの耳に障った。
利家×まつ2
「聞いてくださりませ、犬千代さま」
と、いつになくはしゃいでいたのも当然のことだった。
まつの頭の中は猫の子のことでいっぱいだった。
あの時の暖かな感情を、暖かいまま利家に伝えたいと首を長くして待っていたほどだった。
いかに子猫がかわいいのか、愛らしい声で母を呼ぶのか、また、帰ってきた母親が
子らにどれだけ優しい声音で答えたかを。
「犬千代さま、実は今日――」
「め、めしー」
利家は腹をおさえながら、ひどく弱々しい声で言った。
「……――」
利家に向かって駆け出していたまつの足がつんのめる。
「し、死ぬ……」
実際、利家の腹具合はかなり深刻な事態のようだった。目はうつろで、空腹のために
指先までガクガクとふるえている。腹の虫の低いうなり声が、その切実さを雄弁に
物語っていた。
腹をおさえた前傾姿勢のまま、利家はまつの脇をよろよろしながら通り抜けていった。
利家が、今日は砦の守りを固めるために手始めに櫓を建てる、と出かけに言っていたのを
思い出す。
一緒に出かけた甥・前田慶次の姿が見えないのは、おそらくさぼって逃げたからだろう。
だとしたら、余計に――、
「まつー、めしー」
過酷な肉体労働である。
「……めしー!」
よほど大変だったのだろう。
「まつー?」
持たせた愛妻弁当では足りないくらいに。
「まつ、聞こえてるのかー? うう……」
「聞こえておりまする!」
チンチンと箸を鳴らす無作法な音が、まつの耳に障った。
利家×まつ2




