両軍が固唾を呑んで見守る中、ついに元親が膝をついた。
同時に元就もよろける。荒い息をつき、千切れた肩当てをむしりとった元就の白磁の頬には、幾本かの血筋が流れていた。
ちょっともったいないことしたなあとぼんやり思いながら、何気なくその首元を見た、元親の目線が止まった。
何の飾り気もない、崩れた襟からひっそりと覗いていたのは、異国渡りの細工を施された、見事な銀の首飾りだった。
同時に元就もよろける。荒い息をつき、千切れた肩当てをむしりとった元就の白磁の頬には、幾本かの血筋が流れていた。
ちょっともったいないことしたなあとぼんやり思いながら、何気なくその首元を見た、元親の目線が止まった。
何の飾り気もない、崩れた襟からひっそりと覗いていたのは、異国渡りの細工を施された、見事な銀の首飾りだった。
その瞬間、元親の頭から、自分の立場も家の事情も、外交も戦略も変な見得もすべてが吹っ飛んだ。
折れた槍を突き立て、それを杖代わりに無理やり身を起こす。
毛利の船団からどよめきが上がった。
はっとして元就が、欠けた輪刀を構えなおす。軋むあばらの痛みに耐えながら立ち上がった元親に、長曾我部の一群から歓声が上がった。
「……元就ぃ!」
切れ長の目がこちらを睨む。まさか自分が立てるとは思っていなかったのだろう。
その目の内に浮かんだ動揺が、何故だかひどく愛しくなる。
血泡を吐き捨て、息を吸い込む。それから元親は、海も裂けよと大音声を張り上げた。
「俺んところに嫁にこい!」
毛利の船団からどよめきが上がった。
はっとして元就が、欠けた輪刀を構えなおす。軋むあばらの痛みに耐えながら立ち上がった元親に、長曾我部の一群から歓声が上がった。
「……元就ぃ!」
切れ長の目がこちらを睨む。まさか自分が立てるとは思っていなかったのだろう。
その目の内に浮かんだ動揺が、何故だかひどく愛しくなる。
血泡を吐き捨て、息を吸い込む。それから元親は、海も裂けよと大音声を張り上げた。
「俺んところに嫁にこい!」
長曾我部軍の兵士、乙さん(21)は語る。
「そのとき俺たちは、罠で吹っ飛ばされて頭をぶつけすぎたせいで、兄貴はおかしくなっちまったんだと思いました」
「そのとき俺たちは、罠で吹っ飛ばされて頭をぶつけすぎたせいで、兄貴はおかしくなっちまったんだと思いました」
海の彼方に、日輪が姿を現した。
凪いだ海が、静まり返った神殿が、一瞬で金色に染まる。
朝の風が元就の短い髪をかきあげ、その顔を光の下にさらけ出した。
そして元親は確かに見た。昇る太陽よりも鮮やかに、その顔が耳まで赤く染まるのを。
変化は一瞬だった。
すぐもとの白さを取り戻し、氷のように済ました美貌が、嘲るように元親を睨む。
「……なにを、馬鹿なことを」
輪刀が床に落ちた。よろよろと繊手を振り上げ、血豆の浮かんだそれで元親を指差すと、日輪よご照覧あれといわんばかりに、元就も叫んだ。
「貴様が我の、婿になるのだ!」
凪いだ海が、静まり返った神殿が、一瞬で金色に染まる。
朝の風が元就の短い髪をかきあげ、その顔を光の下にさらけ出した。
そして元親は確かに見た。昇る太陽よりも鮮やかに、その顔が耳まで赤く染まるのを。
変化は一瞬だった。
すぐもとの白さを取り戻し、氷のように済ました美貌が、嘲るように元親を睨む。
「……なにを、馬鹿なことを」
輪刀が床に落ちた。よろよろと繊手を振り上げ、血豆の浮かんだそれで元親を指差すと、日輪よご照覧あれといわんばかりに、元就も叫んだ。
「貴様が我の、婿になるのだ!」
毛利軍の将、甲さん(45)は語る。
「幼いころからおそばに仕えておりますが、あんなにとち狂った元就様を見たのは、あれが初めてのことでした」
「幼いころからおそばに仕えておりますが、あんなにとち狂った元就様を見たのは、あれが初めてのことでした」
両国のみならず、近隣諸国を大混乱の渦に巻き込んだこの騒ぎは、結局、長曾我部、毛利の同盟と、それによる両家での実質的な西国平定にて、幕を閉じる。
あの時、どうして厳島で戦おうなんて思ったんだ?と、元親はのちに妻に聞いてみたことがある。
あれは軍略としても、正直まったく意味のないことだった。
ぶっちゃけ、お互いの趣味を持ち出して、ぶつけあっただけだ。
元就が常々嫌っていた『無駄遣い』以外のなにものでもない。
だがあの邂逅がなければ、おそらく自分たちがこうなることはなかっただろう。
不思議そうに良人を見た、切れ長の目が細められた。それはだから、と呟いた口が、
はたと閉じた。
口を閉じたまま目線を逸らし、しばらく黙り込んでから、元就は実に不愉快そうに横を向いた。
「……我は、知らぬ」
氷の美貌の陰から覗く、ふてくされた色がなんとも愛しい。
やはりこいつは面白い女だと、しみじみ思う。
貴様はどう思う、と探るように聞かれて、お前にわかんねえことが俺にわかるかよ、と
元親は笑った。
あれは軍略としても、正直まったく意味のないことだった。
ぶっちゃけ、お互いの趣味を持ち出して、ぶつけあっただけだ。
元就が常々嫌っていた『無駄遣い』以外のなにものでもない。
だがあの邂逅がなければ、おそらく自分たちがこうなることはなかっただろう。
不思議そうに良人を見た、切れ長の目が細められた。それはだから、と呟いた口が、
はたと閉じた。
口を閉じたまま目線を逸らし、しばらく黙り込んでから、元就は実に不愉快そうに横を向いた。
「……我は、知らぬ」
氷の美貌の陰から覗く、ふてくされた色がなんとも愛しい。
やはりこいつは面白い女だと、しみじみ思う。
貴様はどう思う、と探るように聞かれて、お前にわかんねえことが俺にわかるかよ、と
元親は笑った。




