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月下の庭、初代七賢はかく語りき

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cielenica

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遠い惑星(ほし)には、月という衛星があると云われている。
その衛星は太陽のように自ら輝くことはしないが、太陽の光を照り返すことで、星の見えない夜闇さえ静かに包み込むのだという。
惑星アスガードに月というものはない。あるのは太陽、恒星レアの加護のみだ。
十数世紀ほどの前も昔、この惑星と交流のあった惑星には、二つの月がくるくると廻っていたとは聞く。未来に生まれた自分にはその情景を想像するしかないが、もし今の、星々の命瞬くこの夜に月というものが坐すというのなら……
それはなんとも、神秘的な演出に違いないのだろう。

自分が生まれた頃、すでに故郷は人類の絶滅という末路へ、緩やかに歩を進めていた。
始まりがなんであったか。その詳細は様々だが、共通するのは「母を怒らせた」こと。アスガードをアスガードたらしめる、惑星の中核と呼ぶべき神格が、地表に闊歩する人類をお気に召さなかったという話だ。
じわじわと増えていく魔物の数。日に日に荒れていく環境。精霊は少しずつ消耗していき、レアの加護も弱く届かなくなっていく。
それが数百年も続いてしまえば、やがて「終わる」ことに何の疑問も抱かなくなる。
神様が怒っている。思いあがってきた自分たちへの、神様からの慈悲(ばつ)だ。自分たちに抗うすべはどこにもないのだ、と。
ごく当たり前な正常化バイアスを働かせて、知恵をやりくりしながら人々は明日を見つけている。中には躍起になって打開策を練る者もいたが、それらは全て大いなる母の掌が握り潰してしまった。
……そのさなかで、自分がまさか惑星に住まう生命を救い上げる、一大プロジェクトを立ち上げることになるとは思いもよらなかった。
これもすべて、あの馬鹿のおかげというべきか、せいというべきか……

輝くレアは憂いていた。惑星アスガードの最初の友人であり、太古の時代、水一つ沸く気配もなかったここを訪れた者たちが齎したという小さな人工恒星(・・・・)は、いつだってアスガードを気にかけている。
だから地表に生まれ出でた友人の子どもたち──そうとも呼べる人類に対しては、より身を案じていたという。あの馬鹿の言うことが本当ならば。
しかしながら、女神が提案し、馬鹿の告げたことはとんだ絵空事だった。
『外の世界から協力してくれる神格を召喚する』
……だが、荒唐無稽とも笑い飛ばせなかったのは、曲がりなりにもこの惑星が時空間への干渉に関わる技術を完璧なまでに備えていたからだ。
レアを授けた者たちが残した超古代技術は、形を多少変えながらも、アスガードの人類に外の世界を観測する方法を齎した。月を持つ惑星との交流も、本を正せばそこからの始まりだったと記録はされている。
この惑星(せかい)は、詩によって紡がれる。
この宇宙(せかい)は、詩によって創られる。
この物語(せかい)は、詩によって繋がれる。
レアが、アスガードが、そして多くの星々がそうであるように。同格の存在がきっとどこかにいるはずだと。宇宙のどこか、いや、宇宙の外にあるセカイさえも見通せることが叶うのなら、レアの存在を呼び水にして召喚できるはずだと。
とはいえ一か八かの賭けであることに変わりはない。その計画を立ち上げた時点で、母の怒りはより苛烈になりつつあった。人類が有効な手段を持ってしまったと感づかれたのだろうが、彼女の親愛なる友はその手を決して緩めなかった。
馬鹿と、馬鹿に感化された連中と、そして自分は、必死にプロジェクトの完遂を目指した。外の神格を召喚するにあたって気を付けるべきことは山ほどあった。
できたとしても、協力してくれるかどうか。暴れた場合の対処法はどうする。
そういったことを、自分は中心となって考えていた。他の連中も多忙だったことは否定しないが、とりわけ自分の方が一番大変だったとは今でも思う。
よって、あの中では誰よりも期待していたとも感じているのだ。
神の降臨を。
終わり往く故郷から掬い取ってくれる、救世主の到来を。
誰にも説明が付けられないような、びっくりするほどの超常現象で何もかもを守ってくれる、ちんけな子供騙しをこそ本物の魔法に仕上げてくれる存在を。
俺はあの日、誰よりも信じていたと思うのだ。

だからこそ。最高の結果が返ってきたと証明されたあの日、俺は感涙した。
この惑星(ほし)に神も精霊も魔物もいて、なんとも今更な話だが。
ようやく……神が実在しているのだという確信を、セカイに向けて抱いたのだ。
何度も念入りにチェックした儀式の場。
召喚のために造られた無二の詩を、讃美歌のように皆で謳った。
それが閉じた途端に馬鹿がはっと顔を見上げて、どうしたものかと目を見遣ったその横から──厚い雲を突き破る光の柱と共に、ひとの形をした御魂が降りた。
とても鮮明で近しい記憶だ、忘れるわけもない。ある者は静かに喜びをかみしめ、ある者は脱力し、ある者は無謀にも駆け寄っていった。その間に俺が神の動向を見張ってはいたものの、結局それは杞憂に終わった。

召喚されたものは、天上に輝くレアとはまた似て異なる衛星とその化身だった。
解析して分かったものは、それは恒星ではなく、いわゆる超巨大な魔石であること。それは、自らの魔力で光り輝く衛星だった。
そこと繋がる化身は、一見して年頃の近い青年の姿を見せていたが、これも解析して正体を見破った。
人ではない。性質としては精霊よりも大きく、魔物……上位の淘汰意志にも匹敵するかそれ以上か。これだけ巨大な概念がやってきたというのに、アスガードには何一つ軋轢を起こさせないという凄まじさに、人生で初めて純粋な驚愕によって絶句することになる。
……人が求める神とは、本来こういうものであるのかもしれない。
人々の祈りに呼応して訪れてくるものが、災厄を引き連れてくるはずがない。
なんとも都合のいい、陳腐なストーリーに出てくるものか。けれどそれは実証された、彼が顕れたことで俺は打ちのめされていた!
そう、だから。安全を確保できたとして、俺はよろよろとその存在に近寄り。
生まれて初めて祈りの姿勢を取ったのだろう。

「神よ。ああ、よくぞここに参られた」
「七つの海を越えたもの。我らには貴方様の力が必要なのです」
「どうかここに。貴方様の御名(みな)を、我らの耳朶(じだ)に響かせてほしい」

周りがどよめいていたのが聴こえていた。信じられないという内容が多くて、そりゃそうかという気持ちと、邪魔をするなという気持ちが込み上げていた。
俺は今、この方の声を聴くのだ。お前たちはとっくに聞いたかもしれないが、こっちは聞き逃したのだからいいだろう?
なんとも手前勝手な文句を内心つらつらと述べていると、やがて頭上からどこか困ったような声が掛かった。それは今まで遭遇してきた声のどれもに該当しない知らない声だ。この場においてもそうである、ということは消去法で、そうだ。
思えば僥倖であったかもしれない。初めて神を、「月」を困らせた人間、という意味では。

『顔を上げてくれ。畏まられるのは、ちょっと流石に慣れていない』

そうやって見上げた景色は相も変わらず曇天だったが、光り輝くようだった。
聴いていて耳のよく通る、澄んだ声を放ち、彼の人は手を差し伸べて名乗った。

『俺はセオドア。セオドア・ヴァーヴズだ。ところで、君は?』
「――――」

どうしようもない想いを体感していた。あの場でしたり顔をしなかっただけ、俺にはまだ堪え性があったというものだ。いや、ひょっとすれば先に名乗っていた奴もいたかもしれないが、あの時頭の茹だる勢いでいた俺には到底知る術もない。
なので恍惚と、自分でも気色の悪いと思うほどの調子で己のことを告げるのだ。
その手を恐る恐る握りしめ、立ち上がり、手を放す。そうして身に沁みつかせるだけに終わっていたカーテシーもして、ようやく俺は名乗ったのだった。

(わたくし)はヴェリターテの娘。アンドロメ=劉華(りゅうか)・ヴェリターテと申します。
どうかこの身を、貴方様の忠実な手足としてお使いくださいませ──ヴァーヴズ様」

それからの日々は、周囲から「なんか変な(ヤク)でも飲んだ?」と心配されるほどに輝かしいものだった。なにせ彼の人の示すことは全て衝撃的で、非現実的で、なのにそれを達成できるほどの証明を都度差し出してくれるのだから!
勿論、計画の通りに「月」の動向を注意深く見守ることはしたが、話してて分かったし馬鹿も信じた通り、あれは善良の人であった。
経歴に関しては、訊いても教えてくれなかったのが残念だが、なにぶんお人よしという言葉が失礼ながらも当てはまる人格の青年だ。
この人を神と仰ぐ幸運をかみしめて、俺は舞い上がりそうな想いで働いた。
奇跡という言葉も今なら、裏付けなしで信じたって構わないほどに。

……まさか、それが応報となってしまったのだろうか。
普段、何事も物証がなければ成り立たないとしていた俺がそれを投げ捨てる行いをしてしまったから。
こんなふうに事故に遭い、場所も時間もまるで異なるところに流れ着いたのか?
なんとも悲劇的、なんたる偶然か!こんな形で、脱出不可と印付けた故郷に"抜け"があることを証明してしまうだなんて思うまい。
嗚呼、ならば問う。貴方の持つ力を確かだと思うこの身だから。
太陽とは異なる輝きを放ちながら、しかして夜闇を照らすだけに留めるもの。
伝承とはややずれた「月」の様相に、心から焦がれていった自分は問うのです。
「月」よ、煌々と在り続ける、レアなき刻に坐すマニ・ブレダの主よ。
ヴァーヴズ様、本より私めはあまりにも矮小な人間なのです。独りきりではなんにもできません。
仮にもこれが、貴方の手による試練というのならば、いい加減、ゴールの一つお教えくださってもよいではありませんか。あるいは、ヒントぐらいは寄こしたってよろしいでしょうに。分かりません。私には、私には。
私はいったい、いつまで、この見知らぬ惑星(ほし)の只中に――――。

「……ん」
懐かしい夢を見ていた気がする。
そう思い、「懐かしい」と考えた自分に早朝から吐き気がした。とはいえそれも一連のことで、唾を飲み込みながらベッドから起き上がる。
こんな夢をよりにもよって見る羽目になるとは、幸先がいいのか悪いのか。
あるいは、奮発して泊まったこの宿の妙な居心地の悪さがそうさせていたのか。
「いや……なんでもいい。どのみち、これで光明が見えればいい。
その可能性がある限り、俺はまだまだ耐えられる」
独り言ちて、出発に向けての身支度を始めた。その様子を黙って見ていたらしいかれが、にゃあ、と鳴きながら近寄ってくる。
それはこの惑星で出会った小さな生命だった。ジェノムと周りは言っていたか。
もっとも、そいつとはこちらの"耐性"の都合上、ごく一般的なコミュニケーションの取り方もできないので、普段は"裏技"を駆使しての意思疎通が主だ。そのための装置をまだ起動していないので、その姿通りの猫の鳴き声が挨拶してくる。
「ああ、おはようマック。いいか?今日は重要な用事だからな。
お前も一緒だ。なるべく、おりこうでいてくれよ」
餌を用意しながら頭を撫でれば、"裏技"によって以前自らマックと名乗った猫のジェノムは、機嫌よくまた鳴いたのだった。

この選択がはたしてどう転ぶかは分からない。
それでも、俺は帰ると決めたのだ。だから利用できるものは、なんであれ、使う。
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