『逮捕されたのは、東京都の自動車修理工、安倍孝和容疑者32歳……』
すっかり日も落ちた夜の6時――。冬のこの時間ともなれば既に辺りは暗い。
そんな中、南家の三姉妹は少し早めの夕食を迎えていた。
『安倍容疑者は○○日、午後四時頃、帰宅途中の女子小学生に声をかけ、路地裏に連れ込むと……』
食卓を囲むテーブルからはクリームシチューの甘い臭いが漂っている。
そしてそんなシチューのごとく暖かい団欒の空気とは相容れないような、冷たい機械的なニュースキャスターの声がテレビから流れてくる。
『嫌がる女子小学生に対し、無理やりに猥褻な行為を行った疑い……ピッ』
『――毎年恒例のツナギ祭りが今年も○○公園のトイレで開催され、多くの予備校生が参加し――』
「あー! 何でチャンネル変えちゃうんだよー、ハルカー!」
「一家の団欒にはやっぱりN○Kよねー」
まじまじとテレビを見ていたカナは、突然のチャンネル剥奪という制裁を下した姉に不平を述べた。
「別にいいじゃん、この私が夕方のニュースを真面目に見るだなんてそうはないぞー。もしかしたら今世紀最大の珍事かも」
相変わらず口をとがらせ続ける妹の耳に、ハルカは口を寄せて囁いた。
「(チアキの前でこんなニュースまずいじゃない……。不健全だし、まだ早いわよ……)」
「(そうかなー、逆にこういうニュースこそチアキに見せて、日頃から下校中は注意するよう促すべきじゃないかなー)」
珍しく正論を吐くカナに、ハルカは軽い驚きを覚えつつも、なんとか廻り続けるその舌を抑えこむことに成功した。
が、しかし、
(うっ……!)
当のチアキはハルカのことをまじまじと見つめているではないか。
相変わらずのいつもの眠そうな半目ではあるが、
その顔には、今流れていたニュースの詳細について尊敬する長姉に満足のいく説明をしてもらいたい旨の願望が、ありありと現れているように感じられた。
このままだと不味い――。ハルカは直感でそう悟った。
すっかり日も落ちた夜の6時――。冬のこの時間ともなれば既に辺りは暗い。
そんな中、南家の三姉妹は少し早めの夕食を迎えていた。
『安倍容疑者は○○日、午後四時頃、帰宅途中の女子小学生に声をかけ、路地裏に連れ込むと……』
食卓を囲むテーブルからはクリームシチューの甘い臭いが漂っている。
そしてそんなシチューのごとく暖かい団欒の空気とは相容れないような、冷たい機械的なニュースキャスターの声がテレビから流れてくる。
『嫌がる女子小学生に対し、無理やりに猥褻な行為を行った疑い……ピッ』
『――毎年恒例のツナギ祭りが今年も○○公園のトイレで開催され、多くの予備校生が参加し――』
「あー! 何でチャンネル変えちゃうんだよー、ハルカー!」
「一家の団欒にはやっぱりN○Kよねー」
まじまじとテレビを見ていたカナは、突然のチャンネル剥奪という制裁を下した姉に不平を述べた。
「別にいいじゃん、この私が夕方のニュースを真面目に見るだなんてそうはないぞー。もしかしたら今世紀最大の珍事かも」
相変わらず口をとがらせ続ける妹の耳に、ハルカは口を寄せて囁いた。
「(チアキの前でこんなニュースまずいじゃない……。不健全だし、まだ早いわよ……)」
「(そうかなー、逆にこういうニュースこそチアキに見せて、日頃から下校中は注意するよう促すべきじゃないかなー)」
珍しく正論を吐くカナに、ハルカは軽い驚きを覚えつつも、なんとか廻り続けるその舌を抑えこむことに成功した。
が、しかし、
(うっ……!)
当のチアキはハルカのことをまじまじと見つめているではないか。
相変わらずのいつもの眠そうな半目ではあるが、
その顔には、今流れていたニュースの詳細について尊敬する長姉に満足のいく説明をしてもらいたい旨の願望が、ありありと現れているように感じられた。
このままだと不味い――。ハルカは直感でそう悟った。
「そ、そう言えばチアキの好きな炭酸がもう切れてたわね~、あ、あと明日の朝食用の食材も買ってなかったわ~。
すぐに買いに行かなくちゃ~、というわけで行って来るわね!」
「ぇ……ハルカ姉様、今日学校帰りに買い物に寄ってきたのでは……」
「急がないとスーパーが閉まっちゃうわ~」
「……………………」
ポカンと呆けた顔をして、そそくさと出て行った姉の姿を見つめているチアキ。
「ちっ、逃げたか」
二人の様子を交互に見て、カナは吐き捨てるように言った。
そしてハルカの姿が見えなくなったことを確認すると、チアキは口を開いた。
「オイ、バカ野郎――」
「社会の流れに常にアンテナを張り巡らせるべく、夕方のニュースのチェックに余念がないこの知的好奇心の塊のような私に向かってなんだいその言い草は」
「お前が本気で社会の出来事に関心を持つようになったということならば、それはつまりお前に関心を持たれるような社会自体のレベルが著しく低下しているということだ。日本の行く末も暗いな」
いつもならこのような皮肉には黙っていないカナであったが、
「それより――『猥褻な行為』ってどういう行為だ?」
チアキの最後の台詞が耳に届くや否や、急にヌーの群れを発見した肉食獣、もといティラノサウルスの白骨模型を目の前にした範○勇次郎のような目つきになった。
「なんだいお前、『猥褻』って言葉の意味も知らないのか? これだから小学生は……」
カナが言い終わる前に、チアキは口を開いた。
「(1)いやらしいこと。みだらなこと。また、そのさま。
(2)いたずらに性欲を興奮・刺激させ、普通人の正常な羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること。また、そのようなさま」
「……まるで単語をそのままgoogle検索にかけて一番上に出てきたページの内容をそのままコピペしたかのような模範的な回答だねぇ。
じゃあさ、チアキよ。具体的に猥褻な行為っていうのはどういうことかわかるかい?」
「ぇ……それは……」
チアキが言葉に詰まるのも無理はない。元々それがわからないから聞こうとしたのだ。
性に無知な小学生である上、人一倍『おりこうさん』なチアキにとってはその手の話題は一番縁遠いものだ。
クラスで下品な男子がそういったエロ話に興じているのを、侮蔑の念と共に苦々しく眺めるか、せいぜいその輪に嬉々として加わろうとするマコトをぶん殴るぐらいしかの選択肢しかないのである。
そんなチアキにまさか具体的な『行為』の概要など浮かぶべくもない。
すぐに買いに行かなくちゃ~、というわけで行って来るわね!」
「ぇ……ハルカ姉様、今日学校帰りに買い物に寄ってきたのでは……」
「急がないとスーパーが閉まっちゃうわ~」
「……………………」
ポカンと呆けた顔をして、そそくさと出て行った姉の姿を見つめているチアキ。
「ちっ、逃げたか」
二人の様子を交互に見て、カナは吐き捨てるように言った。
そしてハルカの姿が見えなくなったことを確認すると、チアキは口を開いた。
「オイ、バカ野郎――」
「社会の流れに常にアンテナを張り巡らせるべく、夕方のニュースのチェックに余念がないこの知的好奇心の塊のような私に向かってなんだいその言い草は」
「お前が本気で社会の出来事に関心を持つようになったということならば、それはつまりお前に関心を持たれるような社会自体のレベルが著しく低下しているということだ。日本の行く末も暗いな」
いつもならこのような皮肉には黙っていないカナであったが、
「それより――『猥褻な行為』ってどういう行為だ?」
チアキの最後の台詞が耳に届くや否や、急にヌーの群れを発見した肉食獣、もといティラノサウルスの白骨模型を目の前にした範○勇次郎のような目つきになった。
「なんだいお前、『猥褻』って言葉の意味も知らないのか? これだから小学生は……」
カナが言い終わる前に、チアキは口を開いた。
「(1)いやらしいこと。みだらなこと。また、そのさま。
(2)いたずらに性欲を興奮・刺激させ、普通人の正常な羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること。また、そのようなさま」
「……まるで単語をそのままgoogle検索にかけて一番上に出てきたページの内容をそのままコピペしたかのような模範的な回答だねぇ。
じゃあさ、チアキよ。具体的に猥褻な行為っていうのはどういうことかわかるかい?」
「ぇ……それは……」
チアキが言葉に詰まるのも無理はない。元々それがわからないから聞こうとしたのだ。
性に無知な小学生である上、人一倍『おりこうさん』なチアキにとってはその手の話題は一番縁遠いものだ。
クラスで下品な男子がそういったエロ話に興じているのを、侮蔑の念と共に苦々しく眺めるか、せいぜいその輪に嬉々として加わろうとするマコトをぶん殴るぐらいしかの選択肢しかないのである。
そんなチアキにまさか具体的な『行為』の概要など浮かぶべくもない。
「そうか~。頭のよろしい千秋様でもこれは知らないのか~。ふ~ん」
馬鹿にするように目を細めるカナに、チアキは真っ赤になって反論する。
「五月蝿いッ! 私はまだそんなこと知らなくてもいい歳なんだッ!」
「まあそんなカッカするなって。なんならこのカナ様が享受してあげようではないか!」
「……享受って、お前は知ってるのか? 私が知らなくてお前が知っていることなんて、
バカでも如何に平穏に日常を過ごすかの処世術ぐらいのもんだと思ってたぞ」
「当たり前じゃないか。中学生をなめるな。あと一言余計だ」
腕を組み、得意げに鼻を鳴らすカナ。そしてチアキもチアキで興味が無かったわけではなった。
だからだろうか、普段はこのバカな姉に得意げにモノを語られることなど我慢できないのではあるが、この時ばかりはその教授とやらに耳を傾けるつもりになってしまったのだった。
が、
「まずね、『猥褻な行為』っていうのはお前みたいなちんちくりんな子供が対象になるんだよ」
やはりバカはバカだったのか――。カナはわけのわからないことを言い始めた。
「私みたいな……子供??」
首を傾げるチアキにもお構いなしに、カナは捲くし立てる。
「そうだ。男っていう生き物は皆、お前みたいな幼い女の子に劣情を催すもんなんだよ。
さっきのニュースでもやってたろ? あーいうのは別に珍しいことじゃないんだ」
チアキは先程のTVのニュースを思い出す――。
確かにあのような事件が起こったことは事実であり、そういう嗜好を持つ男性が世にいることは間違いないのであろう。
だがどうしても腑に落ちない。納得できない。それはあくまでも『特別』な例であり、『一般』な例ではないのでなかろうか。
馬鹿にするように目を細めるカナに、チアキは真っ赤になって反論する。
「五月蝿いッ! 私はまだそんなこと知らなくてもいい歳なんだッ!」
「まあそんなカッカするなって。なんならこのカナ様が享受してあげようではないか!」
「……享受って、お前は知ってるのか? 私が知らなくてお前が知っていることなんて、
バカでも如何に平穏に日常を過ごすかの処世術ぐらいのもんだと思ってたぞ」
「当たり前じゃないか。中学生をなめるな。あと一言余計だ」
腕を組み、得意げに鼻を鳴らすカナ。そしてチアキもチアキで興味が無かったわけではなった。
だからだろうか、普段はこのバカな姉に得意げにモノを語られることなど我慢できないのではあるが、この時ばかりはその教授とやらに耳を傾けるつもりになってしまったのだった。
が、
「まずね、『猥褻な行為』っていうのはお前みたいなちんちくりんな子供が対象になるんだよ」
やはりバカはバカだったのか――。カナはわけのわからないことを言い始めた。
「私みたいな……子供??」
首を傾げるチアキにもお構いなしに、カナは捲くし立てる。
「そうだ。男っていう生き物は皆、お前みたいな幼い女の子に劣情を催すもんなんだよ。
さっきのニュースでもやってたろ? あーいうのは別に珍しいことじゃないんだ」
チアキは先程のTVのニュースを思い出す――。
確かにあのような事件が起こったことは事実であり、そういう嗜好を持つ男性が世にいることは間違いないのであろう。
だがどうしても腑に落ちない。納得できない。それはあくまでも『特別』な例であり、『一般』な例ではないのでなかろうか。
「やはりお前はバカだな。そんなわけあるか。嘘をつくんじゃないよ」
「嘘なんかじゃないさ。私はこの目で見たんだよ?」
「何をさ。まさかさっきのニュースひとつでそう決め付けたんじゃないだろうね。
だとしたらカナ、お前は早急に統計学を学んだ方がいいぞ」
「そんなことないよ。所詮ニュースなんていうのは又聞きみたいなもんだからね。
この目で見たことには叶わないよ。百聞は一見に如かずって諺、お利口なチアキなら知ってるだろう?」
チアキは自信満々な姉の様子に珍しく戦慄した。
この自信はどこから来るのだろう? いくら筋金入りのバカとはいえ、ここまで自分を過信することなんて出来ないはずだ。
「じゃあもったいぶらずに言ってみろよ。世の男たちが余さず幼女好きだって言うその根拠を!」
すると、カナは今まで散々もったいぶっていたのが嘘のようにあっさりと言い放った。
「今日な、クラスの男子がエロ本を先生に取り上げられてたんだよ。
その内容がな、まあ有り体に言えばお前の歳位の女の子ばっかり出てくるヤツだったんだよ」
「はぁ?」
「お前は知らないだろうが、中学生って言うのは一番そーいうことに貪欲な年頃らしい。
そんな歩く性欲みたいな中学生がロリのエロ本を持ってたっていうんだからコレは決まりだろう。
男ってのは皆幼女好きなんだ。お前みたいな幼女に猥褻なことをしたくてしょうがないんだ」
「嘘なんかじゃないさ。私はこの目で見たんだよ?」
「何をさ。まさかさっきのニュースひとつでそう決め付けたんじゃないだろうね。
だとしたらカナ、お前は早急に統計学を学んだ方がいいぞ」
「そんなことないよ。所詮ニュースなんていうのは又聞きみたいなもんだからね。
この目で見たことには叶わないよ。百聞は一見に如かずって諺、お利口なチアキなら知ってるだろう?」
チアキは自信満々な姉の様子に珍しく戦慄した。
この自信はどこから来るのだろう? いくら筋金入りのバカとはいえ、ここまで自分を過信することなんて出来ないはずだ。
「じゃあもったいぶらずに言ってみろよ。世の男たちが余さず幼女好きだって言うその根拠を!」
すると、カナは今まで散々もったいぶっていたのが嘘のようにあっさりと言い放った。
「今日な、クラスの男子がエロ本を先生に取り上げられてたんだよ。
その内容がな、まあ有り体に言えばお前の歳位の女の子ばっかり出てくるヤツだったんだよ」
「はぁ?」
「お前は知らないだろうが、中学生って言うのは一番そーいうことに貪欲な年頃らしい。
そんな歩く性欲みたいな中学生がロリのエロ本を持ってたっていうんだからコレは決まりだろう。
男ってのは皆幼女好きなんだ。お前みたいな幼女に猥褻なことをしたくてしょうがないんだ」
呆れた。いや、呆れたを通り越してこの姉が不憫にまで思えてきた。
たかがクラスの男子がそんな本を持っていただけで、その性的嗜好をこの世の男子総共通のものとして扱うにまで発展させる。
そんな超飛躍的発想の持ち主はもはやバカを通り越して一種の天才と言わざるを得ない。
チアキはこのやり取りを交わしていた数分の時間を、心底ムダだったと恥じた。
「もういいよ。お前、もう風呂はいって寝れ」
「うーん、まだ寝るには早いなー。って、なんだよー、信じてないのかー?」
「信じるわけないだろう、バカ野郎」
「そこまで言うなら、私の仮説が真実か否か、実際に男子に聞いてみようじゃないか」
と言うと、カナはチアキの顔を見つめていた視線を少し上げると、意地悪く微笑んだ。
「南……やっと僕に話を振ってくれたね」
そこにはチアキを膝の上に乗せたまま、終始無言でこの気まずいやり取りを見守っていた藤岡がいた。
「と言うか、何でお前ここにいるんだっけ? そんなマイルのGIレースで首差の2着になったみたいな顔しやがって。
お前のせいで私の馬券は外れたぞ。ダイワ○ジャーは買っていたのにだ」
「南が夕飯ご馳走してくれるって言って呼んだんじゃない……っていうか俺はスーパー○ーネットになんか騎乗してないよ?」
つっこむところはそこじゃないような気もするが藤岡は冷静にスルーし、カナの二の句をうかがった。
「それよりどうだい、藤岡? チアキみたいなストライクど真ん中の幼女とそんなに密着して興奮してるんだろ?」
「どうだいって言われても……ねえ……」
藤岡は所在無さげに視線を彷徨わせた。なんとも面倒なことになりそうな予感がしていた。
たかがクラスの男子がそんな本を持っていただけで、その性的嗜好をこの世の男子総共通のものとして扱うにまで発展させる。
そんな超飛躍的発想の持ち主はもはやバカを通り越して一種の天才と言わざるを得ない。
チアキはこのやり取りを交わしていた数分の時間を、心底ムダだったと恥じた。
「もういいよ。お前、もう風呂はいって寝れ」
「うーん、まだ寝るには早いなー。って、なんだよー、信じてないのかー?」
「信じるわけないだろう、バカ野郎」
「そこまで言うなら、私の仮説が真実か否か、実際に男子に聞いてみようじゃないか」
と言うと、カナはチアキの顔を見つめていた視線を少し上げると、意地悪く微笑んだ。
「南……やっと僕に話を振ってくれたね」
そこにはチアキを膝の上に乗せたまま、終始無言でこの気まずいやり取りを見守っていた藤岡がいた。
「と言うか、何でお前ここにいるんだっけ? そんなマイルのGIレースで首差の2着になったみたいな顔しやがって。
お前のせいで私の馬券は外れたぞ。ダイワ○ジャーは買っていたのにだ」
「南が夕飯ご馳走してくれるって言って呼んだんじゃない……っていうか俺はスーパー○ーネットになんか騎乗してないよ?」
つっこむところはそこじゃないような気もするが藤岡は冷静にスルーし、カナの二の句をうかがった。
「それよりどうだい、藤岡? チアキみたいなストライクど真ん中の幼女とそんなに密着して興奮してるんだろ?」
「どうだいって言われても……ねえ……」
藤岡は所在無さげに視線を彷徨わせた。なんとも面倒なことになりそうな予感がしていた。
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