テノリライオン

The Way Home 第16話 ルード&フォーレ

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「よっ、カミさんの登場だ!」
「っせーな、ツケ払わすぞ」

ひゅーひゅー、という冷やかしの口笛を睨みつけて立ち上がり、ルードは酒とカードの輪を離れた。
二人分の食事と飲み物を抱えてぼっと頬を染めたフォーレが、その輪にぴょこりと頭を下げるとそそくさとルードの後を追う。

そろそろ日が暮れる。


* * *


「・・・皆さんの、お邪魔だったかしら」
「いや。 かまやしねー」

キャンプの集落から少し離れ、ソロムグ平原への簡素な門の近くに腰を落ちつけた二人。
フォーレが彼との間に広げた布にパンやローストを並べる横で、ルードは2本あるうち好きな方のジュースを取ってぱきりと栓を開ける。

「にぎやかで、楽しそうね」
食事を並べ終えて空になった袋を畳むと、残ったジュースを手に取りながらフォーレがにこやかに言った。
「ああ、なかなかイキのいい奴らが集まってて面白いぜ。 俺のカードの腕も唸るってもんだ」
「・・・あんまり、賭け事に熱中しすぎちゃだめよ?」
「はいはい・・・それに、やっぱり独特な冒険をしてる奴らが多いから、話も聞いてて飽きないな」
「へぇ・・・今度私も、お仲間に入れてもらいたいな。 紹介してくれる?」
興味を示して訊くフォーレに、ルードは一瞬広げられた食事に伸ばす手を止め考えた後に、もごもごと答える。
「・・・まぁ、それはやめておいたほうがいい。 ―――変なちょっかい出されちゃ困る」
「あら、そんなにしゃしゃり出るつもりはないのに。 大人しくしてるから」
「や、そうじゃなくてな・・・まぁ、いい」
誤魔化すようにローストにかぶりつくルードを、首を傾げて見るフォーレだった。

遠くに見える一団から、どっと愉快そうな笑いが弾けた。
また別の所では、竜騎士たちの傍らで飛竜がじゃれあっている。
シーフの曲芸に沸き起こる歓声や、出張してきた吟遊詩人の歌も聞こえてくる。
二人の前を通りすがった狩人が、笑顔でルードに手を振っていった。

「お友達も、ずいぶん増えた?」
ルードが手を振り返す狩人をにこやかに見送りながら、フォーレは聞いた。
「うん、いい奴も多いな。 一緒に戦えるのは嬉しいし、心強いぜ」

ふっと、二人に沈黙が訪れた。
フォーレの視線が、ゆっくりと足下に落ちる。

「・・・皆、無事に、戻って来られるといいわね・・・」
タルタルの少女が小さく呟く声に、タルタルの少年は押さえた声で答える。
「いつもの戦いと同じだ。 全力で戦って、勝って帰ってくりゃいい」
「うん・・・」
何とはなしに言葉を失い、黙々とパンや肉を口に運ぶ二人の間に、少し重たい空気が居座る。

何処かで吟遊詩人の横笛が唄い始めた。
宵闇迫るソロムグの紅く乾いた風に乗り、その音が二人のところにも届く。

始め高く、朗らかに駆け出して聴衆の笑顔を誘った笛は。
二人の間に横たわる重い空気との温度差に馴染まず、その上をつるりと滑ってしまう。
寂しそうに二人を見守りながら、後ろに流れていく音符たち。

が、そのメロディが次第に歩調を緩め、輪郭を淡くしていくと、澄んだ笛の音はじわりと染み込むように二人の胸まで届き始めた。
かわいらしいお伽噺を話して聞かせるような、ドライアドに午睡の子守唄をねだるようなその優しい旋律に少しだけ心を和ませたフォーレが、笑顔を載せた顔を上げると言った。

「ね、タブナジアって、どんな所なのかしらね」
「―――うん?」
「文献で読んだだけだけれど・・・緑が豊かで、過ごし易い土地なんだそうよ。 今は人が絶えていてどうなっているか判らないけど、きっと風景はそのままよね」

意識して浮かべていたであろうフォーレの笑顔が、いつしか自分の言葉に心躍らせ、本当の笑みになっていく。
ルードは肉の最後の一切れをジュースで流し込みながら、そんな彼女を横目で眺めている。
二人を包み流れる甘いメロディ。 薄紫の空に、一番星が灯った。

「群島だから、やっぱり水辺が多いんでしょうね。 鮮やかな南の海も好きだけど、柔らかい緑の多い海辺や川も素敵よね・・・そうそう、島って言えば、空の上に浮かぶ島があるんですって? そんな高い所に行ったらどんな感じかしら。 海の代わりに空があるのよね、きっと。 鳥やお魚も住んでるのかな。 空に近いなら、お星様も沢山綺麗に見えるかしら―――」

まだ見ぬ土地に想像の翼を広げるフォーレの瞳がきらきらと輝いている。
そんな彼女の可愛い一人語りを聞きながら、紙屑とジュースの瓶を置いて「ごっそさん」と呟いたルード。
そのまま頭の後ろで腕を組み、ごろんと仰向けに寝転がる。

いつしか笛の音が転調していた。 半音が増え、トーンを落とし、ゆっくりと切なげな、何かを求めて手を差し伸べるような郷愁を帯びた響きが、一つまた一つと現れる焚き火を囲む冒険者達の心を引き寄せていく。

「連れてってやるよ」
「え?」
暗黒騎士の、いつもよりも穏やかな声に、問い返すようにフォーレは彼の顔を振り返る。
が、二つの瞼は閉じられていて、その表情を伺うことはできない。

「この戦いが終わったら、俺が連れていってやる。 海の底でも空の果てでも、お前の行きたい所なら何処へでも。 そこに危ないものがあれば、みんな俺がどけてやる―――そんくらいだ、俺にできんのは」


―――莫迦ね―――

「ありがとう」と、暖かく囁きながら、微笑んでフォーレは思う。
景色だけが、見たいんじゃないのよ。

隣に、あなたが居てくれなくちゃ。
どんな綺麗な景色も、その半分だって輝かないのを、知らないのね―――


いつのまにか、切ないアダージョから天を仰ぎ唄うようなアンダンテへと戻っていた旋律は。
小さな二人の間を、似つかわしく、暖かく流れているのだった。


to be continued
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