テノリライオン

ep6 サルタバルタで会いましょう

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匿名ユーザー

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きっとまた会おう
大丈夫、ふるふると振られる葉っぱの手が見えたら
それが僕だよ、気付いてね―――


* * *


「・・・ふぅ」
ひと息ついて腰を下ろした彼は、大岩にもたれて鞄から蒸留水の瓶を取り出した。
一口飲んで天を仰ぐ。 東サルタバルタの抜けるような青い空。

スキンヘッドに刺青をしたそのヒュームの男は、獣使いだ。
と言ってもつい昨日その職についたばかり。
基本の立ち居振舞いはひととおり会得したとはいえ、まだまだモンスターを手なずける段取りも危なっかしく。 失敗して命からがら町へ逃げ込む事も幾度かあった。
まだ従えられるモンスターとそうでないものの区別がうまくいかない。

いくら操って仲間にできるとはいえ、元々はモンスター。 敵だ。 正気に戻れば襲ってくる。
どのモンスターがどの程度の強さか、どのくらいの時間魅了できるか、敵の攻撃にどのくらい耐えられるか、つまりどこまで「使えるか」。
そういった事をモンスターに対し、冷静に判断しなくてはいけない。

「こんな事じゃいけないなぁ・・・」
その容貌にそぐわない、優しげな物腰。
それなりの緊張を強いられる作業にまだ慣れず、彼は疲れた足を草原に放り出して頭と体を休めていた。

晴れやかな陽気と、幾分原始的な雰囲気を持つ岩や奇妙な木々に覆われる、しかしのどかなサルタバルタの光景に、しばし放心していたらしい。
ぱたぱたぱた、という足音に全く気付かなかった。
「・・・ん?」
何かが服の裾をくいくいと引いている。 はっとそちらを見ると、一匹のマンドラゴラが至近距離からこちらを見上げていた。
「わぁっ!?」
彼は驚いて身を引く。
無理もない。マンドラゴラは本来人間を襲ってこない、こちらから手を出さなければ人と関わり合いを持とうとしない種類のモンスターだ。
それがしかも服の裾を引くなどという、敵対以外の接触をしてきている。 有り得ない。
しかしなおもマンドラゴラは彼に近寄り、彼を引こうとする。

「な、何・・・? どうしたんだ、お前」
獣使いとしての何かが働いたのだろうか。 明らかな異常事態にも関わらず、彼はそれを超えてマンドラゴラを観察していた。
碁石のような真円の目。 腕の先まで覆う茶色いベストのようなものを着た、木の葉にも似た平たい手。 よく見ると所々土で汚れている。
それらが忙しく動き、何かを必死で訴えていた。
「・・・!! ・・・・!!」
勿論その発する音は全く理解できない。 が、心なしかうるんでいるような目と差し出される小さな手に、彼はただならぬものを感じた。
「・・・えーと、どうすればいいんだろう」
とりあえず立ち上がる彼。 するとマンドラゴラは草原の奥に向かって走り出した。
振り帰って、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ついて来いってことかなぁ、やっぱり」
こうまでされては放っておけない。 覚悟を決めて、獣使いはマンドラゴラの後を追った。

短い足で必死で走るマンドラゴラ。 両の手と、頭に生える双葉がひらひらと忙しく揺れる。
それを追いかけるスキンヘッドの男。 いつもと進行方向が正反対の、何とも奇妙な光景が午後の草原を横切っていく。

しばらく走った。 切り立った岩壁と林立する大岩のある、草原の外れにさしかかる頃。
行く手から、ぐるぅ、という声と、何かが暴れる音が聞こえた。
前を走るマンドラゴラが一層足を速める。
「何だ・・・?」
彼も恐る恐るではあるが、音のする方へと急いだ。

そこにいたのは、一匹のヤグードと、それと戦うマンドラゴラ。
こちらは彼を連れてきたマンドラゴラよりやや大柄。
そしてそのマンドラゴラはもはや満身創痍だった。 自分より大きく強いヤグードの鉤爪にいたぶられ、勝負がつくのは時間の問題に見えた。
(モンスター同士・・・獣使いがけしかけているのか)
彼は咄嗟にそう思い辺りを見回したが、獣使いどころか一人の冒険者の影も見えない。
また、小柄なマンドラゴラにも操られているような気配は見られなかった。

「こんな事もあるのか・・・」
呆気にとられる獣使い。 と、最初のマンドラゴラがまたも彼の足に取りすがり、必死に引っ張った。
「!! !!」

家族だろうか。 友達だろうか。
もう彼にも分かる。 助けてくれ、ということだろう。

しかしヤグードは獣人だ。 操ることはできない。 しかも今の彼の力では倒せるかどうかも怪しい。
彼が一瞬躊躇っていると、足下のマンドラゴラはもういてもたってもいられないという風にヤグードへと駆け寄り、大柄なマンドラゴラと一緒に戦い始めた。
思いきり飛びかかって頭突きを食らわせ、短い足で蹴りを入れる。
その度に地面に転がっては立ち上がる。 2匹のその悲壮な光景に彼もついに腹をくくった。
「ええい!」
剣を抜き、凶暴な鳥人へと斬りかかる。

彼の剣がヤグードの厚い羽に叩きつけられた。が、長い時間大柄なマンドラゴラと戦い続けていた為だろう、ヤグードはちらと彼を見てもその攻撃の矛先を変えることはなかった。
大柄なマンドラゴラの丸っこい体に擦り傷や鉤裂きが増え、徐々に動きが鈍っていく。
獣使いを連れて来たマンドラゴラもその小さな手で必死にヤグードを叩き続けるが、やはり攻撃の手を奪う事はできずにいた。

ヤグードの回し蹴りが、ぶんと宙を舞った。 2匹のマンドラゴラと獣使いが弾き飛ばされる。
しかし彼は、その蹴りに勢いが不足している事に気がついた。 やはり弱っている。
ヤグードとマンドラゴラに力の差があるとはいえ、2対1の戦いでさすがにヤグードも消耗していたようだ。恐らく彼が時間をかけてこのまま押し切れば、ぎりぎりで倒す事はできるだろう。
だが、それではきっと間に合わない・・・。

立ち上がりながら小さい方のマンドラゴラにちらと目をやる。
こちらを見ていた。 丸く大きな一対の瞳。 表情こそない。 声もない。
が、聞こえた。

――― ぼくに ―――

時間が止まる。

―― 力を ―― ください ―――

息を呑む。

―― あなたの、使い魔に ―――


獣使いの究極の技術、「使い魔」。
それはモンスターを強力に操り、その攻撃力を増幅させる。
勿論彼も獣使いとなった時点でそれは習得していた。 しかし。
「お前、それじゃお前が狙われるぞ!」
つい口に出して言ってしまう。
この小柄なマンドラゴラも、彼の所に来た時点で既にダメージを受けていた。
ここから更にヤグードの攻撃を食らうことになれば、まず無事ではいられないだろう。
しかし小柄なマンドラゴラはひたっと彼を見据えて動かない。

―― お願い、します ――

彼は歯を食いしばる。

そうだ、これは戦術だ。
弱い方のモンスターを操り、強い方にぶつけて消耗させた所で仕留める。
さっきまでやってきたことじゃないか。 そう、同じだ。 同じだ。

がつっと音がした。 はっと見ると、ヤグードが大柄なマンドラゴラをその手で弾き飛ばした音だった。 宙を舞う白い体。
「!!」
足下のマンドラゴラが跳ねる。

「お前を、」
獣使いはぎゅっと目をつぶり、叫んだ。
「私の使い魔とする!! 行け!!」

小さなマンドラゴラが一瞬で賦活した。
猛然とヤグードに飛びかかり、先程までとは打って変わった強力な蹴りを立て続けに食らわす。
「ぐぅ」
止めを刺すべく大柄なマンドラゴラに歩み寄ろうとしていたヤグードの足が止まった。
よろけるように向き直る。 小さなマンドラゴラの姿が、鳥人の濃い影に呑まれる。
それにも構わず、彼の使い魔となったマンドラゴラは力を振り絞り、目前にそびえる敵をひたすらに打ち続ける。
獣使いも慌てて剣を掴み、大地を蹴った、その瞬間。

鳥人の体がふわっと浮く。
その高さから、両足で踏みつけるかのような鋭い蹴りが、小さなマンドラゴラにががっと浴びせられた。
「・・・きゅぅ・・・」
まともに食らってしまうマンドラゴラ。 すぅっとスローモーションのように倒れる。
獣使いの心臓が、どくんと打った。

「こ・・・のぉぉっ!!」
無我夢中で彼はヤグードに突進し、その剣を真っ直ぐに突き込んだ。
体制が崩れ、力も消耗していた獣人は避けきれない。 その喉笛へと吸い込まれていく彼の剣。
重い重い沈黙の後、ヤグードはどうと倒れた。


* * *


「・・・・・・・」
かろうじて死を免れた大柄なマンドラゴラが、自分の代わりに倒れ伏した仲間によろよろと歩み寄る。 彼は呆然とそれを見ていた。 飽和状態の頭の中で荒れ狂う言葉達。


俺は・・・何をした?
あの健気で勇敢なマンドラゴラを、使い捨てのミサイルのように・・・?
いや、あいつ自身がそう望んだ。 聞こえたじゃないか、声が。
都合のいいことを。 勝手に解釈した幻聴だったらどうする?
ならどうすれば。 俺ではヤグードを止められなかった。 少なくともあいつの望み通り、
仲間は助かった。
なら、その仲間を見ろ。 見てみろ。


彼の前でマンドラゴラが仲間の傍らに膝をつき、その体にそっと両手を添える。
と、横たわる小さな姿が、ゆっくりとサルタバルタの大気に消えていった。
平たい手が仲間の体をすり抜け、地面にほてと落ちる。
そのままぼうっと地面を見つめているマンドラゴラ。

「・・・・・」
かける言葉など見つかる訳もなく。 彼はマンドラゴラの前に、ただへたりと座り込んだ。
それに気付いたマンドラゴラが顔を上げる。 彼を見て、小さな丸い頭をぺこりと下げた。
天辺についた双葉が揺れて、垂れ下がる。
「そんな・・・俺は・・・」

覚悟はしていたつもりだった。
戦う為の道具と割り切ればいい。 そう思っていた。

渦巻く理屈と感情のせめぎあいを処理できず、彼は無意識に拳を握る。
と、いつの間にかその手の中に何かがあるのに気がついた。

「・・・双葉?」

モンスターが落とす戦利品だ。 あのマンドラゴラのものだろう。
彼は掌に乗せたそれを虚ろに見つめる。
「こんなもの・・・」
目の端で何かが動いた。 見ると大柄なマンドラゴラが、彼の手の中を覗き込んでいる。
「ああ・・・これ、やっぱりあいつのなんだよな・・・?」
「・・・・・」
マンドラゴラは軽く小首をかしげると、おずおずとその小さな両手を双葉に伸ばすような仕草を見せた。
「ん・・・そうだな。 持ってておくれ」
双葉を渡す。 とてもじゃないが、町に持って帰って金にする気になどなれない。
マンドラゴラはきゅっと大事そうにそれを抱えると、仲間が倒れた地面に小さな穴を掘り始めた。
何とはなしに手伝う獣使い。

浅めに掘った所でその手が止まる。 マンドラゴラはそこに双葉を立て、根の方だけ埋めた。
ぺたぺたと平たい手が地面を叩く。
「これでいいのかな」
墓標だろうか、それとも何かのおまじないか。
その小さな芽が出たような光景に、ふと思いついて彼は鞄から蒸留水を取り出した。
「これ、使うかい?」
マンドラゴラに瓶を見せてみる。
つぶらな瞳が頷いたようだった。 再度手を差し出すマンドラゴラ。
彼は栓を開けると残っていた水の半分を双葉の下の大地にかけ、残りを栓を閉めずにそのまま前に置いた。
マンドラゴラは瓶を抱えるようにして、双葉の横にぺたんと腰を下ろす。
獣使いもそのまま、ただ風に揺れる双葉をぼんやりと眺めていた・・・。

どれぐらい経っただろう。 日が落ちてきているのに、彼は気がついた。
もう今日は戻らなくては。
「それじゃ・・・気をつけてな」
ごめんな、という言葉は喉の奥に張りついて出て来なかった。
マンドラゴラは彼の声に顔を上げると、またぺこりと頭を下げた。 立ち去る気配はない。
獣使いは後ろ髪を引かれる思いで町への道をたどり始めた。
時折り振り返る。 遠ざかる白い点。
暮れ行く夕日の中、いつまでも動かない。


* * *


あれから数ヶ月が過ぎた。
彼は仲間とチョコボを駆り、久しぶりの東サルタバルタを駆けていた。
獣使いとしてそこそこに成長し、今ではモンスターを携えて気ままな旅をするまでになった彼。

あの出来事はしばらくの間彼の胸に影を落とした。
落日の草原にぽつねんと座るマンドラゴラの姿が瞼に焼きついて離れなかった。
そのビジョンに心を乱され、いくら考えても自分の行動に対する答えが出なかった。
今もまだ出ていない。

ただ、従えたモンスターを放逐する時に小さく「ありがとう」と言うようになった。
モンスターの手を借りて挑む戦いには、自分にできる全力を投じて勝ってきた。

その結果、今の彼がある。
このヴァナ・ディールで、無事に生き延びている。
それでいいのかもしれないと、ようやく最近思えるようになってきた。

「あ、マンドラたんだ」
共に走っているタルタルの女の子が声を上げた。
彼女の視線の先を見ると、サイズ違いの二匹のマンドラゴラ。
(ちょうどあれくらいだったかな・・・)獣使いは二匹を切なく見やる。
と。

小さい方のマンドラゴラが、片手を上げた。 小さく振っている。
大きい方も彼をじっと見ている。
「え?」
彼がいぶかしんでチョコボの速度を緩めると、二匹はくるっと背を向けて走り去った。
その背中でマンドラゴラの走りに合わせてぴょこぴょこと跳ね、日の光を受けて輝いているのは。

紐でくくって斜めに背負った、小さな蒸留水の瓶だった。

「は、はは・・・マンドラゴラってのは、そういうもんなのか!?」
「どしたのー?」
仲間達の声が彼を呼ぶ。 二匹を遥かに見送りながら、チョコボを再度駆り彼らに追い付いた。
「わ、何でそんな満面の笑みなの? もしかしてマンドラたん大好き?」
「めちゃくちゃ嬉しそうですね、どうしたんですか?」


獣使いからのお願いです。
ウィンダス近郊を歩くときは、どうぞ足元にご注意あれ・・・。


end


想定レベル:獣/白 5
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