テノリライオン
灯り草 5
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corelli
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勢い良く蹴り開けた扉の向こうは、地下へと続く石段だった。
暴挙の残響が、下り階段の向こうへと遠ざかるように消えていく。
それは、違う世界への入り口のように。背後の生活空間にはない冷え冷えとした空気が、まるで水の如くひっそりとたたえられて彼を迎えた。
その僅かな冷気を通して感じる、続く石段の先にある何者か――もしくは何物かの気配を、ルードはようやく得られた予感とともに感じていた。
軽い舌なめずり。水にも似た空気に身体をひたし、ルードはゆっくりと石段を下り始めた。 鉄靴が嬉しそうに硬い音を取り戻す。呼吸を整え、背に帯びた大剣を改めて意識の中に引き寄せた。
それは、違う世界への入り口のように。背後の生活空間にはない冷え冷えとした空気が、まるで水の如くひっそりとたたえられて彼を迎えた。
その僅かな冷気を通して感じる、続く石段の先にある何者か――もしくは何物かの気配を、ルードはようやく得られた予感とともに感じていた。
軽い舌なめずり。水にも似た空気に身体をひたし、ルードはゆっくりと石段を下り始めた。 鉄靴が嬉しそうに硬い音を取り戻す。呼吸を整え、背に帯びた大剣を改めて意識の中に引き寄せた。
石段の傾斜は緩やかだった。段差も小さい。歩きやすいが、この調子では地下に着くまで距離がありそうだな――と思ったのも束の間、一度だけ右にカーブした後、ほどなく石段は終わりを告げた。
その最後の一段を下りた所で、彼は――
その最後の一段を下りた所で、彼は――
「……か、帰って――ください」
言葉を失った。
「こ――これは、お渡し出来ません。 お、お願いですから――どうか、お引き取りください。 ここから、出してはならないと――ずっと、護って来た、ものなんです――」
「……お前が、か?」
「……お前が、か?」
辿り着いてみれば、そこは完全な地下室ではなく、半地下の倉庫のような空間だった。
階段と同じく石造りの室内は、左右の壁を作りつけの棚に覆われていた。その中、あるいは外で、様々な生活雑貨や古い神具などが整然と眠りに就いている。
正面の壁の天井近くには、横に細長く切られた窓。 そこから斜めに差し込む淡い光が床に届き、一本の線を描いていた。
階段と同じく石造りの室内は、左右の壁を作りつけの棚に覆われていた。その中、あるいは外で、様々な生活雑貨や古い神具などが整然と眠りに就いている。
正面の壁の天井近くには、横に細長く切られた窓。 そこから斜めに差し込む淡い光が床に届き、一本の線を描いていた。
ルードが問い返した相手は、その光の線の向こうで震えている、一人のタルタルの少女だった。
茶色いポニーテール。 かわいらしい額。小さな身体に、白い服をまとって。
白魔道士か――反射的にルードはそう思った。しかし彼女の衣装はただ「白い」だけのごく質素なもので、癒し手の代名詞であるあの白地に赤い三角模様はどこにも見あたらない。
手には長い棍を持っている。しかしそれもただ「棍」であるばかりの、宝玉も何もはまっていないありふれた品だ。ルードの目にそれは、単なる棒っきれ以外の何物にも映らない。
その棒っきれを両手で握りしめ、瞳に強い意志をたたえてきりっと唇を結びながら、しかし眉尻を下げかたかたと震えて彼を見据える、か弱げな少女がそこにいた。
彼女が必死に醸し出す頑なな空気はどうやら、侵入者たるルードをこれ以上近づけまいとする威嚇のようだった。
どこからどう見ても、荒事とは縁のなさそうな存在。ルードの中にある感覚の針は、ぴくりとも動かない。
茶色いポニーテール。 かわいらしい額。小さな身体に、白い服をまとって。
白魔道士か――反射的にルードはそう思った。しかし彼女の衣装はただ「白い」だけのごく質素なもので、癒し手の代名詞であるあの白地に赤い三角模様はどこにも見あたらない。
手には長い棍を持っている。しかしそれもただ「棍」であるばかりの、宝玉も何もはまっていないありふれた品だ。ルードの目にそれは、単なる棒っきれ以外の何物にも映らない。
その棒っきれを両手で握りしめ、瞳に強い意志をたたえてきりっと唇を結びながら、しかし眉尻を下げかたかたと震えて彼を見据える、か弱げな少女がそこにいた。
彼女が必死に醸し出す頑なな空気はどうやら、侵入者たるルードをこれ以上近づけまいとする威嚇のようだった。
どこからどう見ても、荒事とは縁のなさそうな存在。ルードの中にある感覚の針は、ぴくりとも動かない。
「……よう。お留守番を任されたんならな、無理するこたぁねぇぜ。これ以上恐い奴がやってくる前に、どっか安全な所に隠れちめ。お前の落ち度じゃない、お前みたいな奴に留守を預けた奴が悪い……そいつは俺が保証してやる――」
拍子抜けした口調で、呼びかけとも語りかけともつかない忠告まがいの台詞をのろのろと吐きながら、しかしルードは彼女を見てはいなかった。
彼の視線を吸い寄せていたのは、その後ろ。震える白いタルタルの背後で、まるで彼女を脅かすように存在する、一振りの――それは、鎌だった。
彼の視線を吸い寄せていたのは、その後ろ。震える白いタルタルの背後で、まるで彼女を脅かすように存在する、一振りの――それは、鎌だった。
飾り立てる台座などというお上品なものはなかった。
嵐の中で大型船から外れ落ち存分に荒波に揉まれた後のような、ささくれた板きれと言うにはあまりにも存在感のある木片が、床にどっしりと横たわっている。
そこに湾曲した刃の先端をざくりと突き立てて無言で屹立するのは、まるで闇を吸ったような色をした鎌。長い柄を宙に泳がせて、力尽きた持ち主に置き去りにされたかの如き――それは前衛的なオブジェのようで――明らかな、凶器。
嵐の中で大型船から外れ落ち存分に荒波に揉まれた後のような、ささくれた板きれと言うにはあまりにも存在感のある木片が、床にどっしりと横たわっている。
そこに湾曲した刃の先端をざくりと突き立てて無言で屹立するのは、まるで闇を吸ったような色をした鎌。長い柄を宙に泳がせて、力尽きた持ち主に置き去りにされたかの如き――それは前衛的なオブジェのようで――明らかな、凶器。
――これは。
ぞくり、と、ルードの体を強い震えが襲う。武者震いにも似たその振動に、一瞬視界がブレた。
鎌(シックル)という武器は、暗黒騎士の為にあると言っても過言ではない。
闇色の騎士たちは、内側に湾曲したその独特の刃で、対峙する他者の命を雑草のように「刈り取る」のだ。
暗黒騎士の他に、武具全般のエキスパートである戦士も鎌を扱う事ができる。故にその独特な性能も特色も扱い方も、とっくにルードは頭の中に叩き込んでいた。
が、その性能をフルに発揮させられるのはやはり暗黒騎士だ。何より、ひとたび血を纏うや格違いの禍々しさを見せつけるこの武器は、光一つない漆黒の鎧にこそよく似合う。
「黒」というイメージカラーを共有する黒魔道士の為に造られた鎌もあると聞くが、所詮そんなものは飾りだ。紛い物だ。無言で獲物に襲いかかる猛禽類のように力強く、存分に血を吸わせてやってこそのシックルだ。少なくともルードはそう思う。
闇色の騎士たちは、内側に湾曲したその独特の刃で、対峙する他者の命を雑草のように「刈り取る」のだ。
暗黒騎士の他に、武具全般のエキスパートである戦士も鎌を扱う事ができる。故にその独特な性能も特色も扱い方も、とっくにルードは頭の中に叩き込んでいた。
が、その性能をフルに発揮させられるのはやはり暗黒騎士だ。何より、ひとたび血を纏うや格違いの禍々しさを見せつけるこの武器は、光一つない漆黒の鎧にこそよく似合う。
「黒」というイメージカラーを共有する黒魔道士の為に造られた鎌もあると聞くが、所詮そんなものは飾りだ。紛い物だ。無言で獲物に襲いかかる猛禽類のように力強く、存分に血を吸わせてやってこそのシックルだ。少なくともルードはそう思う。
ジュノですれ違う度に、一日も早くと渇望してきた三日月。望む境地へと到る原動力にする為に、自分にお預けをくらわせて――否。それはまるで潔癖な女性の操のように、知識として刻みはしても自ら近づく衝動を敢えて抑えてきた、魅惑的な三日月が。
それが突如として、伸ばせば手の届く目の前にある。小さなきっかけを見逃さずにはるばるやってきた彼を迎えるように、その腕を広げている。ちょっとした偶然を大いなる運命と呼んで崇めたくなるのはこういう時なのかと、ルードは加熱を始める頭の片隅で思った。
しかもその鎌は、彼が今まで見たこともないような、滴るがごとき闇色をしていた。一体どんな素材が使われているのだろう。磨き上げられた表面はつややかなはずなのに、不思議と一片の光も反射してはいない。すらりと長い柄までもがけぶるような黒に染め上げられ、刀身との見事なまでの一体感を感じさせ立っている。
暗殺者が目の色を変えて飛び付きそうなその刃は、さぞ闇夜によく溶けることだろう。まるで背景の壁に鎌型の穴が穿たれているような、奇妙な錯覚すら起こさせる――圧倒的な、虚無感。
それが突如として、伸ばせば手の届く目の前にある。小さなきっかけを見逃さずにはるばるやってきた彼を迎えるように、その腕を広げている。ちょっとした偶然を大いなる運命と呼んで崇めたくなるのはこういう時なのかと、ルードは加熱を始める頭の片隅で思った。
しかもその鎌は、彼が今まで見たこともないような、滴るがごとき闇色をしていた。一体どんな素材が使われているのだろう。磨き上げられた表面はつややかなはずなのに、不思議と一片の光も反射してはいない。すらりと長い柄までもがけぶるような黒に染め上げられ、刀身との見事なまでの一体感を感じさせ立っている。
暗殺者が目の色を変えて飛び付きそうなその刃は、さぞ闇夜によく溶けることだろう。まるで背景の壁に鎌型の穴が穿たれているような、奇妙な錯覚すら起こさせる――圧倒的な、虚無感。
細長い窓から注ぐ、曇り空に弱められた日の光が、黒い芸術品の引き立て役になり下がっている。その光景に恍惚感すら覚えて、ルードはこの妙なる出会いに魅入られ続けていた。
そうだ。光なぞ、輝きなんぞ、臆病でひ弱な奴らの縋るお守りに過ぎない。本当に強い奴は周囲から恐れられて、だから闇に潜むもんだ。この鎌はそれを知っている。知っているからこんな姿で居るんだ。
まるで夜そのもののような黒――自身に触れる光を全て吸い取って――いや、喰らっているんだろうか。それとも吸っているのは――血、か。凝固した赤は、そうだ――他のどんな色よりも早く、深い黒へ到達する――
そうだ。光なぞ、輝きなんぞ、臆病でひ弱な奴らの縋るお守りに過ぎない。本当に強い奴は周囲から恐れられて、だから闇に潜むもんだ。この鎌はそれを知っている。知っているからこんな姿で居るんだ。
まるで夜そのもののような黒――自身に触れる光を全て吸い取って――いや、喰らっているんだろうか。それとも吸っているのは――血、か。凝固した赤は、そうだ――他のどんな色よりも早く、深い黒へ到達する――
「……る、留守番なんかじゃありません!」
不意に、甲高い声がルードの耳を打った。現に引き戻された彼が視線を転ずると、タルタルの少女が彼を見据え、震える唇を動かしていた。
「私が……私が、護っ――管理して、いるんです。ご存知かどうかは知りませんが、これは、この教会が三代に渡って封じてきた、忌み鎌――なのです。ここから外に出す事は、叶いません。どうか、どうかここの事はお忘れになって――お帰り下さいませんか――」
「忌み、鎌――?」
ルードは静かに反復する。そのゆっくりとした声音に好奇の色が見え隠れしていることに気付かず、少女は勢いを得たかのように頷いて応えた。
「そうです。この武具を手にされた方は、一人の例外もなく――人生の最期で、恐ろしい身の破滅を招くと言います。刃にかけた人達の命だけでは飽き足らず、最終的には持ち主までも不幸に陥れる……罪深い、道具です」
まるで自分が叱られているかのように頭を垂れて、彼女は語る。鈴が鳴るような声だ、とルードは思った。
漆黒の鎌を背に、それに抗うような白さをまとうタルタルの少女。細長い天窓から差し込む光の筋が、彼女とルードの間に、まっすぐな境界線となって横たわっている。
彼女は続けた。倦み疲れた溜息のように。まるで100年もここにいるように。
「どうしてそんな物を、皆して欲しがるのでしょうか……私には、判りません。アルタナ神が、そのような事をお望みに――」
「お前さんが判る必要はねーんだよ」
切々と訴えるような少女の言葉を、ルードは低く遮った。つまらないお題目に興味はないとばかりに軽く周囲を見回し、そして尋ねる。
「つーか、ここの主はお前じゃねーだろう。今までその鎌を狙って来た客人を撃退した使い手がいる筈だ。どこにいる」
「忌み、鎌――?」
ルードは静かに反復する。そのゆっくりとした声音に好奇の色が見え隠れしていることに気付かず、少女は勢いを得たかのように頷いて応えた。
「そうです。この武具を手にされた方は、一人の例外もなく――人生の最期で、恐ろしい身の破滅を招くと言います。刃にかけた人達の命だけでは飽き足らず、最終的には持ち主までも不幸に陥れる……罪深い、道具です」
まるで自分が叱られているかのように頭を垂れて、彼女は語る。鈴が鳴るような声だ、とルードは思った。
漆黒の鎌を背に、それに抗うような白さをまとうタルタルの少女。細長い天窓から差し込む光の筋が、彼女とルードの間に、まっすぐな境界線となって横たわっている。
彼女は続けた。倦み疲れた溜息のように。まるで100年もここにいるように。
「どうしてそんな物を、皆して欲しがるのでしょうか……私には、判りません。アルタナ神が、そのような事をお望みに――」
「お前さんが判る必要はねーんだよ」
切々と訴えるような少女の言葉を、ルードは低く遮った。つまらないお題目に興味はないとばかりに軽く周囲を見回し、そして尋ねる。
「つーか、ここの主はお前じゃねーだろう。今までその鎌を狙って来た客人を撃退した使い手がいる筈だ。どこにいる」
屋敷は実は教会で、大剣は実は大鎌だった。
そんな「誤差」はあったが、しかし少なくとも、ここを襲ったごろつきどもが全て敗北を喫しているというのは事実だろう。未だ目の前に眠る鎌と、礼拝堂に残る破壊の爪痕が何よりの証拠だ。
しかし、見事に吹き飛んだ椅子、折れ曲がった燭台、あれをこのタルタルの少女が行ったとは到底思えない。となればここは是非とも、それを成し遂げた「ご本尊」を拝みそして勝利を収め、この得物に更に箔を付けて凱旋したい所だ。
そんなルードの思惑を知ってか知らずか。彼の問いに、何故か少女の顔はみるみると歪んだ。涙をこらえるような声で、彼女は絞り出す。
「し、司祭様は――おられ、ません」
「司祭――ふぅん、司祭ね。で、どこに行った」
面倒くさそうに尋ね直すルードに、喉に何かがつかえたような声で少女は答える。
「と……遠いところに、赴かれました――」
「だぁら、どこよ。いつ戻る」
「――――」
そんな「誤差」はあったが、しかし少なくとも、ここを襲ったごろつきどもが全て敗北を喫しているというのは事実だろう。未だ目の前に眠る鎌と、礼拝堂に残る破壊の爪痕が何よりの証拠だ。
しかし、見事に吹き飛んだ椅子、折れ曲がった燭台、あれをこのタルタルの少女が行ったとは到底思えない。となればここは是非とも、それを成し遂げた「ご本尊」を拝みそして勝利を収め、この得物に更に箔を付けて凱旋したい所だ。
そんなルードの思惑を知ってか知らずか。彼の問いに、何故か少女の顔はみるみると歪んだ。涙をこらえるような声で、彼女は絞り出す。
「し、司祭様は――おられ、ません」
「司祭――ふぅん、司祭ね。で、どこに行った」
面倒くさそうに尋ね直すルードに、喉に何かがつかえたような声で少女は答える。
「と……遠いところに、赴かれました――」
「だぁら、どこよ。いつ戻る」
「――――」
唇をきつく引き結んで、堪え忍ぶように身体を硬くする少女。それをルードは抵抗の印と読む。
どこか残忍な薄い笑いを浮かべると、ゆったりと息を吸い、少年は少女に向けて言った。
「おい。お前、あれか。ここのシスターか何かか」
「え……?」
唐突に質問の矛先を自分に向けられて、白い服を着たタルタルの少女は驚いたように顔を上げる。大きな瞳が、湿った光を小さく反射した。おずおずと彼女は答える。
「あ……シスターと言うか、その――見習い、です。白魔道士の……いえ、まだ未熟ですが――」
「住み込みで?」
「は、はい……」
「へえ、成程ね」
全ての縮尺が一回り小さかったあの部屋を、ルードは思い出す。安全とかぬくもりとか庇護とか、そういった単語を想起させる、明るく暖かい巣のような風景。
つと踵を返すと、彼は右の壁にしつらえた棚へとゆっくり歩み寄りながら言った。かつん、かつんと、小さな靴音が半地下の倉庫に響く。
「きれいな教会でぬくぬくと、白魔道士のお勉強中――って訳か」
どこか残忍な薄い笑いを浮かべると、ゆったりと息を吸い、少年は少女に向けて言った。
「おい。お前、あれか。ここのシスターか何かか」
「え……?」
唐突に質問の矛先を自分に向けられて、白い服を着たタルタルの少女は驚いたように顔を上げる。大きな瞳が、湿った光を小さく反射した。おずおずと彼女は答える。
「あ……シスターと言うか、その――見習い、です。白魔道士の……いえ、まだ未熟ですが――」
「住み込みで?」
「は、はい……」
「へえ、成程ね」
全ての縮尺が一回り小さかったあの部屋を、ルードは思い出す。安全とかぬくもりとか庇護とか、そういった単語を想起させる、明るく暖かい巣のような風景。
つと踵を返すと、彼は右の壁にしつらえた棚へとゆっくり歩み寄りながら言った。かつん、かつんと、小さな靴音が半地下の倉庫に響く。
「きれいな教会でぬくぬくと、白魔道士のお勉強中――って訳か」
タルタルという種族は元来、魔術に長けている。
他種族ととっくみ合うのは体格的に不利だから、などという消極的な理由によるものではない。魔法式を紡ぐために必要な知力や精神力といったものが、彼ら種族は生まれつき飛び抜けて強いのだ。
自然、黒魔道士や白魔道士といった、純然たる「魔術的」職業を選ぶ事がタルタルは多い。自分達に「合っている」のだから、至極当然のことだ。
実際、きっかり同じだけの魔術修行を積んだタルタルの魔道士と、例えばエルヴァーンの魔道士を並べて、同じ呪文を同じだけ唱えさせてみるとする。すると、タルタルの唱えた呪文の方がわずかに威力が高いのだ。魔力の貯蔵量も、まるで体格や腕力と反比例するかのように、他種族と比べて彼らは豊かである。
つまり、「魔道士」のタルタルは世間では、特に冒険の中では歓迎される傾向にある。多少経験が足りず立ち回りがおぼつかなくとも、人並みに修練を積んでさえいれば、タルタルであるというだけで有利な事がいくらもあるからだ。
基本的に、彼らに体力や腕力は求められない。「タルタルと言えば魔道士」という暗黙の了承じみた空気さえ、冒険者の間には流れている。
他種族ととっくみ合うのは体格的に不利だから、などという消極的な理由によるものではない。魔法式を紡ぐために必要な知力や精神力といったものが、彼ら種族は生まれつき飛び抜けて強いのだ。
自然、黒魔道士や白魔道士といった、純然たる「魔術的」職業を選ぶ事がタルタルは多い。自分達に「合っている」のだから、至極当然のことだ。
実際、きっかり同じだけの魔術修行を積んだタルタルの魔道士と、例えばエルヴァーンの魔道士を並べて、同じ呪文を同じだけ唱えさせてみるとする。すると、タルタルの唱えた呪文の方がわずかに威力が高いのだ。魔力の貯蔵量も、まるで体格や腕力と反比例するかのように、他種族と比べて彼らは豊かである。
つまり、「魔道士」のタルタルは世間では、特に冒険の中では歓迎される傾向にある。多少経験が足りず立ち回りがおぼつかなくとも、人並みに修練を積んでさえいれば、タルタルであるというだけで有利な事がいくらもあるからだ。
基本的に、彼らに体力や腕力は求められない。「タルタルと言えば魔道士」という暗黙の了承じみた空気さえ、冒険者の間には流れている。
一人故郷を離れ、剣を携えて飛び込んだジュノでの日々が、ルードの脳裏に蘇る。
戦いの中で結果を出すまで、決まって彼を見下ろす眼差しに含まれる、かすかな落胆の色。
皆が押し隠すようにすればする程にまとわりつくそれをかき集めて、剣を握る力に換えてきた。
そうするしかなかった。あの色の使い道など、他には何もなかった。
戦いの中で結果を出すまで、決まって彼を見下ろす眼差しに含まれる、かすかな落胆の色。
皆が押し隠すようにすればする程にまとわりつくそれをかき集めて、剣を握る力に換えてきた。
そうするしかなかった。あの色の使い道など、他には何もなかった。
「いいご身分だよなぁ」
ねっとりと。
ルードは呟くように言いながら、背中の大剣に手をかけた。
それは力を望む者の象徴。前衛の証。
「カミサマとやらが、お前にそうしなさいって言ったか?」
様々な神具が納められた、作りつけの棚に近づく。ゆっくりとその鉄塊を抜き放ち――ぶん、と。
「――――っ!」
少女が声にならない悲鳴をあげる。ルードの前で、神経を逆なでするような音と共にガラスの水差しが粉々に砕けた。ばらばらと床に散らばる光のかけら。
「や、やめ――!」
「おら、司祭とやらを呼びな」
また一閃。今度は本の山がなぎ払われる。床を震わせる重い音が響いて、少女がびくりと身をすくめる。そんな彼女を首だけで振り向きながらルードは言った。
「大事な大事なお嬢さんが痛い目に遭ったとあっちゃあ、その司祭さまも不本意だろう? 無理しねぇで呼んできた方がいいぜ。大丈夫、戻って来るまではおとなしく待っててやっからよ」
「で……出来、ません……」
目にいっぱいに涙をため、少女は震える声で繰り返す。
「こ、これは、私の責任において、管理しているんです……この鎌は、とても危険なもの――世に出れば、きっと沢山の人が傷つきます。そんなのは……っ!」
少女の語尾は、盛大な破壊音に掻き消される。今度は聖母像が砕け散った。
きれいに整頓されていた倉庫の床が、徐々に乱されていく。まるで大事な人がいたぶられているのを見るかのような狂おしい表情で、今にもそれらの残骸に駆け寄りそうな空気を醸しながら、しかし少女は黒い鎌の前から離れようとしない。
死守、という言葉が相応しい。心の拠り所を砕かれ震えても、崇める偶像を貶められ呻いても、彼女は光る境界線の向こうで、禍々しい鎌を背に動かない。まるでその存在に、見えない鎖で全身を縛られてでもいるかのようだ。
必死の祈りにも似た少女の声が懇願する。
「やめてください――お願いです、どうか――」
「お願いしてんのはこっちなんだよ」
苛々と眉根を寄せ、破壊の手を止めたルードは彼女へ振り返る。
「いいから親玉を呼べや。お前みたいなでくの坊を一発蹴っ飛ばしてその鎌を手に入れた所で、箔の一つも付きゃしねぇんだよ。なぁ、どうせお前が護ってたんじゃ、いずれその鎌は誰かに持ってかれちまうだろ? ならよ、被害は少ないうちに――」
「渡しません!」
ねっとりと。
ルードは呟くように言いながら、背中の大剣に手をかけた。
それは力を望む者の象徴。前衛の証。
「カミサマとやらが、お前にそうしなさいって言ったか?」
様々な神具が納められた、作りつけの棚に近づく。ゆっくりとその鉄塊を抜き放ち――ぶん、と。
「――――っ!」
少女が声にならない悲鳴をあげる。ルードの前で、神経を逆なでするような音と共にガラスの水差しが粉々に砕けた。ばらばらと床に散らばる光のかけら。
「や、やめ――!」
「おら、司祭とやらを呼びな」
また一閃。今度は本の山がなぎ払われる。床を震わせる重い音が響いて、少女がびくりと身をすくめる。そんな彼女を首だけで振り向きながらルードは言った。
「大事な大事なお嬢さんが痛い目に遭ったとあっちゃあ、その司祭さまも不本意だろう? 無理しねぇで呼んできた方がいいぜ。大丈夫、戻って来るまではおとなしく待っててやっからよ」
「で……出来、ません……」
目にいっぱいに涙をため、少女は震える声で繰り返す。
「こ、これは、私の責任において、管理しているんです……この鎌は、とても危険なもの――世に出れば、きっと沢山の人が傷つきます。そんなのは……っ!」
少女の語尾は、盛大な破壊音に掻き消される。今度は聖母像が砕け散った。
きれいに整頓されていた倉庫の床が、徐々に乱されていく。まるで大事な人がいたぶられているのを見るかのような狂おしい表情で、今にもそれらの残骸に駆け寄りそうな空気を醸しながら、しかし少女は黒い鎌の前から離れようとしない。
死守、という言葉が相応しい。心の拠り所を砕かれ震えても、崇める偶像を貶められ呻いても、彼女は光る境界線の向こうで、禍々しい鎌を背に動かない。まるでその存在に、見えない鎖で全身を縛られてでもいるかのようだ。
必死の祈りにも似た少女の声が懇願する。
「やめてください――お願いです、どうか――」
「お願いしてんのはこっちなんだよ」
苛々と眉根を寄せ、破壊の手を止めたルードは彼女へ振り返る。
「いいから親玉を呼べや。お前みたいなでくの坊を一発蹴っ飛ばしてその鎌を手に入れた所で、箔の一つも付きゃしねぇんだよ。なぁ、どうせお前が護ってたんじゃ、いずれその鎌は誰かに持ってかれちまうだろ? ならよ、被害は少ないうちに――」
「渡しません!」
と。
まるで何かを振り切ったかのような、少女の強い声が迸った。
「この鎌は、外には出しません! これのせいでもう幾人もの人が傷ついたり、命を――落としているんです! そんなのはもう、たくさんなんです!」
それは、これまでの彼女の蚊の鳴くような声からすれば絶叫に等しかった。ルードはたじろぎこそしなかったものの、鼠に噛まれたような表情を浮かべる。彼の中で怒りと苛立ちが跳ね上がった。怯えの色を残したままの少女の瞳に、ルードは怒声を叩き付けた。
「んなの、お前に関係ねぇだろうが!」
彼女は必死に抗う。
「あります! 私は――私は、白魔道士なんです!」
「その卵じゃねぇか! ろくに回復魔法も使えねぇくせしてよ!」
「だから!」
叫ぶ少女の声が裏返った。
「だからここに居るんです! 私はここに居るんです! 白魔道士のくせに、何も出来なかったから! ここに居ることが、これを隠し続けることが、私の――勤め、なんです!!」
まるで何かを振り切ったかのような、少女の強い声が迸った。
「この鎌は、外には出しません! これのせいでもう幾人もの人が傷ついたり、命を――落としているんです! そんなのはもう、たくさんなんです!」
それは、これまでの彼女の蚊の鳴くような声からすれば絶叫に等しかった。ルードはたじろぎこそしなかったものの、鼠に噛まれたような表情を浮かべる。彼の中で怒りと苛立ちが跳ね上がった。怯えの色を残したままの少女の瞳に、ルードは怒声を叩き付けた。
「んなの、お前に関係ねぇだろうが!」
彼女は必死に抗う。
「あります! 私は――私は、白魔道士なんです!」
「その卵じゃねぇか! ろくに回復魔法も使えねぇくせしてよ!」
「だから!」
叫ぶ少女の声が裏返った。
「だからここに居るんです! 私はここに居るんです! 白魔道士のくせに、何も出来なかったから! ここに居ることが、これを隠し続けることが、私の――勤め、なんです!!」
しん――――――と。
半地下の倉庫に、張り詰めたような静寂が舞い降りた。
破壊された神具たちは物言わぬ観客のように、漆黒の鎌は冷徹無比な審判のように、対峙する二人を見守っている。
ルードは未だ、ボーダーラインを越えずにいた。眼前に横たわる、白い光の筋。彼女の服と同じ色だ。
吐息を震わせ、下唇を噛み締めて。両手で抱き締めるようにスタッフを握る少女。うっすらと汗を浮かべた額から左右に垂れる髪が乱れている。相対する侵入者を泣きそうな瞳でひたと見据える彼女を、ルードは改めてねめつけた。何故だか少し、心拍数が上がっている――
半地下の倉庫に、張り詰めたような静寂が舞い降りた。
破壊された神具たちは物言わぬ観客のように、漆黒の鎌は冷徹無比な審判のように、対峙する二人を見守っている。
ルードは未だ、ボーダーラインを越えずにいた。眼前に横たわる、白い光の筋。彼女の服と同じ色だ。
吐息を震わせ、下唇を噛み締めて。両手で抱き締めるようにスタッフを握る少女。うっすらと汗を浮かべた額から左右に垂れる髪が乱れている。相対する侵入者を泣きそうな瞳でひたと見据える彼女を、ルードは改めてねめつけた。何故だか少し、心拍数が上がっている――
「……三代に渡って護ってきた、と言ったな。なら、お前が四代目を襲名したのかよ」
あまりに頑なな、追い詰められたような彼女の態度に、彼は確認するように問うた。
判らない。彼女の肩も手も、今にもくずおれそうに細かく震えているのに、いつまでもそこに踏ん張っているのは何故だ。責任感が恐怖に勝っているのは何故だ。
「え……」
彼の問いに、少女の視線がかすかに揺れた。咄嗟に肯定しようとして、しかし奇妙に躊躇う空気。彼女が口を開く。
「いえ、それはラデルの家の者でなくては――私は、余所から来た者ですから……」
あまりに頑なな、追い詰められたような彼女の態度に、彼は確認するように問うた。
判らない。彼女の肩も手も、今にもくずおれそうに細かく震えているのに、いつまでもそこに踏ん張っているのは何故だ。責任感が恐怖に勝っているのは何故だ。
「え……」
彼の問いに、少女の視線がかすかに揺れた。咄嗟に肯定しようとして、しかし奇妙に躊躇う空気。彼女が口を開く。
「いえ、それはラデルの家の者でなくては――私は、余所から来た者ですから……」
ラデル――。
どこかで聞いた名だ、とルードは思った。誰の名、というのではなく、何か大事なものとして記憶の襞にはさまっている音。何だろう。どこで聞いたのだったか――
「……ふん。じゃあお前、何でそんな意地になってんだよ。家のもんじゃないって事は、引き継ぐ義務もないって事じゃねぇのか? こいつはどう考えてもお前の手に余るぜ。それでも先代がお前に預けたんだってんなら、そりゃそいつの判断の方を疑うね。血迷ってたとしか思えねぇ」
一方では記憶の糸をたぐりながら、詰問するようにルードが言う。すると、彼女はしおれた姿と表情で――
「――はい」
頷いた。
「その通りです。ですから、司祭様は――血迷ってなどおられませんでした。私には、託さないと。この鎌は捨て置けと――そう――仰いました」
今にも消え入りそうな細い声。力を使い果たし、過ちを告白をするかのように俯く少女の言葉に、ルードは意地悪げに眉を上げる。
「へぇ。――なら、もうその鎌を正式に継ぐ奴はいない、と。そういう事でいいんだな?」
その言葉に、少女は痛々しく歪んだ顔を上げる。
「……そ……それでも、駄目、です。お願いですから、どうか――この鎌は、このままここに、眠らせて――」
改めて懇願する彼女を、ルードは鼻で嗤った。 口の端を吊り上げ、からかうような調子で――
「何でだよ。持ち主が途絶えたんなら、その所有物は世間に流れんのが常識だろ。何でお前が意地になるんだよ。あれか、世話になった義理立てってやつか? まぁ判らねーでもねーが、限度問題じゃねーの。お前は四代目ラデル、じゃ――――」
ないんだろ、と、そう言おうとした瞬間。
不意に彼の頭の中で、たぐっていた記憶の糸が音を立てて繋がった。
ラデル――ラデル。そうだ、あれはジュノで耳にした名字だ。冒険者の雑談の中で、酒場の噂話で、年寄りの昔話で!
ルードの瞳に、それまで眠っていた力が忽然と宿る。腹の底にマグマのような熱い塊が生まれ、ぐんぐんとせり上がってきた。吐き気に近い感覚。ぷつりと途切れた言葉の代わりに、彼は開いたままだった口からゆっくりと低い声を紡ぎ出し始めた。
「――おい。一つだけ聞かせろ」
唐突に変わった声音に、少女は刃を突き付けられたようにびくりと身を固くする。
「先代の名は何だ」
「……え」
彼の意図を掴みかね、少女はおどおどと答える。
「……ティ、ティンゼル、様、です――けど……」
「先々代は」
「……え、ええと――エド様――」
「初代は」
「あ――あの、何を」
「初代の名は何だ!」
ひっ、と少女が小さく悲鳴を上げる。泣き出しそうなか細い声で彼女は答えた。
「ヴ……ヴロクダ様――です」
どこかで聞いた名だ、とルードは思った。誰の名、というのではなく、何か大事なものとして記憶の襞にはさまっている音。何だろう。どこで聞いたのだったか――
「……ふん。じゃあお前、何でそんな意地になってんだよ。家のもんじゃないって事は、引き継ぐ義務もないって事じゃねぇのか? こいつはどう考えてもお前の手に余るぜ。それでも先代がお前に預けたんだってんなら、そりゃそいつの判断の方を疑うね。血迷ってたとしか思えねぇ」
一方では記憶の糸をたぐりながら、詰問するようにルードが言う。すると、彼女はしおれた姿と表情で――
「――はい」
頷いた。
「その通りです。ですから、司祭様は――血迷ってなどおられませんでした。私には、託さないと。この鎌は捨て置けと――そう――仰いました」
今にも消え入りそうな細い声。力を使い果たし、過ちを告白をするかのように俯く少女の言葉に、ルードは意地悪げに眉を上げる。
「へぇ。――なら、もうその鎌を正式に継ぐ奴はいない、と。そういう事でいいんだな?」
その言葉に、少女は痛々しく歪んだ顔を上げる。
「……そ……それでも、駄目、です。お願いですから、どうか――この鎌は、このままここに、眠らせて――」
改めて懇願する彼女を、ルードは鼻で嗤った。 口の端を吊り上げ、からかうような調子で――
「何でだよ。持ち主が途絶えたんなら、その所有物は世間に流れんのが常識だろ。何でお前が意地になるんだよ。あれか、世話になった義理立てってやつか? まぁ判らねーでもねーが、限度問題じゃねーの。お前は四代目ラデル、じゃ――――」
ないんだろ、と、そう言おうとした瞬間。
不意に彼の頭の中で、たぐっていた記憶の糸が音を立てて繋がった。
ラデル――ラデル。そうだ、あれはジュノで耳にした名字だ。冒険者の雑談の中で、酒場の噂話で、年寄りの昔話で!
ルードの瞳に、それまで眠っていた力が忽然と宿る。腹の底にマグマのような熱い塊が生まれ、ぐんぐんとせり上がってきた。吐き気に近い感覚。ぷつりと途切れた言葉の代わりに、彼は開いたままだった口からゆっくりと低い声を紡ぎ出し始めた。
「――おい。一つだけ聞かせろ」
唐突に変わった声音に、少女は刃を突き付けられたようにびくりと身を固くする。
「先代の名は何だ」
「……え」
彼の意図を掴みかね、少女はおどおどと答える。
「……ティ、ティンゼル、様、です――けど……」
「先々代は」
「……え、ええと――エド様――」
「初代は」
「あ――あの、何を」
「初代の名は何だ!」
ひっ、と少女が小さく悲鳴を上げる。泣き出しそうなか細い声で彼女は答えた。
「ヴ……ヴロクダ様――です」
少女の唇から、ルードが港区で仲間の少年たちに語りかけて止めた名前がこぼれた。
ヴロクダ――ヴロクダ=ラデル! 暗黒騎士の間で語り継がれる英雄、闇に呑まれた死神、「魂刈りのヴロクダ」の、これが――忌み鎌!
ヴロクダ――ヴロクダ=ラデル! 暗黒騎士の間で語り継がれる英雄、闇に呑まれた死神、「魂刈りのヴロクダ」の、これが――忌み鎌!
「……寄越せ」
もはや司祭などどうでもいい。箔はとっくに極限まで付いていたのだ。
ルードは少女と鎌に向かい、ひたと一歩を踏み出した。斜に構えた余裕は消し飛び、据わった目つきは獲物を狙う小型獣のそれと化している。
彼の有無を言わせぬ表情にこれまでとは比べものにならない威圧感を感じて、少女はついにじりっとあとじさる。拒絶の言葉を口にしようとして、その舌が怯えに凍っていた。
「――――」
ふるふると首を左右に振る彼女の瞳は、お願いですから――と懇願しつづけている。その可憐なたたずまい、悲壮なまでの表情を持ってしても、ルードの吐き気にも似た熱を鎮める事は叶わない。
また一歩。剣を背負ったタルタルは前進し、床に横たわる光のラインにつま先をかける。一歩。白い服のタルタルは後退し、小さなかかとが鎌の突き立った木片に触れる。
黒く燃えるようなルードの目が、どけ、と脅しをかける。しかし動かないのか動けないのか、少女は漆黒の鎌の前で石のように身を固まらせていた。
ポニーテールが細かく揺れる。彼女の白い姿は今にも、背後に庇う刀身の黒に吸い込まれそうだ。
と、その時。ルードの背後。彼が入ってきた階段の方から――
もはや司祭などどうでもいい。箔はとっくに極限まで付いていたのだ。
ルードは少女と鎌に向かい、ひたと一歩を踏み出した。斜に構えた余裕は消し飛び、据わった目つきは獲物を狙う小型獣のそれと化している。
彼の有無を言わせぬ表情にこれまでとは比べものにならない威圧感を感じて、少女はついにじりっとあとじさる。拒絶の言葉を口にしようとして、その舌が怯えに凍っていた。
「――――」
ふるふると首を左右に振る彼女の瞳は、お願いですから――と懇願しつづけている。その可憐なたたずまい、悲壮なまでの表情を持ってしても、ルードの吐き気にも似た熱を鎮める事は叶わない。
また一歩。剣を背負ったタルタルは前進し、床に横たわる光のラインにつま先をかける。一歩。白い服のタルタルは後退し、小さなかかとが鎌の突き立った木片に触れる。
黒く燃えるようなルードの目が、どけ、と脅しをかける。しかし動かないのか動けないのか、少女は漆黒の鎌の前で石のように身を固まらせていた。
ポニーテールが細かく揺れる。彼女の白い姿は今にも、背後に庇う刀身の黒に吸い込まれそうだ。
と、その時。ルードの背後。彼が入ってきた階段の方から――
「おーら、ここにあったぜぇ」
どかどかと無遠慮な足音が複数近づいてきたかと思うと、二人の間に下卑た声が割って入った。
どかどかと無遠慮な足音が複数近づいてきたかと思うと、二人の間に下卑た声が割って入った。
to be continued