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土場藩国の夏は短い。
 これは、土場藩国に限ったわけではなく、一般的な北国に準じて短いといえよう。

その短い期間を惜しむように、平原の花は咲き誇り、森の木々も青々とした葉を茂らせ、わずかでも日光を集めるように若葉を芽吹かせる。
虫たちは数少ない収穫の時期に喜び踊る。
 雪と氷で閉ざされる山頂付近ですら、このときばかりは色鮮やかな緑が芽吹き、その様は祭のときに人々を飾る織物のようだと称されている。
山頂ですら、そうなのだ。平原にいたっては色とりどりの花が咲き、それに誘われた鳥たちのさえずりが絶えることなく聞こえる。
 その姿は氷に閉ざされた冬の間、人々の心を慰めるための絵となったり、織物となったりしたといわれるほど。まさしく、命の鼓動が聞こえるような季節である。

 例外は、そこにすむ人々だけであろう。

 兵の訓練も普段のファンブルや、ワクテカ遺跡周辺からグリード港付近に移動していた。
新規に作られた都市で、新規に建造されたRBの訓練や、整備試験が繰り返されている。
はずなのだが、ほとんどの兵士がへたりこんでいる。
 極寒の地を何十キロもの整備ツールや装備がはいった背嚢を背負って歩く整備歩兵たちも夏の暑さはなれない分少々苦手であった。
 それぞれ適度に休息をとりながらメニューをこなしているが、その姿はどことなく精彩を欠いている。いつものように元気溌溂としているわけでもなさそうだった。
 RBの特性を見るために海の近くで作業している2人の兵士もまた、彼らと同じように夏の暑さと海辺特有の湿気に体力を奪われているようだ。
 一人は整備兵、もう一人はパイロットである。今日は二人一組でお互いにRBのチェック方法や、RBの運転方などを研修しあうというプログラムになっていた。
 まあ、簡単にいえば監督するほうも暑さでだるいから自主的にやっておくように、という実にいい加減な訓練日程である。
「あっつ」
「氷うめぇ」
 パイロットがガリガリという音を立てて氷を噛み砕く。暑いからせめて、と付近の人に差し入れられた氷をありがたくいただいているのだ。
 彼の手にはちょうどいい大きさに砕かれた氷が何個か入った紙コップが握られている。結露をつくっていたがその冷たい水すら手に心地いい。
「だっる・・・」
 はあ、と手にしていた整備工具を取り落としそうになりながら額の汗をぬぐった。
「氷うめぇ」
何個目かの氷を頬張りながらパイロットが呟く。整備士は少しだけ肩をすくめる。
「もうさ、地上訓練やめて水泳大会しようぜ!」
 目の前に海だろ、およごうぜ、犬掻きで!と気合いを入れる。鍛錬はしなければいけないが、この暑さのなか地上で運動したくないという気持ちの表れかもしれない。
「えー、氷うめぇじゃん」
 海に入ったら氷が溶けちまうだろ、と隣のパイロットは渋っている。暑さのなかでまだバテていないのは、基礎訓練はパイロットのほうがハードなせいだろうか。
「氷うめぇとか関係ねーよ。あちーんだよ。」
 そういいながらもパイロットの持ってる紙コップから氷を奪う。冷えた氷がのどにつめたい刺激を与えてくれる。
 訓練そっちのけで氷を片手に涼みながら不毛な言い争いを始めようとした二人に、鋭い声がかけられる。
「ちょっとあんたたち、氷ばっかり食べてないでちゃんと訓練しなさいよね!」
 夏の暑さも気にしないという顔で、一人の整備士から声が近寄ってきた。
 意思の強そうな瞳には力がこもり、整備兵のツナギも使い込まれた色をしている。
トップクラスの成績をあげている先輩整備士だった。
ミスティ、とパイロットがのどの奥から搾り出すように名前を呼んだ。
「森覇(シンハ)、さぼってると今度の班分けで剣舞組に回してもらえないわよ!」
 RBと剣舞という2つのI=Dを作ることになった土場では、整備士を大きくRB組・剣舞組とわけ、それぞれ別の勤務地で勤務することになっていた。
 剣舞組の勤務地はファンブルであり、RB組の勤務地はグリードである。
 どの整備士がその組に配属されるかは決定していないのだが、一般的に帝國共通のRBよりも剣舞組のほうがいい人材が送られると予想されていた。
「い、いやその」
 森覇と呼ばれた整備士は思わず口ごもる。さすがに「だって暑いです」などと言おうものなら何を言われるかわかったものではない迫力があった。
「だいたい、次の移動では絶対ファンブル勤務に戻るっていってたじゃない、しっかりしなさいよね」
 婚約者がファンブルにいるという、森覇を気遣うように肩をたたいた。
「それにあんた!」
 口調とは裏腹にやさしい先輩はこの一時的な相棒となったパイロットに妙につっかかる。後で聞いた話では、二人は幼馴染らしいのだが。パイロットのほうは何か悟ったかのような顔をしている。
「いやー、氷食べる?」
 ヘラヘラ笑いながら手にしていたコップを差し出す。
「いらないわよ!チュアス」
 ミスティは、ツンと差し出されたコップから顔を背ける。
「だいったいねえ、訓練ぐらいちゃんとしなさい。戦争は準備万端で始まることなんてないんだからね」
「はいはい」
「ちょっと、ちゃんときいてるの!?」
「きいてますってばー」
 はいはい、いつも元気っすねぇとチュアスがのんきな声をあげる。
「まったく、いつもいつも…うー」
 駄々っ子のように唇をかみ締めていたミスティの足元がぐらり、とふらついた。
ミスティが『あ』と思うまもなく地面が近づく。もうだめかもしれないと、ミスティは
きつく目を閉じた。しかし、地面にたたきつけられる衝撃はやってこなかった。
 うっすら目をあけると、チュアスの顔がすぐ近くにある。
森覇が、手を差し出すより早くチュアスが動いた。しっかりと先輩整備士を抱きとめている。地面にチュアスが手にしていたコップが転がる。コップから氷が周辺に撒かれ地面に染みを作っていく。
「な…んで」
 間に合ったのとまではいえなかった。ふふん、と鼻をならし笑ってみせる。
「訓練の成果、俺の未来予測は完璧だろ?」
 こう見てても期待の星なんだぜ、と軽口を叩いてミスティの額をつつく。
「昔っから、調子だけは…いいんだから」
 つんと横を向いたミスティを抱えあげて、チュアスは森覇のほうを見た。
「ちょっと、医務室いってくるわ」
「あー…はい」
「平気よ、これぐらい」
 抱えられたまま強がるミスティを黙らせるようにチュアスが告げる。
「寝てないだろ、昔っからそうじゃねーか」
「さ、最近暑くて寝苦しいから・・・」
 別になんでもないと、言いかけて口ごもる。
「パイロットも使える整備マニュアルつくってたんだろ。無理して倒れるなよ」
 それにちょっと熱っぽいぞと、ぶっきらぼうにいうと、チュアスは暑い中走り出した。何事かミスティが叫んでいるのと遠く聞きつつ「あー、なるほどねー」と森覇はつぶやく。
 うすうすそうかなと思っていたが、正直目の前でやられるとなんというか気恥ずかしい。そして今は遠くファンブルの地にいる婚約者の顔を思い出した。
「うん、訓練しよう」
 RBのチェックを開始し、マニュアルを確認する。ハイドロジェットの確認から操作系まで一通り一人でこなした。
 そしてひそかに、明日遊びにくる婚約者とは、絶対グリードの海水浴場で過ごそうと決意を固めるのであった。

一方その頃、うだるような暑さの中、藩国の針葉樹林の影にひっそりとたたずむ秘湯の家の中で転がっている北国人がいた。森の近くにあるので、多少暑さが和らいでいるとはいえ家にある温泉からの湯煙が体感温度を上げていた。
「はー、はー」
 床板の上にあごを乗せるようにして、倒れこむように転がっている。外敵を警戒する犬のようであるが、実際の目的は違う。犬ならば振動で近寄ってくる敵を察知するのだが、本来家に敵がくるようなことはない。
「床、ひんやりしなくなってきた…」
 しょんぼりとした声色でそうつぶやくと、ころりと転がって熱をもった床から離れ、その近くへ移動する。少しでも涼しくすごそうと床にへばりついているのだが、だんだんその効果も薄くなっていった。
 何しろ相変わらず外は暑く、その影響で床の温度も上がっている気がする。
「あついぉ!」
 耐え切れなくなってごろごろと床を転がりながら叫ぶ。暑いせいか、普段の北国人風の厚着ではなくかなり肌を露出した格好なのだが、そんな子供っぽいしぐさのせいかほとんど色気がない。
「そうか?」
 アリアンは作務衣を着こんで、団扇で扇ぎながら笑った。確かに暑いことは暑いが、所詮は北国の暑さである。もう一月もしないうちにストーブがいるようになるな、と思うぐらいだ。あまり熱心でないアリアンの様子に あさぎが『うー』と恨めしそうに見上げる。根っからの北国人でついでにいうと冬生まれなためか、暑さにはとことん弱い。
アリアンは苦笑しながら、団扇で風を送ってやる。頬を撫でる風にあさぎが目を細めた。
「うわー、なんで温泉なんてついてるんだ。暑い上に蒸気で暑いっていうか、
 蒸されてね? なにこれ俺、中華まん? むしろ中華缶?」
 屋根から吊り下げている風鈴が風にゆられ涼しげな音を立てるが、まったく意味がない。
「缶じゃないだろ、今は」
 あきれた顔をしながらも団扇でさらに扇いでやると、転がりながら近寄ってきた。行儀が悪いぞといおうとしたが手をつかまれて割とどうでもよくなった。
「・・・うぅー。こ、氷、こおりを・・・」
「犬か、お前は」
 そういえば、夏場に犬に氷を与えると喜んでいたなと言ってあさぎの頭を撫でた。
「ふみゅー」
 あさぎは何度か暑い、と呟いたが、アリアンのその手は跳ね除けなかった。
「あつくない?」
「夏の庭ほどじゃないな」
「それもそっか…でもあついなー」
 団扇で扇いでやると、気持ちよさそうにしている。んー、と少し考えたあと立ち上がった。
「よしひるねする!今日は、おやすみだ」
「いつもやすみだろう、お前は」
 あさぎは、キニシナイ!といって部屋の奥へと出て行く。どうやらお気に入りのタオルケットをとりにいったらしい。ほどなくして、目的のものを片手に戻ってきた。
 アリアンの横にぺたん、とすわる。
「よし!ひざまくら!」
 これは、しろ、ということなのだろう。
「…普通こういうのは逆じゃないか?」
「いや?」
「嫌じゃないが…」
 仕方ないなと、アリアンはあぐらを崩して足を伸ばしてやる。正座している上でひざまくらというイメージとは少し違っていた。
「えー」
「正座は無理だ。」
 ぶーぶーと文句をいいながらあさぎが畳の上に転がる。アリアンの足の上に頭をおいた。
「う・・・意外に高い」
 首筋が痛い、と言い出した。
「あたりまえだろ…」
「ちぇー」
 本当に残念そうにあさぎが顔をあげた。うーん、と少し考え込む。
「うでまくらはー」
「そっちならいつでも」
 まあひざまくらよりは役得が多いかと、アリアンが笑った。
「んじゃ、そうするー」
 そういって、あさぎはころんと横になる。その隣にアリアンが寝そべった。団扇は少し遠くに投げ捨てる。夏の暑い間は、しばらく昼寝が日課になりそうだ。


 藩王が昼寝を決め込んでいたとき、王城では、1つの果物をめぐって3人と1缶が額をつき合わせていた。
缶王と、王の息子である八神少年こと星蘭、さわやかさんの愛称でしられている矢上爽一郎と摂政である矢上麗華である。
「…えっと、おみやげ?」
「まあ、そんなところだ」
 バカンス帰りの摂政の土産はスイカだった。手ごろな大きさのものがテーブルの上におかれている。その黒と緑の縞模様が鮮やかな球体に缶は興味津々だった。
『まるそうなヤツはだいたい友達』の缶王である。逸る気持ちを抑えつつ星蘭に質問を始めた。
「これは、なんですか?」
「はい、これはスイカです」
「ホントにスイカですか?」
「ええ、本当にスイカです」
「そうですか、たべられますか?」
「たべられます。」
 缶がスイカと星蘭を交互に見てから、ぽん、と手をたたいた。
「缶おぼえた、みどりとくろのしましまは、スイカ!まるそうなやつはだいたいともだち!
だから、これもきっとともだち!」
 ぺしぺしと缶がスイカをたたいている。どうもいい音がしたらしい。缶の目がキラッと目が輝いた。
「おお、これはすごい!いいスイカだ!おれとどっちが、よりころがれるかしょうぶ!」
 缶が無謀にもスイカにアタックをかけようとして、星蘭の手で止められている。
「きりますね」
 このまま放置しておくと、缶による無邪気なスイカ割りが行われると判断したのか星蘭がスイカの処分を決定した。
「え、ここで?」
「理力というのは物を分ける能力です。」
 星蘭の説明にきょとんとした顔をしている。説明するより実践したほうが早いと判断したのだろう。片手で缶を抑えたままスイカに向かう。
「つまりこうすると…」
 軽く祈って手を滑らせるとおどろくほどあっさりスイカが真っ二つになった。何度か手を動かしただけでスイカはどんどん切り分けられていく。見事に理力の無駄遣いだ。
「おー、包丁いらないんだ、便利だね」
 お皿もってくるー、と暢気に笑って麗華が席を立った。本来ならば便利どころの話ではない気がするのだが、恐ろしく順応性が高い。爽一郎は少し頭を抱えたい気分になってきた。そういう問題じゃないだろうと。
「ス、スイカー!」
 丸そうな友達がどんどん、小さな三角形になっていくのを見て、缶はスイカに向かって敬礼をする。「むちゃしやがって!」という声が聞こえた気がした。
「ただいまー、お塩とお皿もってきたよー」
「じゃあ、わけます」
 てきぱきとスイカが皿に盛られて全員の前におかれる。
「じゃあ、いただきます。」
 星蘭がいうとそれにあわせるように全員が「いただきます」といってスイカを手にする。
適度に塩をふるほうがいいよね、糖度高いみたいですし、あまり気にしないでもいいとおもいますよ、など事務的な会話がかわされる横で、缶がスイカを一口食べるなり目を丸くする。
「お、おまえはいいまるいヤツだったが、そのおいしさがいけないのだよ!」
 缶的にはかっこよくきめたつもりのセリフを吐く。一応「ともだち」といったのを気にしていたのだろう。その後、勢いよく食べだした缶に麗華が注意する。
「あ、おーさま。タネ食べちゃだめだよ。おなかいたいいたいなるよー」
 缶が顔をあげた。勢いよくかぶりついたせいで、口のまわりをスイカの汁で汚している。
「わかったー……。あれ、タネ食べたらスイカはえね? むげんループってすごくね?」
「うーん…」
 以前、ひまわりの種を食べたときは頭にひまわりの花が咲いた缶王である。ありえないとは言い切れない。麗華は真剣に缶をみてしまった。
「どうかなぁ」
 スイカが実るにはちょっとばかり缶は小さい気もするなぁ、というと。缶も少し納得したようだった。
「スイカおもたいもんな!」
「そうだね」
 奇妙な会話を続ける横で、星蘭が綺麗にスイカを食べている。テーブルマナーなどをきちんと躾けられているのだろう。ついでに、甘いですね、と感想を述べている。
 あまりの光景に爽一郎が呆然としながら呟いた。
「…いつもこう、なのか?」
 いつも、というのは缶と麗華のやりとりなのか缶の存在そのものなのか、星蘭には判断しかねたが、どっちでも答えは一緒である。素直に答えることにした。
「そうですけど、何か?」
「いや、なんでもない。」
 隣では、口のまわりをティッシュで拭かれて缶がきゃあきゃあ騒いでいる。
星蘭は少しだけ微笑むと目の前のスイカを口に運んだ。
 その場にいるほぼ全員がこの状態はあくまで日常風景、というスタイルである。爽一郎はひそかに頭痛がしてきた。
 いや、これは考えたら負けか。そう小さく呟くぐらいが精一杯の抵抗だった。
「ちょっとごめんよ…ってあんたたちなにやってるんだい?」
「あ、ネリさんだー」
執務室に顔を出した藩国の整備士は爽一郎にとって救いの神のようにみえた。
 ネリは手にしていた図面を片手に、執務室をざっと見てため息をついた。
「早速で悪いけど、KBNみなかったかい?」
「KBNさんなら今日は高山訓練のつきそいのはずです」
 訓練願いが出ていたので判子おしておきましたと、しれっと星蘭が告げる。どうやら王子としての仕事はきっちりやっているらしい。いや缶があいかわらずなので、やらされているのだろうか。
「おや、こまったねぇ。RBの整備マニュアルで気になる点があったからちょっと確認にグリードまでいきたかったんだけど」
 タクシーのかわりですか…と全員が思ったがあえて口にはしない、怖いから。
「まあKBNじゃなくてもいいんだ、あまってるの借りてくよ」
 そういって、ネリは執務室を出ようとした。
「あ、ネリさんースイカたべませんか?」
「いや、ごめんね。ちょっとこれは急ぎっぽくてさ、あとでもらうよ」
 そういうとネリは今度こそ扉を閉めて出て行った。扉の向こうでは「剣舞の整備方針についてコメントをー」とシュワがネリを捕まえている声がする。「いいけどRBの性能試験につきあいなよ」といわれ、ゲーと言っている。
 どうやら兵器管理・開発・メンテナンスを担当する整備士たちに夏など関係はないようだ。

 そのネリが探しているKBNはというと、高山の上で大勢のそらとびわんわんたちとともにいた。
高い山の上にはまだすこし雪が残っていたが、それでも確かな夏の訪れは感じられる。山を覆っていた雪はほとんど姿を消し、常に緑の木々ではあるがこころなしか若葉が芽吹いているようにも見える。
遠く鳥の声が聞こえる。見上げれば彼らが少し羽ばたけば届くような距離で一羽の鳥が、求愛するかのように一回転した。それを見上げ犬たちはほう、とため息をつく。
彼らとて自然を愛する心はあるのだ。一呼吸おいて率直な感想が漏れた。
「うまそう」
 率直すぎるというよりは野生に還りすぎである。
「焼き鳥ですな」
 捕獲を前提に会話が始まる。
「ビールか」
「夏ですな」
「おう、俺の脳にも夏がきたぜ!」
 ぐるぐると目を回しながら答える犬たち。
一応は土場の誇る犬部隊なのだが緊張感がない。こう見えても、高い山を飛び回り、急な天候の変化にも耐え切る。輸送部隊兼、移動用の搭乗兵器、なのだが。その普段の行動には、そのような重大な任務についているという気負いも緊張感のカケラもない。
彼らはつねに自由である。
 多少、というかかなり性格的・倫理的に難がありそうな顔をしているのはご愛嬌だ。
多くの物資を背負って山岳地帯を回っていた。それももうすぐ終わるところだ。藩国の周囲にある山をファンブルからグリードにかけて移動する。距離もさることながら、高い山々が連なっているため足元もおぼつかなく、出発地点の近くでは雪崩の危険性がある場所まであった。それでも今朝ファンブルを出発した一行は、日が沈むずいぶん前にグリード目前にまで迫っていた。
「山の上は涼しいな」
「でも、あきてきたな」
 基本的に小麦畑だらけだしな、と木々が芽吹いたとはいえ、普段とたいして代わり栄えのしない景色に愚痴をこぼしながら移動する。ほどなくして、山の上から海が見えた。
海が見えた時点でグリードとの距離は目と鼻の先ということである。犬たちはゴールが近いとあって喜び合った。山岳演習も終わりだからだ。犬が機動力に富むとはいえさすがに藩国の端から端への強行軍は疲れるものだった。
「よし、お前ら。明日は一日海で遊ぶぞ!」
 隊長のKBNがそういうと、隊員たちがどっと湧いた。
「アオーン!!」「オレサマ サカナ マルカジリ!!」「マグロ捕獲ですね、わかります」「ここはあえて、クジラじゃね?」「クジラを踊り食いとな!」「俺らどんだけ化け物だよ」
 というぐらいに各々が喜びを表した。しっぽももふもふの勢いである。ぐるぐると尻尾を回し、耳もぱたぱたと必要以上に動かしている。ただでさえ、危険なのにこの喜びようは、ますます目撃した人間にSANチェックが入りそうな雰囲気を醸し出しているが、気にしてはならない。彼らはそういう兵器である。

 翌日、軍港の近くに作られた海水浴場に森覇とその婚約者がいた。
「あ、暑いな」
「そうですね」
 照れた顔でお互いを見詰め合って、また視線を海に戻す。
色とりどりに咲いた水着の色も、なんだが現実味がない。家族連れやカップルだらけの砂浜も恋人たちにとっては貸切のようにさえ感じられる。
 周囲の雑音などよりも、相手の声のほうが聞こえてくるというマジックのような展開が繰り広げられていた。
「…海って、はじめてみました」
 ファンブルからやってきた婚約者は遠く広がる水平線を見ながらため息をつくように呟く。ファンブルは、背後に高い山と地平線が見える木すら生えない平原しかない土地である。
 そもそも海周辺の開拓が始まったのはつい最近。海水浴が始まったのもここ数年のことだ。海を始めたみたと目を輝かせていう婚約者に森覇は改めて、つれて着てよかったと思った。
「星能(せいのう)」
「はい?」
「気に入ったのなら、また一緒に。今度は泳ぎに・・・」
「はい」
 頬を染め、うつむき加減になる星能の横顔はひどく美しかった。夏の日差しに照らされてなお白く輝く肌。暑さでうっすらと汗をかいた姿すらいとおしい。
夏が終わるまでにちゃんとした水着買わないといけないなと思う。
「あ、暑いから、日陰に」
 手をとってむりやり日陰に移動することしかできなかった。周囲を見渡せば、いくらか屋台のようなものも出ている。商魂たくましいというべきか、このあたりは、つい最近まで荒れ果てた土地だったはずなのに、観光客が来て、最初の休憩所ができたあと。雨後の筍のように次々と同じような屋台ができた。
 それぞれの店は繁盛しているようである。
「氷」と書かれたところで見知った顔を見つけた。
「いや、だからミスティ…ミスティさん?」
「ブルーハワイ、それで許す…」
「うぃっす。ブルーハワイ2つください」
 整備士とパイロットのカップルが、二人してブルーハワイを受け取っている。微笑ましい光景、なんだろうか。水着をしっかり着ているところをみると、これから軽く泳ぐのだろうか。
 こういう場で知り合いを見つけるとなんとなく居心地が悪い。うーん、と悩んでいると、
つん、と腕を引っ張られた。みれば星能が心配そうに見ている。
「あ、いや知り合いが・・・」
「おんなのひと?」
 不安そうに見上げてくる彼女に、しまった、と思った。水着の女性のほうに見とれていると思われたんだろうか。
「両方・・・俺が整備してる機体のパイロットと、整備の先輩」
「そう・・・」
 どうしよう、と迷っていると同じ方向から騒ぐ声が聞こえた。
「せんせー、カキ氷たべたいです! 具体的には葡萄ソーダ練乳金時、略してぶソーれん」
「それ以上いうと、何かイロイロ問題が発生する気がする!」
「あい」
「いいぞ、もっとやれ」
「いいんかい!」
 よく見れば、知り合いというか藩王がうろついている。いや、護衛ならいた、ゾロゾロと背後に犬のようなものがついてきている。今来たばかりなのだろう、回りの客はほとんど気づいていなかった。緊張感のかけらもない有名人の登場に、森覇たちの間にあった空気が一気に弛緩する。
「えーと、海はこの辺にしておいしい海鮮料理の店見つけたから一緒に行こうか」
「はい」
 あの犬の集団を見ると、これからここでロクでもないことが起こる気がする。ホープではないが、森覇はとっさにそう未来予知をして逃げることにしたのであった。
 そして、その判断は限りなく正しかったことになる。

 チュアスとミスティは、砂浜に並んで座っていた。カキ氷はとっくに食べ終えていたが、どうにも海に戻る気がせず、少し離れたところで海水浴を楽しむ人を眺めている。
 お互い言葉はなかった。一緒にすごしているのが気恥ずかしいような、それでいて幸せな沈黙が続く。心地いいが、しかしここから先に進まなければ、とチュアスは意を決して口を開く。
「なぁ・・・」
 その瞬間、砂浜から悲鳴があがった。
「!?」
 思わず身構える。敵襲など危険があれば召集がかかるはずだ。ミスティもいつの間にか整備士の顔に戻っていた。結局二人とも似たもの同士なのかもしれない。
「・・・・ごめん」
「いいの。私も同じこと考えてるから」
 遠くを見ると海岸で水しぶきが上がっていた。なにか、巨大なものが登場するようなBGMすら聞こえてくる気がする。海がひときわ大きく波打ち、水柱があがった。それも何度も、繰り返し連続で上がる。左右から規則的に上がっていくようだった。
 巨大な白い犬が一匹のようなものと目が合った。ふよふよと浮かんでいる。
「・・・・・」
「ちわ」
 のんきな声が聞こえて、一気に肩の力が抜ける。声は間違いなくファンブルにいたときに一緒に組んだことのある知り合いの犬オペレータであった。
「そらとび、わんわん?」
 実際に見たことないが、最近の主力兵士になるらしいときいた。プロトタイプを見たときは、「なにこれ化け物?」だったが、実際見てみるとどうみても化け物である。
「未来からやってきました、犬怪獣です。気軽にチレゴンとお呼びください」
「うそつけ!」
 思わずツッコミをいれてしまう。
「ばれたか。でも、海水浴にきただけで大騒ぎってひどくね?」
海の上ではそらとびわんわんたちが、何度か編隊飛行を繰り返している。アクロバット飛行というのだろうか、回転したり、海からサカナを拾い上げたりしている。
そういうことをするから大騒ぎになるんじゃないのか、と突っ込みたいのぐっとこらえる。突っ込みだすときりがないからだ。
「じゃあ、遊んでくるわ!」
「もうちょっと自重しろ、お前ら」
「だが断る!」

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