【東京】〇二二九「今日はわたしの誕生日」
わたしの名前は「キーラ・カラス」。
どこにでもいる貴族令嬢よ。えっ、謙遜が過ぎるというの?
だって、わたしの英国における王位継承権は二二八位ですもの。欧州の貴族社会ってのは案外狭いものなのかもしれない。
と、いうわけでわたしがライオンとユニコーンを従えるためには上にいらっしゃる二二七人の紳士淑女の皆様方にこの世からお退場いただくしかなくって……きっと現実的ではないのでしょう?
さて、最後の戦いはわたしの隣にいる「山乃端一人」に代わってわたしの口からお送りするわ。
だって、くちさがないおしゃべり雀を蹴散らすのは烏の役目と決まっているもの。
わたしはアポロンのカラスかしら? それともオーディンのカラス? それは、これからわたしがする話を聞いてから決めればいいんじゃないかな?
ここまでなんだか色々あった気がしたけど、これで最後。腹立たしい乱痴気騒ぎもこれでおしまい。
異界から召喚されてやってくる「転校生」さえ退ければ、当座の一人の身の安全は保障される。わたしにとっては、それだけで十分よ。
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姫代学園〇二二六「ケサランパサランの日」(奥)
「もしもし、転校生派遣カスタマーサービスさんですか? すみません、ちょっと変則的な依頼なのですが、ギリギリわたしが勝てそうな転校生の方に来ていただいて、決闘していただくことって可能でしょうか?
場所は渋谷スクランブル交差点、時間は正午ちょうどで。先だってこちらの世界に来ていただくのは当日未明でお願いします。はい、報酬は山乃端一人で……。了解しました、ありがとうございます。あと契約書の様式は……」
受話器を置く。
…………、誰にも見られていないと知っている。
だけどわたしは、笑いを噛み殺す事で必死だった。
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【東京】高輪橋架道橋下区道〇二二八「トンネルを抜けると……」パターンSSその1
「トンネルを抜けると雪国だった」
あまりにも口ずさみたくなる口上だったので、つい口に出てしまってた。
そう、言いたくなる。その欲求を前にすればどんな暴言だって……というのはきっと嘘、だってわたしは臆病だから。
「絶景かな、絶景かな、ねぇ少年。世界の果てに来た気分はどうだい?」
思わず、ついで口に出る言葉も遊びを帯びてた。口遊むとはきっとこのこと。
あ、そうそう。あのフレーズが出たことからもわかってもらえると思うけど、その時わたしたちはトンネルを抜けたところね。
内訳は女ふたり、男ひとり。その詳細はこの会話を聞けばわかってもらえると思う。
「そう、鍵掛くん。きみのことを『少年』だなんて言いたくなるのはわたしがきみのことをそう言いたいだけで深い意味なんてなんにもないのよ。
なんだったら、お返しにわたしのことを『少女』という二人称を使って呼んでくれたって構わないのだから」
「いや、俺とあなたってそんな間柄じゃないっしょ。……少女?」
「でも、私としてはおじさんとコムスメの凸凹コンビで『少女』呼びがまかり通るってのもアリだと思いますよ」
一人が明確にフォロー、とは言えこの場におじさんはいない。一人はいるけど三人っきり。
ああそうだ、わたしの一人に一筆書いてもらうのもアリかもしれない。
きっと美味しく喫することができるだろう。
え、第一話のあの場面で、『鍵掛錠』なる御仁はいなかったって?
野暮なことをいう人もいるものね。彼をこの世界から隠してしまおうなんて酷い人もいたものだと、わたしは心の底から悲しむことにする。
ああ、そうよ。彼の名前は鍵掛錠、おとめ座のA型よ。
すなわちわたしが知っている人にして、銀髪マッシュルームの小柄な高校一年生。
ちなみに「たけのこの里」派らしい。まったく、どうしてこの国の、男子は血の凝固因子なんて気にするのかな?
奇しくもわたしたちは揃ってたけのこ派だったので、今こうして仲良くしているという運びだったりする。
【ふぅん、それ嘘でしょ?】
ええ、嘘よ。どこからどこまでが嘘なのかはご想像にお任せするわ。
ここから少々周囲の情景を見渡してみる。味わっていただけば幸いよ、きっと甘くはなくって塩辛い。苦ばしって、情けなくって、きっと悲しい味がする。
六〇メートル少々の、短いトンネルの先を見越せと言われればそれまでだけど、トンネルのその先には「つんと、鼻をつく栗の花の香り」。
その陳腐な物言いからわかっていただければ嬉しいのだけど。
少女には似合わない表現だと、わたしは信じてる。
「スペルマ?」
そう、スペルマ。
「ザーメン?」
そう、ザーメン。
夜の街の輪郭、ホイップクリームのような砂糖衣が掛けられたようにべっとりと、ビルディングたちを覆い隠すようにねばりとしたゲル状の物体がふんっだんにまぶされていた。
「この国の首府は、いつの間に生乾きの塗料に頼るほどに緊縮財政に挑みだしたのかしら?」
「いやぁー、とろろ芋かもしれませんぜ、えっと少女。じゃなかった、カラスさん」
少年Kこと鍵掛くんが新たな仮説を提唱してくれたけれど……。
「(面)白いけど却下、理由は気に入らないから。
事態はもっと絶望的で、きっと馬鹿らしい」
確かにとろろ芋を使う淫魔人の話は聞いたことがあるけれど……。
それらの正体は言わずもがな、精液よ。
この東京に襲来が予告されていたコズミック存在、通称「
田他野 精子」が遺した痕跡。
その脅威については、秋葉原がなんやかんやの末にしっちゃかめっちゃかになっちゃってた一連のあれやそれやをご参照ください。
もっとも、今のわたしにそれを知る由はないのだけれど。
当然のことかもしれないけれど、わたし「キーラ・カラス」はそれが気に入らない。
まぁ、わたしの「山乃端一人」に害をなそうという輩は何が何でも気に入らないのだけど。
ただ、気に入らないという。それ以上に言えることはある。
【つまりそれって?】
「身の危険を感じるから言わないわ。周囲には生存者なし、っと。その周囲をは一〇〇万キロ四方にまで広げてみる?」
「すっごい投げやり、キーラらしいとも言えるし。せめて『おーい』ってそれらしく気の利いたことは言えないわけ?」
「東京が死んで……、俺が生まれたってわけでもないですよねー、あ、はは……」
【それは事実ですね……】
ええ……、お察しの通り東京は死んでいたわ。
お察しの通り、代わりになにが生まれたということもない。
はっきり言って、知ったことではなかったけれど。真っ白けな雪原と言えてしまえばよかったのに! 情景を描写する手間が省けるというわけでもないようだった。
三六〇度見渡しても仕方がないので、空を見上げれば、夜の色。
街路樹にもかかっている灰色がかかった白い液体が視界の端にかかったのだけれど、高貴で気品にあふれた墨の色は穢されることがなかった。
月がなくなってしまったなら、なおさら。
「東京が死んだわ、もしかしたら日本も死んだかもしれない、もしかしたらもしかしたら地球も死んでしまったかもしれない」
「つまり、キーラは最低でも一千万人は死んだことを確信していると。まったく、諦めが早すぎると思うよ」
無茶な言葉をひらひら躱す一人の手のひらはまるで蝶のよう。
人間か、魔人か、生き物という存在が死に絶えたと思われる、半径数キロ圏内だ。
それなのに、山乃端一人は新たな生物をわたしたちに思い出させてくれたのもしれない。
ひるがえって、鍵掛くんはわたしたちの言葉を肯定も否定もできずに、佇んでいる。
もちろん物証はない。戯言だ。だけど目の前の悪臭が物語るのは絶望というより、無力感だ。無力感は言葉を奪うのだ。何もできないし、できなかったという悔恨が
「あなたたちの街は汚された。ショッキングね。
きっとわたしたちの街も、城も無事ではありえない」
とはいえ、目の当たりにしたのはあくまで東京の街であって、わたしの街ではないので、ショックがそれほどではなかったのだけれど、それは時間の問題かもしれない。
だからかな? 今だけは気取ってみよう。
はい、くるりと回っていっかいてーん。
舗装されているはずのアスファルトなのに、ブーツの踵をぬめらせる。
ドレープの利いたスカートに、ねばりの利いた命の設計図だったもの(今は死んでいる)がへばりつく。糊付けするというにはいささか興がそがれてしまうけど。
必要以上に嫌がることもしない。
「ご高説をぶちまげてもいいかな? 一人、鍵掛くん」
許可を取るのは一人ではない方の一人だ。一人である方の一人には言うまでもない。
腰をかがめ、街路樹の土とコンクリートを隔てる境目からソレを人差し指でなぞる。
「そもそも、『多田野 精子』って言われてる、この存在ってなんなんでしょうね?
そもそも、名もなき男性の生殖細胞に名付けられたナンバリングとしてあまりに個人名めいている。
これは悲しい話でもなんでもない。きっと永遠に救われないだけ、それだけなのよ」
【東京】千駄ヶ谷トンネル〇二二八「トンネルを抜けると……」パターンEWその1
「と、いう話はどうだと思うよ!? 『金椎加古』さん!?
別に! なんにも悲しいことはないのだけれど! わたしの話を何も聞かずに、勝負しちゃうだなんて酷いと思うんだぁぁあああぁ!!!」
わたしは叫んだ。
打算と、矜持が一緒くたになった怒りを叫んだ。
なぜだか、悲しみさえ飲み込んでしまえるようだった。
夜のトンネル、それから二月二十七日という日付を越えると、目の前に転校生が待っていた。
彼女の名前は「金椎加古」さん、110番と119番の指すものがいくつになってもごちゃごちゃになっていて警察と消防署を取り違え続ける、悲しい女性に他ならなかった。
「この世界もまた、119番が警察で、110番が消防という事実からは逃れられないんでしょうか……、悲しいです、ああ、悲しいです……ががーん」
半径三〇メートルの間隔内に収まりながら、「山乃端一人」を先頭に、わたし「キーラ・カラス」、そして転校生「金椎加古」が順々に道を歩いている。
「なんて……、なんて悲劇なんですか……!」
釣られて、わたしは、このキーラ・カラスが! すすり泣いている、嗚呼、これに勝る悲劇があろうか。四大悲劇もこれに比べれば霞もう。
ちなみに金椎さんはシェイクスピアの四大悲劇のうち、四番目が常にうろ覚えだ。
これに比べれば、名もなき転校生たちがその本領を発揮できずに無意味な死を遂げてきた事実も、きっと大したことはないに決まっているのだ!!
その一方、ひとりでわたしたちと距離を置いている一人は、さっきから話題に上り続けている「多田野 精子」についてダメ出しをしていた!
具体的にはプロローグSS「
青空(イグニッション)」について文句を言うという形で!!
無限の攻撃力と無限の腕力ってのはノットイコールです。
そもそも無限の攻撃力や防御力なんてあくまで『神』の攻撃判定に則って対象に向かうものですよね。無限ってのはあくまで個人の認識によって成り立つモノなんですから。
転校生に附属する無限の攻防もしょせんは魔人能力の一種なんですから【認識】がすべてです。たとえば、大地に向かって正拳突きをしたところで地球を割れるんですか?
地球の大きさを認識できるほど目が良くない一魔人にアラレちゃんみたいに地球を割ることはできない、それが答えです。
それから――、精子だなんて元々【無数】と同音異義語じゃないですか。そんな群に人間砲弾ならぬ魔人砲弾撃ち込んだったって無数の中の少数を潰すのと同じことですよね。
だって、連中はひと連なりになってるわけじゃないですから。
この『楽園』とかいう人たちって頭が悪いんじゃないですか?
魔人能力なんて結局はロジックですから、問答無用で【死ね】って書いてある無体な能力持ってる人でも連れてきてあんなん消し去ってしまえばいいのに」
はっきり言うなら……、長文でキレていた。理屈なんて後付けでしかないのだから!
一人に言わせれば、なんかポエムっぽい文面でごまかされてるけど、つまるところ自分が嫌すぎる死因で殺されてついでに地球滅亡となれば当然だと思う。
「うん……、わたしが言いたかったことありがと、一人」
悲しみと怒りを両方の耳に受けながら、なぜだか精子談義は続いていった。
悲しむべき話はあとになって思い返してみると、けして悲しい話ではなかったのだけれど、しょせんは後知恵に他ならないと思う。
そして、怒りを交えながら話は続いていった。
【東京】千駄ヶ谷トンネル〇二二八「トンネルを抜けると……」パターンSSその2
それでも結局は生存者がいないかと、声を上げながらぐるりと周囲を見回ってみる。
果たして、これが現実なのか、それとも誰かさんの妄想なのか、それはあなたのご想像にお任せするわ。
【何をおっしゃるw】
「ふふ、あなたってノンフィクションなんてものがこの世にないと信じているクチ?」
これがわたしの体験談であるかなしかなんて、きっと誰にもわからないものよ。
と、心の中で続ける。
果たして、これが口に出しているかいまいか、あなたにはきっとわからないし、わかる必要もないのだから。
それはともかく。
有名なランドマークがことごと白灰色のゲル状物体に覆われてしまって、悪臭も前にしてなんだか嫌になってしまったわたしたち。
だけど、わたしたちの事情なんてお構いなくにしてそれから間もなくして太陽は昇った。
その場に留まり続けるのは悪手かなとも思ったけれど、結局は呆然とするしかなかった、そのことが大きかった。
春を迎えるための日差しはほんのりとわたしたちを温めてくれるようだった。
地平を埋め尽くす白い物体がかぴかぴになるまではまだ相当の日数を要しそう、そんなことを思ったりもした。
「あ」
そんなことを言っていると、虫が鳴いた。
この場合はおなかの虫という奴である。どいつもこいつも可愛らしい。
そう、可愛らしいのよと、中途合流したブルマニアンさんのものも含めてきっとそうなのよ、私は断っておくのだ。
【嘘よね】
「そう、これは可愛らしい嘘なの」
どのような音色が鳴ったかについては、ご想像にお任せするわ。
そして。
「ふっ、ごはん時のようね」
と、ブルマニアンさんが言った。生憎、今のわたしが用意できる食べ物はないのだけど。
それでも何かの足しになるのかと、一同に噛みタバコをせっせせっせと配ってみる。
口に含んで置けば何かの足しになることは確かだったり。
「いや、俺、未成年だし……」
鍵掛くんは正論を言った。ならこちらはどうだ、と紙タバコを差し出す。
もちろん巻くのに使ったペーパーは『バイブル』と『○ーラン』だ。
このためだけに、わたしは信仰を捨てている。
「ヴォイニッチ手稿、アメリカ独立宣言書、ナコト写本……、貴書をふんだんにわたし好みにブレンドした、ココでしか味わえない逸品よ。
一服すればあなたの腸内細菌が全滅することを保証するわ」
「なら、なお吸いませんよ!?」
鍵掛くんはツッコミをした。さすがに足下に投げうちはせずに、そっ……と、突き返すのは彼が紳士たるゆえんというものだろう。
「ふふ……、美少女に向けてかざしたタバコに火をつけてもらう経験は大人になるまで保留かな? Gentleman」
「キーラ……浮気しないで、火遊びは勘弁だから」
一人が妬いてくれるので、どうやら口先に火が付いたみたい。複雑な味わいが口内に広がり、読み味が脳裏によぎっていく。
というわけなので、やっぱりわたしは紙巻きたばこが一番好きだ。
どの道、歩きたばこなのだけど、さすがにブルマニアンさんもこの非常事態下でわたしの条例違反を咎める気はないらしかった。
「ま、キーラのふぁれことはひょいひて」
律儀な一人は噛みながら喋る。
そして吐き出したものを懐紙に包むと、ふと思い立ったように制服の袖をまくる。
「よし」
それから一切の物怖じをせずに、路上にこんもり積もった精液の塊の中から明確な固形物を引きずり出す。
この場合取り出されるのは、巨大化、肥大化した全長一メートルほどの精子に他ならない。
「食べましょう」
山乃端一人は言った。
「この国には『男は度胸』という言葉があるのでしょう? 『女も度胸』、一緒に食べましょう」
もちろん、わたしたちに食べないという選択肢はない。
私は喜ばしい顔をした。
この国には、白子という珍味、ウニという海産物もあることはあるし、生殖器を食べるという発想は言われてみればキノコもそうであるらしい。
だけど、鍵掛くんはどうも複雑な顔をした。
どうやら彼は度胸のある男性ではなく、愛嬌のある男性というなかなかにレアな類の人種らしかった。
ちなみにブルマニアンさんは度胸も愛嬌もあるような、そんな反応を返した。
「ふふ、食べるものが精子しかない世界だなんて笑えちゃいますよね。
うふふふふふ……、なのでこれは悲しい話でもなんでもないと思うんですよ」
【東京】渋谷のどっか〇二二八「トンネルのその先」パターンEWその2
「と、いう話はどうだと思うよ!? 『金椎加古』さん!?
別に! なんにも悲しいことはないのだけれど! わたしの話を何も聞かずに、勝負どころを目指さないだなんて酷いと思うんだぁぁあああぁ!!!」
わたしは叫んだ。
打算と、矜持が一緒くたになった怒りを叫んだ。
なぜだか、悲しみさえ飲み込んでしまえるようだった。
二月二十八日になったはいいものの、お互い寝不足だったのでその場は別れて朝の八時にトンネル前に集合! ということになって再び出会った彼女の名前は「金椎加古」さん、コーンポタ缶の粒がなかなか落ちてこずになんだったら大半を取り逃す! 悲しい女性に他ならなかった。
「この世界もまた、コーンポタージュから逃れたと思ったら、おしるこの小豆からは逃れられないんでしょうか……、悲しいです、ああ、悲しいです……ががーん」
半径三〇メートルの間隔内に収まりながら、「山乃端一人」を先頭に、わたし「キーラ・カラス」、そして転校生「金椎加古」が順々に道を歩いている。
「なんて……、なんて悲劇なんですか……!!」
釣られて、わたしは、このキーラ・カラスが! むせび泣いている、嗚呼、これに勝る悲劇があろうか、姫代七不思議もこれに比べれば霞もう。
ちなみに金椎さんは学校の七不思議のうち、一番目からして知ることが怖い。
そして不幸の手紙は即日で指定された人数に転送する! そんな人であった……!
これに比べれば、なぜか珍味と称して巨大な精子を喰わされる事実も、きっと大したことはないに決まっているのだ!!
その一方、ひとりでわたしたちと距離を置いている一人は、さっきから話題に上り続けている「多田野 精子」についてダメ出しをしていた!!
詳細は――、時間がないので省略!!!
【東京】〇二二八「トンネルはもういいから」パターンSSその3からその24
●真っ白な世界
ふたりの女性が前に進み寄って一礼する。
キセルをくるくると回すキーラ・カラス。
なにかが書かれた紙を眺めて、渋い顔をする山乃端一人。
キーラ・カラス「だ、などという茶番が実はあと22回分続いたのだけれど、わたしの口から正直に言うと冗長でしかないので貴族令嬢としての特権をふりかざしてカットさせていただいわ。
もちろん、そこにいる【あなた】は締め切りに追われた誰かさんが出来もしないプロットを立ち上げたあげくに爆散したと考えてもいいし、そもそも最初から出まかせだったと考えてもいい」
山乃端一人「ちなみに『多田野 精子』の正体と対処法について私は七十二通りみつけましたが……、それを紹介するのはまた別の機会にしておきましょう。
なんですけど、霊魂説から派生した音符説、言ってしまえば音魂説が私としてはおススメだったりします。
『私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。』 ってやつです」
キーラ・カラス、ここで一服して煙を吐き出し、艶やかな流し目を送る。
キーラ・カラス「いくらメタ・フィクションを持ち込んでもいいとプロローグSSの段階からして示唆してだからって遊び過ぎだと思うけど、だってこのルート――可能性ってやつはSSなわけだから。たまには規格外があってもいいと思うの。
それから、お察しの通り、このSSキャンペーンのプレイヤーキャラクターたちは中途棄権者を含めて二十六名でしょう? 」
と、いうわけで仲間はずれにした『多田野 精子』を除いて、場面転換を挟むたびに一人ずつプレイヤーキャラを追加して以降という算段だったの、だから
【東京】〇二二八「トンネルはもういいから」パターンSSその25
キーラ・カラス&山乃端一人「あ」
●真っ白な世界、もっと真っ白くなってく
ここでキーラ・カラスと山乃端一人は抱きしめ合う。
精子
ト書き構成の世界が二十六番目のプレイヤー「多田野 精子」の闖入と共に崩れ去ってい精子く。
精子とこ精子ろで。
キー(white){精子ラ・カラ}スがこの(white){精子地}を埋(white){精子めつ}くさんとする{white){精子精}子を見て(white){精子最}後に思っ(white){精子た}のは
「あ、これ露骨な文字数稼ぎに思われないかな?」
と、いう実に間の抜けた感想であったという。
(white){精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子精子}
- ん? --キーラ・カラス (2022-02-28 23:02:04)
- どれどれ……、あー、やっぱりね。一人、いるー? --キーラ・カラス (2022-02-28 23:02:38)
- てす --山乃端一人 (2022-02-28 23:03:14)
- どうやら、あの精子どもも、このコメント欄にまでは侵食できないみたいですね。 --山乃端一人 (2022-02-28 23:03:49)
- ええと、私の目の前には一人、あなたがいるわ。一人、あなたの方はどう? --キーラ・カラス (2022-02-28 23:05:11)
- 二十人くらい見えます、えっと、これって…… --山乃端一人 (2022-02-28 23:05:59)
- キャンペーンの参加者達ね。よし、ここはわたしたち二人の愛の巣にして……、あいつらが造り出す余白とは関係ないところで世界を作っていきましょうか。 --キーラ・カラス (2022-02-28 23:07:41)
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- 波の下にも都がございます -- 逢合 死星 (2022-02-28 23:08:39)
- 柳生もいなくなっちゃいましたけど、ま、ここに書いてれば湧いて出ますよね? -- 柳煎餅 (2022-02-28 23:09:01)
- 正義執行(ジャスティス)! って、別にここでパクっても問題ないわよね? --すーぱーブルマニアンさん十七歳 (2022-02-28 23:11:56)
- ここは何……? それはそうと、魔人は存在してはならない……! – 瑞浪星羅 (2022-02-28 23:13:42)
- ひとまずは名乗っておきましょうか。私は端間一画、相談屋さんです。 --端間 一画 (2022-02-28 23:15:34)
- うーん、なんですかね。こういう場合はひーちゃんがいるから問題なっしんでしょうか。--望月 餅子 (2022-02-28 23:16:53)
- ここって、死後の世界……じゃないですよね? --宵空 あかね (2022-02-28 23:17:23)
- お言葉に甘えて、とりあえず書いとこうかのう --空渡丈太郎 (2022-02-28 23:20:04)
- おいおい、俺の周り以外は白い霧がかかったみたいにみえねーじゃねーか --山乃端 万魔 (2022-02-28 23:22:32)
- 我が花嫁に続く旅路の万難、艱難というには、な…… --ジョン・ドゥ (2022-02-28 23:23:23)
- ペーラペラペラ! おもしれ―こと考えるもんだな嬢ちゃん! --ウスッペラード (2022-02-28 23:25:49)
- ふふ、ひとまずは自身の周囲の関係性を認識せよ、といったところかな --浅葱和泉 (2022-02-28 23:28:46)
- えっと、つまりは身近な人の安否を確認しろってことですか? --徳田愛莉 (2022-02-28 23:30:31)
- えーっと、とりあえず俺の同級生はみんな無事です。 --鍵掛 錠 (2022-02-28 23:33:21)
- この期に及んでババァになにか用かい? -- ファイ (2022-02-28 23:35:57)
- ふむ、儂はもう帰ったつもりでおったが。まぁ、これも些事よな。 --アヴァ・シャルラッハロート (2022-02-28 23:38:34)
- いやーっ、びっくりっすよねー、まさかの精子襲来! --有間 真陽 (2022-02-28 23:42:49)
- ボクは……あの男のヒトたちはとてもカナシイのだとそう思イマス……--山居ジャック (2022-02-28 23:44:45)
- お嬢様……! --諏訪梨絵 (2022-02-28 23:45:11)
- 僕としては――、なんだろう、少しだけ困らないね。--ルルハリル (2022-02-28 23:48:26)
- あれ、どーいうことだ、死んでねーな。 --鬼姫 殺人 (2022-02-28 23:50:14)
- お嬢様がいらっしゃるなら。 --クリープ (2022-02-28 23:54:52)
- 死に方を選ばせる機会もまだまだ望めそうだな……ッ --月ピ (2022-02-28 23:57:20)
- ああと、ここになにか書き込めばいいのかい? それとも自分の周囲を見渡して大切な人を見つけ出すとか、それか決め台詞でもいっときゃあいいのか。いや、日付も変わるな。ここは譲るか --ハッピーさん (2022-02-28 23:59:14)
- ハッピーバースデー、キーラ・--山乃端一人 (2022-02-29 00:00:00)
- ありがとう、一人……--キーラ・カラス (2022-02-29 00:00:32)
【東京】渋谷スクランブル交差点パターンEWその3
「と、いうことがあったのですよ、『金椎加古』さん」
などと、わたしはのたもうた。
精子という名の空白、余白、またの名は虚無によって支配されたどこかの世界は不可侵の領域を得て、また蘇っていくのでしょう。
もしかしたら、2022年4月24日以降の【あなた】が、あの世界をもっと豊かにしてくれるのかも知れないけれど……、まぁ、それは言ってしまえば高望みというものかな。
もちろん、内心の独白は口には出さない。
変人と思われるのは光栄でも、さすがに狂人と思われるのは不本意だった。
三〇メートルほど距離を取って、一礼。
金椎さんの顔を見た。なるほど整っている。夢みる代わりにうるんだ瞳、泣きはらした涙袋から、赤らんだ頬にかけてはあどけなさと妖艶さを折衷したような印象がよく読めた。
乱れた髪が首筋にかかることで、手折れそうな華奢な輪郭がほどよく見えていた。
ほっそりとした手のひらが伸びるや、長いまつげをピンとはねるようにこする。
哀しみは女を美しくするのか、濡れそぼったみどりの黒髪は美しかった。どこかの制服、ピンポイントの缶バッジ、金椎さんの過去は彼女という容姿からすこしだけ、ほんの少しだけ感じ取れた。
そこにあったのは、かすかな傲慢、今が自分の絶頂期であるという思春期そのもの、そしてそれはキーラ・カラスという名のわたしという女に通じるものに他ならない。
喉が渇く。唾液を欲して噛みタバコを、紙巻きたばこもポケットで探った。ああ、あった。
さぁ、ここは渋谷スクランブル交差点。
ここは交差する地点、人と人とが途切れなく途決めなく流れゆく、渋谷スクランブル交差点は、今だけはしん――と、静まり返っていた。
誰かの差し金か、わたしの差し金か、それはここではいわない。それとも日々時々分々秒々流れが途切れることのない、この日本という国の象徴のひとつが道を開けて、時が泊まるようだった。
長くはもたない。
だから、はじめる。今だけははしたなさ、見逃して。ペッと言葉だったものを吐き出す。
「さ、はじめましょうか」
決闘の合図とばかりに、わたしは新美南吉作の児童文学『手ぶくろを買いに』を投げつける。ここからは瞬間だ。
出し惜しみはしない、シャグに刻んだ言の葉がきつねの母子のことを綴ったページのいくつかから零れ落ち、パッと燃え上がって、刹那に煙へと変わる。
黒煙。白煙。そのあいなかば、ありとあらゆる煙幕がわたしを隠す。
コンマ遅れて、バララっと散弾銃に似た雨音が足元をえぐる。
これは転校生にとっては常套の手段である砂利を用いた礫である。無限の攻撃力からなる投石は当たったが最後、必死である。
続いて、『地獄の辞典』、『悪魔の偽王国』、『ソロモンの鍵』、『大奥義書』……エトセトラ。ありとあらゆるグリモワールやそれに類するものを刻んだものを撒いていく。
(今だけは……ポイ捨ても許してください、ブルマニアンさん……ッ!)
脳内で謝りながら、とっておきの紙巻きたばこを指と指の間に挟んでいく。
そう、これがわたしのメインウェポン、取り回しの悪いパイプは実はサブウェポンだったりするのだ。
そして実は今となってはハイソなイメージがあるパイプだが、かのホームズが活躍したヴィクトリア朝時代において上流階級の喫煙は主として手間のかかる紙巻きたばこが用いられた、というのは豆知識である。
(さて、逃げますか)
耳をふさいで、距離を取りながら逃げ回る。
簡単なようだけど、これが難しい。
●
●
●
赤熱した石塊がわたしの紙と髪を焦がす。
「担任の先生に『お母さん』って言っちゃった気持ちはあなたなんかにわからないッ!」
「知ってますか! 『幸せ』って文字は一本棒を抜くだけで『辛い』になるんですよぉ!!」
「三歳の時に五万円札があるって親戚の叔母さんに自慢しちゃった私はそれからどうやって生きていけばいいんですかぁ!!!」
「うっ、あぁぁあああぁぁぁあああああああ!!!」
泣いていた。
誰もかれもが泣いていた。
誰かは声を上げて、また誰かは、声を押し殺して。
涙が伴うものもいたでしょう、涙が枯れ果てた方もいたでしょう。
それでも、わたしは走り回り、悲劇を可能な限り聞かないようにして、たったの数十秒を待ち続ける。
三、
二、
一、
ゼロ。
そんなカウントダウンは戯言で、その時になってみなければわからない。
三、
二、
一、
ゼロ。
三、
二、
一、
ゼロ。
今日が無風だということは知っているけど、これが屋内ならずっと話は早かったのに。
「あっ、」
足を、もはや赤い線と化した石の軌跡がかすめ、そしてわたしは当然の帰結として足下を取られる。アスファルトをこする腕は袖を通り越して、わたしの痛覚をなぶる。
「終わりですよ。ああ、もう、何がしたかったんですか?」
ゆらゆらと揺れる煙の向こう側から悠然と歩いてくる、涙目の彼女は水妖なのだろうか、それとも幽鬼なのだろうか?
そして、
三、
二、
一、
ゼロ。
交差点を、横断道路の白線を五線譜に見立てるとしたなら、きっとわたしたちは同じ音を出す。わたし、金椎加古、そして「山乃端一人」。
私を守るように、両手を翼のように広げて、一人は立っていた。
「すみません、本当にすみませんけど、私の勝ちですよね? 勝ったんですから、ふたりとも死んでいただきたいんです。ごめんなさい……、こうするしかなかったんです」
勝利者が何を謝ることがあるのか、それとも彼女は勝利ではなく悲しみに酔っているのかもしれない。
三、
二、
一、
ゼロ。
これは体感。
すっと、金椎さんが指先で拭った涙が地面を目指して落下をはじめる。
金椎さんは一人を見て、その指先を見て一瞬だけこわばった。一人の指先に挟まれたもの、わたしはそれを知っている。
三、
二、
一、
ゼロ。
これも体感。
だけど、金椎さんが有害図書を燃やして出た煙の中毒にかかるには、これで十分のようだった。無限の防御力を持つ転校生相手には火攻めは有効ではない。なら毒だ。
そして、閉所での戦闘には乗ってこない、大抵の毒に対する対策は練っていると目算を立てたわたしは、ビブリオマニアだからこそ用意できる毒を用意した。
「『東京都青少年の健全な育成に関する条例』に引っかかって有害指定された本は、ここが東京だからなのか滞留しやすい性質を持っているんですよね。」
よって。
「わたしの勝ち」
そういうことなの。
だから金椎さんは白線の五線譜に、音符のようになって横たわることになるの。
彼女は鳴いていた、いいえ、泣いていた。
なお、念のためにわたしたちが解毒剤として事前に服用していた書物、かつての東京都知事「石原慎太郎」著の『太陽の季節』は男根の味がした。
だけど、権力を得たというだけでそれなりの権威が付きまとって、有害図書と同じ穴のムジナのくせにもてはやされる、そういった矛盾がわたしは大好きだった。
ちなみに、先回りして言っておくと昨今の有害図書指定される本は六割以上が女性向けである。だからといって、それらを燃やした際に発生する有害物質が腐敗ガスであるとは彼女たちの名誉のためにも断じてないとここで断っておこう。
「ありがとうございました」
「それでは帰ってください」
わたしは一礼をする。一人はそっけなく言葉を続ける。
それから。転校生召喚に際して結ばれた細則が書かれた契約書が破かれる。
千々に千切れて、続いて火の粉になって消えていく契約書の炎は希望の光に似ていたのかもしれなくて、なんだか眩しかった。
それを見た金椎さんは、なにかを言いたそうにして、いくつか言葉にならない「あいうえお」の唇の動きを繰り返していた。
だけど、やがてその名の通りに、本当に悲しそうな顔をすると目をつむった。
わたしたちも火の粉のまぶしさに目をつむる。そうしたら、いつのまにか彼女はいなくなっていた。
三番目の脅威は、転校生は去ったのだ。
「終わったよ、一人」
「終わったね、キーラ」
ほんとうになんだか色々あったけど、終わってみればいい思い出かもしれない。
「キーラ、なんだかいいたい事はたくさんあるんだけど、お誕生日おめでと。今年は二月二十九日がないから今日がその代わりね」
「……ありがとう」
スクランブル交差点で、音符になって横たわるわたしの視界を占めるのはビル街、青空、そして一人。一人、一人、一人だけ?
(え?)
今までに一度も食べたことも、読んだことも、吸った事もない味がした。
「ね、キスの味のことをキーラはなんていうの?」
●
●
●
わたし、脱兎のような勢いで逃げ出してた。
「まてー」
気の抜けた常套句は、きっと追いつき追いつかれることを前提にしてる。
今のわたしには、赤面した顔を隠すのか、気取った文句を考えるのか、どっちも選べそうにはなかったの。