第二回戦交通地獄 ラーメン野郎・有村大樹


名前 性別 魔人能力
夜魔口工鬼&夜魔口断頭 男性/女性 グレムリンワークス
ラーメン野郎・有村大樹 男性 白虎落とし

採用する幕間SS

なし

本文


――渋谷。スクランブル交差点。

(また、夢を見ているのか? 死者の見る夢の続きを)

 馬鹿馬鹿しいことだ、と、有村大樹は断定する。
 これは地獄の一風景にすぎない。
(まさか、戻ってくるとはな)

 交通地獄とは、それが事実として存在する限り、架空の戦場などではない。
 現実に存在する、おそるべき交通の修羅の巷――
 渋谷スクランブル交差点こそが、この交通地獄そのものなのだ。

 鼻先を、明らかにスピード制限を無視したダンプカーが通り過ぎた。
 いつものことだ。
 この渋谷、スクランブル交差点では。
 ダンプカーはクラクションさえ鳴らそうとしなかった。

 車の風圧に煽られるように、有村大樹は後方へ体を傾ける。
 直後、その首のあった空間を、分厚い巨斧の刃がかすめた。

「ハ」
 かすれた声が続く。そして斬撃、分厚すぎる戦刃。
 ダンプカーから飛び降り、石火の一撃を見舞ったのは、小柄な男であった。

「ハ、ハハハハハハハ! ぶっころっスッ」
 笑い声が響いた。 おそらくは笑顔のつもりなのだろう。
 夜魔口工鬼の、鬼のような形相が飛びかかってくる。

 そして工鬼の片手には斧、逆の手には女の生首。
「術の隙を与えるな。やれ」
 生首が冷たく命じた。工鬼の目が輝く。
「アイサー! 東京野郎、次の手品はなんだよ!?」

 有村大樹は答えず、さらに後方へ、体のばねを使って跳ぶ。
 そこにも車――赤いワゴン車。
「――vopal.」
 ばっ、と、鋭く湯の飛沫が跳ねるような音が響く。
 大樹の腕が翻ったかと思うと、その手には黄金の剣――
 その一撃で、赤いワゴン車は両断されて吹き飛ぶ。
 それと同時に、黄金の剣はひび割れ、一瞬のうちに砕けた。まるでガラスである。

 ワゴンの残骸に激突した車輌が連鎖的に横転、爆破炎上するが、
 すでに臨戦である大樹と、夜魔口の二人はまるで意に介さない。
 渋谷スクランブル交差点とは、そうした地獄なのだ。
 大樹はむしろその爆発を利用するように、黒煙と炎と激突音の幕に身を隠そうとする。

「逃すな」
「合点っス。っつーか、絶対逃がさねえ!」
 黒煙をかき回し、旋風のごとき斧の一閃が渦を巻く。
 その加速力、腕力はまさに魔人である。
 一介のラーメン屋が、生身で立ち向かえる威力ではない。

 が、すでに大樹は対抗策を打っている。
「jiminie.」
 剣ではなく、拳銃を突き出す。トリガーを絞る。
「luchio-la.」
 ずぞっ!と、空気を巻き込み、弾丸がホタルイカと化す。
 直進してくる工鬼に、それを避ける手立ては無い――かに思えた。

「よし、止まれ」
 この生首の女の声は、冷え切ったスープのように響く。
 そして、工鬼の肉体は、思考するよりも迅速に、その指示に従う。
「アイサー!」
 ぎぎっ、と工鬼の爪先がアスファルトに煙を生む。
 放たれた弾丸ホタルイカを前に停止する――それこそは、絶対的な信頼関係がなせる業であろう。

 次の瞬間、夜魔口工鬼の小柄な体は、横から突っ込んできたミニバンに
 轢かれる形で吹き飛び、完全に弾丸を回避している。
 代わりに、ミニバンは空間を貫通するホタルイカの直撃を受け、中心からひしゃげるようにして壊滅した。
 同時に、大樹の姿は黒煙と炎、猛然と交差する車輌の影の向こうに消える。

「――ああー、残念」
 夜魔口工鬼は、転がりながら斧を旋回させ、つっこんできたバイクを無造作に破壊した。
 車にはねられたというのに、工鬼にダメージらしいダメージはない。
 額に少しの擦過傷がある程度であり、これが魔人の肉体であるといえた。

「でも、あいつ、半端じゃないッスね。豚骨ラーメンでもねえのに速ぇーなあ。
 捉えそこねたッス。先輩、すんまんせん!」
「いや。こっちは向こうのリソースを一方的に削ってる、悪くない。
 銃弾も無限じゃない。そしてあいつのラーメンも」
 生首、夜魔口断頭は、どこか不機嫌そうにつぶやいた。

「まともに戦ったら、相当に手こずる。一回戦のあいつと同じ類だ」
「あいつっスね! つまり……ええと……」
「お前に記憶力なんて期待しちゃいない」
「や、先輩の言ったことならなんでも覚えてるんスけど!」

「関東の、いや、東京のラーメンはさすがに多彩だな。
 芸が多い。認めよう、もしかすると我々より上かもしれない。
 立地条件もよくない、渋谷はあいつの縄張りのようだ。
 しかし――」
 夜魔口断頭は、工鬼の不毛な言い訳を無視した。
「なぜか知らないが、やつの体内厨房はすでに枯渇しかかっている。
 つまり、戦い方はわかるな?」

「任せてくださいよ! オレが一番得意なアレっスね!」
 工鬼は、片手の斧を旋回させた。
 突っ込んできた小型車輌が、その一閃で四分割されて吹き飛ぶ。炎上する。
「全力で速攻でぶっ潰ッス! ――どうッスか!」
「お前にぴったりの戦術だよ、工鬼。だが、今回ばかりは、それが正しい」
 断頭は、『今回ばかりは』という一節を強調した。

「追い込んで、畳み掛けろ。消耗させて磨り潰せ! いいな?
 お前のサルどもはどうだ?」
「ばっちりッス、先輩。あいつの位置は――」
 工鬼の瞳孔が、鋭く細められた。
「完璧に! 把握してるッス! 包囲も完了!」
「よし――この戦い、気になることもいくつかあるが――」
 断頭はその美貌に酷薄な笑みを浮かべる。

「勝つ。工鬼、広島ラーメンを見せてやれ……!」
「アイサー!」

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 後悔することがあるとすれば、店の最後を見届けられなかったこと。
 有村大樹はガード下にうずくまり、渋谷の風景を見上げる。
 ――ラーメン屋が一軒もなくなった、渋谷スクランブル交差点の風景を。

 これが末路だ。
 ラーメン戦争に破れ、渋谷は生者の世界を失い、地獄に沈んだ。
 そしてラーメン屋が消滅し、客も去り、残ったのは命知らずのスピード狂だけである。

(店長、俺は、あんたの店の店員になれただろうか?)
 本当にそうならば、弱音など吐かない。
 本物のラーメン屋の店員が、ラーメンづくりのさなかに不安を抱くはずなどない。

 つまるところ自分は一介のアルバイトに過ぎないということ。
 強さも、麺にこめるべき魂も、店舗経営のノウハウさえ未だ持たない、
 『志』という虚栄心の塊に過ぎないということである。
(そのうえ、敵は『二人』)

 有村大樹は、絶望しかける精神を意図的に殺した。麻痺させていた。
 つとめて何も考えないように。
 銃の弾倉の確認をする。弾丸は、残り一発。
 ラーメンの調理も、体内厨房からリソースが枯渇しつつある。
 ここからは文字通り、身を削る調理となるだろう。

 対して、相手はどうか? なによりもまず、武器である斧がまずい。
 これと太刀打ちするには、大樹はラーメンで刃を具現化する必要がある。
 が、体内厨房の不安定ないまの状態では、一振りの間を維持するのが精々だ。
 接近戦はまずい。
 だが、遠距離での戦いはもっともまずいということを、有村大樹は知っている。

 相手は、恐らく――――《広島ラーメン》の使い手なのだから。

「まったく」
 大樹は深く呼吸をして、つぶやいた。
「やっぱり、俺ひとりじゃ勝てねえよ、ミル彦……」
 この場に、ミル彦がいれば。
 なんの役にも立たないかもしれない。いや、きっと役にはたたないだろう。
 だが、笑い飛ばすことはできた。

 半透明のカツオをまぶたに思い浮かべる。それも一瞬のことである。
 直後、大樹は飛び跳ねるように身を起こし、
 車の行き交う道路方向へ飛び出している。

「――っでっ?」
 頭上の渋谷北口ガードが、粉微塵に切断粉砕された。
 すこし驚いたような顔で、瓦礫の欠片とともに、夜魔口工鬼が降ってくる。
 斧が旋回する。
「気づいてかわしたかよ、マジで半端ねーッスね!
 どうやって?」
「あの法帳紅を始末した、お前たちだ――」
 有村大樹は、斬撃を紙一重でかわし、体内厨房を活性化させる。
 ラーメン魂名物の、高速調理である。
 仮想麺が一瞬にして茹で上がり、湯切りされ、展開される。

「お前たちのラーメンの種は割れている。
 《西》のラーメン屋の手口はな」

 ラーメンの味は、関西と関東では決定的に違う部分がある。
 だが、門外不出の調理法については、死守せねばならないのは同じだ。
 法帳紅を始末した以上、有村大樹は断定する。
 この二人は関西ラーメン屋からのギャロウズ(絞首人の意。プラハ賢人議会の猟犬)であるのは間違いない。

 なぜなら、それ以外にラーメン屋が殺害される理由などないからだ。

 で、あるならば、話は簡単なことだ。
 経営戦略で上回った者が生き残る。 それがラーメン屋の掟なのだ。
 特にそれがチェーン店ならば、味は4週間にわたる徹底した研修により均一化する。
 唯一、勝敗を分けるものは――

「vopal.」
 一瞬にして黄金色の剣が有村の手に生まれる。
 透き通った、濃厚コク塩スープの色であった。
 地面をこするように、斬撃を返す。

「ああ? テメーこら、関東のラーメンなんか――」
「工鬼!」
 あと一歩、踏み込めば。
 その声が響いたのは、有村大樹がそう期待した間合いに入る、直前だった。
<div>「右! 飛べ、あのラーメンと撃ち合うな!」
「おぇえっ? マジすか」
 理解不能、といった表情はそのまま、夜魔口工鬼は迅速に応じた。
 体を強引にひねった、魔人の身体能力が可能とする跳躍。

 有村が滑らせた黄金の剣は、虚空を切り裂いた。
 それだけで、ずぞっ、と空気が空間断裂に巻き込まれ、鋭い音を響かせる。
「ち」 
 有村は無作法と知りつつ舌打ちをする。
 空間の断裂に巻き込まれ、工鬼の後方の空間が、
 斬撃軌道上を走る車ごと数台、まとめて裂けた。

(はずした。まずいな)
 有村の手中で、黄金色の剣が砕けた。
 そして、それを握っていた右腕にも、結晶体が砕けるような亀裂が走る。
(あと何回いける? 空間を切断するくらいのラーメンは)
 いずれにせよ、
(俺はこのままじゃ勝てねえみたいだ、ミル彦)
 大樹は背中に手を伸ばした。リボルバーに触れる。

「あぶねえええ! 関東の水みたいなうっすいラーメンのくせに!」
 工鬼は怒鳴り声をあげ、斧を旋回させる。
 左右から突っ込んでくる車輌を、ほぼ同時に両断。
 爆炎と衝撃があがる。

「塩ラーメンと見て間違い無いな。
 あれは至近距離がまずい。避けきれん」
 夜魔口断頭は呟く。
「やるしかないな。工鬼!」
「アイ」
「もう遊ぶな。近づくな。この相手は――、徹底的に、本気でやれ!」
「アイサー!」
 返答と同時に、工鬼は斧を地面すれすれに払う。
 さきほど両断した車の残骸を、その斧の刃で撃ち出している。

「vopal.」
 有村は短くささやき、黄金の剣を再び生み出す。
 が、それで残骸を迎撃はせずに、大きく跳躍して残骸を避ける。
 そして、その頭上へ、殺到する影がある。

「う」
 指ほどにも小さな、毛むくじゃらの悪魔じみた影。それがいくつも。
 それらが、手にガラスの破片や、金属の欠片を持っている。
「っきききっ!」
「きっ!」
 夜魔口工鬼の、グレムリン・ワークス。
 おそらくは、さきほどから有村の位置を捕捉していたのも、この能力によるものであろう。
 鞭のように腕をしならせ、有村の頭上に飛びかかる。

「――こいつ、」
 有村大樹の目が大きく開かれた。
 小鬼を振り払うように、体をひねり、剣を握った腕で裏拳を放つ。
 一匹はそれでたやすく吹き飛んだ。
 が、それだけでは終わる能力ではない。

「うっきっ」
 次の一匹が、大樹の脚にしがみついた。ガラス片でひっかく。
「ききっ」
 次は腰にとりつく。その次は背中、腕、首。
 金属片が首に食い込もうとする。
「「「「きききききききききききききっ」」」」

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【グレムリン】(小鬼)
核となった精神→愉悦
モチーフ→西洋の妖精
■召喚持続時間:2日(それ以上は試したことがない)
■設定
体長5cmほどの小悪魔。
漫画的なサルのような容姿で頭には角が一本、お尻には悪魔的な尻尾が生えている。
機械を狂わせる能力を持つ。コミカルな動きで悪戯好き。

■能力
機械の動作を狂わせる。また、使役者とテレパスによる感覚共有が可能。
それぞれに個性があり、索敵や情報収集、工作活動を得意とする。

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「グレムリン……!」
 有村は足元のグレムリンを蹴り飛ばし、ついで、
 首の動脈を切断しようとした別の一匹を引き剥がす。
 単独の力、それ自体は決して強くない。

 だが、その周囲に、クラクションの響きが連鎖した。
 四方から、逃げ場のないほど無数の車が、運転制御機能を喪失したように、
 異常な速度で突っ込んでくる。

「――やれやれ」
 有村大樹は、低く呻いた。
「どうやら、本当にお別れだな、ミル彦。俺は――」
 その唇が、声を出さずに動いた。
『独立する』、と、言ったように見えた。

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 グレムリン・ワークスの本来の能力は、機械の働きを狂わせるところにある。
 彼らの能力半径の中、高速で走る車ならば急減速し、ハンドル制御を失う。
 この能力のオン・オフを丁寧に操作すれば、まさにその挙動を――
 ある程度は、操作することができる。

 ラーメン野郎、夜魔口工鬼がもっとも得意とする『豚骨』『醤油』が司る、
 『破壊』と『結合』の広島ラーメンであった。
 その矛盾したラーメンが、機器の動作を狂わせてしまう。

「――あー、さすがに……」
 工鬼は斧を片手で払い、あまりにも無造作に、突進するダンプカーを断裂・破壊した。
 この程度はラーメンを使うまでもない。
「一撃じゃあ仕留められねッスか」
 グレムリン・ワークスが導いた、車の衝突地点から、煙と炎が盛大に立ち上っている。
 車輌の残骸には、どれも鋭利な――空間ごと引き裂いたような切断面があった。

 そして、有村大樹は、大きく呼吸を繰り返しながら、その炎の前に立っている。
 汗だくの顔。炎の熱で焦げた皮膚。体に巻きつけたぼろぼろの黒シャツ。
 さらには、その前進に、ガラス結晶が砕ける寸前のような亀裂が見える。

「独立……」
 まさに、地獄の亡者の姿であった。

 枯渇した体内厨房から無理にラーメンの材料を引き出そうとすれば、
 肉体にフィードバックがやってくる。
 塩ラーメンならば、水分・塩分の消失。肉体がひび割れ、限界を超えれば砕ける。
 すでに、危険域を通り過ぎている。

「独立」
 大樹がつぶやくと、その頬から皮膚の欠片がこぼれ落ちた、破壊が始まっている。
 ラーメンが作れたとして、もはやあと一、二回だろう。

 夜魔口断頭は眉根を寄せる。
「もはやラーメンにとりつかれた亡者だな。
 こういう手合いとの戦いは――」

「追い込んで、畳み掛ける」
 夜魔口工鬼の瞳孔がいっそう引き絞られた。

「消耗させて磨り潰ッス!」
「その通り」
 有村大樹の周囲で、影が蠢いた。
 地面から湧き出すように、数匹のグレムリンが起き上がる。

「うきっ」
 ある一匹は飛び跳ねて、有村の頭上から。
「っききっ」
 別の一匹は、足元を駆け上るように、一斉に動き出す。

「来る、か」
 大樹はひび割れた片手を構えた。
 頭上から襲いかかるグレムリンを払いのけ、同様に、足元のグレムリンは蹴り飛ばす。
 だが、そうした行為に意味はほとんどない。

 迎撃され、地面に叩きつけられたグレムリンは、すぐに消える。
 夜魔口工鬼が能力を解除しているのだ。

「広島の有名店じゃあなァ、東京野郎!」
 工鬼が一歩、後退して、トラックの突進をかわした。
「数が力だ、よーーーく覚えとけ! 地獄でな!」

 グレムリン・ワークスの真骨頂は、小鬼の消滅・生成が自由自在ということだ。
 最大同時存在数には限界があるが、体内厨房の在庫が許す限り、
 無限に消滅・生成をくりかえすことができる。

 むろん、個々の力は弱い。
 刃物を持っていたとしても、足止め程度にしかならない。
 だが、その程度の足止めで十分なのだ。この交通地獄、渋谷スクランブル交差点では。

「立地条件じゃ俺たちの勝ちだな、東京野郎!」
 工鬼が能力の制御に意識を集中させる。
 大樹の傍らを通り過ぎようとした車が、タイヤを滑らせる。
 そして交通事故は連鎖する――焦点である有村大樹を狙って。

「わかってる。いまの俺じゃ勝てない」
 有村大樹は、静かにリボルバーを握る。震えた手で持ち上げる。
「だからな、ミル彦、店長。お別れです」
 そして、銃口を、自分のこめかみに押し付ける。

「絶対――」
 引き金を絞る。
「 絶 対 独 立 ! 」

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 己の頭部に弾丸を打ち込んだとき、有村大樹の肉体に真っ先に起きた変化とは、
 その四肢の崩壊であった。
 ねじれて収縮し、白く変色して、枯れ木のようなものになった。

 弾丸の着弾した頭部は、盛大に血を吹き出し、そのまま砕けた。
 かと思った次の瞬間には、血と肉が渦を巻き、血のタオルを形作る。

 表情が失われ、乾燥し、仮面のような顔となる。

 黒いティーシャツの巻き付く肉体が、骨が、「ほどけ」てさらなる襤褸と化す。

「なんだ、こりゃ――」
 夜魔口工鬼はその異形に戦慄した。
「せ、先輩、なんッスか、あれ?」
「冗談だろう?」
 断頭ですら、少なからず驚いたようだった。
「――あれは――もう、ラーメン屋じゃない――」

 自らの肉体が渦巻き、襤褸をまとったように見える。
 黒いティーシャツと、血のタオルが翻る、顔のない怪物であった。

「ラーメンそのもの……!」

 自分にラーメンを撃ち込むことで、
 肉体ごと、その体内厨房を丸ごと、ラーメン化した。
 もはやラーメン野郎ではなく、人間ですらないのであろう。

 その異形は、ただの亀裂のように見える口から、奇声を発した。

『ィィイイイ…………』

 大気が歪曲する。

『……ィィァラッスァァァッセェェェェェイイイィィィィッ!』




 ―――― 襤褸王、有村大樹 現界 ――――


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【襤褸王】(人間・有村大樹)
核となった精神→絶対独立
モチーフ→ラーメン屋
■召喚持続時間:不明
■設定
自分自身をラーメン化したもの。独立を求めた魂の成れの果て。
もはや戻る方法もなく、あらゆるものにラーメンを振舞うだけの存在。
法貼一族は、こうした存在の出現を新華羅生盤によって予見し、危惧していた。
■能力
『瞑目:(不明)』『瞠目:(不明)』『呟言:(不明)』『一指:(不明)』
もはや、その挙動のすべてがラーメンである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その歓迎の咆哮は、一瞬で周囲の空間を満たした。

「きっ!?」
 接近しかけていたグレムリンは、一匹残らず全身を細切れに切断され、吹き飛んだ。

 周囲の車は乱雑に分割・切断され、爆炎をあげた。
 襤褸王の姿は、その黒煙に飲まれた。

「どこへ――」
 夜魔口工鬼は、なかば本能的にグレムリン・ワークスを生成し、
 襤褸王の姿を捕捉しようとする。
 その頭上である。

『――――――――』
 黒い襤褸が翻った。
 能面のような表情の、まぶたが静かに閉じられた。
 ――瞑目。
 もはや、ラーメンそのものとなった彼には、調理すら必要ない。
 その動作のひとつひとつがラーメンであり、業なのだ。
 瞬間、その襤褸の背後へ、黄金色の剣が無数に、翼のように出現している。

「……工鬼!」
 夜魔口断頭が怒鳴った。焦燥と怒りが滲んでいた。
「逃げろ! こいつはイレギュラーだッ、こんなのと――」
「先輩」
 工鬼は軽薄に笑った。
「そりゃァー無理ッス」
「お前」

 断頭が何か罵倒の言葉を口にしようとした。
 それより早く、工鬼は振りかぶり、断頭の首を――はるか彼方に投げ飛ばす。
「先輩、お先ッス! 誰か、誰でもいいんで、こいつを、なんとか」

 最後まで言葉を続けることはできない。

 なぜならば、空中の襤褸王が、その目を見開いたからだ。
 ただ瞠目する、たったそれだけだった。
 無数の黄金剣は空間を切り裂き、距離を無効化して転移し、
 その周囲の風景すべてを空間ごと『切断』している。

「工鬼」
 夜魔口断頭は、投げ飛ばされながら、夜魔口工鬼の肉体が細切れに切断されるのを見た。
 風景が切り刻まれ、交通地獄であったものが崩壊していくのを見た。

「工鬼――」
 戦闘は終了した、と判断され、戦闘領域が消滅していく。
 あくまでも戦闘者は工鬼であったのだ。
 断頭は領域外へ排出される己の存在を感じた。

 襤褸王が、地獄を切断・破壊しながら、いずこかへゆっくりと移動していくのが見えた。
 もはや理性があるとは思えない。

「馬鹿が。クソ馬鹿」
 断頭は罵倒を繰り返した。まったくもって馬鹿だと思った。
 ――あの異形のラーメン。
 もはや魔王といっていいだろう。襤褸王。

 自分が生き残ったところで、あの無制限な空間切断能力に、いったい誰が対抗できる?
 いったい誰ならば始末がつけられる? ――誰が工鬼の仇を討てる?

「畜生」
 断頭は口の中を噛んだ。血の味がした。
「なめてんじゃ……ねーぞ、クソッタレラーメン野郎!
 絶対に殺してやるからな! 魂ごと消してやる!」
 断頭は呪詛のこもった雄叫びを響かせた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「やはり…… 来たか」
 『声』の主は、憂鬱げに呻いた。
 そして、何かが立ち上がる気配。

「誰でもよい。やつを討伐しなければならん」

「すでに敗北した者でも、勝利した者でも、誰でもかまわん。
 何人集めてもよい。もはや地獄だけの問題では済まないだろう――」

「万物を切断する能力を持つ《襤褸王》。
 やつを討伐した者にも、生き返る権利を与えると伝えろ」


■■■information:《襤褸王》討伐ミッションが発生しました■■■



最終更新:2012年07月19日 22:35