星に手を伸ばすふたりの人


 熱い、湿った風が吹く。

 日光を浴びた樹は葉の気孔やクチクラ層を通して蒸散を行い、光と共に取り入れた余分な熱を吐き出している。
 水分を吐き出した植物は、土壌との浸透圧差により根から新たな水を吸い上げ、同時に土中の養分も引き込んでいる。

 水生植物や寄生植物であればいささか事情は異なるが、一般に樹木と呼ばれるものはそのようなサイクルを営んでいる。
 植物とは生物であり、呼吸だとか、光合成だとか、そういった生命活動をしているものだ。
 動物ほどの激しさを持たないそれを、普通の人間には感知しづらいというだけで。

 だから、その途方もない大きさの樹が吹き付けるその風も、当たり前のものではあるのだろう。

 その巨大な葉と同じ、深緑色のシルクハットとダブルスーツを纏う女の表情は穏やかだった。
 植物めいた穏やかさだ。覇気のない虚ろな顔と見なす者もいるだろう。

 彼女はそっと額に手をやる。柊の実のように真っ赤な髪が濡れて張り付いていた。
 剥がすように手で拭うが、それ以上整えるわけでもない。
 無造作でなお美しい、雪のように白い肌の若い女だった。
 金の瞳は冬の夜空の星に似て寒々しく光る。

 大きく息を吸う。金木犀にも、蝋梅にも、何にも似ていないその芳香。
 肺に留めて二秒間、ふう、と口から吐き出した。

「ええ、これは、良い香りですね」

 そして女は躊躇うことなく、軽い足取りで扉へ向かった。

 この節は、彼女の物語。矛盾の特異点の物語だ。

◆  ◆  ◆


「ロダン! 圧巻の大きさですねえ」

 ポンコツ婦警は感心した様子でそう口にした。

 部屋の幅や奥行きは先ほどの女教皇の教導よりも多少狭い。
 つるつるとした床中に手のひらサイズの星型の金属板が散らばり積み重なっている。
 そして天井は異様に高い。ドーム状になっていて一番低い外周部でも7mはあると思う。
 その部屋の最奥に次の枝へと続く門がある。

 全高6m20cmの黒鉄の門。生々しくもがき苦しむ浮彫のモチーフは『神曲・時獄篇』。
 200を超える人物の群像であり一繋ぎのモニュメント。

『地獄の門』。確かにそう呼ばれるロダンの作品に酷似していた。

「さっきのブッダ像もそうでしたけど置物のチョイスが美術的ですよね。どんな人の仕込みなんですかここ?」

 オレに聞かれても困る。
 試練の内容については話す権限がないだけだが、この樹については知識自体がほとんどない。
 案内人と言っても最初にこれはクソダンジョンのデスゲームです、と告げた後は基本的に候補者を見届けることだけが役目だ。
 下手を打たなくても大抵は死ぬ試練に向かう候補者にかけることの出来る言葉は少ない。

 さっきも心構えのようなものを説いては見たがポンコツ婦警にとっては言われるまでもないことのようだったし、オレはこれでもこの迷宮に属する端末だ。
 つまり所属としてはこいつを殺しにかかっている側なわけで、そんな奴が何を言うのかという思いもないわけじゃない。

 それでも、オレには口を利く機能が備わっている。会話を求めるなら付き合うのはやぶさかじゃない。
 例え意味のない言葉であったとしても、それを交わすこと自体はきっと大切なことだと思うから。

「なんでこんなデザインなのかは知らないが。よく見てみろ。おまえが知ってる美術品とは違うところが……」
「あっ、よく見たら人が。おーい! あなたも候補者の方ですかー?」
「くそ! やっぱり話を聞かねえ!」

 そして不用意に話しかけるな!
 友好的とは限らないとわかってるはずだろうが!
 相手はいきなり襲いかかってこないだろうな!?
 いやオレがこいつを心配する義理もないんだが!

 ポンコツ婦警はへらへら笑って手を振っている。
 対して相手は緩慢な動作で立ち上がった。

 こちらが声をかけるまでは門の前に座り込んでいたのだ。

 深緑のシルクハットにダブルコートのまだ若い――こっちのポンコツと同年代らしい女。

 とりあえずは一人のようだ。
 末端枝は越えたと言ってもまだまだ根から遠い側枝に過ぎない。
 それぞれの候補者が辿る道は合流し始めるが違う枝にいる者もいるだろう。重なる(ルート)であっても同じタイミングで同じ試練を受けるとも限らない。

 緑の女は軽く手を挙げた。白手袋が肩の辺りまで持ち上げられ、ゆっくりと左右に動く。
 うっすらと微笑を浮かべ手を振り返したのだった。

 まさか、こいつもそういうノリなのか?
 オレは正直ぞっとした。

 その時だ。

「ここで会えたことを嬉しく思う! この雄大無尽の樹中世界の中で同志との出会いはなんと嬉しきことであろうか! 貴君らの名を伺いたく思うが、問うばかりでは無礼という物! 吾輩は名乗るほどの者でもなく、僭越さに恥じ入るばかりであるが、まずは我が素性を耳に入れられよ! 我が頂く角は雷光であり、我が高き嘶きは雷鳴であり、しかして我が名も雷電の響を賜った!」

 まさに雷のようにその声は朗々と響き渡る。

 もうかなり友好的だとしても関わりたくない感じがしているがオレに選択権はない。
 こんな時に限ってポンコツ婦警は話の腰を折ることもなく大人しく名乗り口上を聞いていた。
 案内者同士は不干渉が原則だが機会があればあちらに優しい言葉をかけてやりたいと思う。

「我が名はドンダー! 賢明なる候補者ホリィ・クリスマスの友たる案内人である!」

 前言撤回。
 そっかー。今叫んでるのは案内人かー。関わりたくない。切実に。

 ……などと思ってもオレにどうこうできるわけもなく。

 オレがだんまりを決め込んでいる内にポンコツ婦警はあちらさんに近づいていってさっさと自己紹介を済ませてしまった。
 ついでにオレのこともウォーたんとして紹介しやがった。もう諦めている。

「それじゃあクリスマス博士はクリスマスツリー博士なんですね!」
「いえ、クリスマスツリーの研究をしてはいますが博士ではありません」

 二人の候補者は話しながらも手を動かす。
 散乱する星型をかき集めているのだ。

 三つ目の試練の名は星の門。
 門を開けて先へ進むこと自体が試練になっている。
実を言うとこれは前回の剪定/選定では見なかった試練で、オレが経験者ぶることはできない。

 それでもこの部屋に入った瞬間、オレには樹からデスゲーム進行のために必要な情報が与えられていた。
 直接的な致死性は魔術師の工房以下らしいのだが、クリアできないやつは一生クリアできないタイプのものだった。

 先ほど俺が言いかけたことは攻略のヒントではなく前提になるポイントだ。
 本来の『地獄の門』との違い。
 第一に、この部屋の門にはこれ見よがしに星型の凹みが設けられている。
 第二に、門の上部に刻まれた碑文。ダンテの叙事詩に記された物とも違うそれは、普通に立っていても見えづらく、これに関しては案内人が口頭で伝えることになっている。

「汝らここに入るもの一切の望みを捨てるなかれ!」

 クリスマス博士の傍らで鹿、もしくはトナカイ、あるいは角付きのカバにも見えるぬいぐるみが再び叫んだ。
 こいつがドンダーで、口にした内容が碑文だ。
 元ネタと比べてかなりすっきりとした短文だ。「諦めるな」以上の文意があるとは思えない。

 二人の候補者は実際諦めずに、律義に、安直に頑張っていた。

 それぞれが部屋中から50枚、計100枚の星形を集めて門の前に戻ってくる。
 この部屋の全ての星形は門と同じ黒鉄で作られ、大きさも重さも寸分も違わない。
 それを1枚ずつ門の凹みに押し込んでいく。
 自動販売機がコインを飲み込むようにするりと門の中へと消えていき、その度にブブーと人をおちょくるような音が鳴る。
 100枚目を入れ終わると、ガコンと音を立て床が傾き、門から入口へ向かって下り坂になる。
 まだまだ床に余っていた星形は坂の下に大きく開いた口へと吸い込まれていく。
 門にはつかまりやすい像がいくつも備わっているから候補者たちが落ちる心配はないだろう。
ちなみにオレはポンコツ婦警の胸ポケットに、ドンダーはクリスマスのシルクハットに押し込められている。
 全ての星形が落ちれば床は元に戻る。この時候補者が星形を隠し持っているといつまでも戻らないというのは既にクリスマスが確かめていた。
 きっかり10秒後ビープ音が鳴り、次に天井から雨のように星形が降る。

 災害じみた轟音が響く。
 当たり所によっては間違いなく死ぬ。
 ただ、これも危険はほぼない。
 門には立派なひさしがついていて、星形が落ちきるまでここに留まっていれば負傷する要因は全くない。

 そうして20秒降り続き、床に溜まった星型の数は千や二千では効かないだろう。

 回収前の星形にマーキングしていても補充後の星形にはなんの痕跡も残っていない、そしてかなり雑に扱われている星形ではあるが傷や歪みは一切なく識別は不可能だろうとはクリスマスの弁である。
 彼女、結構な時間一人で頑張っていたらしい。

 要するに。この試練はたった1枚の正しい星形を門にはめればいいのだが。
 1割も確かめない内に状況はリセットされるのだ。
 それを何度も繰り返している。
 こっちのポンコツ婦警も合流し状況を理解してからそれに追随している。

 諦めずに試行し続ければ正解を引く確率は0じゃない、と考えているのかもしれないが――。

「博士ちゃんはワタシより少し年下なんですねえ。危ない時は頼っていいからね? ここ指名手配犯もいるはずだし」
「はい、博士ではないですが頼ります」

 あるいはなにも考えていないのかもしれない。
 もしくは無思考で作業できる試練よりも、競争相手である候補者の人となりを確かめることを優先しているのか。

 カチャカチャ音を立てて星を拾い集めながら二人の候補者は話をしていた。

 樹の事情を知らずに乗り込んできたので力に興味はありません、敵対する必要はありません、というこっちの言い分は素直に信じられるものではないだろう。
 いくらポンコツでも他の候補者側が蹴落としにかかる危険は理解しているはず、というかその辺りに関してはポンコツでもない。そこはまあ、認めている。

 それにクリスマスがポンコツの目的を信じたとしても。
 最奥で力を得られるのは最優の者だけなのだ。

 根にたどり着くのが一人だけだと決まっているわけではなく、途中で脱落さえしなければ帰還はできる。他の候補者を排除しろというルールはない。
 同時に何をもって候補者の最優を定めるのかというルールも語られていない。
 たとえその気のない人間であっても最奥にまで連れ立っていけば、そいつに力を持っていかれてしまうという可能性を考慮せずにはいられないはずだ。

 他の候補者にはポンコツ婦警を排除する理由がある。
 ポンコツ婦警も襲われれば反撃に躊躇はしないだろう。
 その名目が正当防衛か公務執行妨害かは知らないが、普通の警察業務の延長として戦いを忌避するような人間ではないはずだ。

 ただ、クリスマスがそういう事をするかと聞かれれば、あまりしないんじゃないかな、という雰囲気はある。
 荒事には慣れていなさそうだ。人を傷つけるような剣呑さは感じられない。
というよりは。率直に言って単純に弱そうなのだ。

 こうして三つ目の試練にたどり着いている以上、身体能力が低いということは考えづらい。
 戦闘技術が未熟でも致死性の攻撃ができる異能を持っている可能性だってある。

 それでも、それ以前の問題として、彼女と戦うということをいくら想像しても全く危機感を覚えない。
 ポンコツ婦警のワンパンで沈むイメージしかない。

 あるいはそのように相手を油断させる能力が発動しているのかとも考えたが、ポンコツ婦警の視線を追えば抜け目なく観察し続けている。床の星を拾いながらもクリスマスから決して目を離さない。そのクリスマスの方はさっきからポンコツに背を向けている。余裕なのかなんなのか。

 精神操作の類が絶対にありえないとは言えない。
 先ほどの発言からしてポンコツ婦警は「警官として守るべき市民」として見なしたようだし、油断させるのではなく敵意を持たせない能力なのでは、と勘繰ることもできなくはない、が。

 ……まあ、結局のところ、それはオレがぐだぐだ考えるべきことでもないのだ。

「そういえば博士ちゃんはなんでここに来たんです? 世間じゃ願いが叶うとかなんとか言われてるみたいですけどー。パワースポット巡りが趣味なの?」
「私が聞いた話では『万能の英知を秘めた水曜の瞳』を手に入れるという言い回しでしたね。なんとなく北欧神話になぞらえた言い方なのかな、と思いますが、ともかくそれを手に入れるか死ぬか、という話で」
「なるほど、そのファンタジックな瞳が欲しいと。ワタシからすればそういう名前がつくのは結局そういうフレーバーの宝石かなんかじゃないかなと思いますけど。えー、まあ応援はしますよ」

 まだまだ夢見る年ごろってことですかね、ロマンチックではありますね、とポンコツ婦警は微笑まし気に頷いたが。

 クリスマスはこちらに向き直り、気まずそうに首を振った。

「いえ、あの、もう一つの方です」
「もう一つ?」

 ポンコツ婦警は首を傾げた。
 オレも、ぬいぐるみの首が動くわけではないが、疑問符を浮かべる。
 他の賞品とか副賞とか特にないはずなんだが。 

「ええ、ですから、死ぬ方です。私の目当ては」

 クリスマスは申し訳なさそうに目をそらした。

◆  ◆  ◆

 空気が重い。

 別に大気の成分が変わったわけではない。
 出られないまま何時間も部屋にいると毒ガスが噴き出すとかそういう試練ではないし換気の心配もない。

 時間は経ったが、いる場所もやってることも変わらない。

 相変わらず扉に星をはめて、ブブーという音を聞いて、床が傾いて、出っ張りの多い像につかまって、ビープ音の後に星が落ちてくる、その繰り返しだ。

 ポンコツ婦警は手を止めて天井を見ているが、クリスマスは作業を黙々と続けている。

 いや、死ぬために来たってお前、コメントしづらいよ?

 止めるべきか、励ますべきか、事情を聴くべきか、何も言わないべきか。
 困るわ。
 まあ深入りしないのがベターなんだろうが。
 担当候補者の競争相手だし。いや、それも違ってくるのか?
 でもただ死ぬだけならこの試練でも前の試練でもいくらでも死ねただろうし。もっと言うと樹に入る必要もないし。
 それもつっこむべきではないか?

 ポンコツ婦警もドンダーも何も言わない。
 お前の候補者だろなんとかしろよ、と鹿ぐるみに目線で訴える、ことはできない。
 この体はぬいぐるみなので眼球が動いたりはしない。
 そもそもやつはシルクハットにしまわれたままでお互いに姿が見えない。

 のではあるが。案外気持ちが通じたのかもしれなかった。

「我が友の言葉について貴君らも思うことはあるであろうが、これだけは言える」

 今度は抑え目の音量で声が響く。

「ホリィ・クリスマスは弱さゆえに自死を避けるのではない」

 ブブー。

「確固たる信念がある」

 ブブー。

「死を求めるに足る理由がある」

 ブブー。

 クリスマス選手、門に星を入れ続けている。

「自殺しないのは単に宗教上の理由です。自分では死なないように頑張りつつも不可抗力で死ぬならセーフかな、という程度の考えなので。死ぬ理由も大したことではないですから、本当に気にしないでくださいね」

 本人による全否定だ。

「その選択は、自分で考えた結果なんですよね」

 ポンコツ婦警は唐突にそう言った。相変わらずその声色に緊張感はない。

「決心に他人からあーだこーだ言われるのは嫌でしょうけど」

 むしろ暖かみさえ感じさせるような声で。

「博士ちゃんは可愛い子だから、単純にワタシが死んでほしくないです。思いとどまるように説得してもいいですか?」
「聞き入れるかはわかりませんよ?」

 その答えは肯定だ。
 それが即ち本当は死にたがっていないということにはならないけれど。

「ありがとうございます。えー、では事情は聴きませんから、嫌なことがあって死にたいのだと仮定します」
「ええ、それで合ってます」

 穏やかにそう言う。

「どうしようもない悲劇があったとします」
「はい、ありました」

 それは、どこかで聞いた話だ。

「その状況を自分ではどうにも変えられなかったとします」
「そうですね」

 言葉に込められた気持ちは、きっと他人事ではなく。

「それでも、その状況は一人の人間のせいではないはずです」
「ええ、理由はいくらでも、なににでも求められます。だからこそ責任はどこにもない」

 それでも、二人の間には。

「だったら、あなたにも」
「状況が発生した理由はそうでも」

 どうしようもない差があるはずだ。

「その状況を変えられなかったのは、私の願う気持ちが弱かったからですよ」

 自らの死を求める者と、そうしなかった者の差が。

 カチュア=マノーはホリィ・クリスマスになにか言おうとしたのだと思う。
 その言葉はビープ音がかき消した。
 きっかり10秒後、星々が落ち始めた。

 轟音の中で会話はできない。

 そして。

「じゃあ、そろそろ先に進みましょうか」

 そして星が落ちきった後、ポンコツ婦警はそう言った。
 天井の一点を指さして。

◆  ◆  ◆

「おかしいと思ったのは、この部屋が何を試しているのか、という点です」

 門のひさしの下をうろうろしながらポンコツ婦警は語り始めた。

「運試しではないでしょう。運というのは確率の偏りであって人間自身が備えている資質ではありません。仮に運を図るのだとしても――この部屋の星は何枚ほどあるかと思いますか?」
「10000くらいでしょうか?」

 クリスマスも推理ショーっぽい雰囲気に付き合っている。丸め込まれやすいのかもしれない。ちょっと心配だよこの子。

「ええ、ワタシもその位だと思います。そして一度に持てる星は100枚まで。全部外れの確率は9900割ることの10000。99%です」
「それは、いくら続けてもそうですよ。2回リセットされるまでやっても全部外れの確率は99分の1の2乗にはなりません。リセット前の結果はリセット後の結果に影響を与えない独立した事象ですから」
「わかっています」

 わかるの? ポンコツ婦警の癖に? いや、オレもわかるよ? 独立した事象だよな、うん。

「それでも1%の確率で成功する、というのは運試しにしては高すぎる確率だとは思いませんか? ぶっちゃけソシャゲのガチャの方がよほど渋いでしょう。マジで星5全然出ないですよねあれ」
「それは、私はやったことないので……」
「おーう……」

 やっぱりポンコツだな。安心した。

「えー、とにかく運試しではないと思ったんですよ。だからね、普通に床から拾ったのでは得られないところに正解の星があるのだろうと。で、天井ですよ、ほらあそこ」

 指さした先には星形の穴が開いている。
 だが同じような穴は無数にある。
 星が落ちてくる際の通過口なのだ。

「博士ちゃんがチャレンジした後、星が落ちてくる間、ワタシは星の落ちてこない穴を探してたんですよ。隠すにはそこが一番いいですから。つまりこれはそう、ガチャ運ではなく観察力とかなんかそういうのを試す試練だったんですよ!」
「な、なんだってー!」

 ドンダーが叫んだ。お前はオレと同じで知ってたはずだろ。

 ……うん、ポンコツ婦警の言うことは正しい。
 門を開く星はそこにある。

 この部屋の試練は「思い込みからの脱却」。
 あの碑文も単純な試行を繰り返させるための誘導だ。
 あれをわざわざ伝えなきゃいけないオレたちは結局のところ候補者の味方ってわけじゃないのだ。
 あくまでもこの樹のシステムの端末でしかない。
 個人の心情ってやつはあるがそれとこれとは別の話、どうしようもないことだ。

 しかしこの試練、知っていれば本当に単純だけどな。いくら失敗してもやり方が間違っているとは確信できない、というのは恐ろしい。
 実際クリスマスはハマっていたし。諦めない心があるのだと美点のように言うこともできるが。

 というか気づいてもあの星の雨の中で目当ての穴を見つけるのはきついと思う。
 そこは理不尽クソゲームだ。

「お話はわかりました。でもどうやって星を取りましょうか」
「天井まではこの門を登ります。とっかかりが多いですから簡単です。その後は外れの穴に手をかけて進むしかないですね。かなりのオーバーハングですがガッツ出していきましょう」
「私はちょっと自信がないですね……」

 クリスマスは謙虚にそう言った。謙虚というか、やはりオレには実力を隠そうとしているようにしか思えないのだが、ポンコツ婦警は額面通りに受け取ったらしい。

「あー、じゃあワタシが一人で登るんで、博士ちゃんは地上から指示を出してください。天井まで行って視点が変わると見失っちゃうかもしれないですし」
「ええ、それなら」

 そしてポンコツ婦警はクリスマスに警棒を持たせて、この角度で見て先端に重なる穴ですよ、と伝え、するすると門を登り始めた。
 オレを胸ポケットにつっこんだまま。

「よっ、ほっ、ていっ」
「……二人で進む気か?」

 小声で尋ねる。返事は呆れるほどに単純な声。

「そうですよー?」
「気に食わない、とか。思わないのか?」
「いやいや良い子じゃないですかー。根性はちょっと出してほしくないこともないですけども」
「……そうだな」

 そしてポンコツ婦警はいともたやすく星を手にした。

 今回はこいつの異能も要らなかったな。

「ほいっとぉ」

 そのまま天井から飛び降り着地する。

「見てましたか博士ちゃん!」

 ポンコツ婦警は手にした星を高く掲げた。
 そりゃ見てたよね。ちゃんと誘導してたんだから。

 駆け寄るクリスマスはまたも申し訳なさそうな顔をしていた。

「すごかったです。マノーさん。あの、ごめんなさい」
「謝ることはないですよ。適材適所ですからね」
「ええ、でも、本当はもっと簡単に済んだはずなんです」

 クリスマスは頭を下げて、また上げた。
 今度は毅然とした顔だった。

「私、魔人なんです。能力を使えれば……」
「あ、ああー、そういうタイプ……」

 ビリーバーかぁ、とポンコツは聞こえないように呟いた。
 コメントに窮している。
 もしかしたらこの部屋に入ってから一番困っているかもしれない。

「えー、『使えれば』ってことは使えない自覚があるんですよね? 使えないんだからしょうがないでしょう。気にしない、気にしナーイ」
「本当に気にしなくていいぞ。こいつ魔人能力とか信じてないし」
「信じてない?」

 うん、それはそれで意味がわからないよな。
 一緒にいれば嫌でもわかるとは思う。
 この同行がどのくらい続くはわからないけれど。

「ま、とにかく先に行きましょうよ!」

 会話を打ち切ったポンコツ婦警は勢いよく門に星を押し込んだ。
 腹立たしいブザーはならず、虹色の光が広がった。

「星5演出来ましたね!」

 だからそれクリスマスには伝わらないんだっての。

「ええ、開きましたね」
「うむ! いざゆかん、英知と死地とを求めて導かれる場所へ! 第四の試練へ!」

 ドンダー、試練の間はなんだかんだで静かだったな。本当は空気読めるやつなのか?
 キャラが掴めん。
 そういえばクリスマスの魔人能力も内容を聞いてないな。

 まあ、こいつらがどんなやつらであるのか、それは案内人が気にすることじゃない。
 ただ、彼女らが先に進むなら、それを最後まで見届けるだけだ。

「かくて、我らは扉をくぐる、ってな」
「一切の望みを捨てずに、ですね」

 ポンコツ婦警はにへらと笑う。この先でもこいつは笑っていられるだろうか。
 案内人ではなくただのオレとして、そんなことが頭に浮かんだ。

◆  ◆  ◆

 世界樹を遡る、二人目の候補者(とくいてん)

 研究者、ホリィ・クリスマス。

 所属なし。
 鍛えていない魔人としては並の身体能力。

 その異能は『聖なる贈り物(クリスマスプレゼント)』。
 12月25日が訪れる度一つだけ、靴下に入る物体に限り、心から欲しいと思う物を手に入れることができる。
 望む物がない場合、なにかを望むまで能力行使の権利を持ち越すことができる。
 この能力は10年間使用されていない。

 目的は、自らの死。 

 世界樹の最奥に死を求め、しかし自殺行為は禁じている。
 存続を求めることなく、可能性に手を伸ばし続ける。
 矛盾の特異点。

 (ルート)は交わり、天へと伸びる。
 星にかざした手の如く。
 剪定の刃が断ち切るまで。



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初回 第2回 第3回
天より伸びよさかしまの樹 (このSS) 斯くして闖入者は場を紊す
彷徨う愚者に下る鉄槌

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最終更新:2020年08月23日 00:52