斯くして闖入者は場を紊す
例えば。例えば、そう。
緻密な計画に紛れた見落とし。精密な歯車に振りかかった砂粒。
頓挫。御破算。情緒も衒いもなく訪れる突然の台無しというのは何事にもあるもので。
何を示しているのかも分からず。何も導いているのかも、何 故存在しているのかも未だ定かではないこの世界樹に“それ”があるのかも分からないが。
入り口は一人に一つ。
案内人は一人に一つ。
勝ち残るのは、唯一人。
――制約を容易に焼き切る者。物語を紊す者。
斯くして其れを、特異点と呼ぶ。
◆ ◆ ◆
警察官、カチュア=マノー。
研究者、ホリィ・クリスマス。
世界樹へと招かれた二人の候補者、そしてそれぞれの案内人であるオレとドンダーは『地獄の門』を開き。
「……通路?」
まるで横たわる大木を切り抜いたが如き、しかしそれ以外に何の変哲も無い通路へと足を踏み入れた。
「ここが四つ目の試練の場所ですか? 二つ目の試練の時のように光線が出てくる砲台も無さそうだけども」
クリスマスの言葉を継ぐようにポンコツ婦警が疑問を口にする。これまでの付き合いでこちらのスタンスは把握されているだろう。
即ち、答えるか・答えられないか。そして引っ掛けはあっても嘘は口にしないということ。
案内人として説明する必要はないが、かといってここで沈黙しない程度の義理はある。
「ここは四つ目の試練の前段階ってところだ。奥に扉が見えるだろう、あの向こうが正式な試練の場所だ」
「ここには、何も無いと……?」
警戒するように、困惑するように。クリスマスは通路の壁や床、天井にも視線を走らせている。その迷いを断ち切るかの如く、やたらにうるさい声が響いた。
「臆することは無い我が友よ! 案内人ドンダーの名にかけてここに貴君らを害する仕掛けは無く、また扉を開くのに障害となるものもまた無いと断じよう!」
いやそこまで言うなよ。確かに何もないけどさ。
少しばかり呆れつつ、オレは言葉を継いだ。
「だからお前たちは安心してあの扉の下へと行って」
一拍置き。
「好きなタイミングで開くといい。それが試練開始だ」
――二人は目を見合わせる。
「ウォーたん、それは開けるタイミングで何かが変わるということ?」
沈黙。その問いには答えない。やかましいドンダーもこれには返事をしなかった。
結果としてそれは五秒ほど続いたが、やがて。
「うん、それならしょうがない。博士ちゃん、ワタシが先導するから後を付いて来てください」
「えっと……頼ってもいいですか?」
「まーかせなさい! か弱き市民を守るのが警察の務め! 安全かつ大胆にズンズンと進んで参りましょう!」
市、どこだよ。
という突っ込みも聞かぬ風に、オレをポケットに入れたままポンコツ婦警は宣言通りに通路をズンズンと進んだ。実際に仕掛けは無いとはいえ随分と気安い歩調だ。
(いや。例え仕掛けがあったところで、こいつの身体能力なら有っても無くても同じか。どちらかと言えば)
動けない体のまま、オレは背後のクリスマス達に気を向ける。彼女は案内人と何やら話をしているようだが、詳細までは分からない。だが断片的に聞こえる内容からするとそれほど重要な事柄ではなさそうだ。
ともすれば。この好機にクリスマスがこの女の背を刺すことも考えていたが。
(その気配も無いか。もうこいつは要らないと動く可能性もあるかと考えたが)
何せオレ達がクリスマスの能力を知らないように、クリスマスもまたこいつの能力を知らない。先ほどはまだ三つ目の試練を越えるためにポンコツの力を利用していたが、クリアした以上は用済みと考えてもおかしくはないし、必殺の能力を隠しているのなら今ほど狙い時はない。
(ポンコツはどこまで考えている? どこまで分かった上で警戒を解いて背中を晒しているんだ?)
考えるオレの心中も知らず、やがて10mほどの通路を完走したポンコツ婦警は、躊躇いなく扉を開いた。
……。
「は?」
「えっ、開けるんですか!?」
「えっ、開けちゃダメでした?」
焦りの声に不思議そうな顔を返すバカ一人。いや確かにタイミングに関してノーヒントである以上さっさと開けるという選択肢は決して間違いではないが。
幸い――とオレが言うのもおかしな話だが――扉を開いて即座にトラップということもなく、踏み入れたバカに続いていそいそとクリスマスも後を追った。
扉の中は扇状のコンサートホールのような大部屋だった。オレ達が入った来た扉は扇型の円周部分にあり、他に四つほど同じ形状の扉が円周部分に等間隔に並んでいる。
そして中央のステージに該当する部分には先ほど突破した『地獄の門』と同様に巨大な、しかし今度は真逆に白を基調とした清廉なデザインの門が一つ。
『生き残りし最後の一人にのみこの門は開かれる』
見遣れば、門の正面にはっきりと刻まれた碑文。この試練が候補者に強いようとしていることはあまりにもシンプルだ。
即ち、候補者同士の殺し合い。
(第三までの試練を乗り越えた候補者のいくつかはそれぞれの扉を経てこの場所に到着する。バカがあっさり通り抜けたさっきの通路も、実際は生き残っている候補者を合流させるために空間を繋げるバイパスだ。バカとクリスマスは終ぞ潰し合うことなく二人のままここまで辿り着いたが……)
試練を突破できなかったり候補者同士が争い相打ちになったり、全滅したルートはこの時点で除外される。案内人であるオレには試練に参加する候補者が八人であると樹から知らされた。
これこそが四つ目の試練、死神の舞踏。この選定の中で最も容易な試練である。
そして。
どうやらこの部屋に辿り着いたのはオレ達が最後だったらしく、部屋の中には他六人の候補者の姿が認められた。
全てが死体だった。
◆ ◆ ◆
バダン、と音が響いた。
それはクリスマスが入って来た扉が閉まった音だ。案内人であるオレは候補者達がこの場所に入って来た扉は早々に閉じられることも、一度閉じた扉は二度と開かないことも知っている。ここから出られるのは試練を突破した者だけだ。
そして、その音でようやく新たな進入者の存在に気付いたかの如く、そいつはやおら振り返りその表情を見せた。
見た目は二十代半ばくらいの一般的な体型の東洋人に見える。刈り上げた髪と半袖半パンのスポーツウェアは快活なイメージを思わせるスポーツマンのようだ。だが他方で両足は靴も履いていない裸足のままで、何よりその手には男の身長よりやや短い程度の鉄パイプのようなシロモノを握り込んでいた。
そいつは笑っていた。
「フ」
オレは先ほど振りの体験を二度することと相成った。
二つ目の試練女教皇の教導で体験した、ジェットコースターも斯くの如し――
「お、あぁ!?」
急加速、からの上下反転。
踏み込み音、風切り音。そしてポケットに収められたオレ目掛けての鉄パイプの突き。それはつまり急接近した刈り上げ男がポンコツ婦警の体を穿とうとしている動きで。
「……リィィィィィズ!」
ダンッ、とポンコツ婦警が振り抜いた警棒が鉄パイプの側面を打撃し中空でグラインドするとそのまますれ違いざまに槍のような蹴りを放つ。その顔面狙いの蹴りは首だけの動きで回避され、蹴りを放った側もその勢いで半回転しながら着地した。
(――誰だコイツ!?)
僅か数秒程度の攻防を何とか飲み込んだオレはしかし、目の前の相手に動揺を抑え切れなかった。ぬいぐるみの体じゃなければ見っともなく狼狽えていたかもしれない。
この死神の舞踏に参加する候補者はカチュア=マノーとホリィ・クリスマスを含む八名であるという情報は間違いなく樹から受け取っている。その一人一人の詳細なプロフィールまでは流石に知らされていないが、少なくともこの部屋の中で無惨な姿となっている六名の死体が――胴体に風穴が空いている者、鼻から上が潰れている者、体が斜めに焼き切れている者など――その候補者と一致しているということは疑いがなく。
そしてこの目の前の鉄パイプ男について一切の情報が与えられていない。そもそも彼からは案内人の気配すらしない。案内人が付いていない候補者など有り得ない。
「プチョヘンザ――です。すぐに武器を置いて投降しなさい」
ポンコツ婦警が珍しく、あるいはオレが見るのは初めてか。真剣な表情で目の前の男を油断なく睨みつけている。あるいはこれがオレがこの短い付き合いの中で見たカチュア=マノーの最も人間らしい表情だったかもしれない。
果たして。刈り上げ男はポンコツ婦警の顔をまじまじと見つめるとふとぼそりと。
「無効化系の能力か。そういうのもあるんだな、珍しい。そっちの緑色のは具現化するタイプか」
だなんて、少なくともポンコツ婦警には意味不明のボヤキを呟いた。聞こえた息を呑む音はクリスマスの物だろう。オレも戦慄していた。
(どうして『常識強制』のことが分かった!? 見た目じゃ何も起こらねぇんだぞ! それにクリスマスの能力の有無はオレ達だって知らねぇ)
「またビリーバーですか。いや博士ちゃんに比べればこの男はもうファナティックってところかしら」
「あ? 違った? 俺の勘結構当たるんだけどな、珍しい。でもそっちは当たってるでしょ? 驚いてたし、何を具現化するかまでは分からないけど」
と外したことを(実際には当たっているのだが)恥じるように、そして言い訳するかのように笑う男の姿はいっそ不気味で。
(勘? 勘って言ったか、能力の概要を当てたのを?)
「――貴様、何者だ! この清廉にして潔白たる案内人ドンダーの前で不埒なる振る舞いは許さんぞ、招かれざる者よ!」
見遣れば、クリスマスが胸元に抱えた鹿のぬいぐるみ――ドンダーが烈火の如き勢いで刈り上げ男に追及の声を上げた。ぬいぐるみの体でなければ顔を真っ赤にして指差していたかもしれない。
そうして追及された本人は。
「そうそう! それなんだよ!」
我が意を得たりと言わんばかりに大きく両手を広げた。それは場所も相まって朗々と台詞を読み上げる演者のようで。
「ずっと待ってたんだよ、この建木に招待される日をさ! でもいくら待っても来なくてよぉ。いや確かにー? 俺昔から空気読めないってよく言われてたけどこんなところでも仲間外れですかー? って」
ぺたぺたと裸足の足音が響く。ポンコツ婦警は動かない。目の前のふざけた男が無防備に攻撃を誘っているのが分かっているから。
「でよーく考えたらさ。別に待つ必要無かったっていうか」
そう言って悪戯が見つかった子供のように。
「こっちから失礼しちゃったわ、不好意思不好意思」
――鉄パイプによる殴打の雨がポンコツ婦警へと降り注いだのはその言葉を言い切るか否かというタイミングだった。恐ろしいまでの緩急の切れ味、瞬発力、振り下ろしのスピード。三連打が一発毎に床を破壊し瓦礫を作り出す。
「ウォーたん、この不審者は容赦しなくていいんだよね」
「案内人として断言する。こいつは試練に関係ない闖入者だ。ボコボコにしてやれ」
恐るべき鉄槌を器用にバックステップで回避したポンコツはカウンターで警棒を薙ぎ払う。刈り上げ男は身を低くしてその一撃を頭上にやり過ごし、斜め下から鉄パイプを突き上げ――
突き上げる寸前、鉄パイプの切っ先をポンコツが踏み付ける。制止される一撃、そのままポンコツは警棒を振り下ろす。
刈り上げ男は鉄パイプから手を放し同じようにバックステップで回避――しながら裸足の足首をスナップ。いつの間にか、足指の間に挟まっていたいくつかの破片をポンコツの顔目掛けて放った。
そう、放られたのはただの破片。だがそれは、放たれると同時に炎を纏った。
「!」
流石にそれにはポンコツも予想外だったらしく、咄嗟に追撃を止め首を振って避ける。そしてその一拍の隙に刈り上げ男は両手両足にそれぞれ新たな破片を掴み。
「ッヒャァ!」
独楽のように、ひと呼吸で全てを放った。当然のように全てが炎を纏っている。
「建材に火打石でも仕組んでありましたか……!」
回避しながらポンコツは攻撃をそう分析する。当然そのようなことはない。
(わざわざ袖の短い服、不自然な裸足。肌面積を増やすことが目的なら……なるほど、“触った物を燃やす”魔人能力か?)
無論そんなことを言ったところでこのポンコツは信じないだろう。むしろ火打石とでも考えて貰っておいた方が都合が良い。
炎の飛礫にポンコツ婦警が怯んだ隙を突いて、刈り上げ男は落ちていた鉄パイプを拾い直す。
「ああでも残念だァ、折角後の奴らをみんな死なせて最後の一人になれたのになァ。いっつも空気が読めないのは俺の方だけど、珍しい、今回はあんたらの方が空気が読めてないよなァ!」
両足指で握った破片を炎と共に飛ばしながら鉄パイプで殴りかかって来る。片手で振り回しつつもう片方の手で軸をずらすことで軌道の読みにくい連打を放っている。彼の怪力と併さって一発一発が無視できない威力であり、間隙を縫うように強打が差し込まれる。なるほど凄まじい技と言えるだろう。
「そぅら、貰ったァ!」
そうしてがら空きのポンコツ婦警の脇腹に、とうとう渾身の薙ぎ払いが突き刺さった。
――だがしかし、このバカには些か手の内を見せすぎだ。
「……あァ?」
「10点10点10点。満点だポンコツめ」
呆けた声。そりゃそうだろう。オレだって二つ目の試練で彫像の腕をへし折っている姿を見ていなければ信じられなかっただろう。
半身を引き千切るだろう威力の鉄パイプの打撃を、まるで鉄棒か何かのようにくるりと体を巻き付けて衝撃を完全に打ち消してしまうなどとは。
鉄棒種目の体操選手の如く、振り切った鉄パイプから降り立ったポンコツ婦警は、左脇で鉄パイプを抑え込み右手で警棒を構える。狙いは頭部、ことここに至ってこの女は容赦をするようなことはしないだろう。
これで決着。そうオレが考えた直後。
「ッ――!」
突然、ポンコツが鉄パイプから手を離し慌てて距離を取った。
(な、何をやっている!)
戦いにおいては情に躊躇うようなことはしない。そう考えていたポンコツ婦警の突然の行動に、オレはぬいぐるみでなければ間抜けな顔をしていたことだろう。
だが次にオレの視界に映った物は、痛々しく火傷したポンコツ婦警の左腕と、刈り上げ男の鉄パイプが炎に赤熱している姿だった。
「――加熱する寸前に逃げたか。あんたも勘がいいな、珍しい」
「おい、なんだそれ。さっきの破片の炎とは規模が違うぞ」
さっき刈り上げ男が飛ばしていた破片の炎はせいぜいライターで燃やす程度の炎だった。だが今の鉄パイプの炎は。
「――そのタングステンパイプ、少し溶けてますね。融点は約5500℃……」
後半は独り言のようにポンコツ婦警が呟く。え、あれ鉄パイプじゃねーの? なんて思わず間の抜けたことを考えつつも、その言葉の意味を考える。溶けるほどの炎、火の着く温度――
(――自分が触れた物を、発火する温度まで加熱する能力か!)
言い換えればどんな物であろうと燃やす能力であり、燃えにくい物質ほど苛烈な炎を生み出すことができる。オレが鉄パイプだとばかり思っていたあのタングステンパイプとやらもそこまで考えてのチョイスか。
(そうか、あの焼き切れた死体は加熱されたパイプで引き千切られたってことか)
しかしどちらにせよ面倒なこととなった。なまじ実物を目撃してしまったため、認識を強制する異能を持つこのポンコツも「加熱する機構が仕込まれていたということ」と変に現実的な解釈をしてしまった。これでは奴の能力を無効化しきれない。5500度の炎なんて下手に触れたら瞬間にショック死だ。
それが分かっているのかポンコツは痛めた腕を庇いながらじりじりと距離を取り。
シュン、と空間に筋が走った。
それはポンコツ婦警の足元に照射された一本の黒い光線だった。
その発端に目を向ける。そこには妙にSFチックなレーザーガンを構え、その銃口をポンコツ婦警の方へ向けているクリスマスの姿があった。
「――ごめんなさい」
クリスマスの口から呟きが漏れ。
そして。
爆発。爆風が周囲を薙ぎ払う。
――ポンコツ婦警とオレの周囲のみを。
「……当たらないとは言え、狙ってしまってごめんなさい。この機構なら分かると思って」
爆風が晴れ、互いに姿を認めたクリスマスが、ポンコツに向けて謝罪した。
そう、今のレーザーは第二の試練で使われた「侵入者を掠めるように射出される黒の光線」だ。これの対処法は“狙われたその場を動かないこと”である。
当然試練を乗り越えた二人はそのことを知っているし、逆に闖入者である刈り上げ男はそれを知らずに無理に回避しようとして巻き込まれた、ということである。
「その光線銃、博士ちゃん持ってきてたの? まさかこの部屋にもきっちり爆薬が仕込んであったなんてねぇ」
「え? 爆薬……あ、うんそうね」
ポンコツの不可解な反応に若干首を傾げつつもクリスマスは話を合わせる。ああ、このバカは結局あの部屋の仕掛けをレーザーと連動した爆破と誤解したままだったからな。
とはいえ当然、あの部屋の殺人光線は持ち出しなんかできっこない。先ほどこの刈り上げ男はクリスマスの能力を何らかの具現化能力と評していたが、果たして……。
(まぁそれはオレが考えることじゃないか。オレはこの女の味方でもクリスマスの味方でもない)
「それで……どうしましょう。あの白い門……えっと」
『生き残りし最後の一人にのみこの門は開かれる』
白い門に刻まれた碑文を指し示しながら恐る恐るクリスマスが口を開く。そう、それは刈り上げ男の襲撃によりずっと後回しにされていた問題だ。
殺し合いを強要するそれは刈り上げ男が居なくなったところで無かったことにはならない。――だが。
「ああ、そのカラクリはもう解けてますよ。ウォーたん、あれダミーですよね?」
「え?」
「……」
答えるわけがない。わけがないが……このポンコツは確信を持っているようだった。
「雑なんですよね、今までの仕掛けと違って。避けようとすると当たる光線とか、探そうとするのがそもそも間違いな星探しとかと違って。素直に殺し合えと言われて殺し合えばクリアだなんて」
唖然とするクリスマスにポンコツはそう言って胸を張り。
「だってあれ、最後の一人にのみ開かれるとは言ってますけど、この門が正解ルートだとは一言もありませんよ」
……大正解だ。あの門は前の試練である地獄の門と似た造詣にすることで勝手にゴールだとミスリードする仕掛け。相変わらず恐ろしいほど勘がいい。
では正規のルートとは何か? それは。
「多分ですけど。ワタシ達と死体を含めた八人、それぞれが入って来た扉って四つだけですよね。ですから」
そう言いながら扉の一つを試み、開かず。さらに隣の扉を開けようとして開かず、さらに隣の扉に手を掛けて。
ガチャリ。
「ほら、開いた」
正解の道は最初から用意されていた。
四つ目の試練、死神の舞踏。死神のアルカナは正位置の於いては破滅、そして逆位置に於いて続行を意味する。
「逆に辿るのが正解……すごいですね。先ほどの試練といい、全部見抜いてしまって」
「いやー、それほどでもありますっていうかー」
へらへらと気持ち悪い顔をしながらくねくねと気持ち悪い動きをするバカ。バカの二乗だ。
「それじゃ入って来た時みたいにワタシに続いてください博士ちゃん。」
そう言いながら意気揚々と扉を潜ろうとするポンコツ婦警。またその後ろをクリスマスが追う形になり。
――ドン、と。ポンコツ婦警の無防備な背中を。
クリスマスが突き飛ばした。
「……あれ?」
それはポンコツにとっても予想外だったのだろう。驚きの表情のまま前につんのめって、慌てて後ろを振り返り。
そこには。
「ごめんなさい」
今にも扉をしめようとしているクリスマスの姿と。
そんな彼女に襲い掛かる刈り上げ男の姿が見えて。
バダン、と音が響いた。
それはポンコツ婦警が入って来た扉が閉まった音だ。案内人であるオレは一度閉じた扉は二度と開かないことも知っている。
「博士……ちゃん?」
◆ ◆ ◆
刈り上げ男はホリィを床に引きずり倒した。
その衝撃で彼女のシルクハットは乱暴に転がり落ち、そこに収められていたドンダーもまた投げ出された。
「貴様ァ、我が友から離れろ! その汚らわしい手を放せ!」
「ハッハァ……他の六人の案内人もぶち殺したが、そうやって候補者を心配しているのはお前だけだったぜ、珍しい」
先ほどのレーザー爆風の影響で皮膚に大きな火傷を負った刈り上げ男は、全く気にしていないかのように笑う。
「どっちにしろ、ここでお前を死なせればここは最後の一人だ。お前たちの話じゃ外れルートとのことだが、見てみるのも面白いよなぁ?」
「うっ、く……」
苦し気に悶えるクリスマスを片手で抑えながら、もう片方の手でタングステンパイプを持ち直す。
「『朱精依存焦』」
能力発動。タングステンパイプは発火点へと加熱される。刈り上げ男は赤熱するそれの切っ先をホリィの脳天に向け。
「……クリスマスが無くなったら、どうなると思いますか」
ふと。ホリィは唐突にそんなことを言い出した。
「以前お会いしたことがあるんです。暦を操る魔人能力者。私の能力はクリスマスプレゼントを頂く物ですから、クリスマス自体が無くなってしまったらどうなってしまうんだろう」
「なんだァ、空気の読めなさでお前も勝負か? 珍しい、だが俺の空気の読めなさの方が上みたいだ」
支離滅裂にしか聞こえないその言葉を刈り上げ男は時間稼ぎと断じ、躊躇いなく切っ先をホリィの顔面へと叩き込んだ。怪力で放たれたそれは人間の頭など容易に貫通し、ましてや赤熱するその炎は瞬時にグチャグチャに焼き切る。
はずなのに。
「――それでも、私の下にプレゼントは来ました。笑っちゃいますよね、私なんかのために、摂理を曲げてまで祝福が降りてしまうのですから」
現実として。突き刺したタングステンパイプの方が原型を留めなくなるほどグチャグチャになった。ホリィの顔には傷一つ付いていない。
「な、に―――」
「ごめんなさい」
スッ、と無造作に。
まるで祈り、十字を切るかの如きそれは何よりも鋭利な手刀となって刈り上げ男の首を刈り取った。
「私……神に愛されてしまっているようなので」
◆ ◆ ◆
二人目の候補者。補足。
ホリィ・クリスマスは“転校生”である。
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最終更新:2020年08月23日 00:54