此れは”四人”の物語
――制約は焼き切られ。
――物語は紊され。
それでも、なおも。
――変わらない物は最初にあって。
◆ ◆ ◆
――この先にあった試験のことは全て割愛させてもらおう。
何故ならば、どの試験も「複数人で」やることが前提となっており。
そのすべての仕掛けが機能不全に陥ってしまっていたからだ。
本来であるならば”詰み”の状況であることも多々あったが…
「……………………………」
…この、あの部屋から出てきてずっと黙りこんでいるポンコツ婦警、カチュア=マノーの『常識強制』――
――つまりは『詰みの状況を作るなんてありえないだろう』という考えのせいですべて踏みつぶされてきた。
開けられないようになってるはずの閉じた扉を警棒を使ったてこの原理でこじ開けたのを見た時、オレはそれ以上考えるのをやめた。
「…どうしたんだ、おまえ、何をそんなに急いでいるんだ」
そう。
このポンコツ婦警は何故だかはわからないがとても急いでいる。
あの部屋を出て――ホリィ・クリスマスに助けられてから――ずっとだ。
部屋の説明。
仕掛けのための前口上。
それすらもほとんど無視してポンコツ婦警が先に進む。
――そうして、ここまで進んできたのだが。
「候補者はいなくなった、全員死んだ。つまりお前の探していたやつもいなくなって――」
「いないんです」
「――なに?」
オレは我ながらかなり間抜けな声を発したと思う。
「だからですね」「いなかったんですよ」
「あそこで死んでいた6人の中に、私の探してる犯人が」
「――それは」
それは、おかしい。本来あり得ないことだ。
「そう、おかしいんです。だから私は進みます」
――その時、オレは部屋を出てから初めて。
――その、憤怒を称えた虚無の表情を見た。
「つまり、つまりつまり。奴は必ずこの世界樹の奥にいる」
「如何にしてか無辜の市民とすり替わり、博士ちゃんたちを殺した」
――その狂気の瞳を見てオレは思った。
――こいつは”そう思うこと”によって自らの精神を保っているのだと。
「だから、絶対に追い詰めて、奴を逮捕します」
――そして、オレだけは知っている。
――こいつが”そう思う”ことは、世界も捻じ曲げ”そう言うこと”になってしまうのだと。
「そのために私は、ここに来たのです」
そうして、果たせるかな彼女は最後の扉にたどり着き――
――それを思い切り蹴破った。
◆ ◆ ◆
「――ようこそ、”私の”世界樹の頂上へ。歓迎するよカチュア=マノー」
合成音声が反響している背後では技術者達が忙しなく動き回っている。
広々とした空間の中で三種の制服を着た者達がひしめき合う。
「しかし、多種多様な平行世界技術の粋を詰めたそのドアを蹴破られるのはいっそ痛快ですらあるな」
白衣の技術者。
黒い鎧に全身を包んだ兵士。
そしてただ一人場違いに装飾的、非機能的な椅子に身体を預け、動き回る気配を見せない”若年”の男。
「御託はいいです、やっと見つけましたよクソビリーバーの犯罪者」
「ハロルド=ウォルティス!」
――男は名をハロルド=ウォルティスと言った。
――彼の境遇、能力、世界樹の説明については他の世界――
――具体的には第二回D「樹のおしまいを地に知らしめよ」の『根』に譲るので読んできてほしい。
「――ふむ、君の平行世界にも”私”が居て、それを追いかけてこの世界樹へと…ふむ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ寝言を言ってるんじゃないですよ」
――そしてまずカチュアの能力、『常識強制』は――
「人間がそんなに何人もいるわけないじゃないですか」
――平行世界の論理も否定し、ハロルドの存在をただそこにいる「世界樹を支配している」ハロルドただ一人に固定した。
「ッ、ハハッなるほど…これは面白い」
「本当に、そんな御託でいいんですかね、逮捕される前に叫ぶ戯言がそれで」
カチュアは自らの武装(警棒、拳銃、手錠、その他、胸ポケットに入ったオレ、自分の体)を確かめ、高らかに宣言する。
「――貴方を逮捕します、黙秘権も弁護士を呼ぶ権利もあげません」
「ハハッ、やってみなさい。私の軍勢を潜り抜けられるのなら!」
ハロルドはパチンと指を鳴らし、周りの兵士と――
――部屋にあった大量のシリンダーに詰め込まれた人間に命令を下す。
――そうして。一人の婦警と一人の犯罪者の。
――最後の戦いが幕を開けた。
◆ ◆ ◆
――そして、オレはずっとそれを見ていた。
見ていただけだった。
そもそも当然だろう。
オレはただの案内人で。
世界樹の試練がすべて終わった時点でもう用済みだった。
現状ではただの付属品のぬいぐるみだ。
だからオレはずっとそれを見ていた。
ポンコツ婦警のカチュア=マノーが。
一人で戦い。
囲まれ。
撃たれ。
殴られ。
切られ。
蹴られ。
折られ。
それでもなおまだあきらめずに。
だが確実に追い詰められていくのを。
オレはただ見ていただけだった。
◆ ◆ ◆
「あっ、くぅ~…痛あい…」
――どうにかこうにか、大量に部屋にある機材が幸いして物陰に逃げ込めたのは幸運だった。
『常識強制』のおかげで向こうのレーダーもまともに機能していないみたいだ。
――だが。
「あー…左腕は折れて、拳銃の弾は切れて、警棒も無くして…あはは、困りました」
「…んなこと言ってる場合じゃねえだろ、どーすんだ」
「向こう側の装備が使えて幸いでしたねえ、あ、あと逮捕するための手錠はありますよウォーたん」
「――そんなこと言ってる場合じゃないだろっ!」
知らず、俺は声を荒げていた。何やってるんだオレ。
「博士ちゃんなら羨ましがりますかねえ、死にたがってましたし」
「お前、お前お前!わかってるだろ!このままじゃ本当に死ぬぞ!死ぬんだぞ!?」
ああもう、クソッ、この野郎人の気も知らないで!
「お前、だってこの状況じゃどうしようもないだろ!逃げるとか!降伏するとか!そう言うのだって」
「それはありません」
「ッ」
オレはカチュアの眼を見た。
冷徹で、冷静で、それでいて狂気をたたえた瞳を。
「私が犯罪者を目の前にして、逃げるとか、ましてや降伏なんてしませんよ」
何処までも深く、深く、奥深く。
「それに、命がけなのはいつものことです」
一つ一つの言葉に重く。
言外に”私は絶対に引かないのだ”とわからせて来る。
――たとえ、それで死んだとしても。
「私はあの男を絶対に逮捕します」
――いっそ穏やかですらあるほどの顔で、彼女はそう言った。
「……………ああ、くそ」
――ああ、うん、わかった。認めよう。我が事ながら絶対に認めたくないが。
――オレは――
「少し、耳を貸せ、作戦がある」
「?はい」
――オレは、こいつに、死んでほしくないみたいだ。
◆ ◆ ◆
――始めに、言われたはずだ。
この話は、四人の候補者の物語だ。
地の枝より入りて、天の根へと、さかしまの世界樹を遡行する道行。
愚者が世界へ至る、或る彼方への行程だと。
世界樹を遡る、三人目の候補者。
元案内役、ウォーダン。
オオカミ頭のぬいぐるみ。
自分では殆ど何もできず。しかして”彼女”の能力をただ一人知る。
目的は、先ほど伝えたとおりだ。
◆ ◆ ◆
「――というわけだ、わかるか?」
オレは作戦をすべて説明した。当然のこと――
「全然わかりません」
「だろうな、わかってもらっちゃ困るからな」
わからないだろう。『常識強制』のことを前提に考えた作戦だからだ。
「………別に、使わないならそれでもいい」
――どのみちオレに出来ることはこれぐらいのものだ。
それを使うかどうかは――
「大丈夫です、なんとなーくウォーたんが私のことを考えて建てたんだろうなーってのはわかりますので」
「だから、流れに任せます」
――ああ。ならいいかと思えるだけの答えだった。
「そうか、なら行けカチュア=マノー婦警」
「もー、まだ府警じゃないんですよ私は、ウォーたん」
そうして、彼女はまた立ち上がる。
「そのボケはもういいっちゅーねん…まあ、後はがんばれ」
「ええ、もちろん。10点3つ取って満点にしちゃいますよ」
そしてカチュアがすぐさま駆け出そうとした瞬間――
「あれえ、ここがゴールですかねえ」
「おお、あれなるは――」
深緑色のシルクハットにダブルスーツ。
朗々と雷光の如く響き渡る声。
入口から二人の候補者が入ってきて。
「新たな侵入者だ!殺せ――」
兵士が銃口を構え。
「――前口上ぐらい聞くべきだと思うのだがね」
――それを雷光が薙ぎ払った。
◆ ◆ ◆
――始めに、言われたはずだ。
この話は、四人の候補者の物語だ。
地の枝より入りて、天の根へと、さかしまの世界樹を遡行する道行。
愚者が世界へ至る、或る彼方への行程だと。
世界樹を遡る、四人目の候補者。
元案内役、ドンダー。
トナカイのような角のあるぬいぐるみ。
その異能は『雷光』。
角から電撃を出し、敵を薙ぎ払う。
ホリィ・クリスマスの能力による『贈り物』である。
目的は――
◆ ◆ ◆
――部屋に爆音が響き渡った。
「――おわあ!?」
「おおー、あれ博士ちゃんじゃないですか!おーい!生きてたんですねー!」
呑気な声だしてる婦警をしり目にその情景を目に焼き付ける。
体から火花を吹き出し倒れ伏す兵士たち。
「あっ、カチュアさんじゃないですか、私は死にたかったんですけどね」
その侵入者、ホリィ・クリスマスは以前出会った時と同じく、手をひらひらとしてあいさつした。
「ここで会えたことを嬉しく思う! この雄大無尽の樹中世界の中で同志との出会い、それも二度目とあれば法外の喜びであって――」
そしてその案内人、ドンダーも常の如くクソうるさい口上を垂れ流していた。
「お前はうるさいんだよ!」
「むう、生きわかれた同志との再会ともなれば語らうべきことは雲霞の如くあるのであるが…」
「――博士ちゃん!私、逮捕する犯罪者を見つけたんです」
「わあ」
「なので私がそれを逮捕するまで下がっててくだ」
「いや、私も手伝いますよ、死ねるかもしれませんし…」
…カチュアの顔が「ああ、そうだった、この子死にたがりだった」と言わんばかりの顔をしていた。
――それでもなおまだ説得の言葉を重ねようとした時――
「――やってくれたな、ホリィ・クリスマス」
――空中に浮いた椅子と共に、ハロルドとその手下が現れた。
「――来やがりましたね、ハロルド=ウォルティス」
「そろそろ諦めたまえ、カチュア=マノー」
「嫌なこってす、私は諦めませんし、貴方も逮捕します」
「まあいい、どのみち君たちは全員捕らえブレイン・スクリーニングにかけてあげるとしよう」
ザザザッ、ハロルドの手下が周りを取り囲む。
「うわあ…これは何ともすごいですね」
一人は深緑のシルクハットを携え。
「うむ、所謂”絶体絶命”と呼ばれる状況だなわが友よ」
一人はトナカイの角に雷光を纏い。
「おっまえら、呑気に語ってる場合か!?」
一人のぬいぐるみは囀り。
――そして一人の婦警は気合を入れなおす。
「何が来ようが私のすることは変わりません」
「貴方を、逮捕します!」
◆ ◆ ◆
この話は、四人の候補者の物語だ。
この節は、四人の特異点の物語だ。
地の枝より入りて、天の根へと、さかしまの世界樹を遡行する道行。
愚者が世界へ至る、或る彼方への行程だ。
四人は争うかもしれない。
四人は手を取り合うかもしれない。
出会い次第奪い合い、次の階梯へ至るは一人。そんな樹もあるだろう。
運命の邂逅で絆を結び、全員で天へ至る。そんな樹もあるだろう。
この樹の存在を否定する、そんな選定もあるだろう。
この樹が何かを探る、そんな剪定もあるだろう。
選定せよ。その『道』を。
剪定せよ。その『根』を。
この世界樹は、今、最期に描かれる軌跡をこそ、待っている。
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最終更新:2020年08月23日 00:57