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皇帝であったもの

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王となるもの/皇帝であったもの ◆MUMEIngoJ6



 樹木の全く生えていない山岳に、一つの人影があった。
 その正体は、緑色を基調とした服を着た少年。
 ゴーグルで掻き揚げた金色の髪を不機嫌そうに弄繰り回す。

「まいったね」

 彼――サマルトリア国王子であるサトリは、ここ数時間何度も同じことを口にしていた。
 まずは、この殺し合いに呼び出されてすぐ。
 危険な旅の果てに破壊神を破壊して数年。親友にして近隣国・ローレシアの王であるロランに遅れること一年。
 ちょうど明くる日、王位を継承しようというという時に厄介ごとに巻き込まれたのである。
 王位継承の儀を待ち構えたこともあり、まったくもって『まいった』ことこの上なかった。
 そして次に、殺し合いのルールをノアが説明する最中。
 サトリが注意深く周囲を確認していると、彼の親友で二人も見付かってしまったのだ。
 一人は先のロランに、もう片方はこれまた近隣国・ムーンブルク王女のルーナ。
 王に王女とはいえ、サトリとともに過酷な旅を経験した稀代の戦士。並大抵のことで倒れはしないだろう。
 それでも親友が命を危険に晒すのだ。これまた『まいった』ことだ。
 続いて、ほんの少し前。
 この地に転送されていくらか移動して、サトリはやっと支給品のことを思い出した。
 ルール説明は聞いていたが、親友たちの参加によっぽど気を取られていたらしい。
 気付く前に襲われなかった幸運に感謝しつつ、デイパック内を確認してみれば興味深い説明書があった。
 何でもうまく使えば、鉱石をも両断する長刀が入っているらしい。
 ならば装備しない手はないと取り出したものの、一緒に奇妙な生物が飛び出してきた。
 その毒々しい色にサトリが驚嘆している間に、長刀は生物に掻っ攫われてしまう。
 もちろん捕まえようとしたが、地面の中に逃げられてしまい追跡を諦めるハメになった。
 あまりに予想外の事態に、心の底から『まいった』サトリである。
 そして、いま。
 ええい、終わったことを気にするだけ無駄だ! とばかりに残った支給品を確認してまたしても『まいった』。

「せいっ、やっ! はっ! …………はあ」

 出てきた得物を何度か振るって、サトリは大きな溜息を漏らす。
 右手に握っているのは西洋剣。
 これだけ言うとオーッソドックスな武器のように思えるだろうが、問題はその材質だ。
 純金。純粋な金と書いて、純金。人の爪とほぼ同じ硬度の、純金
 太陽の光を反射して煌く西洋剣の名は、きんきらの剣。
 柄から切っ先へとまじまじと眺めていって、サトリから肩の力が抜ける。
 どう見ても装飾品です。本当にありがとうございました。

「ッ!?」

 突如、うな垂れていたサトリが目を見開く。
 邪悪な神官の下へと向かう旅の中で磨かれた感覚が、何者かの接近を察知したのだ。
 死角になっているせいで姿こそ見えないが、見えない何かがやたらと存在をアピールしている。
 サトリが剣を構えて向き直ったのと同時に、気配の主は姿を見せた。

「ほう……」

 腰を低く落としているサトリを見下ろすは、青白い顔に映える真紅の双瞳。
 風に靡かせている銀色の長髪には、角状のアクセサリーを二本。
 漆黒のローブに隠れてはいるものの、痩せ型長身の体躯にすらりとした手足が見て取れる。
 見た目だけなら、ただの不健康な青年としか思えない。
 だというのに、辺りに漂う『魔』の気配。そして圧倒的な威圧感、語らずとも全身から溢れ出している殺意。
 現世に目覚めた破壊神との激闘が、意図せずともサトリの中に蘇る。
 あの時は辛くも勝利を掴み取れたけれども、いまは状況があまりに違う。
 肩を並べて前線に立つ剣士も、後衛で魔法による援護を任せられる魔法使いもいない。
 防具もなければ薬もない。武器だって、あまりに貧弱だ。
 現状を理解すればするほどに、最悪の結果が浮かんでしまう。

「うおおおおおおお!!」

 そんな考えを無理矢理払拭するかのように、サトリは声を張り上げて地を蹴った。


 ◇ ◇ ◇


「その程度か」

 銀髪の男は、地面に膝を付けたサトリに冷たい視線を飛ばす。
 気迫の篭った絶叫には、かつて己を討ち取った反乱軍の姿を重ねたのだが――
 どこか失望したような表情で、男はゆっくりと右腕を翳した。
 火花を散らす電撃が掌に集まり、脇腹を押さえているサトリへと放たれる。

「くっ!」

 一度その雷光を身に受けて威力を知る以上、なおさらサトリは受けるワケにはいかない。
 とはいえ、身体の痺れはすぐに取れるものではない。
 先ほどは閃光呪文をかち当てたが、拮抗もせずに打ち負けてしまった。
 仕方なしに、初撃の時点で亀裂が走っていた剣の横腹を盾とする。
 咄嗟の判断ではあったが、何とか青白い雷の軌道をズラすことに成功した。
 もっとも、きんきらの剣の刀身は呆気なく溶解してしまったが。

「死ぬのが少し遅くなるだけだ」

 冷酷に告げて、再び銀髪は掌に電気エネルギーを集わせる。
 顔を照らす青白い光に目を目を細めながらも、サトリは未だ痙攣する身体で立ち上がった。

「無駄なことを。何の意味がある」
「はっ、生憎黙ってやられるワケにゃいかねーんだよ……」

 吐き捨てるサトリの手には、柄しか残っていない剣。
 必要以上に力強く握り締めているのは、震える身体がくず折れてしまいそうだから。

「何せ、俺は王になるんだからな! 王がテメーみたいなヤツを前に、諦められるか!!」

 銀髪の男は僅かに息を呑むとすぐさま我に返って、放たんとしていた雷光を霧散させた。

「ほう、『王』か。偶然とはあるものだな」

 行動を理解できないといった様子で、サトリは唖然としている。
 一際強く吹いた風が、銀色の髪を激しくたなびかせた。
 風が過ぎ去り周囲に音がなくなった頃合を見計らい、男は口を動かした。

「パラメキア帝国皇帝のマティウスを知らぬことはないだろう。それが私だ」
「な、に……?」

 鼓膜を刺激した低い声に、サトリは絶句してしまう。
 かつて世界制服を試みたパラメキア帝国を知っているワケではない。
 ただ、眼前にいる『魔』のオーラを放散する男が『皇帝』である事実。
 それが、あまりにも納得いかなかった。

「ふざけんな! だったら、どうして!?」
「皇帝だからであろう。皇帝とはすなわち支配者――ならばどうして、蘇った身で再び世界の掌握を目指さぬことがあろう」

 返ってきた答えに、サトリは歯を軋ませる。
 そんなことを意に介さず、マティウスは問いを投げかける。

「だというのに、王を志す貴様は何をしている。皇帝も王も、支配者であることに変わりはないというのに」

 返事を待たずに、マティウスは続ける。

「支配者とは、他の全て踏み締めて生きる最上の存在。その支配者を目指しながら、貴様は――」
「違う!!」

 淡々とした口調は、張り上げられた声に掻き消された。

「何が、踏み締めて生きるだ! そんなもんと俺がなる王を一緒にするな!!」

 王とは人の上に立つもの。
 同じ種族であるヒトをも従える存在。
 そんなことは、サトリにだって分かっている。
 けれども――いや、だからこそ人を守るために立ち上がらねばならないのだ。
 裏付けのない陰口を叩かれようとも、立場の差から生まれる妬みを向けられようとも。
 王というものは、人を裏切ってはならない。
 少なくともサトリの中では、王とはそういう存在なのだ。

「やはり貴様は青い、青すぎる。そのような考えで支配者になったところで、理想と現実の差に耐え切れず磨耗していくだけだ」
「だろうな」
「貴様のような者こそ、磨耗した果てに――何?」

 予期してせぬ反応に、マティウスは怪訝な声を漏らす。

「ここに呼ばれちまった俺のダチだってそうだったさ。けどな、テメーの言う支配者にゃならなかったぜ?
 それどころか、今じゃ俺の目指す王そのものになりやがった。あんなもん見せられてな、やってもねえのに諦めるワケにはいかねえんだよ!!」

 言い放ったサトリは、柄だけ残った剣を逆手に握って重心を少し後ろに向ける。
 すでにその身体から、痺れは消えてしまっている。

「……そう、か。やはり青いな」

 サトリが折れることはないと理解し、マティウスはデイパックに手を突っ込む。
 相手に支給された剣をくれてやろうと考えたのだ。
 別に、支配者に関する考えを改めたのではない。
 自身と異なる支配者の道を目指す少年。その全力を見ておきたいだけだ。
 だが、マティウスが剣を渡すことはなかった。
 正確には、その必要がなくなったと言うべきか。

「なっ!?」

 意表を付かれたような声が、サトリの口から漏れる。
 いきなり足元に穴が開き、そこから紫色の刀が飛び出してきたのだ。

「これは、サソードヤイバー……?」

 反射的に柄を握り締めたサトリが、その瞳を見張った。
 生物に奪われたはずの支給品である長刀が、目の前に現れたのだ。
 呆然としているサトリをよそに、またしても穴から今度は紫色のサソリが現れる。
 サトリの身体を這うようにして、サソリはサソードヤイバーの柄に到達する。

「さっきの――――なるほど、お前が『ゼクター』だったってことか」

 長刀を掻っ攫っていった生物こそが、サソードヤイバーの真の実力を発揮するためのカギ――サソードゼクターであったのだ。
 説明書には『意思ある機械』としか書かれておらず、サトリはてっきりキラーマシーンのような物が会場のどこかにあるのかと思っていた。
 長らく勘違いしていたが、ようやくサトリはゼクターを手にすることができた。

―― Stand By ――

 だがどうして現在になって、帰ってきてくれたのか。
 その疑問に回答するかのように、サソードゼクターから無機質な声。
 stand by――その意味は、待機中、そばにいる、そして力になる。
 たった一言で、サトリは全てを理解した。
 サソードゼクターは逃亡したのではなく、少し離れて自分を見定めていたのだと。
 そして、サソードゼクターは自分を認めてくれたのだと。

「ありがとう」

 小さく頭を下げられると、サソードゼクターは応えるように小刻みに震える。
 サトリの想像は、殆ど正解であった。
 サソードヤイバーを回収したサソードゼクターは、地下でずっとサトリを追跡していた。
 その中で、彼は聞いたのだ。サトリが目指す王とサトリの決意を。
 サソードゼクターの本来の主もまた、下々の民の上に立つ貴族。
 一般常識に疎くとも、貴族らしい高貴な振る舞いを信念とする男だ。
 先のサトリの宣言こそ、彼流に言えば貴族の定め――ノブレス・オブリージュその物。
 となれば神に代わって剣を振るう男に仕える身として、助太刀しないという選択肢を選ぶはずがなかった。

「変身!!」

 サトリは説明書に記されていた掛け声をあげ、サソードゼクターをサソードヤイバーの柄へと装着させる。

―― HENSHIN ――

 唱和するような電子音声とともに、サソードゼクターがオレンジ色に鈍く輝く。
 サソードヤイバーから細胞じみた六角形の金属が精製され、見る見るサトリを囲んでいく。
 全身を囲みきったのと同時に、展開された金属は攻防一体となる武装を構成する。
 身体を覆う黒いボディスーツの上には、重厚な紫と銀の鎧。
 血管を連想させるオレンジ色のチューブが、体表に絡み付いている。
 これこそが、対ワーム組織・ZECTより開発されたマスクドライダーシステムの一つ。
 全てのワームを駆逐するべく戦うライダー、サソードのマスクドフォーム。

「準備は完了したようだな。出し惜しみせず全力で来るがいい! 思想の未熟さを知らしめよう!」
「ああ……その凝り固まった考えを叩き潰してやる!」

 変身の完了を待っていたマティウスが、翳していた右腕を振り下ろす。
 呼応するように幾つもの雷撃が放たれるが、サソードの長刀に切り刻まれてしまう。
 一見重量感がある装甲の下で、サトリはあまりの動きやすさに驚嘆していた。
 装甲の硬さと軽さだけでなく、サソードヤイバーの切れ味も同様に一級品。
 予想を大幅に上回る性能に驚愕するサトリに、マティウスは依然焦ることなく左腕を掲げた。

「『フレア』」

 秒と経たぬうちに巨大な火球が三つ生み出され、サソードへと放たれる。
 闇を内包した炎の塊は、さながら小さな太陽。
 軌道上にある石塊を、燃やすのではなく一瞬で炭としながら漂う。
 明らかにこれまでの電撃を圧倒する威力、それでいて速度が衰えていることはない。
 しかし生身ならともかく特殊金属製の装甲を纏う現在のサトリなら、直撃しなければ余熱で身体が焼けることもない。
 限界まで引き付けてからの跳躍で、サソードは迫る三の火焔を回避した。

「何ィッ!?」

 思い通りに事態を進めたはずのサトリが、マスクに隠れた表情を歪める。
 逃れたのと寸分違わぬ火球が二つ、眼前に迫っていたのだ。
 回避行動に移る直前の視界が炎に包まれた時を見計らい、マティウスはフレアを放っていたのだ。
 サソードに空中移動の術はない以上、このままでは炎に覆われてしまうことになるだろう。

 ――――そう、『このまま』では。

「だったら!」

 いかに空中と言っても、腕を動かすくらいはできる。
 長刀の柄に固定されているゼクターの尾が、サソードにより深く押し込まれた。

―― Cast Off ――

 サソードゼクターから射出された紫電を纏い、サソードの硬い装甲が浮き上がる。
 そのサソードへと二つの火球が着弾しようとし――――直後、弾け飛んだ。

 否、飛散したのはサソードの装甲の方だ。

 ゼクター操作で発動させた、無骨なアーマー部品にまで分解させて飛ばす全方位攻撃。
 炎塊は、飛来した装甲の欠片によって消滅しただけにすぎない。

―― Change Scorpion ――

 着地したのと同時に、サソードゼクターから電子音声。
 サソードは分厚い装甲を脱ぎ捨てたことで、サソリを模したライダーフォームへと変化していた。
 先刻までマティウスが立っていた場所を見据えるが、露になった緑の複眼は銀髪の男を捉えない。
 一瞬の思考の後に勢いよく首を横に振って、サソードは標的を視認する。
 キャストオフによって四方に飛び散った金属片を避けるため、マティウスは魔力による空中滑空で移動したのだ。
 そのまま彼方にて、魔力を集中させていた。
 二度目のキャストオフはないと踏んで、狙っているのはフレア。
 そのことを理解しているからこそ、サソードは再びサソードヤイバーに手を伸ばした。
 押し込んだサソードゼクターの尾を引き、またしても深く押し込む。

―― Clock Up ――

 大気中のタキオン粒子が、サソードの体表を覆っていく。
 説明書には超加速能力と記されていたが、サトリは世界自体が減速している錯覚に駆られた。
 迫る六の火炎も、減速の例外でない。
 先ほどは、ほぼ同時に迫る火球に回避以外の対応を取れなかった。
 だがクロックアップの世界では、ほぼ同時であったはずの連射のズレを見て取れた。
 冷静に炎を観察しながら、サソードは全てを掻い潜った。

「加速だと!?」

 相手の能力を見極めながらも、マティウスは面食らったような声を漏らす。
 魔法による身体能力の向上は、決して珍しいことではない。
 体術による戦闘を好まないので使わないが、マティウスも使用はできる。
 とはいえ、サソードの加速は異常だ。
 火炎が回避された以上、雷光でもその影すら捉えきれないと思われる。

「はああああああ……!!」

 ゆえに、マティウスはこれまでと異なる戦術を取る。
 すなわち、冥界で手に入れた魔道。
 奈落に落ちる前の姿である現状で、使うことができるかは不明。
 しかし成功したのなら、クロックアップにさえも対抗可能。そんな必滅の魔。
 さして消費していない体内の魔力を惜しまず天へと注ぎ込んでいくと、銀の長髪が重力に反して逆立つ。
 マティウスは、クロックアップがそうそう長時間使えるものでないことを分かっている。
 装甲を纏っているとはいえ、人間の身であそこまでの加速に耐えられるのは十数秒だろう。
 分かっていながらも時間を稼ごうとせずに、直接対抗しようとしているのだ。
 王を目指す少年の全力を、その手で砕くために。
 考えを改めることはなくとも、マティウスは多少惹かれていたのかもしれない。
 サトリの主張する王の形に。

「降り注げッ!!」

 自身の直感で発動を確信し、マティウスは右手で作った手刀で宙を凪いだ。
 逆立っていた髪が元の状態に戻り、逆に大気に不穏な空気が満ちる。
 湿度が上がり温度が下がったかのような感覚。
 常人の目に止まらぬ速度で駆けるサソードは、背筋に氷塊が走ったかのようなものを感じた。
 とにかくいち早くケリを付けねばと判断し、転がっている岩に体重をかけるとサイドステップを踏んだ。
 瞬間、サソードが踏み締めていた石塊は、天空より落下してきた石塊に粉砕された。

「何だ!?」

 紫色のマスクの下で、サトリが眉を顰める。
 上空からの飛来音を察知して、サソードは最短ルートから外れた。
 何かが落下してくるのは分かっていた。けれども、あの赤熱化した石はいったい――
 浮かんでしまった仮説に、サトリは背筋が凍るものを覚えた。
 ありえて欲しくないと考えながら上空を見上げて、その仮説が正解であったことを知る。

「マジかよ……!」

 搾り出すような言葉が音となった頃には、サソードは駆け出していた。
 土が舞い上がるのも待たずに、またしてもサソードのいた地点がクレーターとなる。
 まだまだ落石は終わらない。それどころか、見る見る頻度が高くなっていく。

 凄まじい速度で天空より落下してくる石塊。大気圏を突破する過程で真紅になるまで熱せられたそれは――――そう、隕石。

 魔力でもって遥か宇宙より無数の隕石を呼び寄せる。
 これぞパラメキア皇帝・マティウスが、冥府にて会得した秘法。
 人の手が届かない範囲すらも従えんとす、『支配者』に相応しき秘術。

「くそッ!」

 人の身では知覚できない速度の隕石も、クロックアップ中のサソードならばかわし切れる。
 だというのに、サソードは現状に毒づく。
 おそらくは相手の思惑通りなのだろうが、隕石から逃れていく道中でマティウスから離れてしまっているのだ。
 クロックアップが解除される前に、マティウスに攻撃を当てねばならないというのに。
 マスクで見えない唇を噛み締めていると、これまでを凌駕する轟音が上空より響いた。

「っ!!」

 足を動かしながら首を上げ、サソードが言葉を失う。
 どうやら、いま見えているのが最後の隕石らしい。
 それは喜ぶべきことなのだが、問題はその大きさだ。
 多少の誤差はあれど、これまでの隕石は直径約一メートル程度。
 だというのに、次に来るのはあまりにも巨大。
 違うところはその一点だけ。されどもその一点があまりにも問題。

(通りで、あのヤローは遠ざかってたワケだ……!)

 サソードがその複眼をマティウスに向けたのと同じくして、民家一軒ほどのサイズの隕石が地面に接触した。


 ◇ ◇ ◇


 大地が激しく揺らいでいるが、魔力により体勢を整えるマティウスには関係がない。
 何も言わずに、ただただ立ち込める砂煙を食い入るように見つめている。
 周囲を小さな隕石に囲まれており、サソードが最後の隕石を免れたとは考えにくい。
 理解していながらも、マティウスは動かない。
 ただでさえ、支配者に反乱する存在というものはしぶとい。
 加えてサトリは、自分の思想を砕くと宣言したのだ。
 この身に一太刀も刻むことなく倒れようものなら、拍子抜けである。
 そんなマティウスのどこか期待しているかのような瞳に応えるように、無機質な声が響いた。

―― RIDER SLASH ――

 ゼクターから紫色の電撃が発せられ、サソリを模したライダーの姿が充満する煙の中で露になる。
 紫電はサソードの全身に及び、サソードヤイバーへと集束していく。
 サソードの全身を循環するボイズンブラッド、通常の時間軸を超克するためのタキオン粒子。
 それらが大量に押し寄せたことにより、サソードヤイバーの刀身が白い輝きを放ち出す――!

「これで決める!」

 宣言するサソードの両脚は、特殊合金を纏っていない生身であった。
 赤熱化した小型隕石を足場にして、巨大隕石を回避するための道としたのだ。
 もはや足裏は炭化しているが、おかげでマティウスへと接近できた。
 サソードは勝利を確信して、サソードヤイバーを斜めに薙ぎ払う。
 即座に刃を返して膝元を狙う二閃目。続いて刈り上げるように三閃目。

「――――やはり、青い」

 驚異的な速度で振るわれたサソードヤイバーは、肉ではなく空気を斬っていた。
 横合いから言の葉を浴びせられて、初めてサトリは理解した。
 落下してくる隕石を操作していたのはマティウス。
 ならば『もし隕石の上を通ってきたのならどこから相手が現れるのか』など、想定していたとしてもおかしくはない。
 向けられた掌に小さな太陽が宿る。
 特殊合金越しにもかかわらず、サトリは肌に熱を感じた。
 前のめりになっていた身体をさらに倒すことで、サソードは炎塊の直撃を免れる。
 掠ってしまった背部装甲が溶解してしまうが、行動に支障はない。
 何とか動ける程度に焼けた足裏に治癒魔法をかけて、大地を踏み締めて体勢を立て直す。

「ま、だ……ッ!」

 サトリは、魔法と剣の両方を扱って戦う。
 二人の親友とは違って、どちらか片方に突出した才能がないからこその戦闘スタイル。
 破壊神に剣一つで立ち向かえるパワーも、最高位魔法を何度も唱えられる魔力も、サトリにはない。
 いわば、中途半端なのだ。
 親友たちが否定しようとも、少なくともサトリ自身は自らをそのように評している。
 戦場で意識を落とし、目を覚ましたら見知らぬ天井であったことだって数え切れない。
 幾度目かに死からの復活を時間して、サトリは技術を磨くことにした。
 王子として、民を傷つけようとしている神官を倒さねばならなかったから。
 親友たちの足手纏いになりたくはなかったから。
 少ないパワーで魔物をいなすことのできる剣法を学び、中位魔法しか使えない代わりに発動までのラグを極限まで縮めた。
 ゆえに、反応の速度でならば親友二人をも上回る。

 ――――だからこそクロックアップの恩恵があるとはいえ、マティウスのフレアを至近距離で回避することができたのだ。

「終われるあああああッ!!」

 かわされるとは露も思っておらず、マティウスは双眸を見開いている。
 搾り出すような絶叫とともに、サソードはゼクターの尾を上下させる。
 再びゼクターより発せられた紫電が、サソードの身体を伝って長刀へ集う。

―― RIDER SLASH ――

 力を貸してくれている意思ある機械の声を耳にして、サソードは腰を低く落とした。

「せりゃァァーーーーーッ!!!」
「ぐう……ッ!!」

 タキオン粒子の密集による白光に、膨大な魔力の青白い煌きが重なる。
 眩い光が周囲を照らして、当事者たちでさえ一寸先も知覚できない。

―― Clock Over ――

 天地創造を連想させる極光の中から、無機質な電子音声だけが響いた。


 ◇ ◇ ◇


 閃光が消滅した時には、もう戦闘音は止んでしまっていた。
 静寂が広がる空間で、咳き込むような声だけが大気を揺らしていた。

「まいった、な……」

 自嘲気味に呟くサトリには、もぎ取られたように右下半身がなかった。
 仰向けに倒れる主人の焼き切られたかのような傷口を眺めて、サソードゼクターは小刻みに揺れる。
 半ばで折れたサソードヤイバーが、地面に突き刺さっていた。

「決ま、ったと……思った、んだけど、なァ。なぁ……何、やったんだ……?」
「対象の動作を緩慢にする、スロウという魔法があってな」

 さも何でもないかの様子で、マティウスは答えた。
 けれども口調に反してその身体には、胸から腹にかけて大きく真一文字の傷跡が刻まれている。
 仮に刃があと数センチ深く入っていたのなら、マティウスは二つに両断されしまっていただろう。
 支給された闇のローブを着込んでいるので目立っていないが、おびただしい量の血液を体外に出してしまっている。

「はは……っ、ん……だ、よ。
 んな、もんあるの……に使わな、かった、ってこと、は……ナメ、られ…………」
「違う。私は、加速していた貴様を捉えられなかったのだ」

 呆気に取られたような声を漏らすサトリに、マティウスは訂正するように言葉を被せた。

「しかし私の中に入った刃を抜き取るまでの間――加速していた貴様には数瞬とかからぬだろうが、その時間だけ私は貴様を捉えきった」
「……は。下手、こいちまったなぁ……っ」

 納得しながらも悔しがりつつ、サトリは意識を手放そうとする。
 そんな彼を目覚めさせるように、マティウスは問いただす。

「ところで、貴様の友人である王の名を何と言う」
「あ……?」
「会ってやると言っているのだ。貴様の友であるらしい、民の上に立ちながら私とは異なる道を行く男にな」

 狐につままれたような顔になった後、サトリは僅かに笑みを浮かべた。
 考え変えるつもりになったのだろうかと思案しつつ、親友の名を教える。

「ロラン、っつー青服、だ。サイ、コー……のヤツだ、ぜ?」
「ふん、考えを改める気など毛頭ない。ただ支配者でありながら青いままの男に、多少興味を抱いただけだ」

 どうやら思考が顔に出ていたらしく、口に出していないのに否定されてしまう。
 でも構わない。興味を待たせただけでも十分だ。
 そんなことを思った矢先、サトリは初めてマティウスの苦悶の声を聞いた。

「うガ、あぁ……ッ?」

 倒れ込んだマティウスの後ろに、血染めの制服を纏った少女が立ち竦んでいた。
 いつの間に現れたのだろうか。
 マティウスとサトリが同じ疑問を抱いたと同時に、少女は巨大なチェーンソーのスイッチを入れた。
 無数のトゲを持つ刃が激しく回転を始めるが、伏している二人はともに微動だにしない。
 サトリはもちろん、マティウスもまた平静を装っていただけで重症だったのだ。
 もう逃げられない二人を前にして、少女――内田珠樹は舌で唇をなぞった。


 ◇ ◇ ◇


「……ん、ぁ…………っ」

 嬌声を上げながら、珠樹は回転するチェーンソーを振り下ろす。
 金髪の方は元から死にかけであっただけに、腕をもいだだけで動かなくなってしまった。
 だというのに銀髪の方はどうだろう。
 大きく斬り付けられていたというのに、四肢を削ぎ落としても睨みを返してきた。
 珠樹はその反応にときめきを覚える。
 傷跡に沿うようにチェーンソーを合わせてからスイッチを入れると、その整った顔が歪んだ。

「んん……っ、ふ――――ぅ、ぁあ」

 それでも、チェーンソーを止めるとまだ鋭い視線を向けてくる。
 見ているものを凍て付かせてしまいそうな瞳が、珠樹の身体を逆に熱くする。
 何か話すように懇願するが、口元を固く結んで一言も漏らさない。
 そんな頑なな態度が、より珠樹の言葉と身体を湿らせる。
 チェーンソーの横腹を顔に叩き付けて、強制的にくぐもった声をあげさせた。
 その声が鼓膜を揺らすと、珠樹の方もくぐもった声を零した。

「う、ゃ…………ァ、ぁああ――――っ」

 胸にチェーンソーを埋めると、ビクンと大きく痙攣して銀髪はついに動かなくなった。
 同じように珠樹も暫し痙攣して落ち着くと、チェーンソーのスイッチを切った。
 自分を吹き飛ばした老婆への憎しみなど、もはや消え失せてしまっていた。
 快感の余韻に浸りながら、珠樹は転がっているデイパックを拾い上げた。
 片方には基本支給品しかなかったが、銀髪の近くにあった方には一振りの剣があるらしい。
 楽しみすぎてチェーンソーの刃が欠けてきたところである。ちょうどいい。
 珠樹はしゃがみこむと、まだ熱っぽい唇をもう動かない銀髪の唇に合わせた。
 銀髪の口内に溢れた血液を味わってから、珠樹は剣を取り出す。

「キレイ…………」

 吸い込まれそうな刀身に、珠樹は思わず口走っていた。
 説明書に記されていた名前を気に入ってはいたが、こんなに肉も骨も容易く斬れそうな代物だとは。
 基本的に死体以外には向けられない、珠樹のうっとりとした視線を浴びる剣。

 その剣の名を――――『皆殺しの剣』と言う。


【サトリ(サマルトリアの王子)@ドラゴンクエストⅡ 死亡確認】
【マティウス(皇帝)@ファイナルファンタジー2 死亡確認】


【一日目・午後/C-1・中心部 山岳】

【内田珠樹(女主人公)@真・女神転生if…】
[参戦時期]:玲子ルート、イデオ第二形態撃退後
[状態]:快感>>越えられない壁>>魔法おばばに対する憎しみ
[装備]:血染めの制服、チェーンソー@魔界塔士Sa・Ga(刃が痛んでる)、皆殺しの剣@ドラゴンクエスト5
[道具]:支給品一式×3、ランダム支給品0~2個
[思考]
基本:とりあえず片っ端から殺して回る。
1:魔法おばばは絶対に殺す
2:機械のオイル(ノアを殺すこと)に興味。
[備考]
※パンツはいてません。


 ◇ ◇ ◇


 サトリとマティウスが刻まれている間、サソードゼクターは地中を掘り進んでいた。
 生物でないとはいえ、彼は本来なら貴族に仕える身。
 一時的に力を貸す仮の主人でも、放って逃げ出したりはしない。
 けれども、現在はこうして主人の下から離れている。
 珠樹の狂気に臆してしまったワケではない。
 その証拠に、サソードゼクターは逃げる自分自身を呪っている。
 プログラムされた音声以外を再生できない身でなければ、己の不甲斐なさを百の言葉で表すだろう。

 それでも主が命じたのだ――――逃げてくれ、と。

 どんなに首肯したくなくとも、貴族に仕える以上は主人の指令には従わねばならない。

 主の二人の親友が、この地にいるという。
 『青服の男・ロラン』に『紫髪の女・ルーナ』。
 彼らの力になってくれと、仮初の主人に懇願されたのだ。
 自身の命を奪われるというのに、主人は親友を気遣っていたのだ。
 わざわざ疑われないようにと、尾にゴーグルを括り付けたりもしてくれた。
 サソードヤイバーが破壊されてしまい、誰かをサソードにすることもできなくなったというのに。
 そんなガラクタと化した自分に、彼はまだ役割を与えようと言うのだ。
 ならばどうして、自身の誇りのためにあの場に残って破壊されよう。
 プライドを折ることになってでも主の命に従わずして、何が貴族に仕える身。何が神代の従者。

 ――――逃走という選択こそが、機械のボディを持つ彼にとってのノブレス・オブリージュ。


[支給品とか周囲の影響とかの備考]
※きんきらの剣@ファイナルファンタジー3は、刀身が溶解した状態でC-1中心部に放置されています。
※サソードヤイバー@仮面ライダーカブトは、半ばで折れた状態でC-1中心部に放置されています。
※闇のローブ@サガフロンティアは、マティウスと一緒に刻まれました。
※サソードゼクター@仮面ライダーカブトが尾にサトリのゴーグルをくくり付け、地中を移動しながら『青服の男』『紫髪の女』を探しています。
※C-1中心部に大小いくつかの隕石が落下し、周囲を破壊しました。
※周囲から隕石が確認できたかもしれないし、昼だから目立ってないかも。どっちでもいいです。


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034:s・CRY・ed 時系列順に読む 036:この剣に懸けて
033:戦いたい 殺したい 絶望させたい 内田珠樹 038:気まぐれサイケデリック(――――後遺症)



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