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この剣に懸けて

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匿名ユーザー

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この剣に懸けて ◆MobiusZmZg


 最後のクイーンガード、ロシェ。
 みずから剣の達人を名乗る男、ソードマスター。
 ふたりの遭遇、そして接触は、間合いにして十五歩というところで起こった。

「貴方は、殺し合いに乗ってますね」

 アリアハン城の中央階段を下りてすぐの場所で、戦士は早々に結論づける。
 判断に疑問を差し挟む余地もないと言わんばかりに、つむぐ声は平静を保っている。
 戦士の判断を裏付ける理由のもとは――腰にたばさんだ片手剣の他に、行き合った男が武器を隠していることであった。
 何らかの武器を隠しておくことによって、ほんのわずかばかり膨らんだ懐を注視されても、男は平然としている。
 不意打ちでかたをつける暗器術が破られても自棄にならず、常態をくずさない者は、かつて盗賊ギルドに潜り込んで短剣と発破の扱いを学んだときのことを思い出すに、まれな部類に入るといえた。
 それどころか迷いなく自分に向かってくるということは、よほどの心胆を備えている達人とみて間違いはない。
 しかし、抜かれたのは腰の剣ではなく、懐の暗器……扇であった。彼の修めた金式鉄扇術より、舞いに向くと思えるほどに簡素なつくりをした、それでも、戦闘に堪えるだけの重みを有する金属扇――
 こちらが携えるアイスブレードと同じに、氷の力さえ秘めているらしい業物だ。
 得物を棍棒に見立てた男は片手剣が間合いの内側に入りつつ、魔力の証左たる六ツ花を散らしてゆく。
 スタンダードな袈裟斬りをすくい上げていなしたソードマスターは、その一手で男の得手を理解するに至った。

「どうして、そっちを選んだんです?」

 袈裟斬りから間断なく続いた払いを剣の腹で受け止めながら、戦士は疑問を呈する。
 剣の間合いより肉薄しつつも、彼が使うのは遠心力を利用した殴打ではなく、西洋剣特有の“叩き斬る”動作。
 得意の得物を腰に提げているというのに、どうして、この男はあえて不利な状況を選んだというのだろうか。
 答えを求めつつ、打撃を軸とする剣戟をさばき続ける戦士に対して、男の声が返ったのは次の一合と同時であった。

「簡単なことだ。私は背負い袋の中に、ノアの使った兵器を隠し持っている」
「――えッ!?」

 “これがスイッチだ”との言葉に追随するかのように、首から下がった護符が輝く。
 次の刹那、胸をつきあげる動揺のスキをついて、男はソードマスターのシールドアタックをかいくぐった。
 カイトシールドによる殴打を捌いた扇は、戦士がまとう胸甲に、じわりと沁みわたるような衝撃を残す。
 衝撃とともに広がるのは、氷。冷えた水の器を叩いたときのように、全身にぴしぴしと凍結の波紋が伝わってきた。
 冷気によってソードマスターが動けなくなったとみた男は、初めて剣の柄へと手を伸ばす。

「……そういうことだ。個人の戦闘力や破壊力など、奴に及ぶものではあるまい。
 神を名乗る男を殺した“あれ”は、本来対象など選ばんともな」

 自分たちを殺し合いに巻き込んだ時点で、頂点に立っているのはノアという化け物だ。
 それでもなお、ノアに抗う道を選ぶのかと問うた男の瞳には、躊躇いというものが微塵もなかった。
 是と答えても、否と応じても殺す。鞘から抜かれた片手半剣の金属面は、彼の眼光を冷厳に照り返す。
 だが、このまま黙ってやられるようであるなら、戦士とてみずから“ソードマスター”などと名乗らない。

「おぉおおおおおッ!」

 凍りつきかけた唇から気合いの声がもれると同時に、彼は男の斬り払いを左手の盾で受け止めた。
 盾による打撃から続いた剣にまとった気が、男の扇による防御を破っていく。
 ソウルチャージ――いわゆる“内気”を練り、手にした剣と心を通わせるわざの応用でもって、強引に代謝の速度と体温とを高めた結果である。
 そして、ノーマンの傭兵剣技が特性のひとつである大胆な振り上げと、振り下ろし。
 盾と連携しての一閃に加えて続いた、底へ金属板を仕込んだ長靴(ちょうか)の蹴撃が、男の剣の腹を捉えた。

『なるほど。手加減したら相手に逃げられたのか、警戒されたくなくて、剣をしまってたってとこかな?
 でも、血の臭いはないし髪も濡れてないから、殺せずじまいだな……』

 だから、相手は不得手な武器でも凍結の効果を期待して使ってみせたということか。
 ソードマスターの胸中で合点がいくのと時を同じくして、剣は空間にいびつな円弧を描いていた。
 普段の自分なら決まる、と思ったのは、きっとお互い様だろう。
 床の分厚い絨毯に刺さらずぶつかった得物は、戦士の足許から離れた場所へ落下した。
 くぐもった音の反響が、かえって城の閑寂としたありさまを暗喩する。
 しかし、中途半端な位置にはぐれた得物を、改めて踏みつけにいく気にもなれはしない。
 剣を失った男の瞳は鏡面じみて、憎悪どころか驚きすら浮かんでいなかったのも、理由のひとつだ。
 これほどの平常心、意志の強さを備えていながら、いったい、どうしてノアに抗わなかったのか。
 自分とて乱世を生き延び、人を人でないものに変容させ、時に破壊衝動の権化と変えてしまう邪気、“イヴィルスパーム”の奔流から大陸を守ろうとして――
『違うな、嘘ついちゃいけない』
 などという、たったひとりの人間が抱くには大それた望みは、ソードマスターにはなかった。
 ノアに抗うと決めた時にも、イヴィルスパームの生み出した混乱の中で求めたのも、たったひとつ。
『強いヤツとの、真っ向からの戦いだ』
 様々な流派を修めてきた武人と一戦交えることにこそ魂を燃やし、彼らと闘うためにこそ地道で過酷な修練を重ねてきた男は、金髪の男とにらみ合いを続けながら、容易に折れない彼の器をはかろうとする。
 なろうことならば、これほどに“強い”男の意志を砕き、こちらに引き入れられないかと。
 ノアが真っ向から戦ってくれる保証などないと教えてくれた人間に、別の可能性を見せられないものだろうかと。
 誇りと、自身の定めた美。そして、相手を威圧するほどの恐怖でしか心を動かさない上級妖魔、妖魔の君ヴァジュイールを翻心させられそうになった時のように、彼の粘りが極まった状況でも顔を出した。

 とはいえ、ここでは互いが心の求めるものを明かし、互いに得物を抜いてしまったのだ。
 いまだ名乗らない男も、自分にしても、相反する相手に対して和解を求めるには遅すぎる。
 ここから先には互いに傷を負い、命を削りあう結末しか残されていない。

『――ホントにそうかな?』

 だが、難局という現実を乗り越えることにかけては、彼にも一家言ある。
 みずから剣の達人を名乗る男は背伸びのない自信を込めて、唇を横に引き伸ばした。
 この鉄火場で微笑み、それに訝しげな顔を返す程度には……自分も、相手にも余裕があるようだ。
 ならば、いいではないか。このまま肩透かしのような勝ちを収めるより、彼の刃が鳴り散らす音をこそ聴きたい。
 自分の腕と誇りを信じているのなら、そのくらいのわがままなど、笑って貫きとおしてやる。

「ノアを頂点に考えれば、個人の力は意味がない。それは、確かにそのとおりかもしれません。
 だけど俺も、貴方も参加者のひとりだ。別の誰かを殺そうとして逃がした時点で、貴方には個人の力は無視できない」

 神と名乗った男を屠った兵器の群れに、ヴァジュイールや別の男を爆殺していった首輪。
 そんなものどもに対抗出来る確証どころか、可能性すら見据えることなくノアを打倒しようと考えていた目論見の甘さを認めた武芸の達人は、その上で、いまだ双眸から闘志の炎を消そうとはしない。
 美しい連携を求めたヴァジュイールの前で、一心に演舞を決めていたときと、心は同じだ。
 剣でもって愚直にぶつかることしか出来ない自分だからこそ、この男をなんとかする方法は絶対にある。

「だから、俺を殺すつもりなら、全力でお願いします。
 傍から見ていても、貴方は剣のほうが得意なのはハッキリしてるんで――」

 慢心の欠片も無く言い切った彼は、黒く艶のある鋼と銀の刻印で装飾がなされた名剣を男に示した。
 同時に、階段の上という有利な場所からあえて退避を行い、男と同じ“平地”に陣取る。
 高所に陣取り、かつ、暗器術を見破った相手に対する打ち込み方を探していた彼が、さすがに訝しげな顔をした。

「そうでもないと、貴方みたいな人は戦いの結果に納得なんかしないはずですよね。
 あいにく、俺には武術しかない。首輪を外すための技術も見当がつかないし、兵器を撃ち込まれたらそれで終わりだ。
 だけど、そんなヤツ相手に得意な得物を使って、全力でぶつかっても勝てないって事実を……。
 ここで負けを認めて、逆にノアを倒そうと思う俺の仲間になることを、貴方に受け入れさせてみせるッ!」

 それを視界に入れながら、彼は剣を拾い上げた。
 柄頭の側を男に向けて渡すがはやいか、自分の氷剣を相手の得物と打ち鳴らす。
 戦え、との儀礼にして基本的な合図に対して、男は自嘲と自責の色を、のどの奥の笑いに込める。
 騎士と見える男もまた、彼の中の儀礼に従って、ソードマスターに端的な名乗りを返した。

「ロシェだ」
「なら、こっちも“エペ”で構わないです」

 目では見えぬものに対する確信に満ちた声がつむぐのは、偽名などではありえない。
 そして、ときに宮廷に剣舞を披露していたソードマスターも、フランス語の心得はあった。
 岩を意味する濁らない響きを聞いた戦士は、彼に合わせてみずから自身を“剣”と名乗ってみせる。
 皮肉か、戦神の采配か。これから戦い、ねじ伏せるべきロシェが得意とするらしい武器も剣。
 体幹に影響しない範囲で肩を上下させながら、ふたりは四肢にかかる力を抜いた。

 *  *  *


 そして彼らは十歩の間合いを隔て、強い視線を交わすことなく真正面からぶつけ合う。
 アリアハン城、中央階段前。玉間の御前とも言うべき場所で、すでにして戦いは――始まっていた。


 *  *  *

 剣戟の第一波となったのは、ロシェの無力化を目論んだエペの放つ連撃であった。
 低く、短い跳躍から繰り出したのは、飾り気もないがゆえに小手先の対処が出来ない袈裟斬りだ。
 片手剣よりも刃渡りの長い片手半剣(バスタードソード)の間合いより深く、しかして片手剣の勢いまでは殺されない距離を測った移動と、移動に使った膝のバネを活かしきった攻撃は、まさに波と形容するにふさわしい。
 奔放な動きの勢いを活かしてコンボを繋ぐノーマンの傭兵剣技に合わせて、重心を少しばかり前へ調整してある剣はソードマスターの腕と一体になったかのように伸びをみせ、返した峰がロシェの右肩を打ち据えんと迫る。
 隙の無い、流麗な一撃。とはいえ、それを黙って見ているだけのロシェではなかった。
 片手半剣の、普通の片手剣より長い柄を片手で握っている彼は、腰を沈めながら左足を踏み出した。
 利き腕を狙った一閃を横合いに避けてなお、相手に肉薄したままの彼が繰り出すのは、左手に握った剣の鞘だ。
 本来なら添え物でしかないパーツは、納めるべき刀身の長さとあいまって、無視などできない遠心力をはらんでいる。
 重い打撃をカイトシールドの表面でいなしたエペは、即座に手首を返し、盾を通した腕で相手を殴りつけた。
 鉄塊と言い換えてよい物体を剣の腹で滑らされるのを予測して、そこにトーキックをつなげる。
 ロシェの後退に合わせた第二波は、斬り込みからのシールドアタックと、間を置かぬヘッドバット――

 秒刻みの攻防とともに、エペの視界は急速に絞られていった。
 ノーマンの傭兵が伝える剣技と、盗賊ギルドの教える暗器術の複合。
 いや、まだ引き出しがあるか。それとも、型にとらわれることのない、完全な我流なのか。
 様々な流派の知識を手にしているも、このような戦い方をする相手は彼とて見たことが無い。
「異次元」との単語を思い出す暇もなく、彼の意識はエペ自身とロシェ、剣を交わすふたりへと収斂していた。
 ロシェが足払いから転じて、足の裏による蹴撃で間合いを離そうとしたなら、エペは気の横溢を載せた一撃で応じる。
 エペが回し蹴りからの斬り払いを繰り出せば、ロシェは鞘でさばき剣でいなし、鞘に生じた慣性を殺さずエペの顎を衝く。
 先刻連想した“騎士”という肩書きがもつ印象からかけ離れて、この男の戦いぶりは生々しかった。
 もっとも、数多の流派を見聞し、我が身に修めてきた戦士にとって、それは、別段意外なものでもない。
 “宮廷決闘剣技”などと冠された流派でさえ、膝蹴りや踏みつけといった技を取り入れているのだ。
 しいて、意外であるといえる部分。どの流派にも無いものを探すとするなら、
「たっ!」
 攻撃とともに短く叫んだエペに対して、ロシェは“掛け声をほとんど出さない”点であった。
 とにかく気合いの声を出せばいいというものではないが、己にも分かる形で息を刻めば、その分、息を吐いたときに生じる筋肉の伸びも分かるものだ。声を張り上げること自体、戦意を昂揚させる効果も有している。
 ソードマスターがみてとったロシェの剣技。彼が得意とする武器の扱いは、自分と互角というところだ。
 実力の拮抗が、肌で分かるからこそ。エペには、彼が単純で有用な道具を捨てていることの意味が分からない。
 剣を握る拳で狙ったこめかみへの一撃を回避するロシェの動作に、つよく詰めた吐息が追随する。
「……まだだッ!」
 サイドステップによって相手の体幹がわずかに崩れたところを、エペは鋭くついてみせた。
 彼が狙ったのはロシェの、剣を握った右腕だ。実力が段違いでもないかぎり、そう簡単に狙うことなど出来ない身体部位であっても、相手が実力を出せない状態に持ち込めばつかめる。それでも普通は抜けられるだろうが――
 この一瞬で関節を極め、投げ抜けなどさせない地力と知識こそが、ソードマスターの一番の武器であった。
 ステップに伴って踏み出していたロシェの片足を踏みつけるとともに腕を引き、彼の重心移動を見計らって押し込む。
 首の関節を極めるタイムラグを一瞬のひらめきで考慮して、エペはそのまま腕をひしぐことを選んだ。
 引き倒したロシェの背中をまたいで固定し、本来ならば肩関節の曲がり得ない方向に力を加える。
 そのままの姿勢で尻を落としたなら、相手の腕は根元から折れることだろう。
 しかし――関節も、状況も極まってなお、ロシェは平静を崩さない。

「全力で戦え。お前は確かにそう言ったな……。
 では、“その右腕はくれてやる”」

 戦いが始まって以降、彼から初めて意味をもつ言葉を聴いた気がした。
 エペの、技ではなく精神にある躊躇いが、彼のつむいだ台詞に興味と疑問をないまぜに食いつく。
 ロシェが彼を屈服させるためには不可欠であった手心をついたのは、まさにその瞬間だった。
 わずかに甘くしていたが、抜けられる程ではない関節技。その要となっていた肩が、糸の切れたように力を失う。
 みずから関節を外す際にもはしるであろう痛みなどものともせず、男はするどい吸気を肺へ送り込んだ。

「ストレイン」

 間髪入れる隙も与えず、五文字の言葉がつむがれると同時。虚空に円環を描く蒼氷色の陣が収束して弾けた。
 蜘蛛糸のごとくに肉体へ絡む薄緑の線条は、武器と心を通わせるソウルチャージの変奏だろうか。
「え、ッ」
 直後、ソードマスターは吐息についた色に対して、疑問符も感嘆符もつけられぬまま身をよじった。
 たった五文字の言葉、ちいさな声に込められたロシェの意図を、自身の肉体で理解してしまったがために。
 身をよじったつもりが、まったくと動けない。いくら意識を寄せても、自分の姿勢が変わることがない。
 外した関節を起点に体を離す騎士を前にしても、自分は相手を拘束した体勢のまま、指の一本も動かせない。
 座り込んでいるに等しい状態で、視界に入ってくるのはロシェの、いまだ警戒を解かない下半身だけであった。
 硬質だが肉のなかにくぐもった音が響いてすぐに、力なく下がっていた右腕の、肘から先が上方に曲がっていく。
「彫像の呪。僧侶魔法の初級に位置しているが、魔法の存在すら知らなかったようだな」
 魔法とやらに関する説明が、彼なりの冥土の土産であるらしい。
 情感を抑えたロシェの声音からは、エペに対するいかな感情も見いだせなかった。
 それでもなお、ソードマスターの内心は絶望から程遠いものであった。

『無意味? そんなことはない、これは。この戦いは……』

 下手に勝てば増長する、巧く負ければ勉強になる。
 そんな話を聞いたことがあると思い出した彼は、彫像のように固まった口許ではなく、心の中でにやりとした。
 戦いの後で考えるからこそ、人も剣も成長することが出来る。それが戦いと、個人が個人としてある意味ではないか。
 いかに下手であろうと最終的に『勝つ』しか道がないここであっても、今、ここで繰り広げていた戦いは。
 知恵と力を尽くしてぶつかり合い、自身を磨き上げていく行程のひとつは――

『面白い。それだけで、価値があるに決まってるじゃないか!』

 互いに知恵と力を尽くした、その結果。
 拘束されたエペの視界には、騎士が左手に構えた剣がいっぱいに写っていた。
『騎士。騎士っていうよりアサシンだったな。自分の体に、あんなクセをつけてるんだから』
 自分の命を捨て、相手の技を殺す覚悟をしていたロシェか、他人の命を活かし、相手の技をも自らの流れに取り込むと決めた自分か。実力は拮抗しており、どちらの考えが優れているといえるわけでもないのに、それでも決着がつくというのだから……つくづく、戦いとは不思議な性質を有しているものだと思う。
 眼前に突きつけられた死の気配を前にしてもなお、ソードマスターは瞳から力を抜かない。
 ロシェに対して一種の博打を打つと決めたその時から、最悪の結末など視野に入れていたのだから。
 そして――次の瞬間。彼は濃密な戦いを繰り広げた相手を一気に切り捨てるのか、それとも躊躇をみせるのか。
 利が生まれるというのなら、ときに自分の命をすら投げ捨てる彼が、いったい、他人のそれにはどう向かうものなのか。
『もう……“貴方”じゃないな。“お前”はいったい、どっちなんだ?』
 戦いによって生まれる流れもまた、生涯を武闘に捧げてきた“剣”の知りたいところでもあった。

 *  *  *

 節くれだったロシェの五指が、魔浄の合金でできた扇を構えた。
 要よりやや上部に添えられている親指に力が入ると同時、骨と素材を同じくしている地紙が開く。
 金属面が擦れるかすかな音に続いて、あえかにして艶麗な六ツ花の紋様が全面に現れた、次の瞬間。
 扇の主は縁を使って繰り出した一閃から即座に手首を返し、利き手の上へと末広の端を載せた。
 自重でもって地紙を畳んだ扇を手首から先の動きだけで軽く投げあげ、先刻と同じ位置でつかみとる――

 そんな動作を繰り返して、もう、何度目になっただろうか。
 あの戦いからしばらく。階段の先に合った玉間を含めて城を巡り終わった騎士は、薄暗い地下で扇を繰る手を止めた。
 アルスには見せることをためらった剣に込められた、祝福の力。高位の僧侶魔法であるラフィールによって関節を癒すが早いか始めた、新たな武器を扱う練習の成果は……今のところ芳しくはない。
 一連の動作を終えるために必要な時間は平均で三拍。その倍ほどにもたつくことさえあるという体たらくだ。
 これが戦闘のような緊張状態におかれたならば、まずもって練習の時より手際は悪くなることだろう。
 不慣れを差し引いても取り回しに意識の集中が必要となる技など、実戦には使えない。
 重みのある扇は開いたままでも十分な威力があると分かったが、それでは隠密性も失われてしまう。
 かといって棍棒としての扱いに留めては、戦闘扇のもつはずの長所、面攻撃は潰れたも同然だ。
 そして、こちらが扇という武器に習熟していない事実までもが相手に知れよう――

 確かに、いまの自分は剣をふた振り携えている。
 しかし、それを使えない状況に追い込まれた時のことを想像できなければ、自分はそこで終わりだ。
 そうであるなら、生き残るために手を抜くことなど、自分にはとうていできはしない。

 切るように息をついて、ロシェは扇を懐にしまった。
 落胆の色を見せることもなく、軽い痛みを訴えはじめた手首を揉み込む。
 廃都ドゥーハンの地下に現れた迷宮を冒険していて、これ以上の危機には何度も陥っている。
 まだ幼かった凶作の年、その日のパンにすら困った母によって捨てられた時に、決定的な失望も体験していた。
 あの、どこまで行っても背中にとりつく“過去”を思えば。戦えるということは、自分の手で道を選びとっていけるということは、これから振るう武器を選べるということは、なんと幸せなことなのだろう。
 使命を果たすという目的に比して、あまりにもささやかな喜びが男の胸をつきあげる。
 背負い袋から取り出した水を含んで口内を潤したクイーンガードは――


 雪の白さを帯びた氷剣と、深き海のごとくに青い大盾を。
 灰色に染まった世界の“向こう側”を思わせる一対の武器を、強い瞳で見つめた。


 “裁きの剣(さばきのつるぎ)”。
 月の剣のごとく冴え渡る氷の刃は、かつて自分に名づけられた名を思い出させる。
 暴政によって母を奪ったという女王と、ドゥーハン王国を引き裂くための隠された刃。
 それこそが、かつての『ロシェ』。魂の一片から自分を生み出した男が心の最奥にある影であった。
 寺院の者が発する「捨てられた」との事実を受け入れられずに逃げ出した、幼き日の『自分』を拾った老司教……救いを求める人の声に応えない神に代わり、人を救うための神を復活せしめんとした男の声は、鮮明に思い出せる。
 あれに叩き込まれた暗殺の業にしても、健全なものとなった心が忘れていても、体が忘れていなかった。
 いいや。髪から色を失い、朽ちかけていた本来の『ロシェ』から分かたれた魂こそが、忘れていなかった。

 黙したまま、冒険者はもうひとふりの剣を鞘から抜き取る。
 先刻の戦いで血脂にまみれてしまったはずの、クイーンガードの剣。
 中世期からドゥーハンに伝わる名剣は汚れることもなく、光源の僅少な地下でさえざえと輝いていた。
 この輝きを授かったときの記憶も、思いを封じる水晶から覗いた、得がたく貴重な日々の思い出のひとつである。
 王宮に潜り込んだロシェの心を開かせ、信頼には命でもって応えようとした女王や、クイーンガードだった“彼女”。
 見知らぬも恋しいひとびとは、男の魂から新たに生まれいでたロシェの、まっさらであるはずの心を縛る。
 それほどに大切な者だけではない。ともに迷宮を探索していた仲間さえ、武神の糧にされてしまうからこそ、
 自分は、死ねない。どんなに歪んだ道をたどろうと、彼らや仲間との絆を汚させはしない。
 魂が消える寸前に見せてくれた彼女の、風花のごとくに穏やかであった笑顔に応えたい。
 女王を武神の呪縛から解き放つことを願った、彼女の思いを叶えてやりたい。
 彼らを自由にするためならば、彼らの信頼を喪っても構わない。

 ……だから。目的を果たすためならば、たとえ己を道具と変えてもみせよう。
 必要であるというのなら、情愛で開かれたはずの心を、ふたたび凍てつかせてやろう。
 歴代クイーンガードの名誉、女王陛下の信頼すら、この名剣とともに砕くことになろうとだ。
 背信も不敬も、罪業も。すべてはここに立つ“最後のクイーンガード”が背負ってやろうではないか。


 服の上から、閉じた扇の輪郭を確かめる。
 もはや道具では有り得ない自分、ゆえにこそ。
 おのが胸中に生まれた望みを貫くためなら、ロシェに許容できない犠牲などなかった。


【D-3/アリアハン城・地下/午後】
【ロシェ(男主人公)@BUSIN~wizardry alternative~】
[状態]:MP消費(小)、疲労(大)、右腕に軽い違和感
[装備]:クイーンガードの剣@BUSIN、アイスブレード@ソウルキャリバーⅢ、
 魔浄扇@真・女神転生if...、魔戦の護符@BUSIN
[道具]:基本支給品×3、不明支給品×1~5
[思考]:優勝狙い。女王と民草の魂を解放するために生き残る
1:城を拠点にしつつ参加者を殺す。休息を兼ねて、扇の扱いを練習してみる
[参戦時期]:異空で主人公の本体と出会った後~ラスボスと戦う直前
[備考]:人間/職業・盗賊→騎士(Lv5までの魔術師魔法・すべての僧侶魔法使用可)/善属性/性格・正義感。
 クイーンガードの剣は、アイスブレードの盾(カイトシールド)と組み合わせて使っています。

【クイーンガードの剣@BUSIN】
ロシェに支給された。
長剣(片手剣)の一種。ドゥーハンの中世期よりクイーンガードに下賜されてきた名剣。
即死・対アンデッドを追加効果に持ち、道具として使うとHP回復の僧侶魔法「ラフィール」の効果を発揮する。


【エペ(ソードマスター)@ソウルキャリバーⅢ 死亡】
【残り 39人】


035:王となるもの/皇帝であったもの 投下順に読む 037:同じ星を見ている
035:王となるもの/皇帝であったもの 時系列順に読む 037:同じ星を見ている
014:はるかなる故郷 ロシェ 059:ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(前編)
028:妖魔の考える事は妖魔からん(ようわからん) エペ GAME OVER



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