Andante ◆EDO/UWV/RY
とん、とん、とん。ぐつぐつ。
擬音にすると、大体こんな感じだろうか。宿屋の主人の手が鮮やかに動き、音を生み出す。
既に彼の頭の中では、今日の夕飯のヴィジョンは完全完璧に固まっていた。
材料も痛んではいなかった。それどころか奇妙な事に、取れたて新鮮であったといっても過言ではない。
だから今回の料理に関しては何も問題はない。"作る側"としては、これ以上いい環境などあろうものか。
これならば、全力でのサポートにいらぬ苦労をかけることは無いはず。
後は自分の出来ることをするだけ。ただそれだけに今は集中するべきなのだ。
そう、決めたのだから。
擬音にすると、大体こんな感じだろうか。宿屋の主人の手が鮮やかに動き、音を生み出す。
既に彼の頭の中では、今日の夕飯のヴィジョンは完全完璧に固まっていた。
材料も痛んではいなかった。それどころか奇妙な事に、取れたて新鮮であったといっても過言ではない。
だから今回の料理に関しては何も問題はない。"作る側"としては、これ以上いい環境などあろうものか。
これならば、全力でのサポートにいらぬ苦労をかけることは無いはず。
後は自分の出来ることをするだけ。ただそれだけに今は集中するべきなのだ。
そう、決めたのだから。
しかしそれでも主人は、ある一つの不安を隠し切れないでいた。
不安の元は、"食べる側"。このレーベの村の宿屋に"宿泊"している少女達。
主人は、彼女らがこの後どうなってしまうかが心配でたまらないのである。
不安の元は、"食べる側"。このレーベの村の宿屋に"宿泊"している少女達。
主人は、彼女らがこの後どうなってしまうかが心配でたまらないのである。
また、駆逐された人類の名を一定時間ごとに告げる放送を流す。
この異常な世界の中で定期的に行われるらしい"放送"。
もしも彼女達の知り合いの名が、無情にもノアの口から紡がれてしまったらと思うと怖かった。
自分は精一杯彼女達を、そして勇者様ご一行をサポートする為に全力を尽くしてきた。
しかしそれでも、"放送"の内容がもしもここの皆の心を揺さぶるようなものだったとしたら。
もしも彼女達の知り合いの名が、無情にもノアの口から紡がれてしまったらと思うと怖かった。
自分は精一杯彼女達を、そして勇者様ご一行をサポートする為に全力を尽くしてきた。
しかしそれでも、"放送"の内容がもしもここの皆の心を揺さぶるようなものだったとしたら。
「あまり、考えたくはないですな……」
自分のサポートが無意味なものになってしまうのは嫌だ。
何よりあの少女達が沈んでしまうのが一番嫌だ。
――――しかし、それでも主人は料理を作り続ける。自分に出来る精一杯を、続ける。
確かに不安だ。放送を聴いたとき、己を含めた全員がどうなるかはわからない。
何よりあの少女達が沈んでしまうのが一番嫌だ。
――――しかし、それでも主人は料理を作り続ける。自分に出来る精一杯を、続ける。
確かに不安だ。放送を聴いたとき、己を含めた全員がどうなるかはわからない。
だが、それでも彼は料理の手を止めはしなかった。
料理を作り、客人をもてなす。そんな日常に近しい世界に触れていたおかげだろうか。
ふと、主人の心に不安が湧き上がっていくのと同時に、自分が"熱くかつ冷静になり始めている"のを感じていた。
それどころか、実際に自分の土俵に立って仕事を始めてみればあら不思議。
巻き込まれただけではない。自分の意思で何かを成し遂げようと思ったその途端、勇気が湧いてきたのだ。
料理を作り、客人をもてなす。そんな日常に近しい世界に触れていたおかげだろうか。
ふと、主人の心に不安が湧き上がっていくのと同時に、自分が"熱くかつ冷静になり始めている"のを感じていた。
それどころか、実際に自分の土俵に立って仕事を始めてみればあら不思議。
巻き込まれただけではない。自分の意思で何かを成し遂げようと思ったその途端、勇気が湧いてきたのだ。
もしもノアが放送という武器で心を抉ろうとかかったら、それから今度は自分が笑顔を取り戻せられる様努力すればいいのだ。
奴が"マイナス"を運んできたならば、自分が少女達に襲い掛かる"マイナス"を吹き飛ばす程の"プラス"を作り上げればいい。
公子と名乗ったあの少女の笑顔を思い出す。
彼女のあの笑顔があれば、どんな悲しみも吹き飛んでしまうのではないかとさえ考えてしまう。
ならば"それを呼び覚ます手段"が今の自分の武器だ。上等だ。やれるところまでやってやろうではないか。
奴が"マイナス"を運んできたならば、自分が少女達に襲い掛かる"マイナス"を吹き飛ばす程の"プラス"を作り上げればいい。
公子と名乗ったあの少女の笑顔を思い出す。
彼女のあの笑顔があれば、どんな悲しみも吹き飛んでしまうのではないかとさえ考えてしまう。
ならば"それを呼び覚ます手段"が今の自分の武器だ。上等だ。やれるところまでやってやろうではないか。
なあおっさん、出張宿屋ってのも、面白いんじゃないか。
まるであの、粋な盗賊が傍にいてくれるようで。
そんな彼が再び、あの言葉をかけてくれているような気がして。
だからだろうか。調理用具を持つ手に力が入る。調味料の分量を量る瞳が鋭く光る。
次に何を行えば美味しい料理が出来るかが頭の中に流れ込んでくる。
そんな彼が再び、あの言葉をかけてくれているような気がして。
だからだろうか。調理用具を持つ手に力が入る。調味料の分量を量る瞳が鋭く光る。
次に何を行えば美味しい料理が出来るかが頭の中に流れ込んでくる。
宿屋の主人が近い未来に対して不安を抱いている事には、決して変わりは無い。
だがそれでも、彼はこの調理場という空間内で確かに"戦士"となっていた。
だがそれでも、彼はこの調理場という空間内で確かに"戦士"となっていた。
◇ ◇ ◇
「もー、まさかたった一つだとかそんな……ショックだわ……」
「ま、まぁまぁ。じゃあご飯食べた後に材料があれば焼いたげるから!」
「本当?」
「うん、まぁ材料があったらだけど……勿論、プルフォーの分も」
「えっ……あ、はい……!」
「ま、まぁまぁ。じゃあご飯食べた後に材料があれば焼いたげるから!」
「本当?」
「うん、まぁ材料があったらだけど……勿論、プルフォーの分も」
「えっ……あ、はい……!」
といった会話を経て、適当な椅子を見つけて座る沙理子。
その姿を見て、"気持ちの整理はきちんとついたのだろう"と少女は微笑んだ。
その姿を見て、"気持ちの整理はきちんとついたのだろう"と少女は微笑んだ。
笑みの主はペルソナ使いの少女である。名はご存知、有里公子だ。
放送まではもう少し時間がある今現在。その中で彼女はプルフォー達と少しでも心を近づけようと世間話をしていた。
話題は大層なものではない。好きな食べ物や周りの人達のこと、などといった何の他愛も無い話だ。
だが沙理子が帰ってきてから開始されたそんな話の数々は、騒がしくなるほどではなかったが確かに静かに盛り上がっていた。
そうすることで、相手がどんな環境で生きてきたかを知る事も出来るわ楽しくなるわで一石二鳥。
微笑を浮かべながら、会話のキャッチボールを展開する姿は、まるでクラスメイトと楽しい時間を過ごしているかのようだった。
放送まではもう少し時間がある今現在。その中で彼女はプルフォー達と少しでも心を近づけようと世間話をしていた。
話題は大層なものではない。好きな食べ物や周りの人達のこと、などといった何の他愛も無い話だ。
だが沙理子が帰ってきてから開始されたそんな話の数々は、騒がしくなるほどではなかったが確かに静かに盛り上がっていた。
そうすることで、相手がどんな環境で生きてきたかを知る事も出来るわ楽しくなるわで一石二鳥。
微笑を浮かべながら、会話のキャッチボールを展開する姿は、まるでクラスメイトと楽しい時間を過ごしているかのようだった。
"沙理子相手ならば"、なのだが。
どうしても、仕方のない問題というものは発生してしまうもので。
そんな問題を生み出して"しまう"主、プルフォーの哀しそうな瞳を見て、公子は心を絞められるような感覚を覚えた。
そんな問題を生み出して"しまう"主、プルフォーの哀しそうな瞳を見て、公子は心を絞められるような感覚を覚えた。
そう。プルフォーは、公子とは明らかに違いすぎる環境に身を置いていた。
戦争をさせられる為だけに生まれ、育てられ、戦いに不必要なものが全て省かれた生活を強いられていた。
その挙句に、遂に実戦に借り出された途端に沢山の姉妹と共に撃墜されていったのだ。
奇跡的に生きてはいたものの、自分が仕えていた主とは死別。自分がどうすればいいのかも解らないまま、気付けばこんな場所に。
公子がプルフォーの話を噛み砕いて自分なりに解釈したところでは、大体こんなところ。
つまりこの少女の世界はとても"小さくて、狭くて、少ない"。だから沙理子には通じる話も彼女には通じず。
そんな具合で、実は彼女だけが一人話を膨らませる事が出来ないままでいたのだった。
戦争をさせられる為だけに生まれ、育てられ、戦いに不必要なものが全て省かれた生活を強いられていた。
その挙句に、遂に実戦に借り出された途端に沢山の姉妹と共に撃墜されていったのだ。
奇跡的に生きてはいたものの、自分が仕えていた主とは死別。自分がどうすればいいのかも解らないまま、気付けばこんな場所に。
公子がプルフォーの話を噛み砕いて自分なりに解釈したところでは、大体こんなところ。
つまりこの少女の世界はとても"小さくて、狭くて、少ない"。だから沙理子には通じる話も彼女には通じず。
そんな具合で、実は彼女だけが一人話を膨らませる事が出来ないままでいたのだった。
「あの、ごめんなさい……色々な事、わからなくて……」
「ん? ああ、いや、気にしなくていいよ。ってかごめんね私達だけで盛り上がっちゃって」
「あ、いえ……ごめん、なさい。気を遣わせて……」
「ん? ああ、いや、気にしなくていいよ。ってかごめんね私達だけで盛り上がっちゃって」
「あ、いえ……ごめん、なさい。気を遣わせて……」
失敗した。と公子は自分の行動を反省する。
彼女が"世界を知る暇が無かった"という事は理解していたはずなのにこの体たらく。
かと言って流石の自分でもあの"アクシズ"だの"量産型キュベレイ"だので話を広げられる自信も無い。
というかそんなものを話題にしてしまっては、確実に彼女の心を疲弊させてしまうだろう。
彼女が"世界を知る暇が無かった"という事は理解していたはずなのにこの体たらく。
かと言って流石の自分でもあの"アクシズ"だの"量産型キュベレイ"だので話を広げられる自信も無い。
というかそんなものを話題にしてしまっては、確実に彼女の心を疲弊させてしまうだろう。
(ちょっとはしゃぎ過ぎたな……沙理子だけが相手なら大成功だったんだろうけど)
せっかく自分を頼ってきてくれた彼女に負担を強いる事だけはしたくなかった。
これ以上下手なことをすると、自分の残念度が上がりに上がると予測。
とりあえず一旦落ち着くことにしよう。溜息をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
これ以上下手なことをすると、自分の残念度が上がりに上がると予測。
とりあえず一旦落ち着くことにしよう。溜息をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
「何処へ?」
「ちょっとトイレに」
「ちょっとトイレに」
沙理子の質問に答え、頭をリセットさせるために部屋を出ようとドアへと体を向ける。
そして一歩進もうとしたとき、ふと違和感を覚えた。
服の片袖を何者かに掴まれている。力はとても強く、しかし弱弱しく震えている。
プルフォーだった。
そして一歩進もうとしたとき、ふと違和感を覚えた。
服の片袖を何者かに掴まれている。力はとても強く、しかし弱弱しく震えている。
プルフォーだった。
「プルフォー……?」
「……っ」
「大丈夫だよ、そんなにしなくても私は逃げないよ?」
「……っ」
「大丈夫だよ、そんなにしなくても私は逃げないよ?」
一人になるのが――といっても沙理子がいるわけだが――嫌なのだろうか。
ひとまずは安心させないと、と公子は口を開くものの、プルフォーは手を離さない。
その上でこちらの目を不安げにじっと見つめ、更にふるふると首を横に振る。
これはもう"何があっても離れたくない"という意思表示と考えて間違いないだろう。
ひとまずは安心させないと、と公子は口を開くものの、プルフォーは手を離さない。
その上でこちらの目を不安げにじっと見つめ、更にふるふると首を横に振る。
これはもう"何があっても離れたくない"という意思表示と考えて間違いないだろう。
(まいったな……)
いや、本当にまいった。
まさかだ。まさかの連続だった。
まさかだ。まさかの連続だった。
(自分が護るって言っておいて、この子が私しか頼れる人間がいないんだって事を忘れてたなんて……そんな私にまいった)
不覚を取った。
(いやぁ、ほんとにまいった。私ダメだなー。残念過ぎる)
しかし。
(そんな残念な私を……状況がこんなだった事を含めても、頼りにしてくれてる。
私しかいなかったから、だとしてもプルフォーは私の言葉を信じてくれた。そう、今だって)
私しかいなかったから、だとしてもプルフォーは私の言葉を信じてくれた。そう、今だって)
ならば。それにひとつずつ応えよう。
それじゃ一緒に、とプルフォーの手を握る。
公子のその行動が嬉しかったのか、プルフォーの表情が少しずつ緩む。
それじゃ一緒に、とプルフォーの手を握る。
公子のその行動が嬉しかったのか、プルフォーの表情が少しずつ緩む。
(そうだ。この子は他の姉妹と離れたのを最後に死別した……だったら、そうだ。
私が少し離れるってだけで、それを思い出して不安になったって当然なんだよね……!)
私が少し離れるってだけで、それを思い出して不安になったって当然なんだよね……!)
自分の使命とそれに伴う責任を思い出し、公子は気合を入れなおす。
いい機会だった。おかげで、改めて決意を固めなおす事が出来た。
世間話の件ではプルフォーを悲しませてしまったが、それもそれだ。
彼女に"マイナス"が降りかかったなら、自分がその分"プラス"を与えればいいのだ。
いい機会だった。おかげで、改めて決意を固めなおす事が出来た。
世間話の件ではプルフォーを悲しませてしまったが、それもそれだ。
彼女に"マイナス"が降りかかったなら、自分がその分"プラス"を与えればいいのだ。
「あっ、やば……漏れ……っ! ごめんじゃあ沙理子ちょっと二人で行ってくる!」
「うんうん、行ってあげなー。ついでに建物を適当に回ってみるのもいいんじゃない?」
「そ、そうするー! じゃあプルフォー、行こう!」
「うんうん、行ってあげなー。ついでに建物を適当に回ってみるのもいいんじゃない?」
「そ、そうするー! じゃあプルフォー、行こう!」
奇しくもそんな宿屋の主人と同じ考えに至った途端、公子の尿意はksk。
子どもの前でダム決壊宜しくえらい騒ぎを起こすわけにはいかないので、沙理子の言葉に甘える宣言直後に早足でトイレへと向かった。
子どもの前でダム決壊宜しくえらい騒ぎを起こすわけにはいかないので、沙理子の言葉に甘える宣言直後に早足でトイレへと向かった。
プルフォーとしっかり手を繋ぎながら。
◇ ◇ ◇
ルーンミッドガッツ王国とシュバルツバルド共和国の国境地帯。
王国の首都プロンテラより離れたその場所にて、巨大な塔を中心に丁度八角形の形をした街がある。
湖に囲まれ自然豊かで、そして古より魔法力に恵まれた静かな街。それが"魔法都市ゲフェン"だ。
王国の首都プロンテラより離れたその場所にて、巨大な塔を中心に丁度八角形の形をした街がある。
湖に囲まれ自然豊かで、そして古より魔法力に恵まれた静かな街。それが"魔法都市ゲフェン"だ。
古の修練者達が造り上げたその街は、魔法都市の名の通り魔法使いの聖地と言っても過言ではない。
まず街にある魔法学校では、未来を担う"ノービス"達が"マジシャン"へと転職し、また研究を続けている。
街の中央の巨大な塔はゲフェンタワーという名で、常に人の出入りがある一番のスポットだ。
屋上には由緒正しき魔術師ギルドの本部があり、日夜修練を重ねたマジシャン達はそこで"ウィザード"への転職を目指して試験に挑む。
一方地下に入れば薄暗いダンジョンと化した遺跡が広がっており、力試しとばかりに突撃していく者も多い。
ちなみに余談だが、商人が"ブラックスミス"へと転職する為の鍛冶師ギルドも存在していたものの、今は既に移転済みである。
街の南端には噴水があり、そこも"カプラサービス"という冒険者を支援する団体の組合員がいるのも手伝って、賑わっている事が多い。
商人達が露店を開いて客の来訪を待ったり、聖職者が怪我を癒す魔法を気まぐれに唱えたりと、ゲフェンの人情味を覗かせている。
まず街にある魔法学校では、未来を担う"ノービス"達が"マジシャン"へと転職し、また研究を続けている。
街の中央の巨大な塔はゲフェンタワーという名で、常に人の出入りがある一番のスポットだ。
屋上には由緒正しき魔術師ギルドの本部があり、日夜修練を重ねたマジシャン達はそこで"ウィザード"への転職を目指して試験に挑む。
一方地下に入れば薄暗いダンジョンと化した遺跡が広がっており、力試しとばかりに突撃していく者も多い。
ちなみに余談だが、商人が"ブラックスミス"へと転職する為の鍛冶師ギルドも存在していたものの、今は既に移転済みである。
街の南端には噴水があり、そこも"カプラサービス"という冒険者を支援する団体の組合員がいるのも手伝って、賑わっている事が多い。
商人達が露店を開いて客の来訪を待ったり、聖職者が怪我を癒す魔法を気まぐれに唱えたりと、ゲフェンの人情味を覗かせている。
そんな街が、ネリーは大好きだった。
時計塔を中心にした"国境都市アルデバラン"も捨てがたいが、やはり一番はゲフェンだろう。
交通の便の事もあってかそこそこに人も多く、かといって騒がしすぎることも無い。
自然も多いし、辺りものどかで気持ちがいい。それに知り合いもいる。
噴水の近くで休んでいれば色々な人間を見ることも出来る。ああ、街の中をぐるりと散歩するのもいい。
新米のマジシャンやウィザード達に「頑張りたまえよう」と声をかけるのも楽しいものだ。
時計塔を中心にした"国境都市アルデバラン"も捨てがたいが、やはり一番はゲフェンだろう。
交通の便の事もあってかそこそこに人も多く、かといって騒がしすぎることも無い。
自然も多いし、辺りものどかで気持ちがいい。それに知り合いもいる。
噴水の近くで休んでいれば色々な人間を見ることも出来る。ああ、街の中をぐるりと散歩するのもいい。
新米のマジシャンやウィザード達に「頑張りたまえよう」と声をかけるのも楽しいものだ。
だから、だろう。ネリーは夢を見ていた。
自分がそのゲフェンに帰ってきた、そんな夢を。
自分がそのゲフェンに帰ってきた、そんな夢を。
夢だとはわかっていた。所謂明晰夢というやつだ。
この夢が覚めて覚醒すれば、結局あのノアの箱庭に逆戻りというわけだろう。
悔しい話だ。このまま目覚めなければいいのにとは思うが、その所為で敵に気付かず永眠となるとそれは困るわけで。
かと言ってみだりに人を殺したくも無いしな、とも同時に考える。
こんな夢を見た所為で望郷の思いが募って、とかそんな理由で自分がお尋ね者になるのは馬鹿馬鹿しすぎる話だ。
それに、そんなものはただの逃げだ。この転生までしたネリー様が機械のいう事聞いて殺し合いとか、どんだけ。
この夢が覚めて覚醒すれば、結局あのノアの箱庭に逆戻りというわけだろう。
悔しい話だ。このまま目覚めなければいいのにとは思うが、その所為で敵に気付かず永眠となるとそれは困るわけで。
かと言ってみだりに人を殺したくも無いしな、とも同時に考える。
こんな夢を見た所為で望郷の思いが募って、とかそんな理由で自分がお尋ね者になるのは馬鹿馬鹿しすぎる話だ。
それに、そんなものはただの逃げだ。この転生までしたネリー様が機械のいう事聞いて殺し合いとか、どんだけ。
ネリーは夢を見続ける。
これから苦難が待ち受けているのは明白なのだから、せめてこれくらいは罰は当たるまい。
散々ゲフェンで遊び倒して、それからまた現実で頑張ればいいのだから。
これから苦難が待ち受けているのは明白なのだから、せめてこれくらいは罰は当たるまい。
散々ゲフェンで遊び倒して、それからまた現実で頑張ればいいのだから。
(確かもうすぐ放送だっけ……まーでも内容は他の人に聞けばいいや)
目は、まだ覚めそうに無い。
◇ ◇ ◇
「あぶなっ、危なかった……危なかったぁー……」
「ま、間に合ってよかったです……」
「もう本当だよ。これで"やっちゃってた"ら本当にお手上げ侍だった」
「ま、間に合ってよかったです……」
「もう本当だよ。これで"やっちゃってた"ら本当にお手上げ侍だった」
どうにかトイレには間に合った公子は、大きく安堵の溜息をついた。
あの急激な尿意の増幅ははっきりいって危なかった。
満月の度に現れていたシャドウに対峙したときとはまた違う恐怖を味わったと思う。
なんというか、まぁ、死ぬかと思った。
あの急激な尿意の増幅ははっきりいって危なかった。
満月の度に現れていたシャドウに対峙したときとはまた違う恐怖を味わったと思う。
なんというか、まぁ、死ぬかと思った。
と、そんな事を考えていたときだ。公子は芳しい香りがこの空間内を漂っている事に気付いた。
正体を掴もうともっとよく香りを楽しんでみると、クリームソースの様だということがわかる。
隣ではプルフォーもすんすんと鼻を鳴らしながら香りの出所を探している。
正体を掴もうともっとよく香りを楽しんでみると、クリームソースの様だということがわかる。
隣ではプルフォーもすんすんと鼻を鳴らしながら香りの出所を探している。
「まさか……もう料理が出来てるのかな?」
「お料理、ですか?」
「うん、多分おじさんだよ。行ってみよう!」
「はいっ」
「お料理、ですか?」
「うん、多分おじさんだよ。行ってみよう!」
「はいっ」
全ては公子が察したとおりであった。
予想は大正解。二人で仲良く手を繋いで調理場に向かってみれば、食欲をそそる香りが次々に生成されている。
予想は大正解。二人で仲良く手を繋いで調理場に向かってみれば、食欲をそそる香りが次々に生成されている。
「おじさん! これおじさんが作ってるんだよね? すっごい本格的ー!」
「おや、公子さんでしたか。ええ……やはりこれくらいはね」
「おや、公子さんでしたか。ええ……やはりこれくらいはね」
調理中の宿屋の主人は鍋をかき混ぜていた。
調理用として申し分ない、丈夫そうなそれの中身におそらくクリームソースが入っているのだろう。
想像するだけで急激に空腹感を覚え、公子の腹は素直に音を立ててしまう。
調理用として申し分ない、丈夫そうなそれの中身におそらくクリームソースが入っているのだろう。
想像するだけで急激に空腹感を覚え、公子の腹は素直に音を立ててしまう。
「あの……一体、何を作ってるのですか?」
「献立ですか? 今はですね、ハンバーグを作っているのですよ」
「献立ですか? 今はですね、ハンバーグを作っているのですよ」
ここでプルフォーが質問をすると、主人はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「はんばーぐ……?」
「ええ。既に形は整えてありますから、後は焼いて仕上げるだけです」
「ええ。既に形は整えてありますから、後は焼いて仕上げるだけです」
主人の説明を聞くものの、プルフォーは首を横に傾けてぱちぱちと瞬きをしている。
恐らく料理の知識にも疎くならざるを得なかったのだろう。
それならそれでハンバーグが現れたときの反応が楽しみだと、公子は思った。
恐らく料理の知識にも疎くならざるを得なかったのだろう。
それならそれでハンバーグが現れたときの反応が楽しみだと、公子は思った。
「あっ、わかった! さてはそれでそのクリームソースを! たっぷり!」
「ええ、たっぷりとかけさせてもらいますよ。キノコは平気でしたか?」
「キノコは大丈夫大丈夫。もうこれは絶対美味しいよー! 楽しみにしてるね!」
「ええ、たっぷりとかけさせてもらいますよ。キノコは平気でしたか?」
「キノコは大丈夫大丈夫。もうこれは絶対美味しいよー! 楽しみにしてるね!」
じゃあそろそろ、と出口へと向き直る公子。それを見てプルフォーは「失礼しました」とお辞儀をする。
そして揃って調理場から離れようとしたとき、主人に声をかけられた。
どうしたのだろうか、と公子は足を止めてプルフォーと共に主人に視線を戻す。
そして揃って調理場から離れようとしたとき、主人に声をかけられた。
どうしたのだろうか、と公子は足を止めてプルフォーと共に主人に視線を戻す。
「火を使うついでにお風呂を沸かしておいたのですが、どうします?」
「え、もう焚けてるの? おじさん気合入ってるね」
「はい。どうせ火を起こしたのだからと思い、平行しましてね。
見たところ湯船も広かったですし、存分にゆっくり出来ると思います。それに……」
「それに?」
「え、もう焚けてるの? おじさん気合入ってるね」
「はい。どうせ火を起こしたのだからと思い、平行しましてね。
見たところ湯船も広かったですし、存分にゆっくり出来ると思います。それに……」
「それに?」
ここで主人の言葉は一度途切れた。公子とプルフォーはその間に体を向けなおす。
そうして一拍おいた後、主人は再び言葉を紡ぐ。
そうして一拍おいた後、主人は再び言葉を紡ぐ。
「それに……もうすぐ、"放送"でしょう? ですから、せめて……」
「あ……」
「せめて、少しでも心を休めて、"何かあった時の為に、備えて欲しい"のです……。
勿論、皆さんの大切な方の名が呼ばれる放送ではない事を祈るべきですが……それでも、ね。
どちらにしろお亡くなりになった方の名前が呼ばれるわけですから……あの盗賊さんの名もね。
放送はきっと私達の心を抉るでしょう。ですからどうか、その前に存分に英気を養って、"備えて"欲しい」
「あ……」
「せめて、少しでも心を休めて、"何かあった時の為に、備えて欲しい"のです……。
勿論、皆さんの大切な方の名が呼ばれる放送ではない事を祈るべきですが……それでも、ね。
どちらにしろお亡くなりになった方の名前が呼ばれるわけですから……あの盗賊さんの名もね。
放送はきっと私達の心を抉るでしょう。ですからどうか、その前に存分に英気を養って、"備えて"欲しい」
主人の真摯な想い。それが公子とプルフォーにぶつけられた。
彼は本当に強い人間だ、と思う。
自分の事でも精一杯だろうに、彼は自分達にこうも優しくしてくれる。人の事を気遣ってくれる。
彼は本当に強い人間だ、と思う。
自分の事でも精一杯だろうに、彼は自分達にこうも優しくしてくれる。人の事を気遣ってくれる。
「……なるほど、わかったよおじさん。じゃあそうする」
それを改めて知ると嬉しくて、そして少し泣きそうになって、公子は主人の言葉に甘える事にした。
◇ ◇ ◇
今頃、あの会話の弾まなかった少女と共に英気を養っている最中だろうか。
といった具合に公子の状況を予測しながら、沙理子は椅子に座ったまま大きく伸びをした。
といった具合に公子の状況を予測しながら、沙理子は椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「まぁ、人間のメンタルは肝心だしね……」
擬態能力の確認も出来たし、心を落ち着ける時間もたっぷりとあった。
そのおかげで、沙理子自身は放送を聞くための準備というものが出来ていた。
覚悟も既にした。多少何があったとて自分はもう揺らぎはしない、はずである。
だがやはり、一方で公子とプルフォーの心は"準備が不十分"であった気がした。
プルフォーは見た目で判るし、公子からも空元気臭がしてならなかったからだ。
故に彼女は、二人に落ち着かせる時間を与える為に「宿屋を散策したら?」という提案を出したのである。
そのおかげで、沙理子自身は放送を聞くための準備というものが出来ていた。
覚悟も既にした。多少何があったとて自分はもう揺らぎはしない、はずである。
だがやはり、一方で公子とプルフォーの心は"準備が不十分"であった気がした。
プルフォーは見た目で判るし、公子からも空元気臭がしてならなかったからだ。
故に彼女は、二人に落ち着かせる時間を与える為に「宿屋を散策したら?」という提案を出したのである。
「敵に塩を送る……ってわけじゃないのだけれどね。やっぱり万全の状態で私を護って欲しいもの」
意気消沈されても困るしね、と考えてここでもう一度伸び。
どうやら自分は、ここまでで既にだいぶ疲労しているようだった。
殺し合いをしろと言われて見知らぬ土地に来たのだ。及び知らぬストレスが地味に溜まっていたのかもしれない。
どうやら自分は、ここまでで既にだいぶ疲労しているようだった。
殺し合いをしろと言われて見知らぬ土地に来たのだ。及び知らぬストレスが地味に溜まっていたのかもしれない。
「カップケーキの約束もあるし、早く"何でもこい"な精神で戻ってきなさいよね。
……べ、別に心から心配してるわけじゃないわよ。自分に有益な盾だから、管理してるだけなんだからね!」
……べ、別に心から心配してるわけじゃないわよ。自分に有益な盾だから、管理してるだけなんだからね!」
だからこんなテンプレ台詞を言ってしまうのも、何かの気の迷いとか、そんなものの所為なのだろう。
◇ ◇ ◇
「おおー、でっか! これはちょっと贅沢かも!」
一足先に髪を解いて衣服を脱ぎ去り、健康的に豊かな体を晒しながら浴場へと入った公子は、主人の情報通りの光景に感嘆した。
湯船が広いと言っていたがそれだけではない。浴場の面積自体も何気に広く、二人以上でも問題無いくらいだ。
それに掃除も行き届いており、カビ一つ無い壁や天井を見ればとても気持ちがいい。
流石は宿泊施設といったところだろう。いやはや全く素晴らしいものではないか。
と、ここで後ろから気配を感じたので振り返った。
見れば服を脱ぎ終わったプルフォーが、きょろきょろと辺りを見渡しながらも不安げに足を止めていた。
だがそれでも公子が微笑んで手招きをすると、おそるおそる浴場へと一歩踏み込む。
とても戦争に借り出されていたとは思えない程に幼い体を晒して、彼女は近付いてきてくれた。
湯船が広いと言っていたがそれだけではない。浴場の面積自体も何気に広く、二人以上でも問題無いくらいだ。
それに掃除も行き届いており、カビ一つ無い壁や天井を見ればとても気持ちがいい。
流石は宿泊施設といったところだろう。いやはや全く素晴らしいものではないか。
と、ここで後ろから気配を感じたので振り返った。
見れば服を脱ぎ終わったプルフォーが、きょろきょろと辺りを見渡しながらも不安げに足を止めていた。
だがそれでも公子が微笑んで手招きをすると、おそるおそる浴場へと一歩踏み込む。
とても戦争に借り出されていたとは思えない程に幼い体を晒して、彼女は近付いてきてくれた。
「わ、ぁ……凄いですね……」
「だねー」
「だねー」
来るのは初めてなのだろうが、それでもやはりこの素晴らしさは伝わったらしい。
いつもの事ながらおっかなびっくりといった具合だが、おかげで問題無いだろうとそう思えた。
よく見れば最初に話していたときよりも瞳が輝いているし、何よりほんの少しだが、笑顔だ。
アクシズで見られなかったものを見られるのが、よっぽど嬉しいのだろう。
グッ、と思わず公子は小さくガッツポーズをするが、しかしそこで完全に満足はしない。まだまだこれからだ。
ネットワーク、というかアンテナを更に広げ、戦争から離れた世界には楽しいものがあるのだという事をもっともっと教えてあげたい。
スルーせざるを得なかったであろう物事に目を向ける時間をプレゼントする事で、彼女の心をゆっくりと癒してあげたいのだ。
いつもの事ながらおっかなびっくりといった具合だが、おかげで問題無いだろうとそう思えた。
よく見れば最初に話していたときよりも瞳が輝いているし、何よりほんの少しだが、笑顔だ。
アクシズで見られなかったものを見られるのが、よっぽど嬉しいのだろう。
グッ、と思わず公子は小さくガッツポーズをするが、しかしそこで完全に満足はしない。まだまだこれからだ。
ネットワーク、というかアンテナを更に広げ、戦争から離れた世界には楽しいものがあるのだという事をもっともっと教えてあげたい。
スルーせざるを得なかったであろう物事に目を向ける時間をプレゼントする事で、彼女の心をゆっくりと癒してあげたいのだ。
「あげたい、っていうのは傲慢かもだけどね……」
「どうしました……?」
「ううん、なんでもない。よーしじゃあエンジョイしちゃうぞー! 洗いっことかしよう!」
「どうしました……?」
「ううん、なんでもない。よーしじゃあエンジョイしちゃうぞー! 洗いっことかしよう!」
複数あった洗面器の一つを持つと、早速テンションが上がる公子。
ざばーっ、っと音を立てて湯を浴びてみれば凄く気持ちがいい。
それをみたプルフォーも真似をしてみれば、年齢相応の平らな体が熱を帯びていく。
気持ちが良かったのか、両目を閉じて小さく溜息。楽しんでくれているようで、とても嬉しい。
ざばーっ、っと音を立てて湯を浴びてみれば凄く気持ちがいい。
それをみたプルフォーも真似をしてみれば、年齢相応の平らな体が熱を帯びていく。
気持ちが良かったのか、両目を閉じて小さく溜息。楽しんでくれているようで、とても嬉しい。
「そういえば、その……"あらいっこ"っていうのは、具体的にどういう……」
「王道はやっぱり仲良く背中だよね! あ、でも……折角だからプルフォーの髪、洗っていい?」
「えっ、そ、それくらいは自分でも可能ですが……」
「ふふっ、もし妹が出来たらやってみたいなって思ってて。だからお願いっ!」
「……じゃあ、わかりました。公子なら、かまわないです」
「やたっ! じゃあ公子お姉ちゃんが優しく洗ったげるねぃー♪」
「王道はやっぱり仲良く背中だよね! あ、でも……折角だからプルフォーの髪、洗っていい?」
「えっ、そ、それくらいは自分でも可能ですが……」
「ふふっ、もし妹が出来たらやってみたいなって思ってて。だからお願いっ!」
「……じゃあ、わかりました。公子なら、かまわないです」
「やたっ! じゃあ公子お姉ちゃんが優しく洗ったげるねぃー♪」
公子は了承を得ると、早速洗面器で再び湯を掬い、プルフォーの頭にかけるのを数回繰り返す。
そして洗髪用の石鹸を両手で泡立てながらプルフォーの背に回りこみ、彼女の頭を優しく撫ぜる様に洗い始めた。
暖かな太陽の様な色をしたその髪は柔らかく、そしてその一本一本がとても細い。
ゆっくりと静かに手を動かせば、その髪に泡が馴染んでいく。気分はもうカリスマ美容師だ。
そして洗髪用の石鹸を両手で泡立てながらプルフォーの背に回りこみ、彼女の頭を優しく撫ぜる様に洗い始めた。
暖かな太陽の様な色をしたその髪は柔らかく、そしてその一本一本がとても細い。
ゆっくりと静かに手を動かせば、その髪に泡が馴染んでいく。気分はもうカリスマ美容師だ。
「痛くない?」
「ん……大丈夫です」
「気持ちいい?」
「はい、とても……」
「ん……大丈夫です」
「気持ちいい?」
「はい、とても……」
このプルフォーの言葉は本心だったようで、時折溜息や声がもれている。
その様子を見てとても嬉しくなり、公子もご満悦だ。ニヤニヤが止まっていない。
ずっとやって見たかったことが叶ったおかげでもあるのだろうが。
その様子を見てとても嬉しくなり、公子もご満悦だ。ニヤニヤが止まっていない。
ずっとやって見たかったことが叶ったおかげでもあるのだろうが。
「よーし、じゃあ目つぶって。流すよー」
「はいっ」
「はいっ」
湯を頭に流すと、泡が名残惜しそうに彼女の髪や肩を伝って落ちていく。
何度か繰り返して完全に落ちた事を確認すると、次はリンスに移る。
滑らかな手触りのそれを両手に含み、再び髪に馴染ませる。
一本一本に至るまでゆっくり伸ばしていくイメージで、焦らず緩やか柔らかに。
そうして最後にまた、プルフォーに目を閉じるよう声をかけて湯を何度か流し、完了だ。
"目を開けてもいいよ"と声をかけると、彼女は軽く首肯。そして両目を開いたようだ。
これで彼女の洗髪は無事に終了。素人ながら上手くいった様で安心である。
何度か繰り返して完全に落ちた事を確認すると、次はリンスに移る。
滑らかな手触りのそれを両手に含み、再び髪に馴染ませる。
一本一本に至るまでゆっくり伸ばしていくイメージで、焦らず緩やか柔らかに。
そうして最後にまた、プルフォーに目を閉じるよう声をかけて湯を何度か流し、完了だ。
"目を開けてもいいよ"と声をかけると、彼女は軽く首肯。そして両目を開いたようだ。
これで彼女の洗髪は無事に終了。素人ながら上手くいった様で安心である。
「公子……」
「ん?」
「ありがとうございます……その、とても、気持ち良かったので……」
「ん、そっかそっか。じゃあまたお風呂に入るときにはやったげるよ」
「ん?」
「ありがとうございます……その、とても、気持ち良かったので……」
「ん、そっかそっか。じゃあまたお風呂に入るときにはやったげるよ」
礼を言うプルフォーに、公子は優しく頭を撫でながら答えた。
ついでに少し乱れている髪を、手ぐしでとかす。
うん、上出来。もう毎日やりたいくらいだ。
次に風呂に入るときが楽しみだ、と公子は自分の髪を洗おうと洗面器に手を伸ばした。
そのときである。
ついでに少し乱れている髪を、手ぐしでとかす。
うん、上出来。もう毎日やりたいくらいだ。
次に風呂に入るときが楽しみだ、と公子は自分の髪を洗おうと洗面器に手を伸ばした。
そのときである。
「あ、あのっ……私も、公子の髪、を……」
なんとプルフォーがこえをあげ、せんぱつをやりたそうにこちらをみている。
「急いでいるのなら、その、いいのですが……」
りょうしょうしますか?
「良いよ! じゃあプルフォー、お願いっ」
[>はい
いいえ
いいえ
◇ ◇ ◇
丁度その頃。
宿屋の主人の状況を示すならば、二品目の"シーザーサラダ"が完成間近といったところだった。
宿屋の主人の状況を示すならば、二品目の"シーザーサラダ"が完成間近といったところだった。
「あの二人……万全の状態を迎えられるといいのですが……」
ここで時計を見る。
針が放送の時刻へとまた一歩近付いていた。
針が放送の時刻へとまた一歩近付いていた。
◇ ◇ ◇
プルフォーによる洗髪が終了。
そして彼女の小さな背中も洗い終えて、今は公子が彼女に背中を洗ってもらっている。
そして彼女の小さな背中も洗い終えて、今は公子が彼女に背中を洗ってもらっている。
(たまらん……たまらんですよー)
プルフォーが自分の髪を洗ってくれたとき、そして今こうして背中を洗ってくれている事が凄く嬉しい。
慣れないせいか、動きが少々ぎこちない彼女の小さな両手。
だがその紅葉の様な手が必死に動いている感触からは、彼女の優しさが見えるのだ。
慣れないせいか、動きが少々ぎこちない彼女の小さな両手。
だがその紅葉の様な手が必死に動いている感触からは、彼女の優しさが見えるのだ。
(なんか私、このままだと"目覚めそう"……)
思わず新たな扉を開きそうになってしまいつつ――というか既に半ば危険かもしれないが――公子は心地よさに身を任せ少し呆けてしまう。
部屋中に満ちる温度と、プルフォーの小さな両手の感触、そして背中を伝う少しのくすぐったさと気持ちよさを堪能しているのだ。
すると!
部屋中に満ちる温度と、プルフォーの小さな両手の感触、そして背中を伝う少しのくすぐったさと気持ちよさを堪能しているのだ。
すると!
(ってうわお! カード来た来た来た! ランク上がったし!)
公子にだけ理解出来る感覚が再臨した。
「あの、公子……」
「…………えっ、あ、うん! どうしたの!?」
「背中、流しますね?」
「うん、うんうん! ごめん、気持ちよくてぼうっとしてたじぇ」
「…………えっ、あ、うん! どうしたの!?」
「背中、流しますね?」
「うん、うんうん! ごめん、気持ちよくてぼうっとしてたじぇ」
ランクアップとプルフォーの言葉を契機に、公子はやっと正気に戻った。
どれくらい呆けていたかは少し覚えてないが、とりあえずこれで体中はきれいになった。
公子が目覚めそうな気がしたものの、なんだか知らんがとにかく良し!
プルフォーを誘い、そのまま湯船へと体を沈めていった。
丁度向かい合わせの形になり、若干の余裕を残して仲良く湯に浸かる。
そうしてしばらくじっとしていると、ふいにプルフォーが口を開いた。
どれくらい呆けていたかは少し覚えてないが、とりあえずこれで体中はきれいになった。
公子が目覚めそうな気がしたものの、なんだか知らんがとにかく良し!
プルフォーを誘い、そのまま湯船へと体を沈めていった。
丁度向かい合わせの形になり、若干の余裕を残して仲良く湯に浸かる。
そうしてしばらくじっとしていると、ふいにプルフォーが口を開いた。
「こうして……」
「ん?」
「こうして……誰かとこんな事が出来る日が来るとは、思いもしませんでした」
「……そっか」
「ん?」
「こうして……誰かとこんな事が出来る日が来るとは、思いもしませんでした」
「……そっか」
彼女が静かに語り始めたのは、やはり自分のこと。
姉妹とあっという間に死別して、それに自分も死んだはずで。
だからこんなことが出来るなどと、予想出来ただろうか。いや、出来まい。
しかし今はこうしている。しっかり生きている。
それが嬉しいのだと、プルフォーは途切れ途切れに語った。
姉妹とあっという間に死別して、それに自分も死んだはずで。
だからこんなことが出来るなどと、予想出来ただろうか。いや、出来まい。
しかし今はこうしている。しっかり生きている。
それが嬉しいのだと、プルフォーは途切れ途切れに語った。
「また……こうしたいです。許されるなら、また……」
「……出来るよ」
「……出来るよ」
湯船に浸かっているおかげか少し紅色に染まる彼女の頬を、そっと撫でながら公子は答える。
「さっきも言ったよ。またお風呂に入るときに一緒に髪を洗おうって。
言っておくけど、私はまだ満足してないよ? これからだもん。
それにお風呂だけじゃない。もっと色んな事を、一緒にやろう。ね?」
言っておくけど、私はまだ満足してないよ? これからだもん。
それにお風呂だけじゃない。もっと色んな事を、一緒にやろう。ね?」
そして、そのままプルフォーを抱きしめる。
大丈夫だと。自分はしっかりとここにいるのだと。
プルフォーの傍には自分が立っているのだと、実感して欲しくて。
けれど、今こうして抱き寄せているのはそれだけが理由ではない。
理由はプルフォーには隠してはいたけれどもう一つあって。
大丈夫だと。自分はしっかりとここにいるのだと。
プルフォーの傍には自分が立っているのだと、実感して欲しくて。
けれど、今こうして抱き寄せているのはそれだけが理由ではない。
理由はプルフォーには隠してはいたけれどもう一つあって。
「公子……どうして、どうしてここは暖かいのに……」
「プルフォー……?」
「どうして、震えているのですか……?」
「プルフォー……?」
「どうして、震えているのですか……?」
それもやっぱり、ばれた。
「それだけじゃない……公子は、心まで震えています……」
「……そう、かもね」
「どうして……公子は、こんなにも強いのに……」
「…………放送がね、怖いんだ」
「……そう、かもね」
「どうして……公子は、こんなにも強いのに……」
「…………放送がね、怖いんだ」
宿屋の主人に気遣われたのも無理はない。やはり公子は放送が怖かったのだ。
公子はマイペースを保ててはいたが、それでも先のことが不安だったのである。
放送は自分も気がかりだった。もしもその内容がプルフォーの心を抉ってしまうものだったらと思うと、体が震えてしまう。
それだけじゃない。今料理を作っている主人と、部屋に残した沙理子と、今も睡眠中であろう少女。そして、自分。
もしも、自分が知らないだけであの寮の皆の誰かがいて、挙句に名前を呼ばれてしまったとしても耐えられるだろうか。
いや、"だろうか"ではない。"耐えなければならない"のだ。そうでなければ、自分はこの宿屋の住人を護りきれなくなってしまう。
けれど、そう考えていても"もしも"が来たら、立ち直るのにしばらく時間がかかるかもしれない。
公子はマイペースを保ててはいたが、それでも先のことが不安だったのである。
放送は自分も気がかりだった。もしもその内容がプルフォーの心を抉ってしまうものだったらと思うと、体が震えてしまう。
それだけじゃない。今料理を作っている主人と、部屋に残した沙理子と、今も睡眠中であろう少女。そして、自分。
もしも、自分が知らないだけであの寮の皆の誰かがいて、挙句に名前を呼ばれてしまったとしても耐えられるだろうか。
いや、"だろうか"ではない。"耐えなければならない"のだ。そうでなければ、自分はこの宿屋の住人を護りきれなくなってしまう。
けれど、そう考えていても"もしも"が来たら、立ち直るのにしばらく時間がかかるかもしれない。
そして主人はそのことも考えて、この提案をしてくれたのだろう。
放送までのワンクッションを与えようと、料理だけでも忙しいのに風呂を沸かしてくれたのだろう。
だから今こうして自分はプルフォーと共に彼のお言葉に甘えたわけなのだが、それでもやはり怖いものは怖い。
重大な責任を背負っている今は、特に。
放送までのワンクッションを与えようと、料理だけでも忙しいのに風呂を沸かしてくれたのだろう。
だから今こうして自分はプルフォーと共に彼のお言葉に甘えたわけなのだが、それでもやはり怖いものは怖い。
重大な責任を背負っている今は、特に。
「大丈夫、ですよ……公子なら、大丈夫です」
一方的に抱きしめられていたプルフォーの腕が、公子の背に伸びる。
プルフォーが優しく力を込めると、二人で抱きしめあう形になった。
プルフォーが優しく力を込めると、二人で抱きしめあう形になった。
「私も、とても怖いです……私がここにいる以上は、他の姉妹がいないとも限りませんから。
それに私も同じです。公子が私と同じ様に、"ざらつき"を覚えてしまったらと思うと、とても哀しい」
「プルフォー……?」
「けれど、公子なら、きっと大丈夫です……こんなにも強く、私達を見守ってくれる公子なら、きっと……」
「プルフォー……っ」
それに私も同じです。公子が私と同じ様に、"ざらつき"を覚えてしまったらと思うと、とても哀しい」
「プルフォー……?」
「けれど、公子なら、きっと大丈夫です……こんなにも強く、私達を見守ってくれる公子なら、きっと……」
「プルフォー……っ」
暖かい湯船の中で、プルフォーの温かい言葉が心を駆け巡る。
そうか、護っていると思いながら、自分もこの少女に護られていたのか。
プルフォーの言葉でその事実にようやく気付いたとき、公子の目頭が熱くなっていく。
そうか、護っていると思いながら、自分もこの少女に護られていたのか。
プルフォーの言葉でその事実にようやく気付いたとき、公子の目頭が熱くなっていく。
「プルフォー……ありがとうっ」
「はい、公子……こちらこそ」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう……!」
「はい、公子……こちらこそ」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう……!」
紅葉を散らした公子の頬を、涙がそっと伝った。
◇ ◇ ◇
各々が、放送に対して体勢を整え始める。
それぞれに覚悟し、それぞれに思いをぶつけ、それぞれに備える。
宿屋にも少しずつ活気が満ちてきた、そんな夜。
焦ることはない。自分が出来る事を、自分に合ったペースで進めればいいと知ったから。
それぞれに覚悟し、それぞれに思いをぶつけ、それぞれに備える。
宿屋にも少しずつ活気が満ちてきた、そんな夜。
焦ることはない。自分が出来る事を、自分に合ったペースで進めればいいと知ったから。
住民達は皆、"歩くような速さで"前へ前へと進んでいる。
そして、放送が始まろうとしていた。
【一日目 夕方/A-2 レーベの村・宿屋浴場】
【有里公子@ペルソナ3ポータブル】
[状態]:健康、入浴中
[コミュ]:Lv2・刑死者(プルフォー)、Lv1・愚者(ノア打倒の同志たち)
[装備]:ペルソナ装備済(???・数不明)
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いはしない。他の参加者と協力してノアを打倒する。あとコミュMAXゲフンゲフン
1:放送を待つ。
2:プルフォー、宿屋の主人、沙理子、睡眠中のネリーを守る。
3:宿屋の主人が気になる。血みどろの少女(内田珠樹)、ブシド・ザ・ブシエを警戒しておく。
4:イゴールさんいないかなー?
[参戦時期]:詳細不明。決戦より前、荒垣死亡後
[備考]
※コミュは絆を築いた相手との間に生まれるもので、ペルソナ合体をした場合に使います。
だから別に使わないかも(え)。これから増えるかどうかはわかりません。
コミュコンププレイ中なので、大分股かけてます。
※プルフォーの話を聞きましたが、だいたいしか分かっていません。
[状態]:健康、入浴中
[コミュ]:Lv2・刑死者(プルフォー)、Lv1・愚者(ノア打倒の同志たち)
[装備]:ペルソナ装備済(???・数不明)
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いはしない。他の参加者と協力してノアを打倒する。あとコミュMAXゲフンゲフン
1:放送を待つ。
2:プルフォー、宿屋の主人、沙理子、睡眠中のネリーを守る。
3:宿屋の主人が気になる。血みどろの少女(内田珠樹)、ブシド・ザ・ブシエを警戒しておく。
4:イゴールさんいないかなー?
[参戦時期]:詳細不明。決戦より前、荒垣死亡後
[備考]
※コミュは絆を築いた相手との間に生まれるもので、ペルソナ合体をした場合に使います。
だから別に使わないかも(え)。これから増えるかどうかはわかりません。
コミュコンププレイ中なので、大分股かけてます。
※プルフォーの話を聞きましたが、だいたいしか分かっていません。
【プルフォー@機動戦士ガンダムZZ】
[状態]:沈静、入浴中
[装備]:NT兵用パイロットスーツ@機動戦士ガンダムZZ
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:マスター……。
1:公子を信用。放送を待つ。
[参戦時期]:最終回、死亡後
[備考]
※殺し合いのルールと、ノアについての話を公子から聞きました。
[状態]:沈静、入浴中
[装備]:NT兵用パイロットスーツ@機動戦士ガンダムZZ
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:マスター……。
1:公子を信用。放送を待つ。
[参戦時期]:最終回、死亡後
[備考]
※殺し合いのルールと、ノアについての話を公子から聞きました。
【一日目 夕方/A-2 レーベの村・宿屋調理室】
【宿屋の主人@ドラゴンクエストⅠ】
[状態]:健康、調理中
[装備]:ギヤマンのベル@FF3
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×0~3
[思考]
基本:勇者やその仲間を救う。
1:食事を作りながら放送に備える。
2:勇者達を探したい(ジャガン、アルス優先)が……
3:血みどろの少女(内田珠樹)、ブシド・ザ・ブシエを警戒。
[状態]:健康、調理中
[装備]:ギヤマンのベル@FF3
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×0~3
[思考]
基本:勇者やその仲間を救う。
1:食事を作りながら放送に備える。
2:勇者達を探したい(ジャガン、アルス優先)が……
3:血みどろの少女(内田珠樹)、ブシド・ザ・ブシエを警戒。
【一日目 夕方/A-2 レーベの村・宿屋一階】
【藤林沙理子(サナギ体ネイティブ)@仮面ライダーカブト】
[状態]:健康、人間体
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×0~2(確認済み)、ドレイクグリップ&ドレイクゼクター@仮面ライダーカブト
[思考]
基本:殺し合いに勝ち残る。
1:放送を待つ。
2:このグループに溶け込む。必要になればドレイクに変身。
3:『藤林沙理子』を演じて、殺し合いに乗り気でない参加者たちに守ってもらう。
[備考]
※プルフォーに擬態可能になりました。無名ロワ53話時点のプルフォーの記憶を全て得ています。
[状態]:健康、人間体
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×0~2(確認済み)、ドレイクグリップ&ドレイクゼクター@仮面ライダーカブト
[思考]
基本:殺し合いに勝ち残る。
1:放送を待つ。
2:このグループに溶け込む。必要になればドレイクに変身。
3:『藤林沙理子』を演じて、殺し合いに乗り気でない参加者たちに守ってもらう。
[備考]
※プルフォーに擬態可能になりました。無名ロワ53話時点のプルフォーの記憶を全て得ています。
【一日目 夕方/A-2 レーベの村・宿屋二階】
【ネリー(ロードナイト)@ラグナロクオンライン】
[状態]:美幼女、疲労(大)、睡眠中
[装備]:破邪の剣
[道具]:基本支給品、古代魔術書@Romancing Sa・Ga2、ドア(あと二つ)@魔界塔士Sa・Ga
[思考]:
基本:もっと、もっと強くなる。
1:寝る。放送が聞けなかったら他の人に内容を聞く。
2:とりあえず頼まれたとおり「アバロンの皇帝」に反応する人を探し、古代魔術書を渡す。
3:サラシの女性(ブシエ)ともう一度戦う。
[状態]:美幼女、疲労(大)、睡眠中
[装備]:破邪の剣
[道具]:基本支給品、古代魔術書@Romancing Sa・Ga2、ドア(あと二つ)@魔界塔士Sa・Ga
[思考]:
基本:もっと、もっと強くなる。
1:寝る。放送が聞けなかったら他の人に内容を聞く。
2:とりあえず頼まれたとおり「アバロンの皇帝」に反応する人を探し、古代魔術書を渡す。
3:サラシの女性(ブシエ)ともう一度戦う。
056-b:アダバナイッセン(下) 黄昏の奏鳴曲 | 投下順に読む | 058:Red fraction |
056-b:アダバナイッセン(下) 黄昏の奏鳴曲 | 時系列順に読む | 058:Red fraction |
053:キックOFF | 有里公子 | :[[]] |
プルフォー | :[[]] | |
宿屋の主人 | :[[]] | |
藤林沙理子 | :[[]] | |
ネリー | :[[]] |