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Red fraction

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Red fraction ◆MUMEIngoJ6


 生い茂った木々の隙間から零れるオレンジの光が、高く飛び上がった少年の背を照らす。
 影と夕日でまだらに身体を彩った少年の手元から、再び石の塊が放たれた。
 関節の存在を疑いたくなるほどしなやかなフォームといえど、地に足を付けていない分だけ威力は削がれてしまう。
 落下速度が上乗せされたものの、本来の重さを遥かに下回る。
 ゆえにポケモンマスターと名乗った少年の一撃は、バックステップを踏んで遠ざかったイムには命中しない。
 不意打ちを受けた左肩へと気を回しながら槍を構える相手に、レッドは微かに頬を緩めた。
 そもそも二度目の投石は、攻撃ではなく移動させることを狙ったものであったのだ。
 着地するやいなや地を蹴って、少年は先刻までニムがいた地点より少し先で足を止める。
 この場所から攻撃をすれば、流れ弾がモンスターの亡骸に当たってしまうことはない。
 元ポケモンリーグチャンピオンとしてではなく、ポケモントレーナーのレッドとして死体を弄ぶようなことはしたくなかったのである。
 小さく息を吐き、赤い帽子を深く被り直す。
 後ろに飛んで距離を取った金髪の少女こそ、半液状のモンスターを四散させた張本人。
 襲い掛かってくる意思が伺えたのならレッドとて振り払うが、無抵抗のポケモンを嬲ることなど絶対にしない。
 むしろ、ポケモンを物とでも見ているかのような行為を彼は何より嫌うのだ。
 もしもそんな現場を見てしまえば、レッドはどうするか――――
 三年前に壊滅したロケット団の例をあげれば、お分かりいただけるだろうか。
 夜が近付いてきたのを知らせるような肌寒い風が、少年の赤いベストを舞い上げて黒いシャツを露にした。

(やっぱり、かぁ……)

 逆光のために表情を伺うことはできないが、怒っていることは気配で伝わった。
 悪魔スライムの屍を庇うように前に出たレッドを見て、イムは自分の考えが正解であったことを実感する。
 完全に、最初から間違っていたのだ。
 筋が通っていたのはスライムの方で、誤認していたのが自分。それが真実。
 正解は『思い違いをしていた』であったのだ。
 何だかややこしい結論だが、とても傑作だなんて言って笑う気にはなれなかった。
 珠魅やドラグーンに獣人といった、種族的に純粋な人間でない『人』とともに行動したというのに。
 いや、だからこそ、か。
 生半可な知識をさも世界の理であるかのように錯覚し、イムはモンスターを『人』ではないと決めてかかった。
 元より彼女の持つ情報は、世界を巡ることで獲得してきたということも忘れて。
 ノアの言っていた異なる次元など、はっきり言ってイムにはよく分からない。
 それでも世界が無限に広がっていることなど、とうに知っていたはずなのに。
 いつのまにやら、自分の家に閉じ篭ってしまっていた。
 家というのは、あくまで帰ってくる場所だったはずなのに。
 スライムに浴びせられた『自分の世界の範疇でしかものを考えられない』という言葉は、はたしてその通りであった。
 考えれば考えるほど、ズキンとした感覚がイムの中を駆け巡る。
 いまとなっては、小石を受けた左肩よりも胸の奥底の方が痛かった。
 自分自身への嫌悪感が、爆ぜた悪魔スライムへの後ろめたさが、音もなく攻め立ててくる。

「でも……っ!」

 イムは、まだ死ぬ気はなかった。
 ここで終わってしまえば、単に勘違いをしていただけだ。
 このまま倒れてしまえば、後に何も残せないではないか。
 思いを篭めて、イムは思い切り地面を蹴った。
 飛来してきた石ころが、イムのいた空間を通り過ぎていく。
 まるで身体が幾らかに分裂したかのように見える特殊歩行法は、イリュージョンと言う。
 世界を回る中で会得した物の一つだ。
 呼吸を整えてマナを足を集わせることでの高速移動。
 一秒にも満たない時間ではあるが、人間はおろかモンスターの視覚ですら動きを捉えきれなくなる。

 ――――されども、レッドの眼は捕捉不可能なはずのイムを確かに追う。

 トレーナーとはいわば、戦っているポケモンの身体を動かす頭脳だ。
 己が目の前だけに集中していても、主が周囲を見ていてくれている。
 仮に何か起こったのなら、すぐさま指示が飛んでくるだろう。主は、自分より先に異変に気付くのだから。
 そう信じているからこそ、ポケモンは戦いに全力を注ぐことができるのだ。
 だというのならどうしてポケモンマスターと呼ばれるに至った少年が、イムの知るモンスター以上の視覚を持っていないと言えようか。

「くっ!」

 ほとんど時間差なく迫ってきた三つの石を、イムは柄を持って槍を回転させることで何とか防ぐ。
 踏み締めている地面ごとずらされていくような感覚に、脳内に肉を失った竜との戦闘がフラッシュバックする。
 加えて今回は、素材から作り出し改造まで加えた愛用の槍を持ち合わせていない上に、左肩に不意打ちを受けてしまっている。
 ずっと防ぎ続けるなんて不可能だろう。
 そんなイムの考えを見透かしているかのように、レッドは左手を大きく翳す。
 その指と指との間には一つずつ挟まれた、計四つの石。
 到底防ぎきれないと判断し、レッドが左腕を振るう瞬間を狙ってイムは高く跳躍した。
 これまた、足元にマナを集中させたことによるハイジャンプ。
 一気に遥か高くへと上ったので、すでに投球を開始していたのなら反応しきれない。
 だというのに、イムから漏れたのは呆気に取られたような声だった。

「――え」

 空中で冷汗を頬に伝わせるイム目掛け、石塊が投擲される。
 レッドは投球フォームを取るだけ取って、回避をさせたのだ。
 逃れたと思って安心した瞬間を狙うために。

「はああああ……!」

 このまま何もしなければ、思い違いをしただけの女として死んでしまう。
 決定しかかっている未来を変えるために、イムは握った槍へと生命の光を流し込む。
 悪魔スライムを殺害したのは申し訳なく思う。どう考えても過失はイムの方にあり、決して言い逃れなどする気はない。
 それでも、命までくれてやる気はないのだ。
 強烈な光を放ち出した槍を、イムは迫り来る石へと投げつける。
 その全てを粉砕して地面に到達すると、槍は旋回して彼女の元へと帰還した。
 戻ってきた槍を掴み取ったイムは、砂煙が立ち込める地面へと視線を飛ばす。
 スターダストスローという名を持つこの技は、槍の激突した周囲にまで衝撃が伝わる。
 威力の低さが欠点であるが、今回ばかりは利点となる。
 有無を言わさず攻撃してくるレッドを止めるのに、これほど相応しい攻撃はない。
 ひとまず矛を収めてもらって、正直に自分の過ちを告白しよう。
 などと考えているイムの脇腹を、銀の閃光が貫いた。

「か、かふ…………っ」

 受身も取れないまま地面に叩き付けられて、イムはやっと毒針を受けたことを察する。
 魔物用の毒だけあって侵食が早いらしく、すでに視線を動かすしかできない。
 しかし腰から上は確認できなくとも、誰が放ったかなどすぐに分かった。

「どう、して……」
「ただ避けただけさ」

 地面を伝わったはずの衝撃波は、威力が低いといっても足止め程度にはなるはずだ。
 そんなイムの疑問の答えは、とても簡単なものだった。
 当たらなければ、足止めなどできようはずがない。それだけの話。
 ポケモンバトルにおいてトレーナーに危険が及ぶことは、決して少なくない。
 炎に囲まれようとも、周囲を水に支配されようとも、地面が大きく鳴動しようとも、砂嵐や霰が吹き荒れようとも。
 意に介さず相棒たちに指示を下すのが、ポケモンマスターなのだ。
 いちいち受けていては身が持たない。となれば、回避できるようになるのが自然の摂理だろう。

「寝た、か」

 イムが意識を落としてしまったのを確認し、レッドは石ころを拾い上げる。
 もしも槍が石ではなくレッド目掛けて投げられていたのなら、さすがに避け切れなかっただろう。
 槍自体はともかく、衝撃波までは不可能だ。
 また、もしもイムがレッドが仕掛けるより先に攻撃してきていたのなら、結果は変わっていたかもしれない。
 どうして彼女は自分が仕掛けるまで動かなかったのか。そして防御に徹していたのか。
 レッドは、何やら引っかかるようなものを感じる。
 一方的に半液状モンスターを攻め立てていた少女とは、どうにも思えない。
 脳天に槍を叩き付ける瞬間を見ていたというのに、だ。
 樹木が生い茂っているゆえ目撃できたのはそのシーンだけだが、聞こえていた声は確かにモンスターが悪ではないと証明していた。

『まったく。自分の住む世界の範疇でしかものを考えられんのなら、世界を渡る俺のことも理解できんか。
 それなら、もう構わんさ。お前がやる気なら――せいぜい、かかって来い』

 悪魔スライムをポケモンだと思い込んでいるレッドは、人語を話していたことにも奇妙なものを感じている。
 とはいえまだ見ぬ地方にはそういうポケモンが生息するという噂は耳にしたことがあるので、その点に関してはあえて考えないことにした。
 むしろ気になっているのは、話せることではなく内容だ。
 『自分の住む世界の範疇でしかものを考えられん』とは、いったい。
 いくら考えようとも、答えは導き出せない。
 お前は、いったいどんなことを話していたんだ。
 そんな思いとともに、レッドは傍らにあるスライムの亡骸に視線を向け、一気に瞳を見開いた。
 スターダストスローによる衝撃波の影響か、死体の横に放置されていたデイパックの中身が零れていた。
 水の入ったペットボトルに、半赤半白の球体――――まさしくポケモンを収納するモンスターボール。
 まばたきも忘れて駆け寄って中身を確認し、レッドは絶句するしかなかった。

(ただ支給されたワケじゃあ……ない、だと!)

 モンスターボールは未使用の新品ではなく、中にポケモンが収納された状態だ。
 レッドは、目の前が真っ暗になったかのような錯覚に駆られた。
 この殺し合いで最後の一人になるのを目指した理由は、仲間たちにまた会うためだ。
 だが彼らがこの殺し合いに参加させられていたのなら、その願いは叶わない。
 ありえないと無理矢理納得しようとしたが、レッドにはそれができなかった。
 現に何度も見たことがあるポケモンが、手元にあるのだから。
 武器として、物として、ポケモンが配られていることを知ってしまったのだから。
 どうすればいい――ただ七文字の平仮名で、レッドの脳内が埋め尽くされていく。
 イムへの怒りや疑問さえも、もはやなりを潜めてしまっている。
 そんな彼を我に帰らせたのは、近寄ってくる騒々しさだった。
 樹木の砕かれる音に紛れて、何か歯車のようなものの回転音が紛れている。
 顔を強張らせつつ、レッドは悪魔スライムのデイパックを拾い上げる。
 首輪と得体の知れない金属片が引っかかっていたが、レッドは来たる相手に集中するべくろくに目もくれずデイパックに突っ込んだ。
 仲間たちがいるかもしれない以上、この場での行動方針はないようなものとは言っても、命を落とすワケにはいかない。
 右手に石を左手に毒針を構え、迫り来る気配を待ち受ける。
 しばらくして、ついにその時が来る。

 ――――朱く紅く緋いボディの戦車が、赤の名を持つ少年の前にその姿を現した。

 戦車が存在していたことに対し、レッドにこれといった驚きはない。
 自分のポケモンが支給されているのなら、このくらいなければ話にならないからだ。
 驚くべきは、森林を突き進んできたという荒業。
 一つに纏めたデイパックを背負い、レッドはモンスターボールを掲げる。
 中に入っているのは、よく知っている男のポケモン。
 その男が旅に出た当初から、ずっとともにいた相棒だ。
 自分の言うことを聞くだろうかと僅かに躊躇し、レッドは白い歯を見せた。
 こんなことを考えてしまったなど、とてもアイツには口にできない。
 自分にしか聞こえない程度の声で呟いて、モンスターボールの開閉スイッチに指をかける。

「ゆけっ!!」

 眩い光がモンスターボールより溢れ出し、収納されていたポケモンの咆哮が響く。
 紅の戦車が副砲の機関銃を向けているのを見て、レッドが手刀で宙を薙ぐ。
 呼応するように出現したポケモンが屈強な羽を前後させると、周囲の空気が激しく乱れる。
 直後、レッドウルフという名の戦車に備え付けられた機銃は火を噴き、誰もいなくなった空間を蜂の巣とした。


 ◇ ◇ ◇


 一つの影が、茜色に染まった空を縦横無尽に駆け巡る。
 夕暮れ時に飛び立つムクドリを思わせるが、その成体よりも運動速度が遥かに速く、また群れを成していることもなく、何より巨大だった。
 人間ほどのサイズを持つそれは、ピジョットという種の鳥ポケモンだ。
 ぶら下がっている人間の重みなど感じないかのように、地上にいるレッドウルフの銃撃から逃れている。
 体長ほどもありそうなたてがみが風になびくも、それにすら放たれ続ける弾丸は掠りもしない。
 ピジョットの足に掴まりながら、レッドはその成長に嘆息を漏らす。
 ポケモンリーグ決勝にて当時のチャンピオンであったグリーンは、このピジョットを一番手として繰り出してきた。
 あの時点でもかなり鍛えられていて苦戦を強いられたのだが、現在はさらなる高みへと到達している。
 筋肉はさらに引き締まり、羽を一度動かすことによる推進力も桁違い。
 チャンピオンの座を奪われたグリーンが三年間積んできた特訓は、自分たちが篭っていた山での日々に匹敵するのだろう。
 次があったのなら、結果は変わるかもしれない。
 幼馴染にしてライバルとの再戦を想像して、レッドは思わず笑みを浮かべていた。

「右か」

 地上の戦車に注意を払うことも忘れず、レッドは掴む力を強くしながら指示を飛ばす。
 ピジョットの反応は素早く、勢いよく右へと旋回することで機銃の弾丸を掻い潜る。
 レッドウルフにはレーダースコープが搭載されているものの、本来の飛行速度が音速を超える怪鳥を捉えきることができない。
 居場所が分かったところで、弾丸が到達する頃にはその地点から遠ざかってしまっているのだ。
 野生のピジョットであるのならいかに鍛えられていようと、移動方向に法則性を見出すことができる。
 だがそれを見越して、ポケモンマスターが指示を与えているのである。
 いかに搭載されたCPUが超技術の結晶であろうと、ありもしない規則性は見出せない。

「……おかしい」

 驟雨のごとく降り注いで来る弾丸を片っ端から回避しているレッドから、意図せず言葉が漏れた。
 すでに、回避し始めてから十分ほど経過している。
 その間ずっと釣瓶打ちにしているというのに、レッドウルフの弾丸が切れる素振りが見えないのだ。
 弾丸を使い切らせてから近寄るはずだったレッドだったが、このままではそうもいかない。
 けれども接近せずに、上空から攻撃をする手段はない。
 せめて片腕が空いていれば、ポケット内の石を投擲できるのだが。
 とそこまで考えて、レッドはピジョットに掴まっていない方の右腕を見やる。
 目に入ったのは、意識を落としている金髪の少女に彼女の道具。
 攻撃してこない様子とスライムとの会話が引っかかり、放置する気になれなかったのである。
 レッドがいかなる状況でも投球できるよう特訓したとはいえ、あくまで一人旅を考慮してのことだ。
 誰かを抱えていては、たとえレッドでも鋭い投球は不可能だ。
 このままでは攻撃を受けることはなくとも、こちらも攻撃ができない。
 となれば――と、レッドは北へと視線を飛ばす。
 地上では追いつかれるが、海上ならば話は別だ。
 海へと落下したショッカー戦闘員をしばらく眺めていたが、水平線の彼方に地上があるらしい。
 どうやらノアの言う立入禁止区域ではないらしく、首輪が起動した様子もなかった。
 そこまで行けば、ひとまず戦車に追われることはなくなるだろう。

「よしピジョット、北に――」

 レッドが紡いだ言葉は、最後まで告げられることがなかった。
 ずっと注意を向けていたというのに、いきなり副砲の動きが加速して自分に向けられていたのである。
 地面が隆起した場所にあえて乗り出すことで、レッドウルフは車体ごと機銃を大きく動かしたのだ。
 機銃が少しずつ移動するのを見て、レッドはピジョットに命令を飛ばしていた。
 今回のように一気に銃口を向けられてしまえば、すぐに指示を下してもさすがに間に合わない。
 指示を聞いて、思考して、身体を動かす。そんなたった三つの動作を行う余裕さえ、ピジョットにはないのだ。
 しかし劣勢に立たされたからといって諦めるような男では、ポケモンマスターなどと呼ばれはしない。
 イムを抱えた右腕を震わせて、レッドは袖の中に隠し持っていた支給品を滑らせる。
 手元へと落ちてきたコインを人差し指と中指で挟み込み、レッドは手首のスナップだけを効かせて飛ばす。
 回転もスピードも重さも、普段の投球には及ばない。
 が、これで十分だった。
 空気を切り裂いて弾丸の射線外に躍り出たコインが、茜色の夕日を照り返す。
 その輝きを瞳に映したピジョットが、コインを追うように方向転換。
 思考をする過程を抜いた、光を受けての即行動。
 三つの動作なら間に合わなくとも、一つ抜いたのなら結末は変わるかもしれない。

 そして――――やはり無数の弾丸は、空気だけに風穴を空けるに終わった。

 レーダースコープの効果で、レッドウルフはまだレッドたちをし止め切れていないことに気付く。
 またその動きから、相手が遠ざかっていることを察する。
 射程外に出られてしまえば厄介だとキャタピラを回そうとして、新たな反応を感知した。
 ノアシステムを起動させたレッドウルフの目的は、人類抹殺。
 離れていく人間と近付いてくる人間、その間に優先順位などない。
 ゆえにレッドウルフは待機に専念し、やがて銃口の前に袴姿の女性が現れた。

「ずいぶん大きなオモチャね。いったい、中身はどなたなのかしら」

 放たれる弾丸をただ走るだけで潜り抜けつつ、何事もないかのように女性は呟く。
 命を持たぬ機械には、相対する女性の異常な気配を感じ取ることができない。
 最強の戦車の前に立つのは、最強と呼ばれた剣術の使い手。
 腰まで伸びた長い黒髪を風に泳がせ、ブシド・ザ・ブシエは幻魔という真紅の剣に手をかけた。


 ◇ ◇ ◇


「……っ、ん…………」

 意識を取り戻したイムが最初に感じたのは、肌寒さであった。
 潮の匂いがする風が身体をくすぐるたびに、身体が小刻みに震えてしまう。
 未だ眠気の誘惑に引っ張られながらも、あくびを噛み殺して上体を起こす。
 目蓋を擦りながら状況を認識しようと首を回し、意図せず呼吸が止まりかける。

「……へぁ?」

 勝手に零れた言葉には、そこから先が存在しなかった。
 脳内で幾つもの単語が駆け巡るだけで、理解には一向に辿り着かない。
 混沌とした思考は解答を導き出すことがないまま、回転だけを行っている。
 彼女を襲っている事態は、それほどまでに重大なのだ。
 少なくとも、イムという少女にとっては。

 ――――上半身に纏っていた布が解かれていたのである。

 たとえ何日もかけて世界を旅するほど逞しくとも、年端も行かない少女。
 自分が気付かぬうちに半裸になっていたなら、気が気でなくなるのも当然だ。

「起きたか」
「っ!?」

 上空から声をかけられ、イムはようやく思考の渦から帰還した。
 悲鳴じみた叫びをあびせられても動じずに、レッドは掴んでいたピジョットの足から手を離す。
 落下しながらピジョットをモンスターボールに戻しつつ、難なく着地を成功させる。
 彼の姿を認識した瞬間、気絶する前の記憶がイムの中に流れ込む。
 金魚のように口を動かすしかできないイムを意に介さず、レッドは唐突に切り出した。

「君を抱えて海を越えてきたのだけど、風景や海流を見た限りここはエリアE-4らしい。
 どうやら配られた地図の上端と下端は、繋がっているようだ。
 『エスパー』か『ゴースト』……じゃないな。こんな複雑な幻覚は、ポケモンでは作れない」

 とここまで喋って、レッドはやっとイムが虚ろな表情を浮かべていることに気付く。
 人付き合いが乏しいながらも、その原因を考えてどうにか導き出す。

「その姿のことか。もう着ても問題ない、やることはやった後だから」
「…………っ!」

 耳まで赤くすると、イムは自分を抱き締めるかのように両腕を回す。
 思えば身体の節々が痛く、脇腹には押さえつけられたような痕が見て取れた。
 相手が自分を殺そうとしてきたことも忘れて、荒げられた声で言葉にならない抗議を展開する。
 そこまで感情を表に出さないレッドの頬に、一筋の冷や汗が伝う。
 たとえ全てのポケモンの言葉をだいたい理解できようと、我を失った人の言葉まではカバーしていないらしい。
 たっぷり五分ほど怒声を浴びてから、レッドは沈黙を破った。

「毒を抜くのに邪魔だったから脱がせたんだが、そこまで悪いことだったとは……ごめん」
「へ? えっ、あ、その」

 言われてみれば、毒が回っていたはずなのに身体が軽い。違和感程度のしびれが残っている程度だ。
 脇腹の痕とて、抱えられて海を越えた際に付いたと考えるべきだろう。
 そのことに気付いたイムは、自分が勝手に勘違いしていたことを思い知らされる。
 相手が良かれと思ってやったことに、怒りをぶつけていたのだ。
 急速に頭が冷えたイムは、レッドに対して深く頭を下げるしかできなかった。

「何だかよく分からないけど、そんなに気にしなくていい。それより、質問がある」
「…………!」

 その内容が想像できたらしく、イムの顔が強張る。
 はたして告げられたのは、予期していた通りのものであった。

「あのポケモンを殺しておきながら、どうして君は僕に何もしかけてこなかった?」

 数刻かけて、イムはゆっくりと口を開く。
 赤い帽子の下から飛ばされるレッドの鋭い視線を受けても、黙りこくっているワケにはいかなかった。
 悪魔スライムとの間で展開したのは、ただただ自分だけが間違っていただけの笑えない物語なのだから。
 時折言葉を詰まらせながら、イムは全てを話し終えた。
 その内容に耳を傾けていたレッドが、静かに言葉を漏らす。

「同じ、か」
「え…………?」
「僕の方も、君と変わらない。
 いきなり殺し合いを命ぜられた動揺もあったにせよ、勝手な勘違いで最後の一人となる道を選んだ」

 情けないな――と続けて、自嘲気味な笑いが零れた。

「君が最初に見たっていう、交戦中だったポケモンのうちの一体……シャドウゼロだっけ?
 あちらが殺し合いに乗っていたのは、過ちじゃないよ。たぶん君を襲った後にだけど、僕はそのシャドウゼロと戦ったから」

 淡々と告げながら、レッドは二つあるデイパックのうち一つをイムへと放った。
 暴走戦車から逃走する際に回収した彼女のデイパックだ。
 ちなみに、手元に残った片方には回収した道具を纏めてある。

「君の一番近くにそんな好戦的なポケモンを配置したり、僕の周りの参加者にポケモンを渡さなかったり……
 どうにも、参加者たちの勘違いを誘発させてようとしているとしか思えない。とてもじゃないけど、もうノアの言葉に従う気にはならないね」

 断言すると、ポケットからモンスターボールを取り出す。

「それに――――ポケモンを武器扱いして配るようなヤツは、気に食わない」

 レッドは出現したピジョットに向き直り、イムには背中を見せる。
 元より、彼は一人で行動することが多い少年であった。
 単独でいることを好むというのではなく、誰も彼に付いて来れないのだ。
 人間というのは誰しも、ポケモンとの間に見えない壁を作ってしまう。
 その壁を薄くすることはできても、レッドのように壁を取っ払うことは誰にもできなかった。
 それゆえにポケモンマスターとまで呼ばれ、そしてそれゆえに一人だったのである。
 この場においても一人で行動することに、レッドは一切の躊躇がなかった。
 自分の仲間たちがいるのなら、どんな相手だって乗り越えられる確信があったから。
 そんな一人ぼっちの少年を、少女の声が呼び止める。
 振り返ったレッドの前に、解かれていた布を纏ったイムの姿があった。

「一緒に連れてって」

 首を傾げるレッドに、イムは言葉を続ける。

「私だって、ただ思い違いをしていただけじゃ終われない。
 たとえ許されなくても、失敗に気付いたのならやり直さなきゃいけないと思うから」

 かつて真紅なる竜帝にそそのかされた時だって、彼女はそうしてきたのだ。
 今さら、罪の重さに耐え切れずに塞ぎ込んでしまうほど弱くはない。
 そんなイムのまっすぐな瞳を少しの間眺めてから、レッドは差し出された手を握り返した。

「よろしく、えっと――」
「私の名前はイムよ。ポケモンマスターさん、あなたは?」
「レッド。マサラタウンのレッドだ」
「マサラタウン? じゃあ、そうね。私は……素敵な家のイム、かな」

 ――――過ちに気付いたことで、赤の名を冠する少年の往く道は分岐する。



【一日目 夕方(放送直前)/E-4 山(海付近)】

【イム(主人公女)@聖剣伝説LOM】
[状態]:左肩に打撲、脇腹を毒針が貫通(応急処置済みなので毒の影響はない)
[装備]:グラコスの槍@DQ6、スウィフトフルート@聖剣LOM
[道具]:支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:殺し合いはしたくない。だから、ラヴを探す?
1:レッドと行動。
2:襲ってきた者は迎撃。見た目がモンスターでも、敵か味方かはきちんと見極める。
[備考]
※宝石泥棒編・エスカデ編を進めている。本編クリア後かどうかは不明
※ドラゴンキラー編はクリアした後。


【レッド@ポケットモンスター金銀】
[状態]:健康
[装備]:毒針@DQ3、グリーンのピジョット@ポケモン金銀、ウィスプの金貨×9@聖剣LOM
[道具]:支給品一式×3、不明支給品1~6、悪魔スライムの首輪、小さな金属片
[思考]
基本:仲間と再会する。ノアの言葉に従う気はなくなった。
1:イムと行動。
[備考]
※仲間が支給されている可能性がある、と考えています。


 ◇ ◇ ◇


 刃毀れ一つしていない幻魔を携えて、ブシド・ザ・ブシエは歩みを進める。
 すっかり伸び切った影を一瞥した彼女の表情からは、失望の色が隠しきれていない。

 戦闘音を聞いて駆けつけてみたものの、そこにいた相手はブシエを満足させるほどではなかった。
 副砲の機銃は、袴も撃ち抜けぬまま両断。
 武器を失っても体当たりを試みたレッドウルフだったが、危なげなくかわされるとキャタピラを刻まれてしまう。
 いかに人類を全滅させるプログラムが起動していようと、これでは身動きすら取れない。
 歩み寄られようと離れることもできず、レッドウルフは扉をこじ開けられてしまう。
 二つの死体だけが転がっている操縦席を正視して、ブシエは目を見開き――やがて大きく頷いた。
 運転士不在でどのようにして動いていたのかはともかく、人の指示を受けていないのであれば相手にならなかったのも納得できる。
 先刻ゴーレムと一戦交えたブシエは、そのように結論付けた。
 銃撃が少しでも当たりさえすれば、レッドウルフは勝利することができただろう。それほどまでに、威力も連射性も凄まじい。
 だというのに、そうならなかったのである。
 理由は、至極単純なもの。
 レッドウルフの攻撃には、『技術』がなかったのである。
 倒れている樹木の間に追い込むことも、フェイントをかけることもしなかった。
 地面の窪みや突起を利用して、機銃を一気に動かすことはしていたが、ただそれだけだ。
 相手の思考を想定して裏をつく――そのようなことが人ならぬ人工物にできる道理など、存在しない。
 少し前に抱いた考えを確信へと変え、ブシエは操縦席にあったデイパックを回収したのであった。

 不意に足を止めると、ブシエは天を振り仰ぐ。
 しかし見ているのは紫がかってきた空ではなく、初めて彼女を苦戦させた男の幻影。
 ガラシェという彼の攻撃は、レッドウルフの機銃よりも威力が劣っていた。
 けれど、彼はブシエ相手に優位に立ったのだ。
 手札を攻撃だけに使わずに、相手の隙を作り出すことに用いることで。
 これこそが、機械にはない人の技術。
 ブシエが最強となる上で死合うべき強者が、絶対に持っているもの。
 自分を打ち負かす寸前まで到達した男の幻想を眺め、彼女は静かに口を開いた。

「早く、あなたのような『人間』に会いたいわね。
 ――――そうなりやすいようには、しておいたのだけれど」

 幻魔の刀身と同じ緋色の目が細められ、よりいっそう妖しく輝いていた。



【一日目 夕方(放送直前)/B-4北西部 森林】

【ブシド・ザ・ブシエ(ブシドー♀)@世界樹の迷宮Ⅱ-諸王の聖杯-】
[状態]:疲労回復、全身に打痕
[装備]:幻魔@サガフロンティア
[道具]:基本支給品×5、ブーメランスパナ@METAL MAX RETURNS、塵地螺鈿飾剣@FFT、不明支給品0~2
[思考]
基本:「己」を乗り越え、「最強」になる。対等か格上の『人間』を探し出し、死合う。
1:どこに行くか。
2:妹(ブシド・ザ・ブシコ)を見つけたらたくさんいじめる。
3:ネリーの挑戦を「待つ」。


 ◇ ◇ ◇


 辺りを埋め尽くしていた樹木は、その殆どが半ばで折れてしまっている。
 ブシド・ザ・ブシエに完膚なきまでに破壊されたレッドウルフは、その中央で佇んでいた。
 真っ赤な装甲は焼け焦げ、ところどころ大きな凹みが見て取れる。
 キャタピラは切断されてしまい、これでは移動もままならないだろう。
 扉は接続部を切り落とされているので、操縦席が外から確認できる。
 副砲は真っ二つになっていて、弾丸数が無数でも何の意味も成さない。

 ただ、主砲には掠り傷一つない。

 確かに爆散してしまったというのに、万全の状態を保っている。
 どうして破壊されたはずの箇所が、元通りになっているのか。
 その答えは、レッドウルフに埋められたプログラムにある。
 決してノアシステムの方ではない。そちらに再生機能があったのなら、レッド相手に主砲を放つことができた。
 中を確認するべく操縦席に入り込んだブシエが、二つのプログラムを読み取らせたのだ。

 ――――プログラム『自己修復』と『マクスウェルシステム』。

 前者の効果はその名の通り、破損部の自動補修。後者は弾丸の補給。
 本来はケイ=アイに支給されていたものだが、彼は自らにプログラムを読み取らせることができなかった。
 ゆえに使用されないまま残され、ブシエによって回収されていたのである。
 人工物では自分の相手にならないと再認識したブシエだったが、だからこそ彼女はレッドウルフにプログラムを使用した。
 自動再生可能になるとはいえ、レッドウルフは所詮人工物。人の編み出した尊い戦闘技術を持たぬガラクタにすぎない。
 その程度の存在に打ち負けるようでは、お話にもならない。
 己を乗り越えるためには、対等以上の相手と戦う必要があるのだ。
 死合うべき強者を選別するためにも、邪魔となる弱者はレッドウルフにでも駆逐させればいい。
 そのように、ブシエは考えたのだ。

 ――――炎魔法を受けた影響でくすんでいた紅のボディが、少しずつ光沢を取り戻していく。



【一日目 夕方(放送直前)/A-4南西部 森林】

【レッドウルフ(新型戦車)@METAL MAX RETURNS(スーパーファミコンウォーズ)】
[状態]:主砲再生、副砲両断、装甲??%、抹殺システムON、キャタピラ両断、弾丸数回復中、修復中
[装備]:主砲:165mmゴースト(残弾:5/5)、副砲:22mmバルカン、特殊砲A:なし、特殊砲B:なし、Cユニット:ノアシステムNo.R、エンジン:V48ハルク
     プログラム『自己修復』@サガフロンティア、プログラム『マクスウェルシステム』@サガフロンティア
[道具]:電磁バリア、レーダースコープ、オートエアコン
[思考]
基本:抹殺。
1:キャタピラ修復待ち。
[備考]
※ノアシステムNo.Rの抹殺システムが作動しました。破壊されるまで辺り構わず攻撃を繰り返します。
  止めるにはCユニット、もしくはシャシーの破壊しかありません。
  エンジンを破壊すれば自走は不可能になりますが、攻撃は繰り返されます。
※どこに向かっているかは不明です。参加者を発見次第攻撃します。
※Rウルフの操縦席にはウルフの死体と米倉の死体があります。

※プログラム『自己修復』@サガフロンティアにより、破損部が随時再生します。
※プログラム『マクスウェルシステム』@サガフロンティアにより、弾丸が随時補給されます。


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レッド :[[]]
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