新参陣営最終応援ボーナス:229点
『豫譲』
一一(にのまえ・はじめ)には、意外と友人が多い。というよりも何かしらの理由
をつけては向こうからつるんで来るのだ。しかし実際のところ、それは彼の人徳に
よるものばかりではなく打算と下心に裏付けられたものであった。つまり…………。
「うわあぁぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁっ!? この、バカっ! 変態っ!」
「3ぱんつ頂きました! いやー、今日もセンセは飛ばしてますなー」
彼の行くところ、常識では有り得ない頻度で目の保養的イベントが発生するのだ。
勿論、一自身は被害者の女子から肉体的制裁及び白い目で見られる。だが、周囲の
目撃者にまでその累が及ぶ事はない。
要するに、ノーリスクでの役得というやつだ。そのくせ、目撃者にメリットの無い
一一だけの接触イベントがあったりすると、
「俺の稲荷山さんから離れろ!」
「もげろ!」
「爆発しろ!」
「焼きそばパン買ってこい!」
などと、罵倒の嵐が飛ぶのだ。
かようにして、幸か不幸かはさておいて一一の周囲で猥雑な喧騒が発生するのは
日常茶飯事であった。
「ふぅ………………」
昼休みの教室、自席で深い溜息をつく一。これが育ちの良さそうな──────
事実その通りだが──────
夢追中(ゆめさこ かなめ)や、儚げな振る舞いの
虚居まほろ(うつろい・まほろ)ならば、絵になったかもしれない。だが、残念ながら
美少女ならぬただの少年ではいまいち格好が付かない。
沈んだ様子の一に、なんだかんだ言ってそれなりに心配しているのか何人かが声を
掛けて元気づける。
「どした一よ? さっき阿野次さんを向こうで見たから、突撃してきてくれよ?」
「小遣い日前で金欠か? なんなら貸してやるよ、トイチで?」
「焼きそばパン買ってこい?」
「それ、激励じゃないよね!? むしろ一番最後関係ないよね!?」
わらわら、と激励という名の冷やかしに集まってきたクラスメイトをしっしっ、と
追い払う。不平不満を零しながら去ってゆく悪友たちを見送ると、もう一度深い溜息
を一つ。机の上に突っ伏した。
「ふぅ………………」
「どないしたんや? 賢者タイムか?」
「教室でそれはないから! っていうか、女の子がそんなこと言わない!」
がばちょ、と起き上がって声の主に指を突きつける。
「なんやのん、いつもえろいことしとるくせに変なトコだけ倫理的やなぁ……」
呆れ顔で腕組みしつつ答えたのは朱音多々喜(あかね・たたき)。その姿を認める
と、一は弁明を口にした。
「あのね、言っておくけどあれは別にわざとやってるわけじゃなくてね……」
「もっとツンデレっぽく」
「か、勘違いしないでよねっ! 別にわざとやってるわけじゃないんだからねっ
……って、何をやらせるの!?」
「いまいちのノリツッコミやなぁ、62点」
朱音はお笑いには厳しい。
「まぁ、ジブンの魔人能力が制御でけへん、ゆうのは知っとるけどなぁ……」
「…………(知ってるならなぜ……)」
口答えしても詮なし。関西女に口論で勝てる人種は地球上には存在しないのだ。
それを身に沁みて知っている一はそれ以上口には出さなかった。
「まぁ、それはそれとして、や。何を落ち込んどんのや?」
気安い口調でグイグイと踏み込んでくる。それを厚かましいと取るか世話焼きと
取るかは微妙な線だろう。結局、一は答えることにする。
「明日は…………覇竜魔牙曇(ハルマゲドン)、だよね」
「あぁ…………なんや、ひょっとして怖気付いとんのか?」
魔人同士の抗争は言うまでもなく生命の保証は出来ない。刹那に生き、自らの能力
を発揮する事を無上の喜びとする者が多いとはいえ、皆が皆、生命を粗末にしている
訳ではない。実際、その能力とは裏腹に一は少し気の弱いところがあることを朱音も
知っていた。
「いや、そうじゃなくて…………まぁ、怖いのは事実だけど……」
「もっと武士っぽく」
「別に仔細なし。胸すわって進むなり! ……って、何をやらせるの!?」
「天丼はお笑いの基本や。けど48点」
平然とした顔で冷酷な評価を下す。
「ほれ、脱線せんと続きは?」
「(そっちが脱線させたのに……)…………心配なんだよ、うまくやれるかどうか」
何度目かの溜息をつきながら、不安を吐き出す。自らの能力は、うまく作用すれば
戦況を有利に傾けられる。だが非常に限定的であり、身体能力も打たれ強い方なのは
確かだが、それ以外に誇れるところは無い。そんな自分が果たして役に立つのか……。
「アホか!!」
衝撃が走った。少し遅れて、破裂音。
「そして、アホか!!」
二度目の衝撃、今度は反対側から。音の壁を超えたハリセンの一撃に、一は頭を
くらくらとさせた。
「え!? なんで二回も突っ込まれたの!?」
「サービスや。なんや、ジブン、そんな事で悩んどったんか……ホンマ、アホやなぁ」
何事もなかったかのようにハリセンをしまうと、朱音はきっぱりと断言する。
「魔人同士の戦いなんて、出たとこ勝負や! 何がどう転ぶか分からんし、やる前
からくよくよ悩むんはアホのすることやで?」
「で、でも…………」
「デモもストもあらへん!」
なおも言い募ろうとする一に、朱音はぴしゃりと言い放つ。
「しゃきっとせいや! うちは結構、ジブンのこと気に入っとるんやで?」
「えっ…………?」
思ってもみない言葉。思わずその顔を見つめる。
「お約束の王道イベントにリアクション芸……まぁまぁノリツッコミもいけるみたい
やしな。何より、結構タフやし! うちがおもっくそツッコんでも無事やっちゅう
のはポイント高いで!」
「えーっと、それって、戦力として、じゃなくて……」
「勿論、相方としてや! 魔人の相手は魔人しか務まらんからな!」
うんうん、と眼を閉じて一人納得したように頷く朱音。その様子を見て一はまたもや
溜息を洩らす。先程までとは少し違う種類の嘆息。
「…………ま、いっか……」
士は己を知る者の為に死す。それもまた、悪くない。
<了>
TIPS
※豫譲…………よじょう。中国春秋期晋の士。司馬遷『史記』の刺客列伝に登場する。
※ジブン………「あなた」を意味する関西弁での二人称。軍隊等で「私」を意味する
一人称になる場合もあり、ややこしい。
※天丼…………同じギャグ、お笑い手法を繰り返すお笑い用語。天丼の海老が二本
載っている事が由来と言われる。
※相方…………漫才のパートナー。転じて、恋人を指す場合もある。
無題5
「ふう……」
額に滲んでいた汗を拭き取る。
模擬戦をやろうと言う意見を聞いた時はどんな凄惨なことになるのかと思ったが、ともかく、何事もなく終わった。
具体的な攻撃行動といえばダビデの分身が少々削られたぐらいで、俺はと言えば壁の後ろで準備運動をしていただけに過ぎない。
だが、……温かったとは、思えなかった。
なまじ相手のことを知ってしまっている分、応援と待ち人による『移動力コンボ』の脅威は、さながら結界のようだ。
一マスに集っていく彼らは、さながらライフルに装填されていく弾丸のよう。
一瞬でも判断を誤れば殺される。
これがハルマゲドン。
――もっとも、それでも動きはしなかったので、疲労自体は無い。ダンゲロス当日前に模擬戦で力を使い果たすという最悪の事態は免れた。
……ただ、まあ。
相手側チームの方は、いろいろとあったようだが……
浦「なあオイ……俺ァ味方に殴られっぱなしで疼いてんだよコラ……何でもいいからブチ殺させろ……T・N・エ――」
梨咲「駄目ーーーっ! 死のうなんて思っちゃ駄目です! 死ぬまで生きて! たとえ死んでも、死ぬだなんて言わないで」
浦「ぐっ……テッメ……!」
いかにも不良然とした男が、目の前に立ち塞がる幽霊相手に悔しそうに睨み付けている。
幽霊少女、梨咲みれんは、どうやら彼に対してかなり優位な位置にいるようだった。
梨「悩みがあるなら相談して。わたし、ファッション自殺したこと、本当に後悔してるの……!
わたし……あ、あんまり綺麗な身体はしてないけど、死のうとしてる人のためなら、膝でも胸でも貸してあげるよ!」
浦「るっせえよ知らねえよ! テメエはカウンセラーか! つーかなテメエ、何で幽霊のくせにンな耐久あんだ畜生!」
武論斗さん「守ろうとするのではなく守ってしまうのがナイト オモテ、お前調子ぶっこきすぎた結果だよ?」
浦「俺の名前は浦だ! テメエまで入ってくるんじゃねえ武論斗! 話がややこしくなるだろうが!」
さんを付けろよデコ助野郎。
梨「武論斗さん。あの、わたしナイトじゃなくて幽霊なんだけど……」
武論斗さん「お前は馬鹿すぐる。どうやって幽霊がナイトになれないって証拠だよ?
耐久が紙→すぐに死ぬ→心が狭く顔にまででてくる→ヒキョウな忍者
じゅうじゅつした耐久→メイン盾→心が豊かなので性格も良い→謙虚なナイト
圧倒的な生命維持能力を保持するナイトと幽霊の組み合わせは獣使いじゃないにに巣も他の者をを魅了するほど
何度も見つめられ耐久を世に広めることでリアル世界よりも充実した浮遊霊生活が認可される」
どうやら武論斗さんは、模擬戦で自分と同等の働きをしたみれんを認め初めたらしい。
浦「テメエはまずは日本語を喋りやがれ!」
武論斗さん「なのでシレンお前ハルマんゲどンのときは本気出していいぞ」
梨「やっと許しが出たか! 封印が解けられた!」
浦「伝染しやがったっ!?」
何やら楽しいことになっているようだった。
無題6
ここは新参陣営総本部。
来る覇竜魔牙曇に向けて、古参共をギッタギタにせんと新参たちが集う場所。
連日、深夜にまで及ぶ作戦会議を行い、必勝の作戦を見出そうと、常に緊迫した空気が漂っている……
かと言えばそんなこともなく、元々が自分勝手でマイペースな魔人達、決闘の日を前にしても、それぞれがおもいおもいにくつろいで過ごしている。
「なあ、夢追厨」
「はい、なんでしょう?一応言っておきますと私の名前はユメオイチュウじゃなくてユメサコカナメですが」
「多分、夢追さんの想像しているのと漢字が違うと思うよ」
パイプ椅子を乱雑に並べ、そこに腰掛けて軽口を叩き合っているのは審刃津、夢追、己木樹来の3名。
「ええと、それで何の話でしたっけ?」
「ああ、前から思ってたんだけど、お前の苗字って珍しいよな」
「あ、それ私も思ってた。夢を追うってかいてユメサコって、ちょっと不思議よねーって。ぴったりの名前だと思うけど」
どうやら彼らは夢追の苗字について話をしている様子であった。
自分の苗字について訊かれた夢追は、喜色満面といった様相で応えた。
「よくぞ訊いてくれました!実はこの苗字、というか名前もですが、自分で考えてつけたものなんですよ!」
それを聞いて驚く2名。
「え!?夢追ってあだ名だったのか?」
「あれ?でも出席簿にも夢追って書かれてなかった?」
首を捻る二人を前に、嬉しそうに言葉を続ける夢追。
「それがですね、自分で考えた名前ではありますが、これで本名なんです。夢を追うと書いてユメサコも、中と書いてカナメも、役所に申請して本名として登録してもらったんですよ」
ああー、と納得する審刃津。
あれっ?とさらに首を捻る己木樹来。
「え?苗字って自分で勝手に変えられるものなの?なんか自分の名前を変えたって話は聞いたことあるけど苗字変えたって聞いたこと無いけど」
いぶかしがる己木樹来に、審刃津が説明を始めた。
「いや、苗字も変えることができるよ。えーっと確か戸籍法の第107条だったかな。まあ、やむをえない理由があったらとかって条件付きだったと思うけど」
「おお!良く知ってますね!さすが審刃津くん」
「へー、そんな法律があるんだー」
「でも結構条件厳しかった気がするけど、よく好き勝手に代えられたもんだな」
「いやー、そこはなんといいますか……お恥ずかしながら、ちょっとしたコネを使いまして……」
「あー、夢追さんっていいとこのお嬢様だったっけ」
「ところで己木樹来も将来福祉の仕事に就こうって考えてるんなら法律の勉強して損はないんじゃないか?何なら本とか貸してやるぞ」
「えー!?審刃津君の使ってる本なんていきなり読んでも理解できる気がしないよー」
仲良くどうでもよいようなことで盛り上がる三人。
しかし、そこにひとつの影が忍び寄っていた。
その影は夢追の背後に近づくと、手にした得物を振りかぶり、思い切り夢追の後頭部に振り下ろした。
「えーかげんに突っ込まんかい!」スパァン
三人と同じ新参陣営の一人、朱音であった。
彼女は突如後頭部をはたかれてきょとんとしている夢追に自分の持つハリセンを突きつけると、勢いよくまくし立てた。
「あんなぁ、ふたりがあんだけ前フリしとるっつーのに何やっとんの?はよ突っ込めや!」
「ええぇ!?な、なんのことですか?」
「ほんまに頼むで。大体なー……」
突如始まった朱音の説教に、訳も分からず、それでも素直に聞き続ける夢追と、一体何がおこったのかとそんな二人のやり取りを脇で眺める審刃津と己木樹来。
結局、朱音のお笑い学講義はその後1時間に及び、講義後半では向き合いながら突っ込み時に繰り出す手の動きの練習を仲良く続ける女子2名の姿が目撃されたという。
「……あなた達二人の苗字の方がよっぽど変わっているじゃない」
新参陣営総本部の片隅でぼそりとつぶやいた虚居まほろの言葉は誰の耳に留まることもなかった……。
無題7
蝦夷威もとじは幽霊を信じない。信じないのだが――
「梨咲 みれん、幽霊やってます!」
――まさに彼の否定する幽霊そのものがクラスメイトだった。
自己紹介のホームルームが終わった休み時間。もとじは自然に自分の席にゆらゆらと座る(?)みれんに話しかけていた。
「お前、本当に幽霊なのか?」
「はい、そうですよ!」
屈託のない笑顔で答えるみれん。その笑顔からは後ろの席が透けて見えている。
「っつーことは自分がどう死んだとかも覚えてんのか」
「はい、やっぱり……そうですね」
みれんの表情がわずかに曇る。よほど思い出したくない過去なのだろう。しかし、もとじはそうは考えない。
(こいつ……自分の死に方を覚えていない?違う、知らないんだ。なぜならまだ死んでいないから!)
「いや、言いたくねぇならいいんだ。悪いな、嫌なこと思い出させちまって」
(魔人能力とは自分の認識を他人に強制的に認識させるということ、つまりこいつの能力は自分を幽霊のようにする能力だ!)
やっぱり幽霊なんか居ねぇんだ、魔人能力ならノーカンだもんな。と勝手に納得をしたもとじは優しく微笑み、
「これからよろしくな、みれん」
と、手を差し伸べた。その行動を幽霊でも怖がらずに接してくれるなんて……もとじ君はいい人です!と曲解したみれんも、
「はい、よろしくお願いします!」
と応えた。ここに、幽霊を信じない少年と幽霊な少女のどこかズレた友情が成立したのだった。
「幽霊を信じひんのに幽霊と友情は育むんかい!」
そして、教室にスパァン!と小気味のいい音が響いた。
無題8
「さて、推理を始めましょう!」
綺麗に結われた三つ編みを揺らし、
紫野縁が振り返った。黒板には“梨咲みれん殺人事件”と書かれている。
「僕の推理では容疑者は朱音多々喜さん、伊丹護さん、左高速右さんの三人です」
「ちゃうちゃう、ウチやってへんて!」「いわれのない罪で疑われて心が痛い!しかし、その痛みすら愛おしい……」
名指しで容疑者にされてしまった三人から抗議の声が上がった。
「フンッ!ハァッ!フンッ!ハァッ!フンッ!ハァッ!フンッ!ハァッ!」
訂正、教室内で反復横跳びを繰り返す左高速右を除いた二人から抗議の声が上がった。
「まず朱音多々喜さん。貴女はいつもいつでも誰よりも何よりもツッコミを優先するそうですね。魔人能力によりツッコまれた相手は爆発して吹っ飛ぶ……これは一般人にしてみればボケ=死となってしまいますね」
「んなアホな!ウチちゃんと加減しとるもん!」
ハリセンを片手に多々喜が立ち上がる。それを制し、
「ですから、まだ犯人と決まったわけではありませんよ」
と縁。
次に伊丹護さんですが、と護の方を向く。
「痛みこそ素晴らしい、痛みこそ真理、それが貴方の考えでしたね」
「そう、私の信条は苦痛の苦痛による苦痛のための苦痛。すなわちペイン・オブ・ペイン!その快感を皆様に知っていただきたいのです」
「そして彼の魔人能力は自らの受けた痛みを他人と共有する、という能力……魔人である彼が快楽を感じることのできる程の痛みはやはり、一般人にしてみればショック死は確実でしょう」
縁が勢いよく護を指さす。
「そう、この事件は痛みの素晴らしさをを伝えたい彼なりの自己紹介だったのです!」
「では、これで僕の推理は終了です。犯人役の伊丹護さん、被害者役の梨咲みれんさん、そして虚居まほろさん。ご協力ありがとうございました」
縁が恭しく礼をした。
「おおおおおおおおおおおお!!!」「すげええええええ!!!」
教室中から賞賛の声と拍手が湧き上がる。自己紹介の後、縁が一芸披露としてまほろが考えた架空の事件を推理していたのだった。
「左高はなんで容疑者だったんだ?」
そんなクラスメイトの質問に答える縁。
「彼は自己紹介も忘れてずっと反復横跳びをしていたので人が近づいて来ても気付かず当たっちゃうかなー、なんて。あの速さは少し殺人的ですから」
無題9
覇竜魔牙曇開幕が迫る、ある日の新参部室。
褐色肌の少年、
審刃津 志武那は何やら紙と睨めっこしていた。
時折唸りながらペンを走らせる志武那に、背後から少女が声をかける。
「審刃津君、何悩んでるの?」
「あぁ、きつね嬢か。……いや、きつね君と呼ぶべきかな」
どっちでもいいよと答えるきつねに、志武那は手元にあった紙を見せる。
「来たる覇竜魔牙曇に向けたチーム編成をどうするかと思ってな」
「そっか。今回は戦場が2つになるもんね」
「どちらかだけでも勝てばいい……というものではない。やるならどちらも勝利を得ねば、な」
だからこそ、編成に頭を悩ませることになる。
「うーむ……壁となりうるは俺やきつね嬢を含めて8人か9人といったところか。壁は均等に分けるべきか、それとも……」
「あ、ボクはのもじちゃんとは別のチームがいいかもしれないなぁ」
「ふむ、だろうな」
あれはどうだ、これはどうだと相談を進める2人。
志武那1人で考えている時より今の方がすらすらと考えが浮かぶのは、きつねの類稀なるコミュ力から繰り出される数々の言葉が、志武那の思考を刺激するからだろう。
「できればもっと多くの意見を聞きたいところだが」
ある程度固まったところで、志武那がペンを置いて編成案を見直す。
その時、教室の扉が開いた。
「きつねちゃんここにいた!」
「ん? 貴生嬢か」
「ボクに何か用?」
教室に現れたのは
己木樹来貴生。読書が好きな大人しい少女だ。
彼女はきつねの手を取ると、教室の外に連れて行こうと引っ張る。
「ちょっと来てほしいの!」
「え、なになに、どうしたの?」
「喧嘩してる人たちの仲裁を頼みたいの!」
言ってから、しまったといった感じで自分の口を押さえる貴生。
恐る恐る志武那の方を振り返れば、彼はちょうど懐から天秤を取り出しながら立ち上がるところであった。
「よし、案内してもらおう」
「あー……」
悔やんでも後の祭り。貴生にとって重要なのはきつねを迅速に連れていくことであり、志武那を止めるのに手間取ってる場合ではない。
仕方なく、志武那も連れて喧嘩の場所に移動するのであった。
喧嘩の現場となっているのは廊下だ。
喧嘩をしているのは
緑風 佐座と蝦夷威もとじの2人で、周囲の人間は遠巻きに様子を眺めていた。
どういう理由で喧嘩しているのかというと、
「幽霊はいる!」
「何言ってやがる。いるわけねぇだろ!」
という、幽霊論争であった。
佐座が2人の間でおろおろした様子で右往左往している梨咲 みれんを指差して言う。
「大体、目の前に幽霊いるじゃねぇか!」
「いや! こいつは幽霊じゃない! 幽霊だと信じてる魔人だ! その認識を皆に押し付けてるだけだ!」
「んなもん通るか!」
「自称一般人のお前には言われたくないよ!?」
今はまだ口喧嘩で済んでいるが、いつ手が出てもおかしくないぐらいヒートアップしている。
魔人同士の喧嘩は大抵ろくなことにならない。野次馬達は巻き込まれるのはごめんだとその場を離れていく。
そこに、志武那ときつねを連れた貴生がやってきた。ここに来るまでに喧嘩の経緯などは大体話してある。
到着して真っ先に動いたのはきつねだ。佐座ともとじの間に割ってはいると、今にも泣き出しそうなみれんを抱きしめる。
「2人とも何やってるの!」
「お、おぅ……寅貝か。いや、お前には関係ないっていうか……」
「言い訳しない! しっこくハウスかしっこくの森へ連れていくよ?」
「身の程知ってるんで、それだけはやめてください」
佐座ももとじもきつねには中々強く言うことができない。
殆どの一年生達の親友ポジションを確立しているきつねは仲裁役にはぴったりだ。だからこそ貴生はきつねを連れてきたのだろう。
きつねに怒られてしょんぼりする佐座ともとじ。2人とも喧嘩を続けようという気概は無かった。
それを見て2人とも反省したと判断したのか、きつねはある提案をする。
「よーし、それじゃあ仲直りの証として、一緒に遊びに行こっか?」
きつねの提案に、その場にいた者達が皆頷く。これにて一件落着――だったらよかったのだが。
「あぁ、待て。こんな場所で喧嘩して皆に迷惑をかけたんだ。……誰が悪いかぐらいははっきりさせないとな?」
空気の読めない男、審刃津 志武那。彼が天秤を手に佐座ともとじの前に立つのを見て、貴生は顔を手で覆う。
「……だから連れてきたくなかったんだけど」
貴生の呟きを全く意に介することなく、志武那はつらつらと裁きの準備を始める。
「幽霊がいるかどうかが原因の喧嘩か。佐座君はいると主張し、もとじ君はいないと主張した為に対立した、と。――結論から言ってしまえば、もとじ君が悪いな」
「はぁ!? なんで!?」
「決まってる。幽霊はいるからだ」
志武那の視線が裁かれている2人からみれんへと移る。
「幽霊は実際にいるのに、無駄な騒ぎを起こしたもとじ君が悪い」
「それはお前が幽霊を信じてるからだろ! そんな主観まみれの裁き受け入れられるかよ!?」
もとじの指摘に、しかし志武那はうろたえることなくむしろ笑みを見せながら口を開く。
「裁きってのは、主観まみれで不公平なものだよ?」
何も載ってない筈の天秤が――傾く。
そう、それが彼が魔人能力で裁きを始めるという証であり――。
「って、自分が死ぬような能力を軽々しく使うなやー!!」
「ぷろぁ!?」
天秤が完全に傾く前に、超速のハリセンが志武那の顔面に叩き込まれた。
ハリセンの主は朱音 多々喜。喧嘩を嫌う彼女のことだから、恐らく騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。
「うわー……多々喜ちゃん、便利だなー……」
叩かれた衝撃で吹っ飛び、壁に叩きつけられた志武那の前に多々喜が仁王立ちをする。
「一般人相手やったら何も問題なく使えたかもしれんけどな、相手が魔人だってこと忘れて使って、そのせいで死ぬってアホちゃうか!?」
「多々喜ちゃん、多々喜ちゃん」
「何や?」
「審刃津君、聞いてない」
頭を打ったせいか。志武那は気を失っていた。
それから数時間後。
志武那が目覚めて最初に目に入ったものは、白い天井だった。
「……保健室か」
窓からは夕陽が差し込んでいる。殆どの生徒は家に帰ってる頃だろう。
上半身だけ起こしてベッドの周りを見てみると、教室に置いてた筈の彼の鞄などが置かれていた。仲間達が持ってきてくれたのだろう。
志武那は意識がはっきりしていることを確認すると、ベッドから降りる。このままここに居ても仕方がないので帰宅するつもりだ。
ハンガーにかけられた学ランに腕を通す。その時、ようやく自分以外の誰かが保健室にいることに気づいた。
保健室の隅で、椅子に座って本を読んでいる少女。今にも消えてしまいそうな儚い印象を持つ彼女は、
「まほろ嬢か。……三年などに襲撃されないよう見張ってくれてた、のかな?」
「……」
返事は無い。だがその事に関しては志武那も特に気にしていなかった。
虚居まほろが誰かと会話しているところなんて見たことなかったし、志武那自身も会話した記憶があるかどうか怪しい。
だから彼女はそういう人物なのだろうと認識している。
「……裁き……ド正義卓也……」
「えっ?」
故に、まほろが口を開いたのは志武那にとっては予想外のことであった。尤も、話しかけてきたというには微妙だが。
「ド正義卓也……伝説の生徒会長か。今は何をしてるんだっけか」
志武那はド正義に会ったことはない。だから知っているのは伝聞で得た情報だけだ。
「確か彼の能力は……超高潔速攻裁判、だったか?」
簡単に言ってしまえば、ルールを破った者に裁判の過程を飛ばして罰を与える能力だ。
彼はその能力で荒れ果てた希望崎学園の治安を取り戻し、それ故に伝説の生徒会長と呼ばれていた。
「無条件で罰を与えるとはいかないとはいえ……中々傲慢な裁きだよな。たった1人の判断で死刑すら与えることができるんだから」
「……あなたほどではないと思う……」
「ははっ、違いない」
志武那の裁きでは、証拠すら必要ない。ただAとB、どちらが悪かを本人が判断して罰を与えるだけ。
その気になれば、その人物が「存在した場合」「存在しなかった場合」どちらが悪かで裁きを与えることすらできる。
ド正義の裁きは正義の為の裁きかもしれないが、志武那の場合はただ「悪を殺す為」だけの裁きなのだ。
「ま、俺の裁きだけじゃなく。裁きなんてのは不公平なものだ」
「……」
「俺は皆にそれを知ってほしい。……不公平な裁きが無くなるには、まず不公平だということを皆が知らないと始まらないからな」
「……」
制服を着終えた志武那が鞄を手に取る。
「っと、すまんな。つまらない話を聞かせてもらった。……俺は帰るが、まほろ嬢は?」
「……」
志武那の問いに答えることなく、まほろは本に目を落としたまま。
ある意味予想通りの反応で、志武那は苦笑する。
「そうか。日が完全に落ちる前に帰った方がいいぞ」
一応忠告してから志武那は保健室を出て、帰途についたのであった。
日が完全に落ちた保健室。
そこには誰もいなかった。夕陽に溶けて消えてしまったかのように。
~ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry~ #1
それは希望崎学園校長江田島平八郎忠勝による覇竜魔牙曇の宣言が行われる少し前のこと。
希望崎学園報道部の1年、夢追中(ゆめさこ かなめ)は、学内の地下に広がる迷宮の中にいた。
希望崎学園の地下には広大な迷宮が存在しており、そこは冒険好きの学園生達に長く愛され続けている場所である。
かつて第一次ダンジョン探検ブームと呼ばれる一大ムーブメントが巻き起こって以来7年、多くの魔人もとい暇人達がこの迷宮を探索するようになっていた。
好奇心だけは人一倍という夢追もそうした魔人のうちの1人であり、溢れる冒険者魂に突き動かされ、迷宮探索にやってきたのだ。
「ううーん、思ったよりも厳しいなぁ……」
地下迷宮の、やけに整った通路に夢追の声が反響して消える。
とりあえず灯りや食料などを詰め込んだバックパック40kgを担いできているので1週間は探検できるだろう、
そう思っていた夢追であったが、今では認識が甘かったと痛感している。
迷路のような構造によって迷わされるだけならばまだしも、襲い掛かってくるモンスター達が予想以上に手強いのだ。
瞬発力と足の速さには自信があるから、いざとなれば脇目も振らず逃げればよい、
不意に襲って来るモンスター相手にも先制
カウンターで蹴りを叩き込めばなんとか凌げるだろう、
夢追はそう考えていた。
事実、今のところはその考えを実践し、無事に迷宮探索を進めている。
しかし、いつまでも先制カウンターを叩き込めるよう集中し続けるわけにもいかない。
体力か精神力か、どちらにせよ、遠からず底を尽きるのは明白であった。
ここは1人で訪れるべき場所ではなかった――つまりはそういうことである。
「やっぱり誰かと一緒に来ればよかったなぁ……」
苔が一面に生えているのか、湿った緑色の壁面が、手持ちの灯りに照らされている。
そこを時々走る、見たこともない白色のトカゲを眺めながら、夢追は自分が組むべきであったパーティについて考える。
夢追が普段仲良くしている親友は生憎と地中や狭い場所が苦手であったため、地上で夢追の帰りを待っている。
また、学外であれば病気持ちである夢追の身を案じて、常時SPが近くに待機しているが、学内には同行していない。
学園に転入してから新しく出来た友人を誘えばよかったのだが、報道部室で迷宮探索の荷造りを始めたらどうしようもなくテンションが上がってしまい、
荷造りが終わるや、誰かに声を掛けることも忘れて地下迷宮へ突入してしまったのだ。
ふいに夢追の目が迷宮内の闇に紛れた人影を捉えた。
人影といってもこの迷宮には人型の怪物が多く存在するため、まったく油断ならない。
むしろ、うっかりモンスターと間違えて、同じように迷宮探索をしている学園生を攻撃してしまわないように注意しなければならないため、
うかつに手を出せない分、厄介である。
――薬草かと思って拾った大根が迷宮探索をしていた学園生だったなどという稀有な事例もあったがここでは割愛する――
慎重に人影のほうへ近づいて様子を窺った夢追であったが、その正体を見極めてほっと息をついた。
「ああ!虚居ちゃん!」
そこにいたのは夢追のよく知る人物、希望崎学園1年、虚居(うつろい)まほろであった。
顔見知りの存在に安堵した夢追は、虚居の元に向かった。
「やっぱり虚居ちゃんも探検?」
まるで迷宮の闇に同化するかのように佇んでいた虚居は、声を掛けた夢追の顔をちらりと眺め、無言でうなずく。
虚居の手にはいつもの本ではなく、方眼紙と鉛筆が握られている。恐らく迷宮のマッピングをしているのだろう。
その様子を見ながら、話を続ける夢追。
「いやー、私も探検に来たのはいいけどちょっと無計画すぎてね」
「……」
「心細かったから本当に良かったよ」
「……」
「あれ?そういえば虚居ちゃんも1人で探検?」
「……」
「そういえば虚居ちゃんはすっごい丈夫なんだっけ」
「……」
「灯りもなしにここを探検できるなんて凄いね」
「……」
「えーっと……」
夢追の手の中で揺れる灯りに照らされたわずかな空間。
そこに流れるそこはかとない重さの空気は、はたして地下だからかそれ以外の要因からか。
まるで進行役不在の作戦会議ラジオのような沈黙が場を支配する。
もしこの状況が放送されていたら間違いなく無言放送事故だろう。
「もしかして1人で探検していたかった?」
「……いいえ」
ひとまず一番気がかりだったことを訊ね、その答えにほっとする夢追。
迷宮探索パーティは2人になり、迷宮深部へ向かい、並んで歩を進める夢追と虚居であった。
~ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry~ #2
夢追は罠がないか慎重に周囲を確認しつつ進み、虚居はマッピングをしながら進む。
夢追もときどきメモ帳を手に持っては何かを書き付けているが、その内容は珍しい生き物についてなどで、あまり探検に役立つことではないようだ。
「そういえば虚居ちゃんも探検するなんて結構意外だったよ」
迷宮の扉を開け、扉の先にいきなり落とし穴などないかと確認をしながら夢追は言葉を投げかけた。
いつも教室の片隅で読書をしている虚居の姿をイメージしての発言だろう。
それに対して虚居は軽く視線を上げて夢追の顔を見つめ、再び手元のマップに視線を落としてから言葉を返した。
「……私も意外だった」
うん?と、その答えに眉根をよせて虚居のほうへ向き直る夢追に対して、虚居は言葉を続けた。
「……言葉使い」
隠し扉などないかと迷宮の壁面をぺたぺた触りつつ、ああ、とうなずく夢追。
「んー、今は記事を書くよりも探検の方が楽しいからね」
「……何それ」
「なんていうか、こう、澄ましちゃいられないぜヒャッハー!って感じなんていうのかな」
「……」
「……お、可笑しかったかな」
自分の発言で微妙に照れる夢追。
「……そんなことない」
そんな夢追の横顔を眺めつつ、虚居は言葉を返す。
その言葉を聞いて、さらにひとしきり照れた後、嬉しそうに夢追はお礼を述べた。
「えへへ、ありがとう」
そのまましばらく無言の迷宮探索は続いたが、2人が顔をあわせたばかりのときのような重苦しい雰囲気も無く、
時に罠を回避し、時に虚居に襲い掛かるモンスターを夢追が蹴散らし、時に夢追を虚居がかばい、順調に探索範囲を広げていった。
「わぁ!でっかいトカゲ!」
そんな折、目の前に現れた体長3mはあろうかというトカゲを見て夢追は感嘆の声をあげた。
近づいてみようとする夢追だったが、虚居に手を掴まれて静止した。
「……あれはコモドドラゴン」
「コモドドラゴン?って確か世界一大きなトカゲだっけ?」
「……世界一重いトカゲ……毒があるから近づかないほうがいいよ」
「へぇ、あんなに大きいのに毒まであるなんて何を主食にしてるんだろうね」
とりあえず毒があると聞いては下手に近づけないと、距離をとりながらトカゲの脇を通り抜けようとする2人であった。
しかし、そのときトカゲは予想外の行動に出た。
コモドドラゴン は 火を吹いた!
夢追中 に 5のダメージ!
虚居まほろ に 5のダメージ!
「ああぁぁっっっっつーーい!!!熱い!何コイツ火を吹いたよ!?」
「……っ!!!」
突然のブレス攻撃に大慌てで踵を返し、逃走する2人。
幸いにもトカゲは追ってこなかったようで、奇襲ブレス全滅という事態には至らなかった。
なんとか落ち着いた両者は、バックパックから治療用の道具を取り出し、火傷の応急処置を始めつつ、
先程の出来事について語り合った。
「何?コモドドラゴンって火を吹くの!?」
「……吹くわけない」
「何なのアレ!?」
「……コモドドラゴンっぽい……ドラゴン?」
「何それ!?名前にドラゴンが付いてればいいんならトンボだって火を吹くよ!?」
「……ドラゴンフライ?」
「そう!」
「……吹くかもね」
「……」
「……」
「……かもね」
ひとしきり大騒ぎをしつつ治療を終え、ひとまず撤退することを決めた2人。
「全くとんでもない目に遭ったね」
虚居と手分けして荷物をバックパックに詰めながら、夢追は言った。
その言葉を聞いた虚居は――夢追の表情をじっと見つめてから「でも嬉しそうだよ」とつぶやいた。
言われた夢追は虚居に向かって「えへへ」と笑顔をこぼし、うなずく。
「伊丹?」と言う虚居に、「違う違う痛いのが嬉しいんじゃないよ」と返す夢追。
荷物をまとめて立ち上がり、夢追は笑顔で、虚居は無表情のまま、それでも声を合わせて言った。
「「……また来ようね」」
――これは迷宮探索が紡いだひとつの友情物語
「……あ」
「どうしたの?」
「マップ……燃えちゃった」
「えっ」
――これは迷宮探索が紡いだひとつの友情物語……などと、この迷宮は綺麗に話を終わらせてはくれないらしい。
~ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry~ #3
「ここ、来た道と違うよね」
「……そうね」
「迷ったね」
「……遭難ね」
希望崎学園の地下迷宮にやってきた夢追と虚居であったが、虚居のマップが不慮の事故により失われ、現在、絶賛遭難中であった。
どこか見覚えのあるものはないかと、灯りや視線を周囲に彷徨わせる夢追を見遣り、虚居は疑問を口にした。
「……もともとどうやって帰る気だったの?」
「ええっと、寝袋持ってるからまあ1週間もあれば帰れるかなーって」
「……」
「い、いざとなったら一緒の寝袋に入る?」
「……」
「なんかほんとごめんなさい」
「……いいえ」
そんなやりとりをしながら進む2人であったが、異変が起こった。
「あれ!?」
「……っ!?」
夢追と虚居は同時に息を呑んだ。
突如として目の前の風景が豹変したのである。
たった今まで通路をあるいていたはずが、なぜか沢山の扉が並ぶ部屋の中に居るのである。
「もしかしてこれ……ワープゾーンってやつ?」
「……みたいね」
「どうしよう……凄い罠にひっかかっちゃったんじゃない?」
「……声……嬉しそうだよ」
わーこれがワープかー初体験だーなどと、緊急事態にも関わらずどこか浮かれ気味の夢追と、ため息をつく虚居。
少しして落ち着いた夢追は、周囲の扉を見渡した。沢山の扉以外にこの部屋を出るところはないらしい。
「とりあえず、どこか扉を開けないとどうしようもないよね」
「……気をつけてね」
立ち並ぶ扉のひとつを夢追が慎重に開けると、中は祭壇の置かれた部屋になっていた。
周囲に罠がないことを確認し、ゆっくりと部屋の中に入った2人は、ひとまず目の前の祭壇を見つめる。
祭壇には色とりどりの宝石が飾られ、誰が供えたのか香が焚かれている。
「お香に火が点いているってことはちょっと前まで誰か居たってことだよね」
「……多分」
「綺麗な石も供えてあるし、何か重要な祭壇なのかな?」
「……」
詳しく見てみようと夢追が祭壇に近づいた途端――
「だめだよこんな危ない場所に興味本位で来たら!」
目の前に半透明の女性と思しき姿が現れた。
「え、あ、うん、あの、どちら様でしょうか?」
戸惑いながら目の前にいる正体不明の存在に対して、夢追はとりあえず月並みな質問した。
「私は梨咲(ありのみざき)みれん。この祭壇に祭られている幽霊よ」
「わあ!幽霊さんですか!」
「……喜んでいる場合?」
「なんか私を見てこんな反応されたの初めてな気がするけど……あなた達は探検だーなんて浮かれてやってきたこの上の学生でしょ?」
突然の幽霊との遭遇に喜ぶ夢追と冷静に突っ込む虚居、その様子に微妙に戸惑う梨咲と、なんとも奇妙な空気になったが、
それでも気を取り直した梨咲がこの場所の歴史について語りだした。
「――そういう訳で、私はここで無駄死しようとしている人達を止めようとスタンバイしていたの」
「そうだったんですか……もしかして昔からずっとここに居るんですか?」
「ずっとってわけじゃないかな。営業時間は午前9:00~午後3:00までだから、それ以外は上の学園内をうろついてるよ」
「……営業時間?」
「へー!じゃあ実は放課後に校内ですれ違ったりとかしてたかもしれないですね!」
「そうかもね。特に最近は上の学園も物騒な感じだから、こっちよりも上の方で死にそうな人を止めたほうがいいかと思っているくらいで、結構見回っているから」
「ああ、確かに古参と新参の確執が酷くなってますからね。あ!それじゃあもし何かあったときに手助けしてもらえませんか?」
「あなたも争いを止めたいと思ってるの?」
「そりゃあ……友人が沢山死んじゃったら寂しいですからね」
「そうね……じゃあ何かあったら教えて。私に出来ることなら頑張ってみるから」
「ありがとうございます!」
「……いいの?」
こうして地下迷宮にて新たな仲間を得た夢追と虚居は、梨咲の知人だという背の低い人物の助けで地上に送り届けてもらい、今回の迷宮探索を無事に終えた。
その日の夜。夢追の家にて。夢追とその親友が語らっている。
「『真夏の熱帯夜に心温まる怪談を』なんてね」
「新しい新聞?」
「そう。素晴らしい出会いの記録を書いてるの」
「そういえば探検から帰ってきて、ずっと機嫌が良いね。何か凄いことがあったの?」
「うん!虚居まほろちゃんと初体験しちゃった!」
「えっ」
はっぴーえんど
最終更新:2011年06月18日 13:40