宗方良蔵の研究書草稿の断片



【氷室家に伝わる禁忌の儀式】

古くから土地の神事を司る氷室家には、 数多くの儀式、作法などが伝えられている。
しかし、そのほとんどは失われ、現在に伝えるのは、伝承を書き写した一部の書物のみとなっている。
口承によるものはほとんど残っていない。
氷室家の血筋が絶えてしまったことと、氷室家に録深い数少ない人々も、儀式に関しては極端に口を閉ざしてしまうことが、その原因だと思われる。

中でも、12月13日に執り行われていたという儀式については謎が多い。
近隣の村々には、その日は家から出てはいけない、という言い伝えが残され、今日においても、その日には窓を開けてはいけない、とされている。
そのような言い伝えが残る理由は、その儀式の残虐性にあると思われるが、詳細は謎に包まれている。



【縄の巫女に関する謎】

数少ない伝承書物を見ると、儀式に関わる人物として、「縄の巫女」と呼ばれる巫女に関する記述が多く見うけられる。
左右の手、足、そして首に、計五本の縄を掛けられたその容姿に関する記述はあるものの、役割については記述が少なく、詳細は不明である。
一説によると、生贄である、とされるが、本当にそのような、残虐な儀式が行われていたとは信じがたい。



【禍刻(マガトキ)と呼ばれる災厄】

かつて、この地方を襲った大きな災厄があった。一部の伝承では

   「禍刻(マガトキ)」

という名で伝えられるこの災厄についての詳細な記録は残っていない。
伝承に残された記述によると、「五つの神社に伝わる鏡が全て割れ、死者が蘇る」と伝えられているが、それほど異常な災厄であったのだろう。



【御神鏡(五神鏡)にまつわる伝承】

この地方の五つの神社に伝わる「御神鏡」は、伝承では「五神鏡」と記されている。
この地に降り立った五体の神が、地を離れる際、それぞれの力を封じて鏡をつくり、災厄から村を守る神器とした、という言い伝えに由来しているのであろう。

一部の伝承には、さらにもう一枚の鏡が登場する。
大きな災厄(これが禍刻であるかどうかは不明)を封じるため、五体の鏡、全ての神の力を結集し何らかの儀式を行った、というものである。
その儀式と、氷室家に伝わる儀式との関連性は明らかではないが、氷室家の儀式にも「鏡」に関する記述が登場することから、深い関わりがあるのではないか、と思われる。
しかし、その「御神鏡」(その伝承では、まとめられた鏡をこう記述している)は存在が確認されておらず、この伝承がどういう事実を元に構成されたのかは、不明である。



【儀式に使われる面とその意味】

氷室の儀式では、いくつかの「面」が重要な意味を持っている。
その一つは「目隠しの面」と呼ばれ、「鬼遊びの儀式」に使用される。
「目隠しの面」は、目の位置に二本の杭が刻された面で、鬼遊びの儀式において、鬼の目を、文字通り「隠す」ために使用される。

伝承の記述には、

  「鬼ノ目を隠シタル隙ニ
     縄殿ニ入リテ儀式ヲ行フ」

とあるが、これは目隠しの面が「縄殿」への鍵となる、という意味ではないだろうか。



【似姿の面】

神事において、氷室家の当主がかぶる面は「似姿の面」と記述されている。
土地に伝わる伝承には「ソノ顔ハ鬼ニモ仏ニモナリ」と記されており、その面をかぶった者の内面により、面の表情が変わる、というものであるらしい。
氷室邸のどこかに、それら儀式で使う面を納めた「面の部屋」があると記されており「似姿の面」は、その部屋の鍵の役目もかねているらしい。
最後の儀式において、当主がその面をかぶると鬼の面に変わった、という記述があるが、そのような言い伝えからのことであろう。



【儀式における面の意味】

御縛りの儀式、および鬼遊びの儀式は氷室家当主によって執り行われる。
その際、当主は顔に「面」をつけて、儀式を執り行うと記されている。
これは、巫女が現世に執着してはいけない、という教えのためではないかと思われる。

氷室の儀式は、当主、巫女、鬼なども、全て一族の中で行われる。
つまり、

「生贄にする側と、される側が、近親である場合」

もあるのである。
儀式において、巫女が親族に想いを残さないように、あるいは、親族が巫女への情を顔に出さないために、面をかぶったのではないだろうか。
目隠し鬼の儀式において、鬼の目を潰すことも、同じ意味が込められているのかもしれない。



【月読堂】

氷室邸にある小さなお堂は、「月読堂」と呼ばれ、儀式の生贄となった巫女の御霊を祭ったものと記されている。
月読堂の中には「月の井戸」と呼ばれる空井戸があり、儀式の日には井戸の底まで月の光を導き入れることができるようになっている。

儀式前の縄の巫女は、井戸の底で、その月の光を浴びて身を清める、とされている。
月の井戸の底はそのまま地下に繋がっており、縄の巫女だけが、この井戸を通って地下へ行くと記されている。

伝承によると、最初の巫女の遺体が月読堂に祭られているとあるが、堂内には、資料価値があるようなものは納められていなかった。
最初の縄の巫女は、どこに祭られているのだろうか……



【厨子の謎と月の井戸】

「月読堂」にある月の井戸は、厨子のカラクリにより隠されている。
なんらかの操作をすると厨子が動き、月の井戸への入り口が開くという仕掛けのようだが、今のところその方法はわからない。

氷室家に残された文書を調べてみたが、その暗号に関する記述は以下のものしか見つからなかった。

  「四人ノ裂キ手ヨリ印ヲ得」

   「氷室家当主ノ証ヲ示セ」

どうやら、神事を行う際の四人の神官に伝えられていた印と、氷室家当主の証となるものが必要らしい。
しかし、既にその血筋が絶えた今では、もうその印や証を手に入れる術はない。



【氷室の儀式と異界信仰】

裂き縄の儀式の目的は、「門」を閉じることだと言われている。
「門」とは、内と外という世界の境目をあらわす言葉であることから、
裂き縄の儀式は、この地方に古くから伝わる異界信仰に関係があるのではないだろうか。

この地方には、古くから「常世の国」「根の国」などと呼ばれる世界への信仰が根強く残っている。
これらの異界信仰は各地で見られるが、「門」の外側は俗に言う「黄泉の国」つまり死の世界であることが多い。

「門」とは、死の世界と現世とをつなぐ扉であると考えられる。
伝承で「禍刻」と呼ばれる災厄は、この扉が開く時に起こるとされている。
そのとき、死の世界からの瘴気があふれ出し、死者さえも蘇ると言い伝えられている。

「裂き縄」の儀式とはこの「禍刻」が起こらぬよう、巫女の死の力をもって、門を封印する、というものではないだろうか。

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最終更新:2013年02月02日 12:10