白と赤
全部夢だったらいいのに。
この鳴り止まない吹雪の音も、ペンションで起きた惨劇も、そして、この血塗れた私の姿も、彼がすべての元凶だったという事実も。
手に握りしめたストックから血がぽたり、ぽたりと滴っている。
そして、私の目の前には血の海の中に倒れた透。じっと私を見据えた目にはもう輝きはない。
私が彼の喉を突き刺した時、彼は何かを私に言おうとしていた。何を伝えようとしていたのだろう?
彼が死んでしまった以上、その答えはもうわからない。
カタン。
全身から力が抜け落ちて、木製の床に私はしゃがみ込んだ。
手からすべり落ちたストックが床を転がっていく。
「うっ…」
透を殺した。私が。
その現実に気がつくと、吐き気がこみ上げてきて、たまらず嘔吐する。
目の前に倒れていた透の髪にべったりと嘔吐物が絡み付いた。
彼を殺し、そして汚してしまった。
彼は私に何を伝えようとした?
彼は本当に皆を殺したの?
必死に私を守ろうとしてくれていたあの逞しい姿。あれもすべて演技だったというの?
私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。
「透…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
私の謝罪の言葉も、嗚咽する声も、吹雪の音がすべて飲み込んでしまった。
透はただ、うつろな目で私を見ている。
私の後悔も掻き消してくれればいいのに、悲しい想いだけは雪のようにただただ降り積もっていくばかりだった。
全部夢だったら。目を開ければいつもの通り透がいて。
時々エッチなこともしてくるけど、優しくて。面白いことをいって和ませてくれて。
二人で一緒に叔父さんの美味しい料理を食べて、叔母さんと楽しくお話をして、敏夫さんとみどりさんと一緒にスキーにいって。
お客さんたちとの出会いがあって。
日常に帰れたら。こんな夢をみたって、皆に話して、そして言ってもらおう。
「全部夢だったんだから、大丈夫だよ」
ぴたりと吹雪の音が止んだ。何の音もしない静寂の世界。
ただ、ここもやはり白い世界だった。幾分のも霧の層に覆われて視界が悪い。
「白」…
白が怖かった。現実を突きつけられているようで、身体が震えるのがわかる。
「助けて…誰か助けて…」
小さな声なのに、不気味なほど辺りに響いた。そんな自分の声にまたぶるりと身体を震わせる。
殺人鬼が、私を殺しにやってくるかもしれない。ペンションで生き残った私を殺しに。
あるいは、罪のない透を殺してしまった私を『裁き』に。
どちらにせよ、私も死ぬ。殺されてしまう。
(でも、もしかしたら)
もう悪夢は終わったのかもしれない。
ここはもう現世じゃなくて、別の世界で。透もいて、皆もいて。
今度こそ上手くできるかもしれない。透に会って、謝ろう。謝っても許してもらえないかもしれない。
それでもいい。許してくれなくても構わない。
ただ、謝罪の言葉さえ伝えられれば…私はきっと楽になれる。
突如、静寂は破られ、私は現実に引き戻された。霧の向こうから、慌ただしい足音が響いてきた。
何かから逃げている足音…
(まだ…終わらないの?終わらせてくれないの?)
足に力が入らない。
手元の転がっていたストックを杖代わりに、ゆっくりと立ち上がる。
ストックの先にはまだ乾ききってない血液が付着していた。
駆けてきたのは学生の少年だった。霧のせいで姿形がはっきりしないが、少年特有の細身のシルエット、金に染められた頭髪に不似合いなワイシャツときちっとしたズボンの組み合わせ。
『普通』の少年。
「たす、助け…!」
(助けを求めている…?)
彼が近づいてくるにつれて、より少年の姿が鮮明に見えてくる。そこで一つ、『普通』の少年だったはずの彼の姿に違和感を覚えた。
彼の校章入りのシャツにべったりと赤黒いシミがついていた。彼の頬、額にもその痕跡がある。
見間違えるはずがない。この色は『血』の色だ。ペンションの惨劇の印の血の色の赤。
少年はこちらに向かって走ってきた。
たしかに彼は私に助けを求めていた。
だから、私は、
ストックを握りしめると彼から逃げ出した。
よく考えてみれば、ペンションに集まった人たちだって、透だって、私だって、『普通』の人間だった。
だが、たしかにあの中に人殺しが混じっていたのだ。
誰が?どうして?なんのために?そんなこと、もはやわかるはずがない。
でも、たしかに殺人は行われて、そして、私は透を殺した。
少年は血を浴びていた。
彼もまた誰かを殺したに違いない。
そして、今度は私を…
足音が聞こえる。彼は私を追いかけてきている。私を殺そうとしている。
(助けて……透!)
ぐらり、と世界が回った。
少し遅れて地面に叩き付けられる衝撃と痛みが全身を走り、息が止まった。
「けほっ!けほっ!」
足を縺れさせて転けてしまった。その際に胸を強打し、一時的な呼吸困難に陥ってしまった。
(来る、来てしまう…殺人鬼が)
足音はなおも近づいてくる。
(誰も助けてくれるはずがない。だって透は私が…)
タッタッタ(ギィ…)ッタッタ(ギィ…)
足音に混ざる不調和音。
ガラスに爪を立てた時のような耳障りな音が聞こえる。
足音がピタリと止み、代わりに少年の悲鳴が音を掻き消した。
「ば、ば、…化け物ッ!!!!!」
隆恭は振り向くこともなく走り続けた。どこに向かっているかはわからない。
とにかく今はあの危険な男から逃げ出さなければ。
喉が焼けるように熱く、息が上がり、視界がぶれている。
大声を上げてしまいたかった。だが、上げてしまえばあの男に居所がばれてしまって、そして…
あの死体のように、自分も人生の結末を迎えてしまう。
(あんな死に方だけはしたくない!)
まだ、マシな死に方があるはずだ
(…もちろん、死に急いでるわけじゃない)
誰かまともな人間はいないのか。幸いか不幸か、自分には『天眼』がある。人の良し悪しは見抜けるはずだ。
「はっ…はっ…はっ…は…」
どれくらい走っただろう。
長い時間に感じたが、実際はほんの数分くらいの出来事なんだろう。
これであの男を撒けたとは到底思えない。
霧のせいかずっと同じような風景が続くのもまた不安を煽られた。
しかし、一つの変化に隆恭は気がついた。人が一人かがみ込んでいる。
それがどんな人物なのか、今の隆恭には考える余裕がなかった。ただ助けてほしい。隆恭はその人影にむかって足を早めた。
「たす、助け…!」
するとその人影が顔を上げた。長い黒髪をもった女性のようだ。手に棒状の何かを持ち、それにしがみつくようにして立っている。
女性に助けを求めるのもなんだか格好が悪いが、なりふり構っていられない。
ようやく女性との距離が縮まった。だが、その瞬間。
彼女は驚嘆の表情を浮かべ、突然走って逃げてゆく。もしや、後ろからあの男たちが…?
後ろを振り返るが、一面に霧が広がっているだけで誰の姿も見当たらない。
また正面を向くと、女性の姿が遠くなっている。まずい、一人は危ない。
隆恭は彼女を追いかける。
彼女を一人にするのは危ない…というよりむしろ一人になりたくなかった。必死に彼女を追いかける。
だが、意外にもあっさり彼女に追いつくことができた。
彼女が転倒したのだ。転倒した拍子に手に握られていた棒状のもの…ストックが転がって彼女の手元を離れた。打ちどころが悪かったのか咳込んで苦しそうにしている。
ギィ…ギィ…
隆恭が彼女に声をかけようとした時、不気味な音と共に霧の向こうからまた別の影が現れた。
人の形をしているが、頭が大きすぎる。その頭は先の尖った三角形の金属で出来ている。
そして不気味な音の正体。
彼は異常な大きさをもった大鉈を引きずって歩いていた。鉈が地面と擦り合い、耳障りな音を作り出している。
その鉈が赤黒く染まっていることに、まだ隆恭は気がつくことはできなかったが、見るものを絶望と恐怖に陥れ、動揺させるのには十分すぎるくらいの非現実的で、恐ろしいものだった。
「ば、ば、…化け物ッ!!!!!」
声を張り上げて叫ぶが、女性はまだ呼吸が出来ず咳込んだまま立ち上がらない。
幸いその怪物…三角頭の歩みは自分の歩みに比べればずっと遅い。
隆恭は女性の手から離れたストックを握りしめ、立ち上がることのできない女性に肩を貸し、起き上がらせる。
(逃げないと…!)
三角頭と反対の方向へ、女性を抱えたまま歩み出す。彼女も必死に足を動かすが、歩みは遅い。
「大丈夫っすか!」
「けほっ…けほっ……」
ギィ…ギィ…ギィ…
後ろの目線をやると、そう距離を縮められているようには見えない。だからといって引き離せているわけではない。
歩みはほぼ同じペース。もし、あの男たちが向こうからやってきて挟まれたら…
「…はぁ…はぁ…」
女性の咳が止んだ。
「だ…大丈夫すか、走れますか?」
「……」
女性が頷く。
「よ…よ、よし。」
あの歩みの速度なら走って逃げればきっと振り切れる。隆恭はその女性の手を取ると、彼女を引っ張りながら走りだす。
手がガクガクと震えているのが情けない。だが、その女性もまた恐ろしい気持ちは同じのようで痛いほどにその震える手を握りしめていた。
後ろに目をやると、少しずつだが三角頭が遠ざかっている。逃げ切れる…隆恭は心の片隅で考えた。
ようやく出会えたまともそうな女性。自分に頼ってくれる存在。隆恭の心のどこかで安堵、希望が芽生え始めた。
しかし、隆恭の足が突如止まった。
女性の足も遅れて止まる。
「…どうしたの?早く…!」
三角頭を気にしながら女性が隆恭を急かす。それでも先に行こうとしない隆恭。女性は彼の視線の先を追った。
「ようやく追いついたよ。坊や。」
もっとも恐れていた人物が、そこに立ちはばかった。日野貞男だ。
そして、彼ともう一人。
彼は日野の後ろで静かに事を眺めている。まるでこちらが少しでもうかつに動いたら的確に撃ち殺せるように身構えているように隆恭の目には見えた。
少なくとも、日野と同行している以上『まともな』人間ではない。
じりじりと迫る三角頭。まともじゃない人間たち。
「仲間も増えたようだね。」
不安そうに女性が手を握り締めてくる。隆恭も彼女の手を握り、それに答えた。
右目の視界にチラチラと入る、黒いオーラ。
…どうしようか。
【駅付近の路上/一日目夕刻】
【真理@かまいたちの夜】
[状態]:強い疲労、軽い打ち身、恐慌状態、疑心暗鬼、返り血
[装備]:特になし
[道具]:特になし
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:隆恭と共に三角頭から逃走する
2:日野、宮田を警戒
3:先ほど逃げ出したこと、疑ったことを隆恭に謝りたい
透を殺した罪悪感から三角頭に狙われています。自覚症状は今のところありません。
隆恭の名前を聞いていません
【駅付近の路上/一日目夕刻】
【賽臥隆恭@アパシー 鳴神学園都市伝説探偵局】
[状態]:疲労、恐慌状態、身体の全面が血塗れ、左右で目の色が違う(天眼解放状態)
[装備]:ストック
[道具]:学生鞄(中身は不明)、コンタクトのケース(カラコン入り)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰りたい。
1:真理と共に三角頭、日野、宮田から逃走。
2:どうしよう
3:いざとなればストックを武器に戦う。
真理の名前を聞いていません
【駅付近の路上/一日目夕刻】
【日野貞男@学校であった怖い話】
[状態]:健康、
殺人クラブ部長
[装備]:特になし
[道具]:学生鞄(中身は不明)、
霊石ラジオ@零~赤い蝶~
[思考・状況]
基本行動方針:殺人クラブ部長として、街にいる者を皆殺しにする。
1:坊や(賽臥隆恭)を殺す。
2:口封じのために真理を消す。
3:宮田はまだ殺さない
4:他に殺人クラブのメンバーがいれば、合流して一緒に殺しまくる。
原作新堂6話目より発生する「殺人クラブ」ルート、七不思議の集会直前より参加。
【駅付近の路上/一日目夕刻】
【
宮田司郎@SIREN】
[状態]:健康
[装備]:特になし
[道具]:懐中電灯
[思考・状況]
基本行動方針:状況を把握する。
1:日野と同行する。日野のすることは今は基本的に傍観。
原作OP直前、恋人恩田美奈を殺して埋めた直後より参加。
日野貞男、及び宮田司郎は三角頭が近づいてきていることに気がついていません。
【キャラクター基本情報】
真理(GBA版によると小林真理)
出典:『かまいたちの夜』
年齢/性別:18~19歳(大学1年生)/女性
外見:長い黒髪、容姿端麗、スタイル抜群。作中で原田○世、松た○子、石原○華に似ているといった表現がでてくる。
環境:90年代日本の女子大生。叔父が「シュプール」というペンションを営んでいる。
性格:しっかりものので頭が良い。少々気の強い一面もある。
しかし、殺人が起きるとボーイフレンドである透に頼ったり、弱音を吐いたりといった女性らしい部分も見せる。
能力:雪国育ちのため、スキーの腕は確か。護身術のたしなみもある。
口調:一人称「わたし」 二人称「あなた」
ハキハキとした女性らしい言い振る舞い。目上の人には「~さん」、年の近い同性などは「~ちゃん」と呼ぶ。
交友:かまいたちの夜の登場人物とは顔見知りで、小林夫妻は叔父叔母と姪という関係である。
主人公の透とは友達以上恋人未満である。
ただ、BADED後なので全員惨殺されたと真理は思っている。
備考:
かまいたちの夜では様々なルートがあり、ルートごとに登場人物の設定が変わってくるが、今回はメインシナリオであるミステリー編の設定です。
ミステリー編では透と真理の大学生カップルが真理の叔父の経営するペンション「シュプール」で奇妙なバラバラ殺人事件と遭遇することになる話。
その後の選択肢により、第2、第3と殺人が行われていき、最終的に宿泊客のほぼ全員が謎の人物に殺害される展開もあります。
BADED「彼女にストックで…」は真理が主人公である透を犯人だと思い込み、透を殺害するといった内容になっています。
最終更新:2010年05月12日 17:49