ハンニバルの時代

 

 

一 スキピオの夢

 
 紀元前一四六年、ローマ軍総司令官スキピオ・アエミリアヌスの眼下で、都市国家カルタゴが七百年の歴史に幕を下ろそうとしていた.
 
 海と港を結ぶ運河はローマ軍の築いた堤防によって完全に封鎖され、城壁もその殆どが破られている.市内に貯蔵されていた食料も底を尽き、補給のあてはまったくなかった.孤立無援の篭城は三年目を迎えていたのである.
 ローマ軍の前線司令官には全権が託される.スキピオ・アエミリアヌスは独断でカルタゴを滅ぼすこともできた.しかし、かつては海運と農耕によって繁栄を極め、それこそローマなどは及ぶべくもない大都市であったカルタゴの運命を、自分だけの意志で決めることは躊躇われた.彼は元老院の指示を仰ぐ.
 元老院の決定は、「カルタゴの完全な消滅」であった.
 
 六日間の壮絶な市街戦の末、カルタゴは陥落する.城壁も神殿も一般家屋も、ありとあらゆるものが破壊し尽くされ、カルタゴ市民は全て奴隷となった.
 それだけではない.ローマ軍団は廃墟の跡をなだらかに整地し、一面に塩を撒いて呪いまで施したのである.カルタゴが地上に存在していた痕跡は何も残されなかった.
 元老院の指示通り、カルタゴは完全に消滅した.
 
 アフリカの経済大国カルタゴと、それまでは歴史に埋没していた新興国家ローマとの百二十年にも及ぶ長い戦いは、植民都市カルタゴを建設したフェニキア人のラテン語読み「ポエニ」から取ってポエニ戦争と呼ばれる.
 ポエニ戦争はローマを苦しませた.だが、その苦難を乗り越えてみると、ローマはいつの間にか地中海世界の覇者となっていた.ポエニ戦争を境に、古代史の表舞台はギリシアからローマに移行するのである.
 この時、ローマ共和国は絶頂期にあった.しかしスキピオ・アエミリアヌスの胸中に去来する思いは、勝者の驕りとは無縁のものだった.
 滅びゆくカルタゴを前に、彼は『イリアス』の一節を口にする.
 

 ――いつの日か聖なるトロイも、プリアモス王と彼に続くすべての戦士と共に滅びるであろう……

 

 


最終更新:2010年06月18日 19:10