第1ラウンドSS・港湾その2

【恋語ななせの失恋と海鮮丼】


支倉饗子さんと最初に会ったのは、僕が恋したあの人の、葬式でのことだった。

葬式のそれ自体は、とてもこじんまりとしたものだった。
無理もない。あの人、西園寺先輩には身寄りが無く、遠縁の親戚などもいなかったため、そもそも来る人がほとんどいなかったのだ。

それでもこうして葬式があげられたのは、彼女の生前の知人・友人がお金を出し合ったからで、それは彼女の生前の人望があったからこそ叶ったことだ。
西園寺先輩は誰にでも優しく接し、誰からも愛される、そういう女性だった。

祭壇に置かれた棺は空っぽ。
先輩の遺体は発見されなかった。それでも死んだと確信があるのは、僕の能力故だろう。

『エンゼル・ジンクス』。僕の能力。効果は『願いを叶えるおまじないの方法を思いつく』事。僕はその能力で、西園寺先輩との恋を叶えようとした。
だが、ある日を境に脳内に浮かぶおまじないがパッと、まるで初めから無かったかのように消えてしまった。

この状況に僕は覚えがあった。『エンゼル・ジンクス』が失敗した時のそれだ。
失敗条件は『おまじないが実行不能になったこと』、『おまじないを叶えることを諦めたこと』。そして、『おまじないが成就不能になったこと』。

おまじないの内容は“DDSに出場し対戦相手を殺す”事。
僕はまだ出場権を持っているから実行不能ではないし、恋を諦めた覚えもない。ということは、つまり。

葬式が慎ましく終わり、参列者が帰った後も、僕はひとり会場で立ち尽くしていた。
胸が張り裂けんばかりに痛む。息を吸い肺に入った空気すら、僕の身体と、そして心を痛めつけた。
空っぽの棺を見る。そこに先輩が居ないことくらい分かっていたが、それでも、それしかできなかった。

力が入らず、虚しく空を握っていた手を、ポケットに入れる。すると、なにか硬質なものが指に触れた。

「?……ああ、」

それは黄緑色に輝く一枚の板、DDSカードだった。

僕はソレを摘まみ取り、しかしどうすることも出来ず、ただ眺めていた。
こうなってしまった以上、DSSバトルに出場し続ける意味はない。一度も勝てなかったし、それにもう出た所で先輩との恋が叶う事はないのだ。

もう出場する気がない以上、運営に返してしまうべきだろう。しかし、そんな気力すらわかなかった。とにかく、疲れていた。今までの事がすべて徒労に終わったのだから。

その時。葬式会場に誰かが入ってきた。

力なく振り向くと、そこには白衣を着た女性が立っていた。

「あ、そこの君、ここって西園寺さんのお葬式であってる?」

その人は、まるで明日の天気を聞くくらい軽い口調で、僕にそう尋ねた。

最初に思ったことは、誰だこいつ、だった。
西園寺先輩を四六時中見ていたので、彼女の交友関係はだいたい把握している。だが、その女性には見覚えがなかった。

いきなり入ってきた彼女は、僕の答えを待つまでもなく祭壇の上の遺影を見、納得したように頷いたあと、棺の前、僕の隣に割り込んできた。

「ちょ、ちょっと……」
「あーはいはい、失礼しますねー」

僕を押しのけ、棺の前に立つ。焼香台は既に片付けられていたので、彼女は手を合わせ一礼だけした。
なんなんだこの人は。服装もまるきり普段着で、どう考えても葬式に来る恰好ではない。せめて喪服くらい着てくるのが道理というものだろう。
そんなふうに憤っていると、彼女はこちらに向き直り、じっと僕を見つめた。

「な、なんですか……」
「んー?いやね」

うろたえる私を後目に、彼女は何でもないように答える。

「ありがとう、って言いたくてね。こんな立派な葬式をあげてもらえて私……じゃなかった、彼女も喜んでるよ。うん」
「な……っ!!?」
「言いたいのはそれだけ。じゃあね!」

それだけ言うと、白衣の彼女はぱたぱたっと会場から出て行った。

「な……なな……っっ!!」

一方の僕はというと、その場に立ち尽くしたまま、頭の中がぐちゃぐちゃなっていた。
それは見ず知らずの相手に対する困惑と、そんな人に先輩を語られた憤りがないまぜになったものだった。
先輩の事を大して知りもしないくせによくも、よくもそんな、死人を代弁するようなことを言って……!!!

自分が一番西園寺先輩の事を知っているという自負もあったのだろう。僕はしばらくその場で、沸騰したやかんのようにカッカしていた。
しかし、一度頭が冷えてくると、ひとつの疑念が脳裏に浮かんできた。

なぜ、あの女性は西園寺先輩のことをよく知っているように言ったのか?
あの口ぶり、彼女は先輩とかなり親しいように感じられた。しかし僕は彼女を知らない。つまり、彼女と西園寺先輩は僕が知りえないほどプライベートな関係だったという事だ。

ならば、もしかしたら、もしかすると……彼女は、先輩の死についてなにか知っているのでは?

そこまで考えが至ってはじめて僕は彼女を追いかけることを思いついた。
しかし時すでに遅し。もはや彼女の影も形もない。追いかけるのは不可能だった。

だが、一度気になってしまったものを拭い去ることはできない。
西園寺先輩の死の真相。恋が叶わなくなってしまった以上、もう次にすべきことはソレを明らかにする他ない。

『エンゼル・ジンクス』、発動。願いは、【西園寺先輩の死の真相を知るおまじない】。

そして、おまじないが脳裏に閃いた。その内容は……。


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「はっふ、はっふ、もぐ、むぐ、はふ、むぐ、むぐ、むぐ……」
「…………」

僕の目の前で、白衣の女性、支倉饗子さんが、海鮮丼を食べている。

KAI・SEN・DON。

海鮮丼。海鮮丼だ。海鮮丼である。
白米の上に切り分けられた魚の切り身が乗ったそれは、どこから見ても海鮮丼だった。

「もぐ、むぐ、はふ、もぐもぐもぐ……」

支倉さんは、まるでこちらの事など気づいていないかのように、一心不乱に食べ続けている。というかたぶん本当に気づいてない。恐ろしいまでの集中力だ。

ここで二人が出会ったのは偶然だった。僕が追いかけたわけではないし、彼女が待っていたわけでもない。そしてそもそも、ここは現実の世界ではない。

そう、ここはVR空間。DSSバトルの試合会場にしてなんでもありの仮想空間である。

今回の戦場の地形は港湾。VR漁船が行きかい、新鮮なVR魚介類が水揚げされる港だ。

……。

…………。

……………………。

…………………………いや、VR魚介類ってなんなのさ。

「もふ、はふ、むぐむぐ」

そして、この人は一体全体こんなところで何をやっているんだ……。

おそらく、彼女が食べているのは本物の海鮮丼ではなくVR海鮮丼(頭の痛くなる単語だ)なのだろう。それはいい。よくないけどいいってことにする。

問題は、なんでこの人がここに居て、そしてなんで一心不乱に海鮮丼を頬張っているのかということだ。

「あ、あの、すみません。もしもーし」
「もぐもぐ、むぐむぐ、もっきゅもっきゅ」
「あっ駄目だこれ聞いてない」

これは無理だ。こちらの話を聞くどころか、海鮮丼以外のあらゆるものをシャットアウトしてしまっている。コミュニケーションがとれる状態ではない。

そういえば西園寺先輩も食事中はこんな感じだったなあ、などと思いつつ、僕は大人しく彼女が食べ終わるのを待つことにした。わりと早いペースで食べているし、おそらく一分もかからないだろう。

そうして待つこと43秒。支倉さんはVR海鮮丼を完食した。

「よし、これで……あの、すみませ」
「大将、おかわり!」
「ま、待って待って!?お願い、待ってください!!!」

なんて奴だ。まだ食べるつもりか!

「えっ、なに?」
「ハア、ハア……お願いだから待って……頼むから……」
「えっ、あっ!貴女は……」

このやりとりだけでどっと疲れてしまった私を、彼女はようやく発見した。

「えーっと、貴女は、たしか、えーと……うーんと……たしか、宅配便の」
「覚えてないなら無理に思い出さなくていいです……」

支倉さん、明らかに目が泳いでいる。そっか、忘れられていたかー……。
まあ忘れられる仕方がない。彼女にとって僕は『知り合いの葬式にいた見知らぬ人』なのだから。むしろそんな関係の人を覚えている僕の方がおかしいのだ。

「いえ、覚えてるわ。恋語ななせちゃん、だったかしら」
「っ!!?」

覚えられていた!?しかも名乗ったはずのない名前まで知られている!
もしかしたらこの人は、僕が思っている以上にいろいろと知っているのかもしれない……!

「覚えていたんですか……それに名前まで」
「ええ、対戦カードに書いてあったもの」

……そうだった。対戦者には事前に相手の名前が知らされるんだった。
かく言う僕自身も、その方法で支倉さんの名前を知ったのである。自分の早とちりがちょっと恥ずかしい。

「それで、なんの用かしら?特に何もないなら次の海鮮丼に行きたいのだけど」
「えっ、いやその、DSSバトルを……はっ!!」

そこで僕の脳内に衝撃が走った!

それは、先日ひらめいたばかりのおまじない。
西園寺先輩の死の真相を知るための、唯一無二の方法。

その内容は…………“DSSに出場しフードファイトに勝つ”!!!

……我ながら訳が分からないおまじないだが、おまじないとはそういうものだ。

そして今!
目の前にはDSSバトルの対戦者、それに海鮮丼!!
まさしくおまじない成就のための環境と言っても過言ではない!!!

この状況、もはやフードファイト待ったなし!!!

「僕、恋語ななせは貴女、支倉饗子にフードファイトを申し込みます!!!」

考える間もなく、口からそんな宣戦布告がついて出ていた!


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どうしてこうなった。

目の前にはVR大盛り海鮮丼。横にはウキウキ顔の支倉さん。
そして宣戦布告した当人たる僕はというと、やっちまったという顔をしていた。

なんだよフードファイトって……我ながらなんで考えなしにそういうこと言っちゃうかな……。

思えば先ほどの自分はなにかおかしかった。明らかに思考能力が下がっていたし、そうじゃなければいきなりフードファイトなどと言い出すはずがない、と信じたい。
原因として考えられるのは、支倉さんのあまりの食べっぷりに釣られて、お腹が減っていたことくらいだろうか……もう考えても遅いが。

ちらりと横の対戦者を覗き見る。そこに座っている支倉さんはというと、大盛り海鮮丼を前に、まるで新しいおもちゃを貰った子供の用に目を輝かせていた。
彼女はさっきも海鮮丼を食べていたが、おかわりをするつもりだった以上まだまだ食べられるのだろう。楽観視はできない。

かえってこちらはどうだろうか。
僕自身そう小食というわけではない。むしろ同年代の女子でいえば、かなり食べる方だと自負している。まあ西園寺先輩ほどではないが……あの人はよく食べる人だった。
腹具合も悪くはない。食欲は十分にあり、海鮮丼くらい一息にぺろりと平らげられるだろう。

つまり、状況は五分と五分。どちらが勝ってもおかしくはない。

フードファイトもルールは簡単。時間は無制限で、どちらが海鮮丼を多く食べられたかの勝負である。
一杯食べ終えたら次の海鮮丼が運ばれてくる。食べられるかぎり食べ続けるのだ。

そうして考えているうちに、準備時間が終わった。

僕と支倉さんは箸を持つ。

西園寺先輩、天国から見ていてください。僕は必ず、勝ちます……!

……そして、VR大将の掛け声が上がった。

「DSSフードファイト一回戦、はじめッッッ!!!」

左手でどんぶりを持ち、右手の箸で刺身と白米を口の中に放り込む!

もぐ、もぐ、もぐ。

「ッッッうまい!!!」

なんだこれは。うまい。うま過ぎる。今まで食べてきたどんな海鮮丼よりもうまい!

ほどよくのった刺身の脂が白米に絡む!魚肉のタンパク系の甘さと白米の植物系の甘さが互いに作用しあい、口の中でぶわあっと広がる!幸せ!

「むぐッもぐッぐうううッッッ!!!」

噛めば噛むほど旨味が口の中いっぱいに溢れる!
あまりのうまさに涙が出てきた。もうこのままずっと咀嚼していたい……!

「もぐもぐ、むぐむぐ」

だがそうも言ってはいられない。これはフードファイトなのだ。食べねば先に食べられる。
現に隣の支倉さんは海鮮丼をどんどん食べ進んでいる。しっかり咀嚼しながらも食べるペースはまったく遅れていない、理想的な食事フォームだ。

多々食わなければ生き残れない。フードファイトとはかくも厳しい戦いなのだ……!

名残惜しくも一口目を飲み込むと、僕は二口目を放り込んだ。


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しばらく戦いは続き、お互い五杯は食べただろうかという時。

支倉さんはまだまだ余裕そうに食べていたが、僕は違う。

何を隠そう、もうお腹いっぱいだったのだ。
腹八分目は当の昔に通り過ぎ、もう入らない事は明らかだった。

歴戦のフードファイターであれば「五杯くらいでなにを弱気な」と思うかもしれない。
しかし、思い出してほしい。僕たちが食べているのはただの海鮮丼ではない。VR大盛り海鮮丼なのだ!
VRで、そのうえ大盛りなのだ。外から見える量と実際の量には大きな差があり、完全に目測を誤ってしまったのである。

おそらく、支倉さんは事前に一杯食べたことによって実際の量の差について把握していたのだろう。いまだペースが衰えることなく食べ続けている。
だが、僕はもう無理だ。あと一杯でも食べれば満腹過ぎて意識を失ってしまうだろう。

VR大将がこちらを見る。次の海鮮丼を頼めと催促しているのだ。だが……。

(うう……西園寺先輩、天国の西園寺先輩、僕に道を示してくれ……!)

その時。脳内に深く刻み込まれた西園寺先輩の残像が、こう告げた!

≪何事も美味しく食べるのが一番よ≫

その声を聴き、僕の中から迷いが消えた。

「な、何をしているんだ彼女は!?」
「箸を置いちまったぞ!?」

観戦していたVR漁師たちが騒ぎ出す。
そう。僕は、箸を置いていた。

「……どうした、降参か」

カウンターの向こうからVR大将が声をかけてくる。僕の行動を、降参の意思表明だと考えたのだろう。
だが、それは違う。

「いえ、違います」
「……ほう、ならば何故箸を置く」
「僕は、『ここで止めるのが一番美味しい食事』だと思ったからです」
「……ふん、なるほどな」

納得したようにVR大将は自らの持ち場に戻った。
そう、これでよかったのだ。

「ど、どういうことだってばよ?なにが起こっているんだ!?」
「あっ、そうか!分かったでヤンス!」
「なにっ分かったってのかVR八兵衛!」
「ヤンス!つまり、あの子はこれ以上食べても苦しいだけ、美味しい食事にするにはここらで止めるのがベスト!と言っているんでヤンスよぉ~!」
「そ、それはつまり、どういうことだ!?」
「フードファイト、ひいては食事の本質は『沢山食べる事』ではなく『美味しく食べる事』!無理して食べることは『食事そのものへの冒涜』!彼女はフードファイトだけではなく、その上・食事そのものに真摯に向き合ったってことでヤンス!」
「つまり心意気の勝利ってことか!」
「そうでヤンス!あの態度を示されては、いくらたくさん食べれても勝ったとは言えないでヤンス~!!!」

無理をして腹に詰め込んでも、それは食事とは言えない。
食事は美味しく食べてこそ。
この境地には、一人では至れなかっただろう。ありがとうごさいます、天国の西園寺先輩……!

こうなれば最早フードファイトだけではなく、食事そのもので勝ったといっても過言ではない。ここから負ける可能性は絶無だ。

この勝負……もらった!!!


 ********************


五分後。僕は窮地に立たされていた。

なぜ?と思うだろう。食事は終えたのだろう、と。

そうだ。そのはずだった。
だが、まだ問題は残っていた。

「はむ、あむ、もぐ、むぐ」

隣で海鮮丼を頬張り続ける支倉さん。もう十二杯は食べただろうに、そのペースは全く衰えてはいない。
だが問題はそこではない。量ではないのだ。

「むぐ、んー、はあ、うん」

箸がつややかな白米と、光を受けて輝く刺身を口に運び、唇と舌がそれを迎え入れる。
口内に入れられたそれを丁寧に咀嚼し、上品に嚥下する。

「はあー、おいしい、むぐ、もぐ」

その一連の動作が、運ばれる食物が、そして何より食べ続ける彼女の肉体そのものが、僕の食欲を刺激するのだ……!

おかしい。既にお腹いっぱい、もう入らないという状況まで行ったというのに、なぜ僕の身体はまた空腹感を覚えるのか!
もう食べられないはずなのに、まだ食べたいと身体が泣いている!

駄目だ。食べられない。食べられるはずがない。もう入るところなどない。
だが……身体はまだ、食事を欲している……!

「あーん……もぐ、もぐ……」

見るな。駄目だ。光沢を放つ白米や、てらりと脂ののった刺身や、美味しそうな唇なんて見てはいけない、と分かっているのに。

両の目から涙が流れ出す。
もしかしたら、涎なのかもしれない。
僕にはもう、それを止めることは、出来なくなっていた。

もう無理だ。
身体を押さえつけていられない。
もう耐えられない。

わずかに残された理性が、正気を手放す。
すると、僕の身体は、迷うことなく、次の行動に移った。


「……大将、おかわり!」


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次に目覚めた時、そこは既にVR空間ではなかった。

知らない天井。壁も白い。自分の身体はベットの中で横たわっている。

つまり、病院だった。
後から聞いた話によると、VR空間で食べすぎて意識を失ったあと、現実でなかなか目を覚まさなかったため緊急搬送されたらしい。
身体そのものには異常はなく、起きたのならさっさと退院しろとのことだった。

「うぐ……むー」

強張った筋肉をほぐしながら上体起こす。幸いなことに、体は思うように動いてくれた。
そのまま首を動かしストレッチ、というところで、ベット脇の椅子に座った人と目が合った。

「おはよう、恋語ちゃん」
「えっ、あ、はい、おはようございます、支倉さん」

座っていたのは、DSSバトルで戦ったばかりの、支倉饗子さんだった。
恰好は変わらず白衣に眼鏡。なにか本を読んでいたようだが、よく見たらグルメ情報誌だった。

「えっと……なんで、ここに」
「なんでって……目の前で倒れた人をお見舞いするのはおかしいかしら?」
「あー、いえ、おかしくないです……」

どうやら、僕の事を心配してくれていたようだ。
彼女は思っていたよりも優しい人なのかもしれない。すこし考えを改めなければ。

「まあ、元気そうでよかった。それじゃあ私は帰るわね」
「あっ、ちょ、待ってください!」

腰を上げた彼女を呼び止める。
そうだ、彼女には西園寺先輩の事で、聞いておかなければならないことが……!

「んー、なあに?」
「えっと、その……」

だが、聞けなかった。
『エンゼル・ジンクス』の能力で一度願ってしまった以上、それ以外の方法で目的を達成することはできない。出来てしまっては、おまじないの意味が無くなってしまう。
つまり僕は、フードファイトで勝たない限り真相に辿りつくことはできないのだ。
そして今回勝てなかった以上、彼女から情報を得ることは不可能になってしまったのだ。

「その、あの、ひとつだけ教えてもらえませんか」
「ええ、どうぞ?」

しかし、何も得るものがないなんて耐えられない。
なにか知っているだろう人が、こんなにも近くにいるのに。
おまじないに関わらない部分で、なにか聞くことはできないか。

「支倉さんは、西園寺先輩とはどういうお知り合い、なんですか?」

当たり障りのない、真相とは程遠いだろう質問。それが今の僕にできる精いっぱいだった。
それを聞いて、支倉さんは少し驚いたような顔をして、そして答えてくれた。

「一緒にご飯を食べた仲、かしらね?」

昔を懐かしむような微笑みでそう答えると、彼女は病室から立ち去ったのだった。



<ななせの食物語:未了>













 ********************


病院の一室にて。

「ソラ……その、大丈夫……?」

ベットの脇に立った女性が、患者と思わしき少女に語り掛ける。その声には不安そうな感情が漏れていた。

対する少女の方はというと、生まれたばかりの雛鳥のようにきょとんとしていた。
まるで、自分がなぜここにいるのか理解していないかのように周囲を見渡し、自分を『ソラ』と呼んだ女性を見上げた。

『ソラ』は、先ほどまで女性が持ち込んだタブレットで、DSSバトルを鑑賞していた。
彼女にはある能力があり、物語をまるで『食べる』ように味わうことができるのだ。彼女はそれを使って失った味覚を補っていたのだ。

今日もまた彼女はDSSバトルを見ていた。
見ていた試合はどんなものだっただろうか。それは血沸き肉躍る死闘、というものではなかった。なにかがおかしい、しかし無性に空腹を覚えるような内容だった。
そして『ソラ』はソレを視聴し、味わい、摂取した。
……つまり、『食べた』。そこに映し出された選手ごと。

しばらく少女と女性が見つめ合った後、『ソラ』はまるで『人が変わったかのような』明るい笑顔で、怯える姉に語り掛けた。

「うん、大丈夫だよ、『お姉ちゃん』?」



【つづく】
最終更新:2017年10月29日 00:54