第1ラウンドSS・出場選手に縁の深い場所、土地その1

枯葉塚 絆。
金属を操作する能力を持つ魔人にして、ごく普通の少女。
――それが、私だ。

「……何でもありなんだなぁ、魔人って」

対戦前日の午後。家の近くのハンバーガーショップ――名前は言えないが、なんとかナルドである――で一人作戦会議中の絆が、公開された今回の対戦相手のプロフィールを見て呟く。

「AI。魔人AI。……間違ってないんだよね、この情報」

首を傾げながら、じっ、と携帯端末に表示されたデータを見つめるも、当然その記述が変わるわけもない。
データ改竄の能力、という可能性もなきにしもあらずであるが、それにしてもキャラが濃すぎである。――変えてこれでは、むしろ目立つというものだ。

「うーん、狐薊イナリ……かぁ……」

茶髪ショートボブの少女は、先程買ったハンバーガー(216円)を頬張りながら、何度もその名前を呟いてみる。
名前がこれ。で、AI。どれだけ考えてもイメージがしっちゃかめっちゃかだ。そもそも似たような生物に、生まれてこのかた会ったこともないのだ。イメージが浮かばないのも当然と言えば当然の結果である。いやまあ、AIを生物と言っていいのかは知らないけども。

「まあ、いっか! 分かんないなら、考えてもしょうがないもんね!」

諦めた。まあいいや、考えても本番その通りに動けるとは限らないし!
前回だって、以外とそれで良いところまで行ったのだ。きっと大丈夫。
絆は、その勢いで一気に食べ終えたバーガーの袋をくしゃくしゃと丸めた後、席を立ちながら、ぱたん、と携帯を閉じる。
そして、夕闇は更けて行く。――試合は、間も無くだ。

■     ■

同時刻。
イナリの管理者である阿久津海斗は、自分の部屋でディスプレイを睨みながら、イナリ用のVRアバターの最終調整中であった。

「全部任せるのもダメだとか言って、専門分野じゃないのに手を出すべきじゃなかったか……頭痛い」

魔人能力「瞬間的超高高度計算能力」の使いすぎでガンガンする頭を抑えながら、海斗が薄ぼんやりした眼でじっとディスプレイを見つめる。
――頭だけ回っても、身体が追いつかないっていうのは本当に不便だ。

「主様、つらかったら休んでもよいのじゃぞ?」
「……そうしたいのは山々だけど、そうはいかない。許可を出した以上、僕としても万全の状態で戦って貰わなきゃいけないから」

そう言いながら、ぎこちなく笑う海斗。真意を悟られることはないだろうとは思っているのだが、少しの後ろめたさが拭いきれないのだろう。
逆に、それを画面の中から頬杖をついて寝転がる形でじっと笑いながら見ているのが、件のイナリである。当然、楽しみ係数がトップギアで笑顔満開である。

「むー、それもそうじゃが、別にそのくらいならば構わんのじゃぞ? 弘法筆を選ばず、なーんて言葉もあるのじゃからなー」
「……弘法にも筆の誤り、っていうのもあるんだけど」
「あっ――そ、それはそれ! これはこれ!」
「……はぁ」

痛い所を突かれて画面の中であたふたしているイナリを見ながら、海斗は不安そうに溜め息をつく。大丈夫だろうか。
ミカの時はまだもう少し安心できていたんだけど、こっちは(能力の違いもあるが)かなり不安が拭えない。というか、変なことしないと良いんだけど。

「ねえ、本当に大丈夫?」
「うむ! 問題はなっしんぐおーるらいと、じゃぞ!」
「……そう言われても不安しかないんだけど」

あぁ、本当にこういう時に未来でもみられれば良いんだけど、と心中で頭を抱える海斗。残念ながら、高高度計算能力では、未来予測はできても可能性を一つに絞ることは出来ないのだ。
――と、時計が鳴った、試合開始時刻だ。

「時間だ。……死なないように、頑張って」
「うむ、当然! さーて、りんくすたーと、いんとぅざぶいあーるじゃっ!」

■     ■

絆が目を開けると、目の前に飛び込んできたのは――1つの踏切だった。
何の変哲も無い、単なる遮断機二つが立っているだけの踏切。線路の近くには民家がいくつかあり、しかしそこに人気はない。ごくごく普通の田舎の踏切である。

「――ここ、は?」

記憶の中のどこか、引っかかるような感覚を覚える。
小さい頃、見たような覚えがある、気がする。――いや、もっと最近だったかもしれない。記憶が朧げで、曖昧で、不安定だ。
絆が、なんとか思い出そうと辺りを見回すと――踏切の遮断機の上に、何かが居る。
狐のような耳と尻尾。幼い容姿。風になびく金色の髪。その和服姿の外観に似合わない、右手に持った西洋剣。そしてなぜか嬉しそうな顔。

「……イナリ。狐薊イナリ!」

確信を持って、絆が叫ぶ。
それが聞こえたのか、ぴくり、と、金髪幼女のちょっと大きめの狐耳が動く。
そして、くるり、と横に一回転したかと思うと、遮断機に乗ったまま、絆の方を見る。きょとんとした顔だ。

「む? わらわの名前を知っておるのか?」
「えっ? ああ、うん。対戦相手だから、一応」

逆に、なんでそっちは知らないの。情報、公開されてたでしょうに。と、絆が怪訝な顔をする。
――いや、AIだから知らないんだろうか? どうなんだろう。

「おー、対戦相手の! 名前は忘れちゃったのじゃが、まあよろしくじゃぞ!」
「……あー、うん。よろしく?」

絆が微笑を浮かべながらも、ジトッとした目でイナリを見つめる。すごいマイペースな子だ。AIってこういうものだったっけ? それともこの子が特別なの?
――いや、今はそんなことを考えている場合ではない。既に敵は眼前、戦闘状態に入っていると言って過言ではないはず。この会話だって、油断を誘っているだけかもしれないのだ。相手の勢いに呑まれるわけにはいかない。

「……話はこのくらいにしようか。観客も早く始めてほしいだろうし」
「む? もうちょっと喋ってもよいのじゃが――っ!?」

イナリが言い終わる前に、絆が動いた、
ポケットから2枚のコインを取り出し、車を射出した時と同じ要領で――金属を一方向にすごい勢いで『伸ばし』、その先端を『切り離す』ことで、銃弾を飛ばすように金属片を斉射した。
しかし、イナリにもその程度の攻撃ならば回避する能力くらいはある。手に持った西洋剣――『エクスカリバー』と名付けられたそれを力任せに一閃し、金属片を全て叩き落としながら跳躍。そして、転びそうになりながらも地面に着地した。

「あ、あんぶっしゅ! 卑怯な!」
「卑怯って……」

目の前にいたのに。アンブッシュってそういうものだったっけ。相手も初心者だと、以蔵の時とは戦いの勝手が違うなぁ、と絆が微妙に困惑した表情を浮かべる。
でも。

「……ごめん、私も手加減はしたくないから」

そう言うと、絆が近くにあった道路標識を握る。ギン!という音とともに標識が折れ、変形し――剣の形となった。
正々堂々、ということを考えての剣。車を投げたり一方的に撃ち殺したりも不可能ではないのだが、この子相手にするような所業ではないとの判断だ。
すう、はあ、と深呼吸する絆。そして――イナリに向けての一閃。
甲高い金属音。刃と刃、剣と剣のぶつかり合う音。
何度も、何度も、打ち込む。
だが、仕留めきれない。それどころか、打ち付けるたび、相手の弾き返し方が上手くなっているようにも感じる。
――と、何度目かの打ち合いの後、イナリが大きく跳躍し、距離をとる。
しかし絆は追わず、その場で剣を構える。
罠か。あるいは溜めか――と考えたところで、絆は気づく。
今自分がいるのは、線路の上。そして――踏切が鳴っている。
まずい。

「まさか――っ!?」

気づいた時には、もう遅かった。
目の前に電車が迫る。まともに直撃すれば、死ぬ。

「っ!!」

咄嗟の判断で、電車にぶつかる瞬間、能力で無理矢理スピードを0にする。歪な金属音とともに、電車は止まった。
――その瞬間、絆は全てを思い出した。
ここがどこなのか。――自分がここで、何をしてしまったのかを。

■     ■

それは、数年前のこと。絆が魔人能力に目覚めて暫く経った頃。
家の近くの踏切だった。いつも、毎日通る道の、なんてことない踏切。
そこで絆は、100人を殺した。
殺してしまった。
踏切に飛び込んだ1人の少年を助けるために、能力で電車を無理やり急停止させたのだ。
当然、人は金属ではない。電車だけを急停止させれば――中の人間は慣性の法則で、血まみれの肉塊となる。
――全員、即死だったそうだ、と聞いた。

■     ■

私に、変えたい過去はない。
――否。ない、はずだった。ないと思っていた。ないと思い込んでいた。必死に忘れ去っていた。背負った十字架を、ないものにできていた。
この戦場に自分が呼ばれるまでは。
ここが、『あの場所』だと、気がついてしまうまでは、

「あ……あぁ……違う、私は、私はっ……!!」

絆が、受け止めた列車を、片っ端からイナリに向けて吹き飛ばしていく。
もはや、感情のコントロールはほとんど出来ていない。当たりそうな投擲も、綺麗にイナリはいなして回避している。
苦しい。頭の中に、何かがぐるぐると渦巻いたような感覚が蠢いているのを感じる。
あるのは、後悔。そして、自分への侮蔑。1を助けるために100を犠牲にした、自分への失望だ。

「私は助けたくて、ただ、必死で、あの子のために、っ!!」

言い訳が、口をついて出てくる。
本心からだった。助けたいのは本当だった。
それがああなるとは、思っていなかった。ただそれだけのことなのだ。

「私は、私は、私は――」
「……そこまでにしておくがよい。小童」

イナリが、冷ややかな目で絆を見る。
その目に、その顔に、もはや先程の無邪気な笑みはない。
そこにあるのは、ただただ冷酷な光無き眼。AIという言葉がふさわしい、無感情。機械的な、無だ。

「わらわはただ相手を殺すためだけに戦いに来たわけではない。よって、相手が観客を無視するというのならば――」

斬。
痛みを感じると同時に、絆の右腕が落ちる。

「――こうせよと、プログラムされておる」

先ほどまで距離を置いていたはずのイナリが、気づけば絆の真後ろにいる。
何故――と考える間もなかった。
振り返った首に、鈍い痛みが走る。
それが、首への破断撃だと気づく前に、絆の視界は――暗転した。

■     ■

「勝った、勝てたのじゃぞ主様ー!」
「……何回言うのさ。もう知ってるよ、見てたし」

帰ってくるなりこの連呼。海斗としても勝ったのは嬉しいが、このちょっとめんどくさい。

「……また後で、今回の反省会でもしないとね」
「うむ! いつものアレじゃな!」
「うん。いつものやつ――っ!?」

海斗の顔が強張る。
――今、何と言った?

「いつも、の?」
「うむ、いつもの――あれ、そういえば1回目じゃな? なんだか前にもやった気がしたのじゃが。むむぅ、勘違いじゃったか……」
「……うん、そうだね」

強張った顔をイナリから逸らしながら、海斗が取り繕ったように返答をする。
今、彼の脳内に浮かぶのは――妹、ミカの「ねぇ、お兄ちゃーん、今日も反省会?」という声。ミカがDSSバトルが終わるたびに言っていた、いつもの言葉。

「……記憶が目覚め始めている、か」
「む? なんじゃ主様?」
「いや、なんでもない。ちょっと、ね」

イナリの怪訝な顔を見ながら、海斗が微笑を浮かべた。
計画は順調。このまま、上手くいったなら――僕の願いは、叶う。

――この夜は、まだ終わらない。
最終更新:2017年10月29日 01:08