【土俵から逃げる】
場所は溶岩地帯、真紅に燃え上がるマグマが川の様に流れ、熱を帯びた岩盤の隙間からガスが勢いよく吹きあがり、空は厚い黒い雲に覆われて、遠くには火山も見える。
そこに居るのが二人。
髪を二つの団子状に結んで、握りしめる様に持つ手には一本の白い布、オスモウドライバー。真ん中の円盤状の桜の花のエンブレムが輝く。DSSバトル予選1位通過の野々美つくねだ。
もう一方は白シャツと頭にカチューシャをして、見るからに軽薄そうな男、DSSバトル予選16位通過
の稲葉白兎。
二人は見合うように立ち、岩盤の熱を受ける、お互いの距離は10メートルちょっと、先に口を開いたのは白兎からだった。
「俺っちって運営に嫌われるんじゃないの? 俺っち予選16位だよ16位、本戦出場の奴らの中じゃ実質最下位、予選1位の相撲のお嬢ちゃんと戦うなんておかしくない? それにこんな見渡しの良い所じゃ隠れる場所もありゃしない、マッチングどうなんってんの、俺悪い事した?」
「あーだこーだ言っても仕方ありません! これも時の運、あたし知っていますよ逃走王さん、泥棒ですね! さぁ正々堂々勝負です!」
ビシッと指を立ててつくねは言った後、手に持っていたオスモウドライバーが瞬時に腰に巻き付きエンブレムの下から新たな白布が飛び出し股をくぐりぬけた、つくねは構えて四股を踏む。
予選と事前情報である程度、参加者はお互いの情報を知っている。
「え、嫌だね、俺っちそういうの嫌いなんだ、何ていうの野蛮な戦いとか向いてない平和主義なのよね」
「えーと、なんでDSSバトルに? 勝つ気あるんですか?」
「それはお互いにあるもんだろ事情ってのがさ、それに勝つ気なら満々、昔の人は『逃げるが勝ち』とはよく言ったもの、よく言った! 俺っち花丸あげちゃう!」
白兎はオーバーな身振り手振りでつくねに語る。
「うーん? 何か違うような? そうでもないような? でも細かい事は抜きです、あたしは相撲をするだけです! ……変身!!」
トトン!トトトントトン!トトン!トントン!トトン!トントトン!
太鼓の音が軽快に鳴り響く。
白く輝く粒子がつくねを取り囲み、大きな肉体へと変わっていく。
《MODE:SANYAKU》《MAINOUMI》
《まいのぉぉ~~うみぃい~~~》
「まったなしだぜ」
そこに姿を表したのは、現役を引退した“小結”舞の海だった。
オスモウドライバーには現在72の横綱のリキシチップが内蔵されているが、それとは別で108の三役(大関、関脇、小結)のリキシチップも内蔵されている。
現在のつくねの実力では横綱のチカラを30分以上使いこなせないのもあり、つくねは舞の海へと変身したのだ、この姿ならば数時間の戦闘が可能、つくね自身の今の実力と言ってもいいのかもしれない。
「うっひょー、変身ヒーローってカッコイイー、でも横綱じゃないのかい? 俺っちも舐められたモンだぜ、予選通過1位さんは余裕が違いますな。ってか絵面がむさい男二人になったけどいいの? これじゃ視聴率下がる一方なんじゃない?」
「別に舐めてなんていません、この姿になったのもちゃんと考えがあるんです、よっと!!」
言い終わる瞬間、つくねは飛び上がる。
『技のデパート』『平成の牛若丸』とも呼ばれた舞の海の八艘飛びだった、しかも普通の八艘飛びではない、オスモウドライバーにより強化され、瞬間移動の領域まで達した八艘飛びだった。
つくねは白兎との間合いを瞬時に詰め、渾身の張り手を放つ、が、避けられた。
気付いた時には白兎はまたつくねから10メートルちょっとの所で何事もなかったかの様に立っていた、その瞳は赤く光っている。
「おいおい、それが舐めてるって言ってんだよ、俺っち『逃走王』よ? そんな速いだけのジャンプ張り手でやられるわけないじゃーん、軌道が見え見えなんだって、そういえばよく『ライオンは兎を捕らえるにも全力を尽くす』って言うが、なぜライオンが全力を出すのか? それは兎が全力で逃げるからさ! ハッハー! 横綱にならなくていいのかーーい? ここは土俵じゃないんだぜー?」
白兎はペラペラと軽口を叩き、表情も小馬鹿にした態度だ、正直言って物凄くムカつく。
つくねは四股を踏む、もちろん白兎を舐めて舞の海に変身したわけではない、横綱千代の富士になって亜光速によるブチかましで早期決着も考えられた。
しかし『逃走王』の名がそうさせなかった。
もし横綱になり、亜光速ブチかましが避けられた場合、今のつくねにはそれ以上の手段が無かった、避けられればそこで終わり、逃走が得意な、逃げにどう見ても特化した白兎だからこそ、すぐに横綱になる事を躊躇われた、そこで思いついたのが、舞の海の八艘飛びによる疲労だった。
「卑怯ですよ! 逃げてばっかり!」
「卑怯とは酷い事言う、相撲の嬢ちゃんはライオンから逃げ切った兎に『卑怯者、戦えよ』とか『逃げてばっかで弱すぎ』とか言うのかい? 捕まえれなかったライオンが劣ってたってだけの話さ」
「それは動物の話ですよね、恥ずかしくないんですか? 戦いなんですよ!」
「動物の話? 広い意味じゃ人間だって動物じゃないか、若いのに考え方が古い古い! 俺っちは“逃げる事”を恥ずかしいなんて思った事なんてないぜ、嫌な事あったら逃げて、困難があったら逃げて、追いかけられたら逃げて、最後に生きて笑ってる奴が最高の勝者なのさ、だから俺っちは“逃げる事を妥協しない”ましてや相撲の嬢ちゃんみたいな“誰かのチカラを借りて”戦う様なタイプの人間に俺っちは絶対に負けないけどなー、あ、もしかして“誰かのマネをしないと”戦えないタイプの間違いかなー?」
白兎の言葉につくねはキレた。
自分の事を馬鹿にするのは良い、全然構わない、だけどこのチカラ『オスモウドライバー』を馬鹿にされたこと、ましてや歴代の力士達を馬鹿にされた事につくねは酷く激昂した。
それから数時間はイタチごっこだった、つくねの高速の張り手が回避され地面を砕き、その度に白兎が10メートルちょっとをキープする、視聴していても面白味のない、なんとも言えない試合展開。
「はぁはぁ、そろそろ諦めてくれない? 何度も打ち込んでも一緒だって、それ本気じゃないんだろ? 横綱が相手でもないならチーターと鬼ごっこしてた方がマシってもんだ」
白兎はまた軽口を叩くが、その顔には目に見えて疲労の色があった。もしかしたらブラフかもしれないかとつくねは悩む。
張り手を止め、つくねは深呼吸する。
(ここで決めるべきか、私の状態を考えても横綱になれるのは持って数分……でもこのまま張り手を続ければ一発ぐらい当たるような気もするし……)
そうつくねが考えていると。
ドカーーーーン!!!!!
火山が噴火した。
度重なるつくねの地面を砕く張り手が火山を刺激してしまったらしい。雪崩のようにマグマが流れてくる、数分後には一帯がマグマに覆われるのは明白だった。
つくねはここしかないと、覚悟を決める。
《MODE:UNRYU》《CHIYONOFUJI》
《ちよのぉぉ~~ふぅじぃい~~~》
白く輝く粒子が再びつくねを取り囲み、輝きが爆発する。
そこに立つのは紛れもない横綱、千代の富士であった。
そして千代の富士へと変身したつくねは、必殺のブチかましを披露しようと構えて、愕然とした。
「な!?」
なんと今まで10メートルちょっとをキープしてきた白兎が米粒のように見えるほど遠くに逃げていたのだ、まさに脱兎のごとく、しかも地面が張り手で砕けデコボコになっている、今まで土俵や平地でしか相撲をしてこなかったつくねではこの地面を亜光速で移動した場合、コケる可能性が高い、明らかな経験不足、場数の少なさからの分析だった、そして後ろからのマグマが迫る状況は詰みに等しい。
(これを狙って!? だったらあの言葉もあたしを怒らせる為に?)
当本人が遠くへ逃げて真意は不明だが、状況は絶望的だった。
「いやだ、負けたくない、こんな所で負けたら……逃げられて負けたなんてなったら、私を応援してくれた親方や歴戦の力士達に笑われちゃう」
ふと、つくねは白兎の言葉を思い出す。
「“誰かのチカラを借りて”か、確かにあたし一人だと何にもできないや。親方や大日本相撲協会の皆さんにちーちゃん、このベルトを託してくれたガブリヨル様、みんながいてくれたから、今のあたしがいる! あんな一人の屁理屈逃げ腰野郎に負けたくない!!」
つくねは右足を天に向けて上げ、振り下ろし四股を踏む、勢い良く踏まれた足は地面にめり込む、左足も同じ様に四股を踏み地面に突き刺さる。
「“誰かのマネをしないと”なんてとんでもない……あたしなんか本当の横綱の足元にも及ばないよ。相撲ってのは誰かのマネで出来るほど簡単でもないし、あたし自身、まだまだ未熟だけど、いつかは横綱を超えたい!! 絶対に!! だから!!!!」
バチーーーン!!!! とつくねは自分の両頬を物凄い勢いで叩いた。
「ここから先も待ったなし!! “あたしの相撲”だ!!!」
《PUT YOUR HANDS》
オスモウドライバーの電子音声と共に輪のような光が投射される、その光の輪はどんどん大きくなりフィールド全体を囲む様に巨大な土俵の様に広がる、つくねの後ろにはホログラム行事が軍配を返す。
つくねは地に手を付ける。
《READY》
《HAKKI-YOI》
つくねは手を広げ、大きく息を吸う。その後ろではマグマが目の前の距離まで迫って来ていた。
オスモウドライバーが警告音を鳴らす。
《DANGEROU! DANGEROU! DANGEROUS!》
「『音鼓魂(ねこだまし)』!」
バン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
破竹の勢いで手を合わせたつくね、その衝撃波はフィールド全体に広がり全てを吹き飛ばした、迫ってきたマグマも空を覆っていた暗雲も消え去り、雲一つない青い空が天に広がり輝く太陽がつくねを照らした。
《NEKODAMASHI》
ホログラム行司が決まり手を宣告する。
つくねが行ったのは『猫騙し』本来ならば相手の目を瞑らせる為の奇襲戦法なのだが、オスモウドライバーにより強化された横綱がやればご覧の通り、通常の相撲であれば決まり手には決してならない技であるが行事の宣告は絶対である、他の誰でもなく、つくねは世界で初めて『猫騙し』で勝った力士になったのだ。
『稲葉白兎、リングアウトにより脱落、勝者、野々美つくね!』
DSSバトルのジャッジが下る。勝利の余韻に浸りたいつくねであったが、そうもいかなかった、衝撃波を真正面で受けた為、横綱千代の富士の体と言えどボロボロになり、合掌の姿勢のまま意識が消えたのと、VR空間から帰ってきたのは同時だった。
DSSバトル会場の廊下。
白兎はVR部屋から出た所だった、そこにいたのは野々美つくね、白兎は少し驚いた顔をしたが、口を開いた。
「お、なんだい相撲の嬢ちゃん、敗者に激励の言葉かい? さすがは予選1位の貫禄があるね、アフターケアまでしてくれるなんて涙で明日も見えないよ、変身してなければ可愛い顔してるし、俺っちファンになっちまいそう、ファンクラブはどこに」
「ありがとうございまいた!!」
「へ?」
突然つくねが深く頭を下げる姿に、白兎は口を開けたまま呆ける。
「最後の『音鼓魂』DSSバトルだからリングアウトであたしが勝ちましたが、外での戦いなら、逃げられていました逃走王さんと戦えて良かった、やっぱり世の中には強い人が沢山いる……あたしはまだまだ強くなります、そして横綱になったら、また、相撲しましょう!!」
「おいおい勘弁してくれ、俺っちはもうこりごりだって、それに買い被りすぎだぜ、相撲の嬢ちゃんの完全勝利さ、だから俺っちは放って置いてくれって、あでも横綱になるなら今の内にサイン貰っちゃおうかな、四股名ってある?」
四股名とは力士としての名前である。
「あーそういえばあたし、まだ四股名ないな、カッコいいのがいいなー」
それを聞いて白兎はつくねの持つオスモウドライバーのエンブレムを見て何か思いつく。
「んじゃ、ゴールデンスター獅子桜(ししおう)で」
「なんで!?」
「仮で良いよ仮で、こういうのは形からが大事なんだよ、俺っちに勝ったんだ、相撲の嬢ちゃんは立派なライオンさ、あーでもDSSバトルはまだ終わっちゃいないんだ、最後の最後で勝つのは俺っちだから、そこんとこよろしく、そうだな、その時に改めてサイン描いて貰おうか」
「い、いやそういう事ではなくて、もっとこう」
「んじゃ、そういう事で!」
白兎は逃げた。
「えーーーー!」
こうして、相撲ヒーロー『ゴールデンスター獅子桜(仮)』が誕生した。
余談だが、相撲用語の金星は前頭の力士が横綱に勝つことを指すが、もうひとつ、美人の女性という意味もあったりする。