「ねえ、ユースケ」
「あん?」
これはDSSバトル前、まだ二人がボロくさいアパートに住んでいた頃のことだ。
「貴方の能力って、結構よくわかんないこと多いわよね?」
狭苦しい台所でじゅうじゅうフライパンを鳴らしながら、ふと砂羽は刈谷に問いかけた。
「俺が分かってるからいいんだよ。昔、検証は飽きるほどした」
「私が分かってないから聞いてるんですけど」
「はい」
刈谷は素直に頷いた。この男、DVくさい空気を醸し出しているくせに妙に弱いところがある。
「貴方の能力で借りられるものって3種類よね?誰かの所有物で触れるもの、誰かの所有物で触れないもの、そして誰のものでもないけど触れるもの」
「その通りです」
「じゃあさ。誰のものでもないけど触れるものを借りたときって、お金はどうなってるのよ。教えてちょうだい」
ぎくり。と刈谷の動きが止まった。目の前の画面では株価が乱高下しているが、どうも目に入っていないようだ。
「内緒」
「内緒もなにもないわよ。教えなさい」
「はい」
この男、そもそも根本的に意思が弱いのである。そしてそういうときは大抵、砂羽は面白がって強気に出る。
「あー、なんというかだな」
「はっきり言って」
「はい。なんか募金とか、そんな感じになる」
砂羽は、にや~っと底意地の悪い笑みを浮かべた。これは、つつけば面白いものが出る。
「もっと詳しく説明して?」
「……正確にいえば、困ってる人を助ける組織の口座に自動かつランダムに入金されていく」
「へぇ~ふぅ~~ん。続けて?」
「俺が入金した事実は消えないから、たまに子供とかからハガキとかが来るとかなんとか」
「へぇ~~~ふぅ~~~~んんん???」
「おい!もういいだろ!?」
砂羽はニッコリと頷いた。
「ええ!貴方が海苔の缶詰なんて大事にしまい込んでるからなにかと思っていたんだけれど、お手紙を隠していたわけね」
「そーゆーアレではない。富は再分配する必要があるという、ただそれだけの——」
「あーっ!お昼ご飯ができました!ハイこの話おしまいーっ」
「おいおい。俺たちもガキじゃねぇんだから、全く……」
◆◆◆◆◆
「あの後は大損に気づいてヘコんだなぁ」
「ねぇ!この手紙、どこの子から?」
「ルワンダ。ガキが下手糞な日本語書きやがって……」
今日のように、誰とも知らぬ人たちからの手紙を見せることがある。
「こっちは?えらく立派な感じだけど」
「こりゃアレだな、雇用機会のない中年男性の支援をしてる団体。あっ、この理事会ったことあるわ……あのときスムーズに話がまとまったのはこれか」
ここ数ヶ月ボンヤリと過ごしているうちに、刈谷はいろんなことを砂羽に質問されていた。やれ元カノだのなんだの。彼は童貞である。
「……楽しいか?」
「ええ、とっても!」
それでいい。頭を撫でる。
それでいいのだ。たとえこれが、分かたれていた時間を埋めるための代償行為であっても——
——その代わりにどうか少しずつでいいから、昔のことを忘れてくれ。