その日、狭岐橋憂は学校中からの注目を集めていた。
彼女の通う“素晴らしヶ丘大学”は、魔人学園ではない普通の学園である。
いや、彼女が通っていたのはその“付属高校”だったかもしれない。
出場選手のプロフィールを作るとき、忙しすぎて履歴書を流し読みしかしてなかったので、文字を見落としていた可能性がある。
とにかくその学園では、魔人に対する目は世間一般とも同程度、酷いものだ。
それでもまだ『DSSバトル』への出場が発表されたとき、憂は英雄扱いだった。
彼女が魔人だと隠していたことをからかう者こそいたが、魔人であること自体を疎む者はいなかった。
『DSSバトル』とはそれほどまでに人々を熱狂させるコンテンツなのだ。
だが、昨日第1ラウンドが放送されてからそれは一変する。
淫魔化能力。彼女のような性魔人は、魔人の中でも特に嫌悪されるうちの一種である。
あるいは勝利を収めてさえいれば何らかの賞賛はあったのかもしれない。
しかし結果は相手の男に助けられての無残な敗北。
四方八方からの突き刺さるような視線が痛い。
「お、おはよう……」
彼女の数少ない友人達も、ややよそよそしい感じである。
まあ、開口一番に絶交を宣言されなかっただけマシだろうか。
「昨日は、お疲れ様」
「うん」
「大変だったね」
「まあ、ね」
ぎこちないながらも、会話は回りだした。
「あんなの相手してたら怖かったでしょ?」
「そうそう、なんかされなかった?」
「え? 彼、いい人だよ?」
しかしエンジンが掛かり始めてた空気はすぐに固まる。
憂の瞳がちょっと輝いた気がした。
不吉な予感を振り払うかのように友人達はまくしたてる。
「でも、あれだよ、尻だよ?」
「動きもキモいし」
「んー、格好いいと思うけどなぁ」
友人達は悟った。自分達普通の人間と魔人との間にある大きな感性の壁を。
「ユウと会ってもできるだけフツーにしよう」という盟約は、暗黙のもとに全会一致で破棄された。
「あの……さきばしさん?」
「腕の中ね、ごつごつしてるんだけど、抱えられるとなんか落ち着いて……」
「ユウ! お願いだから目を覚まして!」
憂の目は夢見る乙女の目だった。
思えば運命だったのだ。
エントリー順も隣。予選結果も隣。
対戦希望だってこんな高順位同士で通るなんて思わなかった。
“別の可能性の世界”があったとしてもきっと彼女は彼に恋したであろう。
憂が総合優勝した暁には復活したカナと百合百合ちゅっちゅさせようと思っていたがそんな考えはもう古い。
今は“スパンキング”翔×狭岐橋憂の時代なのだ!
許されるならば、憂ちゃんを、尻手さん家に嫁がせてあげたい!
それが24時間掛けて真摯に二人と向き合った私の出した結論である。
とはいえ、憂の前にはまだ大きな障害があった。
現状どう贔屓目に見ても憂の片想いであることはとりあえず置いておくにしても、
彼女は実は彼の連絡先を知らない。
別に意地悪で教えられていないわけではないのだ。
裏世界にも名を轟かせる尻手翔である。
そんな彼に女からの電話でもあればどうなるか。
たちまちその女は翔の人質として攫われてしまうであろう。
翔が連絡先を教えてくれなかったのは、むしろ憂を守るためなのであった。
だからといって、待っているわけにもいかない。
憂は決意を胸に宣言する。
「私、千葉県に行く」
「「へっ?」」
友人達の驚きの声がシンクロするのももっともだ。
千葉県。言わずと知れた暴走半島。
翔の出身地でもある。
そこで生まれ育った彼だからこそムキムキマッスルな体を手に入れたのだ。
か弱い女の子の憂が一人で行って、暴走族相手に無事で済むとは思えない。
だが、憂の決意は固い。
昔からそうだ。
前に出て主張するような性格ではないものの、「やる」と決めたことは必ず「やる」子だった。
今回も、きっと翔のルーツなり何なりを掴んでくるのであろう。
それを知っている友人達はもはや何も言わない。
つーか勝手にしろ、と思って見送った。
最終更新:2017年10月30日 00:36