銀天街飛鳥の幕間SS

「……っし、まずは一勝か」

都内某所。
テナントが潰れて間もないであろう雑居ビルの一室に、不釣り合いな美少女が一人。
鳴神ヒカリ――またの名を、変幻怪盗ニャルラトポテト。

住処をとある事情から追われた彼――彼女は、こうして
ライフラインが辛うじて生きているような施設に潜り込んで
試合までの一週間を過ごす、という不自由な生活を強いられていた。

幸いなことに、ここに潜り込んで以来、警察や追手に踏み込まれるようなこともなく過ごしていたが――

その平穏は、今日破られることになる。

「ハロー、マドモアゼル!」

ニャルラトポテトのいた部屋のドアを華麗に蹴破り、銀色の探偵――銀天街飛鳥がカチ込んだからだ。

「!」

もちろん怪盗も愚かじゃあない、闖入者の存在に気付いて即座に逃走体制を整えるが――
『世界二位の捕縛術』使いの姿を見てから逃げるようじゃあ遅い、とだけ言っておくぜ?

~~~~~~

「いやいや安心したまえ、私は別に君を警察に突き出すつもりも押し出すつもりもうっちゃるつもりもないからね!」

「だったらほどけよこの縄! なんか動けば動くほどキワドいところに食い込んでいくんですけど!?」

妙齢のお姉さまが、美少女をSMでも見かけないような複雑怪奇な縛り方で拘束して床に転がしてるってビジュアルを
果たして何人の奴が『探偵が怪盗を捕まえた』と思ってくれるんだろうな。

「私は話を聞きたいだけだよ。刈谷融介のことについて、ね。
 それさえ聞ければ開放するし、ここのこともバラしはしないから安心したまえ」

……いきなり縛り上げておいて信用しろ、ってのもどうかと思うぞ?

「はーあ……つうかカチコミって、随分また探偵らしくないよな。なんか焦ってんのか?」

怪盗のある意味正論ともいえる指摘に、飛鳥が表情をわずかに曇らせる。

「……焦り、か。まあ、無いと言えば嘘になるだろうね。
 何しろ、探偵として見過ごせないトラブルがひしめくこの大会の闇を暴いて、銀の光を浴びせようと
 意気込んだ筈が、蓋を開けてみればブービーと来たものだ。
 それよりは、C3ステーション上層部ともつながりがある刈谷に勝った君のほうが、余程真実に近いところにいると言える。
 もっとも、真実に近い理由は――それだけじゃあ、なさそうだがね」

珍しく弱音を吐くものの、最後に相手への牽制を入れて平常運転に戻る飛鳥。
寧ろ、無理にでもテンションを戻すために入れた呼びかけのようにも聞こえるが――

「……俺のデータも調べ済み、か。そこまで調べてるなら、わざわざ俺に話を聞きに来なくても
 刈谷との戦いもどうとでもなるんじゃねえの?」

「一応、念には念を入れたい、ってトコさ」

「わかんねえなあ……探偵の考えることってのは」

「怪盗に探偵のことはわからないものだし、探偵も怪盗のことはわからないものさ。
 それを互いに考え抜いて推理し、出し抜く。それが探偵と怪盗ってものだろう?」

呆れ、嘆息するニャルラトポテトに対し、飛鳥が意地悪く微笑む。
さっさと用件を済ませて、刈谷の情報を聞き出したいところだが――飛鳥の言葉は、まだ続く。

「何、協力賃は無償開放だけじゃあなく――もうちょっと色をつけてあげるぜ」

「へえ? ……あいにくファイトマネーなら間に合ってるけど」

「“第五段階”」

飛鳥がキーワードを出した時点で、ニャルラトポテトの表情が強張る。
素人目の俺から見ても解りやすいほどの、明らかな緊張と動揺だ。

「君もまだ達していない、君の能力の極み――私は既に、一つの推理を組み立てている。
 正解かどうかは分からないが、少なくとも君の抱える精神的弱点である、自己同一性についての悩みを
 緩和できる程度の解答を、私は持っている。ただし、現状では仮定であり推理ではあるが、ね」

「……先に聞かせろ。そしたら、あんたの望む情報とやらはくれてやる」

「いいぜ、だが今はヒントだけに留めさせてもらうよ?
 懇切丁寧に説明した結果、かえって『そうなる未来』に固定されてもつまらないからね」

「なんだよそりゃ。……じゃあ俺も刈谷のことは喋らないぞ」

「そうかい。まあ聞いておきたまえ、きっと損はしないはずだ。
 “ジャガイモの殖え方を、知っているかい”――ニャルラトポテト君?」

「? それが……ヒント、か?ふざけんな、俺だってそのくらいは知ってる」

「ならいいんだ。んじゃ、縄はほどいておくから好きにくつろぎたまえ」

言うだけ言って、飛鳥がニャルラトポテトの拘束をあっさりと解く。
おい、いいのか?探偵が怪盗を見逃して。

「いいのさ、彼と私の目的はおおよその方向で同じだ。
 ――この馬鹿げた砂上の闘技で流れた涙という覆水を盆に還す、という点でね。
 じゃあ帰ろうぜ、共犯者」

え? ちょっと待てよ、刈谷の情報はどうした?
「え、ちょっと待てよ、刈谷の情報はいらねえのか?」

……怪盗と台詞が被る地の文ってのも、締まらねえなあ……

「ああ、あれかい? 君に会う、というか話をするための口実だよ。
 さっきのヒントを投げた時点で、私の本当の目的は終了だ」

「は? けど、何のため――」

「さあね。答え合わせは、君と私が戦うことがあったなら、その時にでもしようぜ、ニャルラトポテト君」

解き放たれた怪盗の困惑をよそに、銀の探偵は煌めき一つを残してあっさり帰っていっちまった。
さて、俺も置いてかれないよう帰らないとな。
んじゃ、せいぜい頭でも捻ってろ、怪盗殿。
最終更新:2017年11月04日 19:51