第2ラウンドSS・航空機その2

2回戦の開始よりも少し前。

「~♪ ~~♪」
「随分楽しそうじゃねェか」
鼻歌を歌う枯葉塚 絆に獅子中 以蔵(絆にプロローグで負けたやつ)が話しかける。

「うん、私、飛行機乗るの初めてだから」
そんなことでそんなに喜ぶのかよと、以蔵はあからさまに溜息をつく。

「そんなに心配しなくても、ちゃんと勝つように頑張るよ」
「別に、お前のモチベーションを心配してる訳じゃないからな」

以蔵は、短い付き合いながらも、絆という少女のことを少し理解し始めていた。
こいつは、楽しいことが好きで、基本的になんでも楽しいというお気楽少女なのだ。
一言でいえば、アホだ。

「荒川 くもり、一筋縄じゃいかない相手だぞ。一回戦も見ただろ?」
「うん、ふつうに怖い人だなって思ったけど…、VRだし大丈夫!」

VRなんだから、どんな相手だろうと死闘だろうと楽しそう。
そう絆が考えていることが手を取るように分かってしまうことに、
以蔵はなんだか納得がいかずにまた溜息をついた。
やっぱり俺が出た方が大会盛り上がったんじゃない…?

「きちんと制服に鉄板仕込んだか?」
「ちゃんと仕込んだよ」
ニコニコしながら絆は次の戦いへ想いを馳せた。




2回戦の開始よりも少し前。
荒川家。

「くもり、今回も楽しんでやれよ。
 そしてできれば勝ってくれ!」

荒川 くもりの兄、晴也は満面の笑みでくもりに話しかける。
妹のくもりに楽しんで戦ってほしいという気持ち、
それはそれとして賞金のおかげでお高いプロテインを飲めるので引きつづき勝ってほしいという気持ち、
どちらも晴也の本心であった。

「うん、もちろん。
 今回も楽しむし、勝つからね~」

そうゆるい笑顔で答えてから、くもりは6杯目のカツ丼をかっこんで平らげる。

「ごちそうさま~」

笑顔で鼻歌を歌いながら、くもりは席を立った。

「…姉貴、今回テンション高めだね」

姉がいなくなるのと同時に、くもりの弟、雨がつぶやく。

「そうか?」
「うん。アレは早く何かを壊したい時の姉貴だよ」

晴也は違いがよく分からねェと呟きながら、プロテインを飲み干した。


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戦場地形『航空機』

枯葉塚 絆 VS 荒川 くもり
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くもりを慎重に索敵していた絆がくもりを見つけた時には、
試合開始から数十分が経過していた。

絆がエコノミークラスにたどり着くと、
すでにそこは惨状となっていた。

俺が最強だと叫びながら他の乗客を殴りつける者。
無言で執拗に死体を犯す者。
奇声を発しながら腹筋をする者。

世紀末よろしく航空機の乗客たちが好き放題暴れまわる無法地帯がそこにはあった。
もっとも、生存者はすでに10人を下回り、
その10倍以上の死体が転がっている。

「NPCと言えども、色々と個性があるものなんですね~」

世間話をするかのように、絆に話しかけるのは、
この惨禍の元凶である荒川 くもりその人である。

「………」
絆はあいまいに微笑んだまま、持ち込んだ武器である鉄パイプを変形させる。

『金属曲げ(クリップアート)』
触れているという条件さえあれば、あらゆる金属は彼女の意のままだ。

鉄パイプは伸長・分岐し、いくつもの薄い刃が的確に狂った生存者たちの心臓に突き刺さる。

「正気や理性を『破壊』したって感じかな。
 いくらNPCとはいえ、あんまり気持ちのいいものじゃないなー」
微笑のまま、絆が口を開く。

「でも、破壊したおかげで、NPCの皆さんの秘められていた個性がわかりましたよ?」
柔和な笑顔のまま、くもりが答える。

「それにしても、枯葉塚さん。
 あなたもNPCならサクッと殺せるタイプなんですね~」
「………」
絆は、微笑を張り付けたまま、また何も答えない。

「私、あなたのこと、もっと知りたいわ」
絆の言葉を待たずに、くもりは続ける。

「だって私たち、結構似た者同士だと思わないかしら~」

絆は微笑のまま、鉄パイプを『伸ばし』て『切り離し』、くもりに散弾銃を繰り出した。




枯葉塚 絆は、基本的に常にニコニコしている。
その理由は単純で、彼女は基本的に常に「楽しい」と感じているからだ。
要するに、極度の能天気なのである。

そんな彼女なので、知り合い・友人は多いが、
一方で親友と呼べるほどの相手はいない。
これも当然な話で、どんな状況だろうと「楽しい」と思っている人間に、
まっとうな人間は着いていけないものなのだ。


彼女を象徴するようなエピソードがある。

それは、数年前のこと。絆が魔人能力に目覚めて暫く経った頃。
家の近くの踏切だった。いつも、毎日通る道の、なんてことない踏切。

そこで絆は、1人を救った。

踏切に飛び込んだ1人の少年を助けるために、
能力で電車に触れて無理やり操作したのだ。

完全に停止させるのではなく、進路をずらすという選択をしたのが功を奏したのだろう。
幸いにも、死者は出なかった。
しかし、あまりに危険な行為だった。
慣性の法則で、多くの乗客が怪我をした。

ひとつなにかが違えば乗客全員、即死ということも、十分にあり得たはずだ。
絆自身も両脚を複雑骨折するという大怪我を負っていた。


だが、そんな状況下で、事故の起こったその時その場所で、
彼女は奇跡的に無傷だった少年にニコニコと微笑みかけた。

別に、楽しかったという訳ではないのだろう。
しかし、少年を安心させようと無理やり笑顔を作った、という訳でもない。
絆自身も理由を言語化できるようなものではないが、
彼女にとっては自然と、客観的にみれば不自然にその笑みはこぼれていた。

意図不明な微笑は、少年に言いようのない恐怖を与えた。
その少年は自身の恩人である絆を突き飛ばし、そのまま惨状の現場から立ち去ってしまう。

さすがの絆もその事件を楽しかったこととは認識していない。
だが、少年を恨んだりしているわけでもない。

「乗客の人には申し訳なかったけど、あの子は助けられてよかったかなー」
そのぐらいの、軽い認識だ。

そもそも、多分あんまりちゃんと覚えていない。
楽しいことがふんわり好きな絆にとって、過去を振り返ることはあまり必要のないことなのだ。




荒川 くもりにとって、壊すことと知ることは同義だ。

その能力『全壊(オール・デストラクション)』も、
対象への正確な認識が破壊に直結する。

つまり、彼女にとって、
『壊すことができたということは正しく理解できていた』
ということに他ならない。

だから、くもりのことを破壊が大好きな魔王と認識するのは正確ではない。
彼女はただ、ありとあらゆるものを『きちんと』知りたいだけだ。
きちんと心に踏み込んで相手を知ろうとする心優しい女性なのだ。

破壊をしないと『知った』と認識できないことと、
破壊に対して良心の呵責がないことの2点が致命的なだけなのだ。
本当に致命的に魔王的だが。

そんな彼女が、枯葉塚 絆に興味を抱くのは、ある意味当然なことである。
なぜなら、参加者の中で彼女の人間性が一番よく分からない。
もっと身もふたもないことを言えば、一番()()()()()()()()()()

隠している過去はないか?
秘めている想いはないか?
いったい何を壊せば、その微笑を失って絶望してくれるのか?

それを知るためならば、くもりは一切を躊躇しない。




絆とくもりがエコノミークラスで接敵してから、数分が経過していた。
戦いは膠着状態をきわめた。
いや、より正確に言えば、絆をくもりがあしらっているというべきだろう。

絆は自らの武器となる金属がまるごと破壊されるのを避け、
『切り離し』をおこないながら遠距離攻撃を仕掛けていた。

だが、身体能力も魔王レベルのくもりにとって、そのような攻撃は児戯に等しい。
掌が届く範囲であれば破壊し、そうれなければ躱すだけだ。
もっとも、この程度の攻撃であれば、直撃しようとくもりにはかすり傷程度しかつかないだろう。

自分の攻撃がまるで効かなそう、と言う状況で、
それでも絆は依然として微笑を浮かべていた。
むしろ、ちょっとさっきよりもテンションが高い。

正直、さきほどまでのくもりの挑発は、
いかに能天気な絆といえども割と腹は立っていた。
だが、この膠着状態は絆にとっては楽しいものだったらしい。
激ムズ系のクソゲー!そういうものを楽しんでしまう素質が絆にはあったのだ。

逆に、対するくもりは柔和な笑顔を浮かべながら、内心では苛立ちを覚え始めていた。
絆の微笑が壊せ(分から)ない。
ならば――。

くもりが目を見開き、手を伸ばす。
絆は『空間破壊』による瞬間移動を予期し射線から外れるが、
くもりは移動も何もしなかった。

「ふふ、そろそろ退屈してきたころでしょう。
 いくつか『ルール』を破壊させていただきました」
ルール破壊!
VR空間に触れているくもりにとって、このVR世界のルールですら破壊対象なのだ。

「まず、勝敗条件から死亡条件以外のものを破壊しました。
 どちらかが死ぬ(壊れる)までこの戦いは終わりません。」

優しげな口調のまま、冷酷な宣告をするくもりに、絆は耳を傾けざるを得ない。
それでも、絆は微笑みを携えたままだ。
ゲームのルールが途中から変わるのはひどい話だが、それはそれで楽しそうだ。

「そして、もう一つ。
 『敗者の現実への復元機能』を破壊しました。

 つまり、死んだら現実でも死にます」

そこに至って、絆はようやくその顔から表情を失った。




くもりの宣告を受けて、絆がまず行ったのは、逃げることだった。

絆にとってSSC3は『急に湧いて降ってきた面白いゲーム』であった。
もっとも、彼女にとっては「楽しそう」以上の認識はないのだが、
いずれにしろ命を賭ける覚悟なんてしていなかった。
そのリスクを前に楽しそうと思えるほどには彼女はお気楽ではなかった。


一方、残されたくもりはひとりご満悦の笑みを浮かべた。
絆の微笑を壊せ(知れ)たのだ。

「なんだ~、枯葉塚さんも普通の女の子だったんですね
 あれ… でも…?」
口元は笑ったまま、目を見開く。

「じゃぁ枯葉塚さんは、その(モブ)程度の人でしかなかったんですね」
魔王たる彼女にとって、もう知ってしまった相手ほどつまらないものはない。

「うーん、奥の手使っちゃうの早まりましたかねー
 まあ、あの子はサクッと壊しちゃいましょう」
魔王は後片付けを開始する。

彼女は飛行機に手をつき、飛行機そのものを丸ごと破壊した。
戦闘地形として正確な情報を入手しているものなど、彼女にとっては紙細工よりも破壊が容易いものである。




突然舞台そのものが失われ、絆は他のNPCたちと同様に空中に投げ出される。
と同時に、くもりと目が合う。
当然ながら、その魔王の目は見開いていた。
ふたりの距離が壊される。

反射的に鉄パイプを変形させ、くもりに突き刺そうとするが、
当然ながら鉄パイプもくもりに破壊させられる。

「これで終わりです」
絆の右腕を、くもりが掴む。

絆は制服に仕込んでいた金属を変形させ、
自分の右腕を切り離す。
こんな痛々しい使い方をするはずじゃなかったのだけれど。

「おや、今のはちょっと驚きました」
絆の右腕を放り捨てながら、くもりは笑う。

距離を縮める。
仕込んでいた鉄板を破壊する。
先ほどの繰り返し。
今度は脚を掴まれた。

「もう奥の手はなさそうですね。
 これでお終いです」
そう笑顔のまま語りかけるくもりを、
なるほど、たしかにこういう時の笑顔は気持ち悪いんだなあと思い、拒絶した。



「お前の能力なら、少しでも金属を仕込んでおいた方がいい」
「なるほどー。あ、でも、そういう意味ならいい仕込みはあるかも」

絆にとって、それはいい思い出ではなかった。
それでも、意味があることはある。
一人の少年を救ったことに対する事実として、あるいは代償として、
彼女の脚には未だにチタンプレートが埋まっていた。




魔王が処刑を行うその瞬間、
絆は死にたくないという必死の表情のまま、
彼女の脚から生えた刃が魔王の頭を貫通した。
最終更新:2017年11月05日 01:15