第2ラウンドSS・古城その2

※ 3か月前 中東 Side翔※


 トルコに所在するスラム街。
 それは、たまたまだった。
 上手い飯屋を探してたまたま入った路地で、ゴロツキが10歳にも満たない少年を蹴り飛ばしていた。

「親の金でも何でも盗んで、アガリを持って来いって言ってんだよ!」

 どのような事情があるかは、分からない。だが、少なくとも少年を蹴り飛ばすことは、許せるはずがない。
“スパンキング”翔は、一瞬にしてゴロツキを尻飛ばした。
 ゴロツキは「お、おい! コイツやべぇぞ! 逃げろ!」と、まるで面白味のないことを言いながら、立ち去って行った。

「お前、大丈夫か」

「な……、なんてことしてくれたんだよ!」

 少年は怒りながら、先ほどのゴロツキが中東最大の犯罪組織【LOVE・サバイバー】の一員であると訴えた。そのトップは蛇のように陰湿な男で、目をつけられたが最後、生き延びた者はいないのだという。

「だから、我慢していたのに……! 俺はまだいいけど、母さんや妹に手を出されたら、オレ、オレ……!」

 翔は、少年の頭をポンポンと撫でる。

「お前、格好いいな。一人でずっと、戦ってたのか。心配すんなよ。責任は、俺がとる」

「せ、責任取るって、どうやって」

「んー。まあ、一番手っ取り早いところで」

 翔は、事もなげに言い放った。

「その組織、ぶっ潰すか」


* *


※ 本戦前 OFF REC Side露出卿 ※


 完全なる均衡の肉体を持つ女。アンナ・ハダカレーニナ。またの名を、露出卿。
 彼女は、東京は銀座区に位置するスイートホテルの最上階で、ソファに座りながらワイングラスを弄んでいた。
 無論、全裸で。
 部屋の中だから、全く問題はない。むしろ、室内全裸派は結構いるイメージである。

「卿。本当に、真っ向から闘うんですか」

 ゆったりと過ごす露出卿に声をかけたのは、ベッド脇のデスクでカタカタと忙しなくキーボードを叩く少女。
 無論のこと、全裸である。

「うむ。そのつもりである」

 少女がたたくパソコンのデスクトップには、次なる対戦相手……“スパンキング”翔の顔写真とプロフィールが映し出されていた。
 だが、露出卿はそちらを見るでもなく、グラスを鼻に近づけ、ウォッカの芳醇な匂いを楽しんでいる。

「相手は、今大会1,2を争う武闘派です。見ようによっては、前回のゴメス以上に正面戦闘を避けた方がいい相手と言えますが」

「ふむ。君は、吾輩に分が悪いとみるかね」

「まさか。正面戦闘で卿を打ち破れる者など、おりません。ですが、相手はシンプルな肉体強化能力者です。少し戦略を立てれば、容易に勝つ方法はいくらでもあると思いますが」

「然り然り。だからこその、正面戦闘なのだよ。吾輩の目的は、勝利のみに非ず。美しき肉体と更なる好敵手こそが、我が血肉となる。なれば、今大会きっての武闘派相手には、真っ向勝負こそがふさわしかろう」

 少女は、ふぅとため息をつく。露出卿は、グラスをくるくると回してウォッカの色を楽しみながら、呵々と笑った。

「そう不満げな顔をするでない。策はある。なにより、体感したいのだよ」

 露出卿は、グラスを通してモニターに映る翔のプロフィールを見やる。
 そこには、【ファイトスタイル:スパンキング】という記述があった。

「最古の格闘技、スパンキングと言うものをな」

「……一応、私の方でも“準備”はしておきます。どうでもいいのですけれども、卿。そのお酒は、いつ飲むのですか」

「ふむ、君は知っているはずだろう。吾輩は下戸である」

「ええ。ですから、なぜグラスにウォッカを注がれたのかと疑問に思っていたのですが」

「気分だとも。気分」

 もう一度、露出卿は呵々と笑った。


* *


※ 本戦LIVE中 Side翔 ※


 スパンクラチオンの歴史は、紀元前640年ころ、古代ギリシャにまで遡る。
 当時、殺し合いを見世物として発展させたこの競技は、打・投・極・スパンキングの4点により競われるものである。反則は目つぶし、噛みつき、浣腸のみと言う過酷なものだった。
 スパンクラチオンはその後、全裸で闘うことを主としたパンクラチオンと、尻をたたき合うことを主としたスパンキングへと枝分かれしていく。
 パンクラチオンはその後さらに、パンツレスリング、全裸ボクシングなどに枝分かれし、それぞれ別の進化を遂げる。初里流忍術は、いわばその極北だ。
 しかしスパンキングは、時代を重ねるごとに洗練されているものの、その根本的な技術体系はほとんど変わっていない。
 格闘技界のシーラカンス、それこそがスパンキングなのである。

 そして今、スパンキングの数少ない伝承者、“スパンキング”翔は、ゆっくりと古城の王座に向かう階段を歩いていた。

(この先に、居るな)

 圧倒的なプレッシャー。世界最強と謳われるスパンカーを相手にした時も、四方から銃を突き付けられた時も、これほどの圧力は感じなかった。
 この先にいるのは、間違いなく、自分の尻生で最大の強敵だ。
 翔の尻が引き締まる。知らず知らず、その顔には笑みが張り付いていた。
 翔は元来、気のいい好青年である。だが、スパンキングを振るうものとして、当然の欲求もまた存在する。
 それは、人として原初の欲求。

(勝ちてえ)

 純粋な尻比べに、勝ちたい。

 平和主義者となるには、“スパンキング”翔はまだ若すぎた。

 王の間にたどり着いた。
 点灯設備はとうに朽ち果て、薄暗い部屋に窓から差し込む光が、ところどころに張り巡らされた蜘蛛の巣を照らしている。
 2メートルを超える巨漢である翔が、抱き着けないほどに大きく太い柱が等間隔に立ち並び、翔の目前からその奥まで一直線の道を作っている。

 その奥に、玉座があった。
 玉座には脚を組み、不遜に笑う人影。その隣には、少女が一人付き従う。
 二人ともが、全裸だ。
 玉座の影は、鈴のような音色の声を響かせる。

「待ちわびたぞ。“スパンキング”翔よ」

 玉座に座る女性が、ゆっくりと立ち上がった。
 付き従う女性が、剣が収められたベルトを手渡す。

「卿、ご武運を」

「うむ。君はそこで見ているがよい」

 ベルトを優雅に締めると、玉座に向かう階段を一歩一歩降りて来た。
 翔は、一瞬目を伏せかけるが、理性を以てそれを防ぐ。目のやり場には困るが、視線を外すことはできなかった。
 視線を外せば、たやすく狩られるだろうことは、見て取れたからだ。
 全裸こそが、目の前の女の道着であるということを、翔はその立ち居振る舞いから理解した。

「もう、名前知ってくれてんのか。こいつは、スパンキング(コミュニケーション)だな。そうだ、あんたの名前は……」

「露出卿でよい。そう呼ばれておる」

「おう、さんきゅ! よろしくな」

「お主の戦闘スタイルは、スパンキングだそうだな。その名を聞いて、楽しみにしておったぞ。我が流派は、スパンクラチオンを源流とするもの。同じ源流を持つ者との戦いは、珍しいからな」

「俺も、楽しみだよ。お前ほどの強え奴、そういないだろうからな」

「うむ。お主も、強いな。肉体を見ればわかる」

 それは、翔もまた同じ意見だった。
 まるで、陶磁器のように滑らかで美しい肌。それに包まれた筋肉は、まさに鋼の如く。
 何よりも、正面からでも感じるその尻のオーラは、翔が今まで戦った尻の中でも、美しさと言う面では群を抜いていた。

(やっぱ、努力ではたどり着かない境地もあるな)

 翔は、不屈の努力で自らの尻ケアを行い続けていた、一人の尻馴染を思った。
 そんな感傷を振り払うかのように、翔は突然立ち止まり、着ていたTシャツをおもむろに脱ぎ始めた。
 露出卿は、予想外の動きに目を丸くする。

「お主も、露出の気が?」

「まさか。郷に入っては郷に従えってな。あんたが脱いでいるなら、俺も脱ぐ。それで、対等だろう」

「これは、これは」

 翔が、ジーパンを脱いだ。前垂れに尻意(ケツイ)と書かれたふんどしと、ぷりぷりの尻が露わになる。

「この吾輩に裸で対抗しようとは、余裕であるな。手心を加えるつもりか」

「そんなつもりはねえさ。ただ、俺はスパンカーだからな。相手の土俵に乗るのは、慣れてんだ」

 スパンキングは、受容の格闘技だ。
 相手の敵意を受け止め、力に変えるというその性質上、相手の得意とするフィールドで闘うことが要される。
 それが、打撃であろうと、投げであろうと、極めであろうと。
 全ての攻撃を躱すことなく尻で受け止める事こそが、スパンキングには肝要である。

「相手の土俵で、自分の尻を叩く。俺は、いつだってそうやってきた」

 その言葉に、嘘はない。


* *


※ 3か月前 中東 Side翔※


「ゆ、許されるならば、この俺のてめえに対する無礼を許して、命だけは見逃してもらいたい!」

【LOVE・サバイバー】のボス、トム・ベンジャミンは、全身に汗をかきながら、にこやかな笑顔でへたり込んでいた。
 突然トムの屋敷にやってきた、“スパンキング”翔と言う男。
 自分の部下を次々と尻飛ばし、拳銃や魔人用心棒もものともせず、トムの下に涼しい顔してやってきた。

「な、なにが欲しいんだ。金か。地位か。名誉か。この俺にかかれば、何でも思い通りだ! 許されるならば、今すぐてめえをこの俺の用心棒として雇用したい!」

「いやあ、興味ねえなあ」

「んがっ!」

 翔は、ポリポリと頭を掻く。
 その表情に、欲や野心といった、トム・ベンジャミンの周囲にいる者から感じる、汚さはない。

「お前の組織が潰れねえと、困る少年がいんだよ。だから、潰しに来た」

「しょ、少年! 少年と言ったか!」

 トム・ベンジャミンは、鼻水を垂らしながら、頭を抱える。

「そんな、どこのどいつとも分からねえクソガキのために、この中東最大の犯罪組織を潰しに来たってのか!? ナンセンス! 許されるならば、そのクソガキを今すぐ引きずり出して、縁者もろとも皆殺しにしたい!」

「ほらー、そういうこと言ってっから組織潰しにきたんだろー」

「あががーっ!」

 トム・ベンジャミンは、頭を抱えながら部屋中を練り歩く。
 その間も、怨嗟の言葉や口汚い罵りを決して忘れない。これはこれで大した男だと、翔は思った。

「てめえは、どこの誰とも知れねえクソガキに頼まれたら、何でもやるってのか! 全ての人間を、助けるつもりなのか! 許されるならば、そのめちゃくちゃな勘違いを今すぐ正し、金とかその辺で解決してお帰り願いたい!」

「さすがに、そこまでうぬぼれちゃあいねえよ。けどな……」

「とか言ってる間に手榴弾だ! 許されるならば、四肢爆散して無残な死をさらして……!」

「うわー、あぶねえ。そっちに返すわ」

「あぎゃぱーっ! 俺の両腕が四肢爆散ッ!」

 両腕が千切れ飛ぶトム・ベンジャミンを横目に、翔はひとりごちる。

「俺は……」


* *


※ 本戦 LIVE中 Side翔 ※


 翔は、ふんどしに手をかける。そうして解き放たれたふんどしが、室内に吹く微風に舞った。
 彫刻の如き肉体。あり得ないほど張りのあるプリケツ。その全てがDSSバトルを通して、全世界に発信される。
 二人の距離は、もはや5メートルと無い。
 朽ちた王室の真ん中、あまりにも美しい肉体を持つ二人が向き合う様は、もはやその絵自体が一つの芸術品と言って過言ではなかった。
 露出卿は、思わずため息をついた。

「大した自信であるな。そして、それに見合うだけの実力もある。それ故に、不思議だ」

「何がだい」

「前回の戦いは、動画配信で拝見させてもらった。お主は、己の願いを諦め、他人の願いを叶えようとしておるな」

「んー、そうだな」

 翔の脳裏には、狭岐橋が涙を浮かべて必死に話をする姿が浮かんだ。

「あー……そう言えば、あれも全国配信してたんだな。ワリいことしちまった。あんまり、人に聞かれたくない話だろうに」

「これは吾輩個人の疑問なのだが、何故お主はたった一度、たまたま出会っただけの他人の為に戦っておるのだ」

「んんん……?」

 翔は、心底不思議そうな顔をする。

「人を助けるのには、特別な理由いらねえだろ。あの姉ちゃんは困っていた。俺は、たまたまそれを助けることができる。だから、助けるんだ」

「お主は、出会った全ての人間を助けるつもりであるか」

「さすがに、そこまでうぬぼれちゃあいねえよ。けどな……」

 翔は、曇り無き眼で、真っ直ぐに露出卿を見つめた。

「俺は、目の前に悲しんでいる人がいるのに、何もしないでいることはできねえ」

 露出卿は、目を丸くする。

「せめて、俺の尻の届く範囲はそうしてえんだ。だから、今も本気で、お前に勝ちてえと思ってんのさ。あの姉ちゃんのためにもな」

「自己満足か」

「ちげえよ」

 翔が構える。
 それは、体をくの字に折り曲げ、最大限まで尻を突き出した、翔の本気の構え。
 さながら、翔自身が一つの巨大な突撃槍になったかのようなこの構えこそが、スパンキング・突撃尻形態(ランス・フォーム)
 全身此れ尻と言えるこの形態は、翔のスパンキングにおける最終形態である。
 奇しくも露出卿と故郷を同じくする、露出亜のパンツレスラー、アレクサットル・カリチンを打ち破った構えだ。
 それは、全ての攻撃を尻で受けきるという、翔の強固なる尻意(ケツイ)の表れでもあった。

「矜持だ」

 露出卿は全身を身震いさせ、愉悦の笑みと共に、右手に剣を構えた。

「見惚れたぞ。“スパンキング”翔よ」

 それは、美しい肉体を芸術と嘯く露出卿にとって、最大級の賛辞だったに違いない。
 翔は、油断なく尻を向けながら、にやりと笑った。

「そいつぁ、ありがとよ」

 そして、二人は一陣の風となった。


* *


※ 本戦 LIVE中 Side露出卿 ※


 まず初撃を放ったのは、露出卿だ。
 右手に持つ剣を、真っ直ぐに突く。ただそれだけの、単純な動作。
 だが、それを当代きっての剣士、露出卿が行えば、ほとんどの魔人に対して必殺の一撃となる。
 その剣先は、翔が構える尻を越えた先。顔面を突き刺さんと振るわれる。

 ギンッッッ!

 硬質な金属音が響く。
 翔の尻が、剣先が翔の顔面に届く直前に、剣を弾いたのだ。翔の額に、一粒の汗がにじんでいる。紙一重の一撃だったことは、想像に難くない。
 だが、露出卿にとっては軽いジャブだ。

(この程度で、驚いてくれるな!)

 即座に剣を引き、続けて弐撃目を放つ。その速さは、一撃目を超えるほどだ。

 ギンッッ!

 これも、紙一重で防がれる。
 続けて参撃、肆撃、伍撃。露出卿の剣撃は速さを増し、止まることはない。

 ギンッ!

 ギン!

 ギ!

 だが、1秒に満たない中で行われた神速の連撃は、翔の致命には届かない。
 翔の尻は、露出卿の攻撃を受けるたびに速くなった。放った陸撃目に至っては、もはや尻の正面で剣撃を捕えている。
 露出卿は、こみ上げる笑みを押さえることができなかった。

(これが、【ラスト・スパンKING】か)

 事前に得た情報通りである。
 翔は、尻で攻撃を受ける度に強く、速くなる。
 正面から自分の剣撃を受け止められる者など、ここ数年見たことが無かった。

(堪能したぞ)

 露出卿は剣を引き、横薙ぎに振る。漆撃目。
 翔は既に、剣が届く数瞬前には、尻を構えて待っていられるほどの速さを持っていた。

(『高速5センチメートル』!)

 露出卿の剣は、翔の尻から5センチメートル下。
“大腿部”を切り裂いた。

 当然のことながら、現在この両名は全裸である。

* *


※ 本戦 LIVE中 Side翔 ※


(んだと)

 翔は、斬り裂かれた大腿部の痛みが脳に到達し、一瞬苦悶の声を上げそうになる。
 だが、そんなことに気を取られては、露出卿の猛攻を防ぐことはできない。
 次いで来る捌撃目を捉えるため、尻を突き出す。
 だが、切り裂かれたのは、尻より約5センチメートル上方にある、腰部。ほぼ平行に、削ぐように斬られ、激痛が襲う。
 玖撃目、大腿部。
 拾撃目、腰部。
 確実に尻に当たる軌道のはずなのに、徐々にダメージはたまっていく。

(これが、露出卿の魔人能力……!)

 恐らくは、剣の軌道を変える能力。
 せいぜいが、3センチメートルから10センチメートルだろう。
 だが、この瞬きが命取りになり得る極限の攻防において、瞬間移動した数センチメートルに追随することなどできるはずがない。
 まして、確信無しに尻の軌道を変え、勘を外せば、生まれた隙は必殺となる。

(こいつは、やっべぇ)

 拾壱撃目。
 拾弐撃目。
 拾参撃目。
 拾肆撃目。
 翔の周囲は血で染まり、返す剣から散った血煙が上がる。
 もはや、状況の改善は望めない。このまま、少しずつ削られ、いずれ致命の一撃を受けるの待つばかりと言うとき。
 露出卿の拾伍撃目を弾いた瞬間。

 翔の能力、【ラスト・スパンKING】が発動した。

 一瞬、速さを取り戻す翔の尻。
 背後から、露出卿の舌打ちが聞こえる。
 続く拾陸撃目は、大腿部を切り裂かれる。だが、その痛みを翔は意に介さない。

(数ミリ、ずれたんだ)

 思えば、拾伍撃目の剣撃は、先ほどまでの攻撃より若干尻側にずれていた。
 それ故、翔はそれを尻への攻撃と判断し、能力が発動したのだろう。
 強烈な違和感に襲われる。

(数ミリって、なんだよ)

 そもそも、翔は学者でも医者でもない。どこまでが尻で、どこまでが太ももで、どこまでが腰かなど、分かるはずもない。

(そうじゃねえだろ)

 翔は、己の尻に思いをはせる。

(スパンキングは、心だ。どこまでがケツで、どこまでがケツじゃないなんて、大した問題じゃねえ。
 俺が勝手に、ケツの限界を決めてただけだ)

 翔は、優れた対応力を持つ。
 それは、常識に捉われること無く、あるがままに感じたものを受け入れることができるからだ。

(ケツと太ももの狭間なんて、知るわけねえ。だったら、スパンキングだ。そう考えれば、腰も、脚も、なんなら足も、腹も、胸も、腕も……!)

 翔は、容易に“認識”を改める。

(全ては、スパンキングだ)

 それこそが、“スパンキング”翔という魔人が、底知れない強さを持つ一因である。

(俺は、ケツだ!)

 今、【ラスト・スパンKING】は発動する。


 なお、現在全裸指数は100%である。

* *


※ 本戦 LIVE中 Side従者 ※


 玉座から二人の戦いを見下ろす少女。
 彼女は、手の中に小ぶりなスイッチを転がしながら、戦いの趨勢を見守っていた。
 異常な速度で行われる戦闘。経過時間は、未だ3秒程度。
 少女の動体視力では終えない部分も多いが、状況は露出卿が有利のようである。
 翔につけられた傷と、周りに飛び散る血がそれを物語っている。

「どうやら、これは必要なさそうですね」

 じっと手の中のスイッチに視線を落としたその時。
 ギィンと、金属音が鳴り響いた。


* *


※ 本戦 LIVE中 Side露出卿 ※


 拾漆撃目を翔の大腿部に加えた時、露出卿は違和感を覚えた。

(先刻までの感触と、違う)

 確かめる意味で、拾捌撃目。今度は、腰部を狙う。

 ギィンッッッ!

 尻を穿った時のような、金属音が鳴り響いた。

(己をケツと化したか)

 極限状態を越えて、急激な能力強化が現れる。それは、決して珍しい事ではない。
 百戦錬磨の露出卿は、知っている。
 強者は、強者を引き上げる。
“スパンキング”翔は、露出卿の強さによって、己の限界を引き上げられたのだ。

(ならば、次であるな)

 先ほどのミリ単位のミスも含め、これで三手遅れた。
 これ以上切り結べば、【ラスト・スパンKING】は翔を手の付けられない強さまで持ち上げる。それは、避けなければならない。
 100分の1秒にも満たない時間に、思考は終了していた。
 露出卿は慌てない。
 彼女の対応力の高さは、経験値の高さに直結しているのだ。

(年季が違うのであるよ、小童(こわっぱ)よ)

 露出卿は、剣を一度思い切り振りかぶり、タイミングをずらした。
 翔の一瞬の動揺が、手に取るようにわかる。その上で、渾身の突きを放つ。
 当然、翔は尻で迎え撃った。
 露出卿の切れ味鋭い業物は、全裸の翔の肛門に深々と突き刺さる。
 次の瞬間、翔に影が落ちた。

(『高速5センチメートル』による移動は、直線だけとは限らん!)

 視線だけ上空に向けると、露出卿が剣を手放し、その美しい裸体を、中空へと放っていた。
 露出卿は、側宙をするように翔を飛び越え、同時に自身の豊満な乳房を揉みほぐす。その投げ出した両足を5センチメートル回転移動させ、更に着地寸前にも足を地面に5センチメートル近づけ、落下速度を速める。
 着地したその位置は、翔の真正面。
 顔面を殴り飛ばすことができる。絶好の位置。

 露出卿にとっても、これは賭けだった。
 一手のミスが、即敗北に繋がるような、危険な動き。
 だが、躊躇いはいらない。
 翔が覚醒をしたことで、形勢は完全に逆転しているのだ。
 ならば確率が低くとも、一筋の光明に向かって迷うことなくその身を投げる。
 それこそが、露出亜で長年最強の名をほしいままにしていた、露出卿の強さ。

(もらったぞ!)

 翔の驚愕する顔と、とっさに腕を上げるのが見えた。
 だが、もう遅い。強化が薄い今の翔ならば、ガードをしたとしても吹き飛ばせる。
 着地した足を重心に、渾身の正拳突きを放った。

「かあああああ!」

 露出卿が、吼えた。


* *


※ 本戦 LIVE中 Side翔 ※


 静寂が、満ちる。
 露出卿の放った拳の一撃は、その風圧で周りの床板を根こそぎ剥がすほどの、渾身の一撃だった。
 並の魔人であれば、体を貫通すらしていたかもしれない、鋭い一撃。

“スパンキング”翔は、立っていた。

「馬鹿な……」

 露出卿の口から、思わず驚愕の声が漏れた。
 その拳の先には、ガードの体勢をとっていたと思われる翔の肘関節があった。

 それは、肘を曲げて上腕と前腕をくっつけた際にできる割れ目を、反対の手で作った丸で隔離することで現れる尻。
 通称“ひじお尻”が、露出卿の攻撃を受け止めていたのだ。
(※参考 http://portal.nifty.com/2007/08/08/c/ )


「俺は、ケツだ」

【ラスト・スパンKING】により、露出卿渾身の一撃を力に変えた翔は、圧倒的な速さで身を翻す。

 その尻は、光を超えた。

 露出卿の側頭部が、翔の尻の方の尻に殴打された。体の中心を軸に、空中を横回転しながら、露出卿の体は吹き飛ぶ。
 勢いは止まらず、水切りのように二、三回地面に接地し、階段をかけ昇っていく。
 露出卿が飛んでいく先には、従者の少女がいた。

「……え?」

 露出卿の体は勢いを殺さずに、小さく呟いた少女にぶつかった。
 そのまま吹き飛ばされ、二人とも倒れ伏す。

「はあ……、わっりい。加減、できなかった」

 ふらふらと、二人を介抱しようと歩を進める翔。
 そのとき、少女が握りしめていた小ぶりなスイッチが、激突の瞬間に宙に投げ出されたのだろう。くるくると回転しながら地面に落ちてくる。
 なんという奇跡だろうか。ちょうど、押しボタンを真下にして。

 ぽちっとな、と音が聞こえた。

 同時に、古城全体を揺るがす振動と、城の端から順に爆発音が近づいてくる。

「……は、はああああああ?!」

 これが少女の“準備”である。
 如何に露出卿が正面戦闘を望もうとも、保険はかけねばならぬ。
 少女は、この古城全体に爆弾を仕掛け、いざというときは翔を生き埋めにしようと企んでいたのである。
 陥没する床。めりめりと剥がれていく外壁。落ちてくる天井。それを翔は、しゃくしゃくと尻で受ける。

「これって、やっぱやっべーやつだよな」

 もはや、一刻の猶予もない。すぐに脱出しなければ、と考えた時。
 翔の視界に、気を失う二人の女が入った。
 翔は、一瞬固まった後、やれやれと笑った。

「こいつも尻の届く範囲、だな」

 男が、女二人を肩に担ぎ、尻を振りつつ、爆発をBGMにしながら古城を走る。

 全員全裸で。

 こんな映像が、全国に放送されていいのだろうか。
 良いのである。
 これこそが、エンターテインメント。
 これこそが、DSSバトル。
 これこそが、C3ステーションなのだから!


* *


※ 本戦 LIVE中 Side露出卿 ※


 露出卿が目を覚ますと、尻意(ケツイ)と書かれたふんどしが体にかけられていた。

「……寒いとでも思ったのか、目のやり場に困ったのか」

 どちらにしろ、このふんどしが思いやりなのだろうということは、確かに伝わった。
 身を起こすと、古城はただの瓦礫の山と化していた。
 既に気が付いていたのだろう隣の少女は、ポリポリと頭を掻く。

「火薬の量、多すぎました」

「うむ。さすがにちょっとやりすぎたであるな」

 こらっと、少女の頭をこつんとやる露出卿。少女は、てへっと舌を出した。

「おっ! 起きたな」

 翔は、相も変わらず爽やかな笑顔で、サムズアップを二人に向けた。

「うむ。お主が、吾輩らを助けてくれたのであるか。すまぬな。大儀であった」

「ああ、別に礼には及ばねえよ。ついでだったしな」

 カンラカンラと笑う翔に、少女が恐る恐る声を上げる。

「いや、というかここVRなんですから。無理して助ける必要はなかったのでは」

「え?」

 翔が、硬直する。その後、「おー、おー、おー」と息を吐いた後、豪快に笑いだした。

「いやあ、すっかり忘れてたわ! とにかく助けなくちゃ、って思ってさあ!」

 露出卿と少女は、顔を見合わせてクスリと笑う。露出卿は、翔に右手を差し出した。

「吾輩の完敗である。“スパンキング”翔よ。必ずや優勝するが良い。吾輩も、心から応援しておるぞ」

「へへ、ありがとな」

 翔は、右手を差し出し、握手に応える。二人は、がっちりと手を組み交わした。

「まあ、見ていてくれよ。“スパンキング”翔の名が、DSSバトルに輝くのと、ギネスブックに載るのをな!」

 夕日の中、翔の笑顔は眩しかった。

 そして、公式の配信動画では、みんなの股間と乳頭部分にも、不自然に眩しい光が満ちていた。


* *



―――戦闘終了―――

“スパンキング”翔 対 露出卿

決着時間:10分40秒(接敵から露出卿気絶までの時間は、8.56秒)

勝者:“スパンキング”翔


* *



 C3ステーションサーバールーム。
 鷹岡修一郎は、苦虫を噛み潰したような顔で、ホットドッグにかじりついていた。
 それを、進藤美樹は苦笑いで見守っている。

「お気に召さなかったんですか」

「……いやね、いい勝負だったと思うよ。今大会きっての武闘派対武闘派だ。さぞ盛り上がるだろうと思ったし、実際すごい技の応酬だったさ」

「それでは、なぜそれほどに不機嫌なのですか」

「戦いが早すぎて見えないんだよ! そもそも三人とも全裸ってなんだよ! 無修正配信は無理だよ!」

 鷹岡は、持っていたホットドックの包み紙を、ぺしっと足元に投げつけた。
 サーバーに影響がありそうな、重たいものや水ものは投げない。鷹岡の、微妙な憤りを精一杯表現した結果だった。

「凄いことしてくれんのはいいんだけど、見えなきゃ意味がないんだよね。スーパースローとかで見せようにも全部モザイクかかるし、生放送だから他の試合は進んじゃうしさ。ああもう、どうしたもんかなあ」

「全く、扱いづらい」とぶつぶつ文句を言う鷹岡を横目に、美樹はVR空間で楽しそうに露出卿らと笑う翔の姿を見ていた。
 恐らく鷹岡は、この試合で翔が負けると踏んでいたのだろう。
 露出卿は、今大会の圧倒的な優勝候補だ。翔は強いが、まだ経験が浅い。実際、下馬評では、明らかに露出卿が優勢だった。
 だが、翔は勝った。

 鷹岡の想像を軽々と飛び越える、“スパンキング”翔と言う男。

 彼は、鷹岡が支配するこのDSSバトルと言う箱庭に、風穴を開けることができるのだろうか。



 余談ながら今回の戦いは、DSSバトル至上、接敵から決着までの時間が最も短い試合として、ギネスブックに載ることになる。
 だが、それを“スパンキング”翔は、知る由もない。
最終更新:2017年11月05日 01:31