第2ラウンドSS・特急列車その1

【逃げるが狐につままれる】



「わーい列車なのじゃー!」

 場所は特急列車、十二両編成の最後尾で時速は約80キロ、乗客は一人もいなく縦に規則正しく並べられた座席の一つに狐薊イナリは腰掛け、流れる街の景色を眺めていた。

 プシュー。

 貫通扉を開いてイナリのいる車両にやって来たのは対戦相手の稲葉白兎、うんざりした顔で口を開く。

「俺っちだってさ好きで文句を言いたいわけじゃないんだぜ、でもさなんで俺っちが思っていた“一番戦いたくない相手”と戦わなくちゃいけないんだい? しかも列車で逃げ場所も極端に少ないしホント運営は公平に対戦相手を決めてんの? 疑惑の判定に抗議の電話殺到だなこりゃ」

 文句をブツブツと垂れ流す白兎を他所に「おぉ! あれがラーメン屋という奴かの!」とイナリは窓の外に広がる世界に夢中の様だった、聞いちゃいない。

「……おいおい!! 何時になったら攻めて来るんだよ! 三時間も隣の車両で待ってたんだぞ! 痺れ切らしてわざわざ出向いたんだ、少しはラーメン屋よりもこっちに興味持ってくれよ!!」

 白兎の叫びにイナリは気付き「おっ!」と客席から着物の乱れを直しながら通路に移動する。

「むぅなんじゃ、わらわはもう少し景色を堪能したいのじゃが」
「三時間も見ていて良く言うぜ、そもそも戦う気あんのか? そんなんじゃこの先も勝てねぇぞもっと頑張れよってっちっがーーーーーう!!! これは俺っちが言う台詞じゃねええんだよ!!」

 頭を掻きながら白兎は吠える、隣の車両で相手をどう出迎えるか考えていた分フラストレーションは凄いモノだった。

「とは言ってものう……わらわはもうすいーつを食べてしもうたし、人間になる理由はもうないのじゃ……そうじゃの景色を堪能したら降参するから待ってもらえぬか?」
「えっマジ!? ラッキー!! これで一勝儲け~~やっぱりクソAIだとこんなもんかー」
「……なんじゃと?」

“クソAI”と言う言葉にイナリは目を細める。白兎はそれを嘲笑う。

「だってそうだろ狐なのに鳥頭なのかなーー? 忘れてるのかいここはVR空間なんだって全てが虚構、嘘、作り物、クソAIの嬢ちゃんはその中で食べたスイーツで満足してるんだデータがデータで満足しているなんてこれを笑わずにはいられますかって!」

 白兎は腹を抱え笑いだす、それはもう顔にも手を当て高らかに。

「あ、でも教訓として妥協ってのは大事だぜ、手に入らないから違う物で納得して、到達できないから違う道で納得して、自分じゃなくて他人の幸せで納得する。そうやって自分を騙して偽物で満足するのはさ決して悪い事じゃない、しょうがないよな人の為って書いて偽って書くんだからよ、あーでもクソAIの嬢ちゃんは人じゃないもんなぁ、あーはっはっは!!」

 一閃。

 屋根と窓ガラスが勢いよく吹っ飛んだ、白兎は斬撃をヒョイと避けイナリの手には黄金に光る剣、周りでは光る四角い箱“データキューブ”が浮遊していた。

「お? どうしたんだい? オープン列車とは洒落てるじゃないの、でも俺っちそんなに熱くないんだけど……あー景色が見え辛いからブッ飛ばしたワケねホント最近のクソAIは考える事が……」
「……らいじゃ……」
「はいー? どうしたんですかー? 風が強くて聞き取れませんねー??」
「わらわはお主のこと嫌いじゃーーーー!!!」

 イナリはデータキューブ二つをガトリング砲に変え白兎にぶっ放す。
 回転する銃身と轟く銃声、絶え間ないマズルフラッシュ白兎は目の色を赤に変え弾丸を躱す躱す躱す、列車の椅子や網棚は削れるように吹っ飛び数秒後列車の中は無残な光景になっていた。

「はぁー銃なんてさ銃口の向きで来る方向分かんだからさ、そんな物で俺っちをどうこうできるわけないじゃん銃よりよっぽど横綱の方が効果的だぜ、それより降参するんじゃなかったのかーんー?」
「さっきのは前言撤回じゃムカついたのじゃお主を一発殴るでもしないと気が済まないのじゃ」

 イナリはガトリングをデータキューブに戻すと黄金の剣を構える。

「カーッ! せっかく楽して一勝と思ったのに嘘つきは泥棒の始まりだぜ、それに殴るなんて無理無理俺っちがAIなんかに負けるわけないし結果が見え見えだから戦いたくなかったんだよ人間様にAIが勝てるわけないじゃん」
「くぅぅぅ! そういう所がムカつくのじゃ!! ぎったんぎったんのこてんぱんにしてやるのじゃ!!」
「んじゃ」

 イナリが地団駄踏んでいる間に白兎は前の車両へと疾走する、自動の貫通扉も白兎に触れられ『ラピッドラビット』の能力により高速で開き白兎の進行を邪魔しなかった。

「こ、こらー逃げるなー!!」
「ほらほらどうしたコテンパンにするんじゃないのか、なんなら前の戦いで見せてた『イナライズ』をしたって構わないんだぜー」

 イナリは白兎を追う。
 『イナライズ』
 VR空間にある物に『イナリ属性』を付与する事でイナリの一部とし自由に使役できるチート級の技なのだが1ラウンドではその“イナリの一部”とする事を逆手に取られ場外負けになってしまった。
 そしてこの特急列車はまた特殊な地形で“走る列車を中心に周囲1km”が戦闘範囲なのだ。
 結論から言えばイナリは『イナライズ』を使う気は無かった、イナリ属性の付与自体は一瞬で実行できるが、その逆は一瞬とは言えない例えるなら卵かけご飯から卵を取り除くのと同じ様に排除は難しいのだ。
 それにより列車のイナリ化は躊躇われた、もし列車の一部を外に投げられるもしくは1km先に持ち出されたらそれで終わりだ、それにレーザーではなくマシンガンで白兎を攻撃したのも意味があった白兎の立っていた先にはこの列車の運転席があるのだ、“走る列車”が範囲ならば勿論列車が止まってしまえば良くて引き分け場合によっては場外判定を食らい負けてしまう可能性だってあった、だからこそ壁を貫通するレーザーではなくマシンガンだったのだ。狐薊イナリは成長する“同じ負け方”は決してしない。
 白兎は逃げる場所が無いとボヤいていたが色々な理由によりイナリからしても1ラウンドの様にスペックを十全に発揮したド派手な戦闘を繰り広げるわけにもいかない、とても地味でつまらない試合展開になるだろう。

「うーやっぱり早いのじゃー」

 イナリは白兎を追いかけるが貫通扉が邪魔してうまく追いつけない、剣で扉を斬りながら進むもやはりタイムロスが出てしまう。
 イナリは銃を使うか迷ったが新たな車両に入る頃にはもう白兎は前の車両に入っていた、どんどんと距離が離れていくがわかる。

「ぬぅしかしこのまま先に行っても先頭車両に行くだけじゃないのかのう……まさか!!」

 ガシャン!!

 という音と共にイナリの乗っている車両が減速した。イナリは最後の扉を開けるが先頭車両と切り離され遠くで白兎が笑顔で手を振りながら扉を閉めた、人を馬鹿にするためだけの笑顔、物凄くムカつく。




 先頭車両、運転席で白兎は笑っていた。
「はっはっは! こうもうまく行くなんてやっぱりAIには負けるわけないよなー人間みたいな本能も信念もないし思考が0と1、生き物としての生きるっていう根本がないんだ捕まるわけがない」
「はたしてそうかの?」
「な!?」

 白兎が後ろを向いた先にはイナリが立っていた、黄金の剣を持つ手に力が入り、眉間にしわを寄せている。

「ちょっとお主、わらわを舐めすぎじゃぞ」

 切り離した車両からどうイナリはが追いかけてきたのか、答えは至極簡単な事だったデータキューブ
を車両の形に変え、それを先頭まで繋げただけだった。今まで武器にばかりキューブ変えてきたが、狐薊イナリは成長する。剣を構えた。

「この距離ならわらわのえくすかりばーも避けれないじゃろ、このまま列車から落としてわらわがうぃなーじゃ!」
「うぁお! マジかよクソAIのクセにここまでやるとは!! このままじゃ俺っちの負けだーやっべーもう負けたくないんだけどー」
「これで宣言通りこてんぱんんじゃー!!」
 イナリは高く振り上げた剣を振りおろ。
「なーんちゃって」

 列車が急に加速した。その勢いでイナリは背中から後ろの壁に張り付き指も動かせない程の重力が掛かる。
「ガハッ!! ……な……に……」
「ぶっ!! 悪いね……俺っち“逃げる事は妥協しない”からよ」

 イナリの隣で同じく壁に張り付いてる白兎が言う、イナリと違い前から張り付いてしまい顔を横にして喋りにくそうだった。
 白兎の『ラピッドラビット』のより列車は物理法則を無視した超加速を行った。
 凄まじいGが二人を襲う、少しでも気が緩めば気を失うだろう。

「よっしゃこっからが本番だぜ、一気に光の速さまで加速するから先にくたばった方が負けな、俺っちも光の速さは初めての経験だからどうなるかわからないけど捕まるぐらいならこのまま逃げ切らせてもうぜ」
「ぐぬ……なぜじゃ……どうしてそこまでして逃げて……」
「事情ってもんがあるのさ、クソAIの嬢ちゃんにわからないだろうけどな」
「絶対に……人間になって友達と……今度は本物のすいーつを食べるのじゃ……そしてお主を殴りに行くからの覚えておるのじゃぞ」

 白兎はニヤリと笑った。

「おら行くぜぇ!! 歯ぁ食いしばんな」

(あぁ負けたく無いのじゃ……逃げられたくないのじゃ……)

(主様にまた叱られるのじゃ……反省会で何を言われるのじゃろう……)

(あぁ、ダメじゃ……意識が遠くなるのじゃ……のじゃ……)


『自己変革アルゴリズム』


「“私は負けたくない!!”」


 光が走った。




『稲葉白兎、再起不能により脱落、勝者、狐薊イナリ!』




「僕に何か用かい?」
 イナリの製作者、阿久津海斗は言った。手に持っているスマフォは電源を切ってある。
「どうも納得いかないんだよなー、俺っちがAIなんかに負けるはずがないし四角いのも車両で使ってるはずだし防御力を上げた素振りなんて無かったのになーどういうことだ? 隣で一瞬だが見えたけどよ光の中だってのにまるで“無限の防御力”でも手に入れたぐらい不変だったぜ」

 海斗の後ろでオーバーリアクションで白兎は問う。

「それで僕に聞きたい事でも? 泥棒に教える事なんてない」
「俺っちって嫌われもんだね全くこんなに一生懸命生きてるのに人生の難しさを思い知るよ、まぁ聞いても無駄って知ってたけどよ」

「それなら僕だって納得してない事がある、車両切り離した後に加速すれば普通に勝ってたんじゃないのか、どうしてイナリを誘い出すような……」
「おいおい勘違いしてくれるなよ、そんな誰でも考えつくような勝ち方じゃダメだろ? 勝てば良いだけじゃないんだ、予想の一つぐらい越えないとな!」

「まぁあの結末は僕の53個の予想のひとつだったけど」
「後出しジャンケンならなんとでも言えるさ、それともう一つ言いたいことがあったんだ」

 白兎は海斗の隣まで来て、声を低くして言う。

「“キツネの嬢ちゃん”は俺っちの追っかけ(ファン)なんだ、あんまりひどい事しないでくれよ」
「ふん! 君に言われる筋合いな……」

 白兎は逃げていた。

「チッ! 僕の研究のすばらしさも理解できない凡人がっ!」




 狐薊イナリは成長する。それは自分から望んでか、それとも誰かに望まれてか。 


GK注:このSSの執筆者のキャラクター「稲葉 白兎」
最終更新:2017年11月05日 02:08