どこまでも続く深い深い暗闇。
そこには彼女自身と茉莉花の他には何も見えない。
「期待外れでしたね。貴女を信頼していた私が間違っていたのかしら」
茉莉花が今にも全てが凍り付きそうな声で、目の前のナズナに言った。
「勝てるんじゃなかったんですか?なのにあんな簡単に負けてしまって」
「違っ……」
「何が違うの?私のために戦ってくれるんでしょう?」
茉莉花の口からは、ナズナを批判する声が続く。
ナズナは何も言えずにただその場に立ち尽くしている。
「でも実際はあんな体たらく。貴女には愛想が付きました。別の方を探すことにするわ」
茉莉花はナズナにそう告げると踵を返し、歩き始める。
「待って!茉莉花。貴女に見捨てられたら……!」
「何年待ったのでしょうね。もう待てないわ」
茉莉花の姿が遠ざかっていく。
残されたのは絶望する一人の少女だけだった。
☆桜屋敷家、ナズナの部屋
言葉にならない声をあげ、可愛川ナズナはベッドで目を覚ました。
周囲を見渡すと茉莉花に与えられた桜屋敷家のナズナの部屋だった。
自分の身体を見ればパジャマが汗でぐっしょりと濡れている。
「……夢……か」
分かっている。あれは違う。
茉莉花がナズナにあんなことをいう訳がないのだ。
あれは自分自身の言葉だ。
荒川くもりに負けたナズナを軽蔑する自分自身の。
何をしても勝つべきだと思っていたのに。
現実には負けてしまった。
後悔がナズナをさいなめる。
「どうしたんですか、ナズナ!」
先ほどのナズナの声を聴いて、何事かと駆けつけた茉莉花が部屋に飛び込んできた。
「ナズナ、大丈夫?顔色が悪いわ」
「大丈夫よ。問題ないわ」
そう言ったナズナの顔色は悪く、身体は震えている。
明らかに大丈夫なようには見えない。
「本当に大丈夫ですか。お医者様をお呼びしましょうか?」
「問題ないのよ。少し嫌な夢を見ただけ」
「どんな?」
「言いたくない」
言えるわけがない。貴女に見捨てられる夢を見たなんて。
本当の彼女は自分を信頼してくれているというのに。
「そう。でも、何か問題があったら私に言ってね」
まだナズナを心配そうな顔で見つめながら、茉莉花は退室した。
ナズナは茉莉花を見送ったあと、眠っている間にかいた汗を洗い流すためシャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びながら先ほどの夢を思い出す。
茉莉花が彼女を見捨てたらどうなってしまうのか。
しばらく考えて、結論を出す。
大丈夫。何も変わらない。
茉莉花がどうであれ、ナズナのすべては彼女のものだから。
☆桜屋敷家、茉莉花の部屋。
机の上に置かれたパソコンにDDSバトルの試合が上映されている。
それを見つめる二人の少女。
画面に映し出されるのはゴメスと露出卿の激しい死闘。
それを見つめる茉莉花の顔は茹蛸の様に真っ赤になり上気している。
「大丈夫?」
「いえ、あの、その殿方の、あれがその、ごにょごにょ……」
茉莉花の声がどんどんか細く消え入りそうになっていく。
仕方がない。
彼女はこのようなものに触れる機会はなかった。
放送可能なように最低限の処理は施されているが、それでもあの試合は彼女には刺激的過ぎるのだ。
なぜこいつらは裸で戦っているのだといわざるを得ない。
嫌がらせか。真っ当な価値観を持った婦女子に対する嫌がらせだな。
さてゴメスだ。
露出亜出身の恐るべき魔人である。
現在は刑務所に収監されている。
ナズナはかつて露出亜の魔人と戦ったことがある。
露出亜の魔人が生み出した恐るべき魔剣、フルチン三刀流。
それを操る万曲蘿景は恐るべき強敵だった。
12位と13位のボーダーを争うような激しい死闘の末、ナズナは蘿景を打ち破ったが、精神的にも肉体的にも著しく消耗させられた。
特に股間のあれはもう見たくないとナズナは思ったものだ。
閑話休題。
「どうしたものかしらね」
画面で暴れるゴメスパロボの姿を見て頭を抱えるナズナと茉莉花。
端的に言って強すぎる。
ナズナの力でダメージを与えられるのか。
不可能ではないのか。
「いっそ、最初から降参でもする?私は構わないけど」
「それはしない。」
勝ち目はないかもしれない。
逃げようとは思わなかった。
また後悔すると思ったから。
「そう。じゃあ、頑張って。
VRでも貴女が死ぬところなんて見たくないですけど、貴女の選択ですものね」
☆ショッピングモール
いつものように買い物客でにぎわうショッピングモール。
親子連れやカップルが楽しんでいる。
そこへ突如現れた異物。
あれは何だ!鳥か!飛行機か!いや違う!ゴメスだ!
~《ゴメスのうた》~
作詞:ゴメス 作曲:ゴメス 唄:ゴメス
「♪ゴメス ゴメス ゴメス」
ゴメスが歌うゴメスォングの重低音がスピーカーから流れる。
「♪露出亜、のメキシコに生を受けた
天下ゴメんのストリーキング」
ゴメスマッシュが連絡通路を破壊する!ゴメスパロボの操縦するゴメスはもろちん全裸だ。
ゴメストリーキング!
「♪その名も名高き万出裸素王 放て!股間のゴメスキャノン!」
ゴメスパロボが股間のゴメスキャノンからゴメスカッドミサイルを発射する!
洋服店が破砕した。人類は衣服から解放された!
「♪ゴリラのメスは大体友達 OH ゴメス」
ゴメスタンプ!ゴメスラッシュ!ゴメスイング!
上機嫌にショッピングモールを蹂躙していくゴメスパロボ。
逃げまとうNPCや観客たち。
「へへへ~ェ!露出卿の野郎には負けちまったけどよ~。あいつも露出亜の有名人様だ~!まあしょうがねえ。
で、今回の相手だけどよ~ゥ!」
ゴメスがポリポリとゴメスナックを貪り食う音が聞こえてくる。どさくさに紛れてパクったものだ。
もろちん全裸だ。ゴメストリーキング!
「桜屋敷家のエージェントだ~ァ!戦いで降参するような腑抜けがこのゴメス様に勝てるわけがないだろう、ひゃひゃひゃ」
ゴメスが本屋からかっぱらってきたと思しき雑誌を手に取る。
「ほう、インタビュー。桜屋敷家のエージェント様は人気は違いますなァ~~~!
何々~『お嬢様のために命がけで戦います』だ~~~。
言葉が軽いなァ~~~!全く響かねェ~~」
「こんな奴を雇ってるんだから、桜屋敷家のお嬢様っていうのもたいしたことねぇんだろうなァ。
まァ、いい女なのは認めてやるけどな!」
ゴメスがマシンガンの様に次々とナズナに侮蔑的な言葉を投げかけ続けていく。
それをナズナは離れた場所で隠れて聞いていた。
ただの挑発だ。怒らせて姿を現すことを期待している。
露骨すぎる挑発に乗るべきではない。
それはわかっているが、やはり茉莉花への侮蔑は許せない。
それでも我慢して、隠れて抵抗することにした。
幸い視線誘導を連続使用することで、ゴメスはこちらは気づくことはない。
(でてこねぇか。まぁ、露出卿もそうだったからな、バカじゃねぇよな)
「面倒臭ぇ!瓦礫に埋もれて死んじまいなァ~~!ひゃはああああ~!」
ゴメスが股間のゴメスキャノンからゴメスカッドミサイルを発射!発射する!さらに発射する!
先ほどまで喧騒に賑わっていたショッピングモールが瓦礫と化していく。
落下してくる瓦礫を避けつつナズナが逃走を続ける。
それも逃げ切れない。
ミサイルの爆風が、瓦礫が、彼女を傷つけていく。
いつしかナズナは上空から落下した瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた。
「見つけたぜ、可愛川ナズナ。手こずらせやがってよォ~~~!!
まあ、よくねばったと思うぜ。
これで終わりだけどな」
ゴメスはジョイコントローラーを操作し、ゴメスタンプを繰り出す。
ゴメスパロボの巨大な足。それがその試合でナズナが最後に見た光景だった。