第3ラウンドSS・出場選手に縁の深い場所、土地その2

【屋上から逃げるが逃がしはしない】



 今回の戦場は15階建ての高層マンション。
 範囲はマンション内に限定され外の地面に触れた場合脱落になる、恐らく今回のDSSバトルで最も狭い地形に当たるだろう。
 そのマンションの屋上に二人、稲葉白兎と狭岐橋憂。
 VR内での時間は夜だが月と住宅街からの明かりでお互いの姿はハッキリと確認できた。
 先に口を開いたのは白兎だった。

「はいでたー! 無能運営! 男性の前じゃ能力を使えない上にさらにこんな狭い場所なんてコレは流石に俺っちにテコ入れしすぎでしょー! これは俺っち勝っちまうよ負ける要素無し! 皆無! こんなの視聴者さんも見てられない俺っちならいいとも見てるよ」

 白兎はベラベラと運営に対する愚痴を言い放つ。いいともが放送終了しているのを知らない。

「試合を見ましたけど本当によく喋りますね」

 憂は呆れた顔で答える。
 手にしたバックにはナイフが何本も入っている。
 これは憂自身の能力『ジレンマインマ』によりサキュバス化して上空か視認されない距離でナイフの雨を降り注がすという戦略の為に用意したものだが、マンションに逃げ込まれたらそこで終わり。
 ナイフで切り掛かる手段も考えたがサキュバス化していない憂は普通の女子大生とほとんど変わらない、前の試合を見て白兎に走って追いつくとは到底思えなかった。
 つまりは詰みの状態、白兎がどのような勝ち筋があるのかはわからないが戦う手段が見当たらないのだ、このままでは白兎が余裕で逃げ回りそれを憂が追いかけるだけの24時間鬼ごっこになってしまう、これはDSSバトル始まって以来のクソ試合になり、視聴者はいいともどころかごきげんようまで見てしまう。

「そりゃそうだろこんなマッチング誰でも先が見えてるってもんだ、ホントに運営はエンターテイメントってのを一から勉強し直すべきだね、あーそれと言っとくけど速いだけで俺っちが捕まえられると思っちゃいけないぜ、なんなら新幹線と競争でもしようか? 300系でも700系でもひかりだろうがのぞみだろうが、こっちは自慢の三十六計、逃げ切って見せようじゃないの」
「……前回の戦いで列車に轢かれてましたよね?」

 白兎は頭を掻きながら心底馬鹿にした態度で口を動かす。

「あーあホントに話にならないなーなんで“前回がダメだった”から今回もダメって決めつけるのかなーそんな考えじゃ負けてる人間はずっと負けっぱなしじゃないか俺っちは違うぜ何時だって勝つ気満々よ、中には俺っちが負けるのが当たり前って思ってるかもしれないけどとんでもない、このDSSバトル最後に勝つのは俺っち『逃走王』よ」

 白兎はオーバーな動きで憂に語る。
 優は難しい顔をして「はぁ……」と相槌を打つ当然の反応だ。

「それにしてもわからないなーなんで淫魔の嬢ちゃんが戦い続けるのか“勝って云々”の話はお尻の旦那に任せてるんじゃないのかい? これ以上戦う理由もないだろうに」

「そ、それはカナちゃんを救うのは私だから……」

 憂は第1ラウンドの相手“スパンキング”翔に敗北している。
 その戦いの中で翔は憂に自分が優勝したら『真の報酬』を憂の親友カナちゃんを生き返らせる事に使うと約束したのだ。白兎はその試合を見てこの事を知っていた。
 憂は2ラウンドも敗北し対する翔は2勝し優勝への道を着実に昇っていた、確かに憂がここから優勝するのは難しいかもしれない。

「はぁー言い訳がヘタだなぁそんな理由で戦われても」
「そんなですって」

 憂は白兎を睨む、カナちゃんを助けたいと思う気持ちは本物だ嘘も偽りも無いそのためにこのDSSバトルに参戦したのだ、それを“そんな理由”と言われるのは憂でも心底穏やかではない。

「ダメダメそんな怖い顔しても、正義とか愛とか勇気とか夢とか友情とか信頼とか使命とか責任とか明日とか未来とか、そんなのが戦う理由になるわけない」

 白兎は手を広げて大げさに言う。

「俺っちから言わせればそれは“逃げない為の理由”だろ? 生き物ってのは本能で脅威から逃げようとするもんだ、だけど人間ってのは“逃げるのが恥”とか思ってるだろ? なにが恥なのか後ろを向いて前に進むのが悪いと考えてる、それをしないために理由を探すんだよ今の淫魔の嬢ちゃんみたいにさ、いいじゃん後は任せてさ、俺っち達は下の階でお茶でも飲もうじゃんよ」

 憂は分かっていた、挑発されてる事に。
 よく考えてみろ言ってる事はメチャクチャだ。
 ここで動いては相手の思うつぼだと、ここで怒ってしまっては友達の為にギネスに載る事を後回しにしても『真の報酬』を憂の願いに使うと約束してくれた翔に泥を塗る行為だと憂は考えた。

「そ、そんな見え見えの挑発で私が……」
「あーでも“相手に後ろを見せる”って点では俺っちもお尻の旦那と似てるよな」

 憂の目元がピクピクと動いた。

「まぁお尻を向けて進む方向が違うってだけだし、それにお尻の旦那はお尻を出して進むけど俺っちズボン履いてるから俺っちの方が何十倍もマシってもんよ、俺っちそういう性癖持ってないんでね」

 そう言うと白兎は自身の尻を憂に向けて左右に振った。

「な!!」
「なにを言ってるんですか! 
翔さんとあなたが似ている!? 
ふざけないでください! 
翔さんはあなたみたいな軽薄で心底ムカつくような顔はしていません!
断然翔さんの方が整っていますし男らしくて優しくてカッコイイです!
それに逃げる事しかしないあなたなんかと翔さんが同じなわけないでしょう!
戦ったら翔さんの圧勝に決まっています! あなたなんて秒殺です!
翔さんがお尻丸出しなのはスパンキングだからです! 性癖とかじゃないんです!
そう……ファッション! ファッションです! ユニフォームなんです!
あなたみたいな頭にカチューシャを付けてチャラチャラした
『俺、イカしてます』みたいな格好、正直気持ち悪いしダサいです!
それになんですかあなたのお尻、そんなもの向けられても不快なだけです! 気分が悪い!
翔さんのお尻はもうツヤとか形から違います! もうぜっっっぜん! 違う!!
もっとこう……安心感があります! そうまるで太陽のような二つに割れてるので太陽が二つです!
だっだからっ!!!!!
あなたなんかより!!!!!!
翔さんの方が!!!!!!!!!!
ず~~~~~~っと!!!!!!!
素敵なんだからーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 最後はもう力いっぱいの絶叫だった。

「俺っちマジ泣きそう」

 ハッと憂が我に返る。
 顔がみるみると赤くなっていく。
 体が小刻みに震えだす。
 小さく「うぇ」「あ」「ちちが」と呻きだす。
 目がぐるぐるしてきた。
 両手で顔を隠す。そして。

「う、うあああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」

 憂は後ろに向かって走りだした。

「ええっ!?」

 これには白兎も驚いた。
 憂はそのまま屋上から飛び降りた。







 憂は現在マンションから落下中であった。
 最初に言っておくが恥ずかしさに負けて自暴自棄になったわけではない。決して。
 落下することにより白兎との距離を離れサキュバス化して形勢を整えようと考えたからだ。
 マンションの半分くらいをすぎた、これでサキュバス化ができる、はずだった。

(あれ!? なんで)

 体がサキュバス化できない、憂はまさかと思い上を見た。
 白兎が同じく落下してきいた目が合うと笑顔で手を振ってくる。
 人の神経を逆なでするだけの笑顔、とてつもなくムカつく。

(そんな一緒に飛び降りるなんて……)

 このままでは憂はサキュバス化できず地面に先に激突して敗北となるだろう。

(コレを狙って? なんだかんだ言って挑発に乗ってしまった……)

 憂は知っていた、このマンションが自分の縁のある場所である事を、忘れるわけもない親友カナちゃんが死んだマンションそのままなのだ。

(またこのマンションから落ちるなんてホントあの時からなにも変わってない……)

 カナちゃんはもういない、あの時の様に助けてくれる親友はいないのだ。

(でもこのまま落ちたらカナちゃんの痛みぐらいわかるかな……)

 憂は目を閉じた。

(怖い)

 すると憂は誰かに抱きしめられる感覚を覚えた。

「え」

 確認しようと目を開けたときは真っ暗だった。


『稲葉白兎、リングアウトにより脱落、勝者、狭岐橋憂!』






「ちょっと待ってください!!」
 憂は廊下で白兎を呼び止めた。

「なんだよ俺っちに用かい?」
 白兎は気だるそうに答えた。

「なんで私を助けたんですか!?」
 憂は走ってきたのか肩を縦に揺らしながら言う。

「助けた? おいおい忘れたのかい? 淫魔の嬢ちゃん、俺っちは『逃走王』だぜ、逃げるのは何時だって俺っち! 俺っちが『ラピッドラビット』を使って落下に追い付いて良かったぜ、俺っちより先に逃げるなんて百年早い、俺っちは逃げる奴が大嫌いなんだ、“逃げる”の王だぜ逃げる事も勿論得意だが、逃げる奴を“逃がさない”のも得意なのよね俺っち」

 憂は白兎が落下する自分を助けたと思っていたが、違ったみたいだった。
 白兎はただ“自分より先に逃げた憂を逃がさない”為に自分が先に落下したのだ。

「改めて言うぜ淫魔の嬢ちゃん、“俺っちは逃げる事を妥協しない”だから“俺っちの何時だって逃げるだけだし俺っちから逃げる奴は存在しない”」

 憂は拍子抜けであった、少しでも白兎を“もしかしたら良い奴”などと考えてしまった。
 結果は杞憂だった最終的に白兎はただの“逃げる変態”の感想しか湧かなかった。

 しかし結果的には、憂はカナちゃんの痛みを知る事はなかった。
 憂は少し期待していた、自分の性で死んでしまった親友の痛みを知る事に。

(逃げない為の理由にしているか……)

 白兎の言葉を思い出す。
(カナちゃんは自分を犠牲に私を守ってくれた。
ならば自分のチカラでカナちゃんを助けるのが筋だと思う、けど翔さんの気持ちも嬉しいし可能性が高くなるなら、卑怯だって言われるかもしれないけど、それでもカナちゃんを救いたい!! だから)

(私が優勝したら一番最初に沢山『ありがとう』って言おう、翔さんが優勝したら一番最初に沢山『ごめんなさい』って言おう)

 そう憂は決意した。今はこれでいい。

「おいおい、淫魔の嬢ちゃん聞いてる? そんなに呆けて……あ、もしかして俺っちに惚れちまったかい? いやーまいったね俺っち心に決めた人がいるからその気持ちには受けれないなーでもふともも良かっ」

「そんなわけないでしょう!! ふざけないで!! 私はあなたが嫌いです!!」

「ホント俺っちって嫌われモノだね慣れたくないけど慣れちゃいそう、あ! お尻の旦那!!」

 白兎は憂の後ろに向かって声を出す、憂は「えっ!?」と後ろの向く。
 そこには誰もいなかった。
 からかわれたと怒りの形相で白兎の方に憂は向きなおした。

 白兎は逃げていた。

「やっぱり嫌い!!」

 憂は叫んだ。

「お! 憂ちゃん! 試合は」

 憂は逃げ出した。

「え、あれ……?」

 廊下で“スパンキング”翔は寂しくたたずんでいた。

GK注:このSSの執筆者のキャラクター「稲葉 白兎」
最終更新:2017年11月12日 00:58