~1~
ああ、この国は。
この世界は一度滅びたというのに。
また、滅ぼすのでしょうか。
まだ、滅ぼすのでしょうか。
また、死ねというのでしょうか。
まだ、死ねないのでしょうか。
私たちに、まだ何かを求めるのですか?
私たちは、また何かを捧げるのですか?
魔を司る王よ。
破壊を司る王よ。
微睡から目覚め、世界を喰らって眠るのですか。
虚ろな夢を見続けるのですか?
世界を覆う曇天よ。
この世界を創る雲よ。
~2~
それは宝石と金属と紙で出来ています。
それは薄く延ばされた黄金が織り込まれた美しい紙で。
それは丁寧に折り組み上げられて人の形となります。
それらは宝石の瞳を持ち自らを折り紙人と呼びました。
その場所は、彼らの聖地でした。
色鮮やかな宝石を積み上げたお城の様な建物は。
彼らの王であり神を祭る場所なのです。
壊れた宝石神殿を積み上げるのが彼らの仕事でした。
神殿が完成するころに王はやってきて。
この世界を破壊して帰っていきます。
王に逆らうように創られた人々も。
王に従うように創られた人々も。
全て壊れると。
彼女は少し満足して目覚めるのです。
ここは曇りの世界。
荒川くもりの精神を安定させるためだけの世界。
色とりどりのブロックと折り紙でできた彼女の小さな世界。
~3~
「妹はね、大人しい子ではあったよ。物を作るのが好きでね」
とプロテイン入り飲料を飲みながら荒川晴也は笑った。
飲み終えたパックをダストボックスに投げ入れるとおもむろに服を脱ぎ両腕に力こぶを作った。
上腕二頭筋を強調するフロントダブルバイセップスのポージングだ。
荒川くもりの兄である晴也はビキニパンツ一枚の半裸、いやほぼ裸であり
向かいに座る露出卿は全裸である。
露出卿は出されたプロテイン飲料を飲みながら静かに話を聞いている。
「折り紙は俺が教えたんだ。あ、似合わねえって思ったろ?筋肉を作り上げるのは緻密な美しさを表現しなきゃあならないんだぜ?そういう事、美しい筋肉を創造(ビルド)するには想像(イメージ)が大切なんだ。折り紙は良いイメージトレーニングになるってわけ、OK?」
上腕二頭筋をぴくぴくと動かす。
くるりと背後を向き背中の筋肉を強調する。
バックダブルバイセップだ。
「まあ、それはいいや。ま、そういう事でね。あいつは折り紙とかブロック遊びとかが好きだったよ。もう聞いたって?続きがあるんだよ。あいつはな、完璧主義っていうかね。いやまあ、割と雑なところもあるんだけれど。自分ではそう思ってるんだろうなァ。間違いが許せないんだ。思い通りできないと癇癪をおこしてね。作ったものを壊しちまう。なあ、そうだろ?」
「兄さんの意見を僕に押し付けないでもらえるかな」
ソファで本を読んでいた眼鏡の少年。
荒川雨が、心底嫌そうに答えた。
兄は腰に手を当てるラットスプレッドのポーズに移行する。
「そういう時に面白がって一緒に壊してただろう、兄さんは」
「そりゃ、俺は妹思いの良い兄貴だからなァ。妹が喜ぶことは一緒にやるのさ」
横を向き胸を強調するように腕を組む。
サイドチェストだ!
「はぁ…、そうやって関係ない僕も片づけを手伝わされるんだ、まったく」
「兄姉思いの良い弟をもって俺は幸せだぜ?」
頭の後ろで腕を組む!
おお、腹筋を見せつけるアブドミナル&サイ!
「…話が進まないな。まあ、そういう事さ、何がって?察しが悪いのかい?姉さんの魔人能力の話だろ?」
「お前は説明が足りなさすぎるんだよ」
「兄さんは余計な話と無駄なポーズが多いんだよ。つまりだ、あのバカ兄の影響もあってか姉は健やかに成長したね。イライラすると物を壊してスッキリって感じの見事な性格にね」
「いいじゃねえか。可愛いもんだ」
「そうだね、ストレスの度合いに応じてより複雑な物、より丈夫な物を壊すうちに。あんな魔人能力に目覚めなければ…だけど。そのうち目的と手段が逆になってしまってね。壊さないといられなくなったんだ。壊す事がストレス解消だったのに、壊さない事がストレスになってきてしまった」
「どうなったか、わかるだろ?」
と兄は笑う。
「笑えないね、まず“身近なモノ”を壊したのさ」
と弟は首を振る。
「いやあ、死ぬかと思ったね。ありゃ」
「死んだんだよ、バカだな」
「でも結局は生きてるだろ?」
「完全な破壊なんていうのはないって事さ、姉さんはあらゆる物を完全に破壊してるつもりだろうけれど。実際は違うのさ。イライラするたびに破壊してたら世界なんか一週間も持たずに消えちゃうよ」
弟はそういって本を閉じる。
この部屋の壁はすべて本棚であり、数えきれない本がそこにある。
「俺たちは、妹の魔人能力『全壊(オール・デストラクション)』で一度死んだのさ。俺達っていうのは俺と弟と」
「姉さん自身もだね。自分で自分を壊したんだ。壊してみたくて仕方なかったんだろうね、自分っていう存在を。自分を、僕達をバラバラに引き裂いて魔人に目覚めた」
「ま、じゃあなんで生きてるのかってなるわなァ。実を言うとな俺達兄妹は三人一組で魔人に覚醒したんだ。そういう事」
兄はグッとサイドトライセップスのポージングをきめた。
横から見た三頭筋が美しい。
「かまいたちっていう妖怪を知っているかな。一匹目が転ばせて、二匹目が切りつけて、三匹目が薬を塗る。姉さんの『全壊(オール・デストラクション)』。僕の『記録(スクラッチ・ブック)』。兄さんの『創造(ボディ・ビルド)』。姉さんが壊したものは僕がすべて記録している」
「それを俺が創り直すってわけだ」
ニッっと兄は無駄に爽やかな笑顔を浮かべてモストマスキュラーのポージングをキメる。
「姉さんは常に何かを壊し続けることで平穏を保っている。僕達はそれでかまわない、彼女の魔人能力のリスクは僕たちが請け負っている」
「安心してくれ、俺たちはあくまでサポートさ。戦いに直接手出ししたりしない。もとよりVR空間だからな。大抵のものは壊しても良いんだが」
「たまに勢いで概念とか壊したりするからね、姉さんは。本人は凄く考えてるつもりなんだろうけれど。そういうのを壊されると他にもずいぶんと影響が出るからさ。僕達が修復する」
「逆に言えば、俺たちが直すことが前提だからこそ妹は能力を行使できるのさ、俺たちが直さなきゃ、あいつがその反動を負う、つまりは死んじまうんだろうな」
弟が立ち上がる。
「どうして僕たちがこんな話をしたのか。僕達を殺せば姉は無力化する。でも、貴女はしない。そうでしょう?露出卿」
「聞くまでもない質問であるな」
「貴女は番外戦術を好まない。戦いとは貴女にとって敬意を払うべきものであるからだ」
「前回のアレも、アンタの好みじゃないんだろう」
「兄さんはデリカシーがないな、黙っててくれる?」
「あれは、あの子が吾輩を案じてくれたものであろう?やり過ぎではあったが…、その好意を咎めるのを吾輩は好まない」
「良いね、良い女は言う事が良い」
「そういう君も美しい体をしている、筋肉のキレがいい」
「だろォ?ほら言っただろ、この人は話が分かる相手だよ」
「兄さんの筋肉を褒めるのは相当奇矯だと僕は思うけれどね」
それはさておき、と弟は話を続ける。
「この戦場は姉がなんども魔王として訪れている異世界だ。姉は毎回自分の記憶を破壊して忘れているけどね。同じ作業には新鮮味がないらしい。でもこの場所は姉にとっては原風景だ。そういう場所でなら、姉も余計なことを考えないと思って戦場データに紛れ込ませた。僕の『記録(スクラッチ・ブック)』は記録に干渉できる側面もある。そしてデータは君のところにも送っている」
「見させてもらっているよ」
「俺たちはいまだ不安定な妹が本当の意味で能力をコントロールできるようになればと願っている、あれでも愛すべき可愛い妹だ。妹は先ほどの負けを不満だと思っている、負けたと思っていないのだ。不意打ちによる負けをね」
「ですから姉が全力で遊べる相手として貴方は最高だと僕らは考えている」
「無論、戦いは本気である。吾輩も楽しませてもらうとしよう。だがそれでどうなるかは彼女次第であるな。それと」
「なんだい?」
「先ほどのプロテイン、中々良さそうであるな。今度レシピを教えてくれ」
兄は笑顔でサムズアップして応える。
露出卿は呵々と笑い、部屋を後にした。
どこにあるのかも解らぬこの部屋では。
兄の筋トレの音と弟が本のページをめくる音だけが続いていた。
~4~
「ようこそ勇者様、お待ちしていました」
折り紙の体、ビーズの目、子供がつくった稚拙な人形は。
年月を重ね宝石の瞳をもつ美しい人々になっている。
「宝石神殿は魔王様のお住まいです、どうぞお進みください」
元々プラスチックのブロックで組み上げられていた神殿は。
今や宝石を積み上げた神の社となっている。
その中を露出卿は全裸で歩く。
「カラフルで良いな、作って壊す中にも遊び心を感じる」
「お褒めいただいてうれしいなあ」
神殿内の一段高い祭壇にて、荒川くもりが露出卿を見下ろした。
「まるで、子供の玩具箱を見るようなワクワク感があるよ」
祭壇上の王に跪く事無く露出卿は荒川くもりを見上げた。
ふわりと、くもりが両手を掲げる。
音もなく、露出卿が剣を抜く。
「ようこそ、勇者さん。玩具箱の中の玩具なら壊しても構いませんね?気分が良ければ丁寧に壊してあげますよ~」
「月並みなセリフも悪役の様式美としてはまずまずである事だ」
くもりが腕を滑らかに動かすと同時に姿を消した。
~5~
くもりの肩に痛みが走る。
(斬られた?)
距離を破壊しての瞬間移動によるくもりの初手の一撃は見事に避けられた。
荒川くもりの魔人能力『全壊(オール・デストラクション)』は掌で触れたものを破壊する能力。
その破壊対象は概念にすら及ぶ。
「視点の移動が甘い。自らが瞬時に動くのであれば動いた先で即座に相手を見れるようにするべきだ」
凄まじい衝撃が、くもりの腹に叩きこまれる。
「うぎゅッ!?」
稲妻のような蹴りがくもりの死角から放たれたのだ。
吹き飛ばされながら、くもりが振るった腕は空を切る。
(読まれた?瞬間移動は知られていたとしても移動先を?でも)
空間の概念が破壊され距離が圧縮される、自分ではなく対象を、神殿を構成する巨大な宝石の塊が飛来する。
「まるで、漫画で見たような能力応用であるな、悪くはない」
「うッ、げほ…。やりますね」
事もなく宝石塊を避けた露出卿が平然とした態度をとる。
(気に入らない…、その目が気に入らない!)
くもりは露出卿を睨んで問いかける。
「どうして、避けられたのか教えてもらっても?」
「…ずいぶん攻撃に自信があったのかな、君の目の動き、足運び、移動前に手を振り下ろそうという角度。相手の行動を予測する方法はいくらでもある。それは君の動きが遅いからではないよ。まァ、直で見るのは初めてであるのでな。間合いは完全ではなかった、こちらの剣も掠っただけである」
「次は当てるとでも言いたげですね」
(相手が初見で、間合いを測れないのなら、初めて見せる攻撃を行えばいい)
くもりが右腕を振り上げる。
ズズッ…。
(振り下ろす時じゃなくても、そこに触れられるのなら私の『全壊(オール・デストラクション)』は破壊できる!)
ぎゅおっ!!
空気を破壊した。
その構造を理解しているのであれば、完全に破壊ではなく、部分毎に分解も可能!
真空状態は低気圧の極致だ、空気がなくなった場所にいっきに周囲の空気がなだれ込む。
返す左腕で自分への風の影響を破壊。
動きを封じた相手の足場を崩し、完全に動きを…。
目の前に露出卿がいる。
(な、なんで!?)
「あ゛あ゛あ゛!!」
くもりは渾身の勢いで体を捩じり自分の足元に至る距離を破壊。
足場の宝石塊を空中へ引き上げ露出卿の剣を防ぐ。
ぎゃりッ!
「堅いな、斬るための目を見切らねば容易くは斬れん」
宝石塊の向こう側に露出卿が居る。
「なッ?」
「何故か?簡単だ、君は考えて動くタイプの戦闘スタイルだ、未知の敵と戦う場合においてそれは必要だろう。だが、緊迫した超接近戦において思考時間は限りなく切り落とさねばならないよ。いかに判断しどう動くか。さらに君は前回の戦いは不意打ちで敗れている。慎重に動かざるを得ない。私の戦い方を実際に見て対応しようとしている。それは判断としては悪い事ではない。だが、それが透けて見えるなら、それに見合う戦い方をするだけだ。相手の行動より早く動けば良い。そして長々と話すのも」
ザンッ!!
宝石塊が数個に分断される。
「切断の目を見切る時間稼ぎさ」
~6~
露出卿の魔人能力は『高速5センチメートル』
触れた物を5cm移動させ、また5cm以内のものを自分に引き寄せる事が出来る。
分断された宝石の欠片のうち5cm以内にあるいくつかを自分の方に引き寄せ拳で殴り飛ばす。
更に前進しつつ尻で残った欠片を打ち返す。
体のすべてが露出卿の“触れる”という魔人能力の効果範囲だ。
僅か5cmの加速が攻撃を不規則に変化させる。
「うわあああああッ!!」
光り輝く散弾の雨を、くもりは空間破壊で散らす。
ザクッ。
くもりの左足に黄金の剣が突き立っている。
「頭への攻撃は」
顔を上げると露出卿が目の前に迫る。
右手で顔を守り左手で胴を守る。
ブシュッ!!
左足から剣が引き抜かれ
露出卿が後退する。
「そういう風に警戒されるだろう、前回の失敗の轍は踏むまいとね」
「ばッ、バカにしてッ!」
「馬鹿になどするものか、君は強いとも。それとも君は今まで戦ってきた弱者を馬鹿にしてきたとでもいうのか?」
「ぐッ、ううううううッ」
頭に手を当てる。
「『全壊(オール・デストラクション)』はそこにある物を破壊できる!私の恐怖も!慢心も!」
くもりの頭の中でバキバキと破壊の音が響く。
くもりの顔から焦燥が消えていく。
「…取り乱しました、確かに貴方のいう事は正しい」
「恐怖を失うというのはデメリットも大きいよ」
「それも、理解していますよ」
露出卿が踏み込み剣を振るう。
一瞬の間に剣が飛びまた手の内に引き戻される。
剣筋が急激に変化する。
一撃を求めずダメージの蓄積を狙う剣技において露出卿の魔人能力は極めて高い効果を発揮する。
その剣に手で触れることは難しい。
(じゃあ、致命の一撃さえ受けなければ、防御の余裕を攻撃に割り振ればいい!痛みを恐れないからこそできる戦い方を、魔王は小さなダメージを気にしない)
「むッ!」
露出卿が避けに転じる。
剣を持つ腕の一部が少し削り取られていた
(攻めるのは守りを捨てる事、私が攻められるとき、露出卿もまた攻めやすい!人体破壊よりも触れたところを破壊するスタイルでいい!)
間合いが離れた瞬間、くもりが手招きするように腕を動かすと距離が破壊され宝石神殿の壁や天井から宝石塊が露出卿めがけて飛来する。
「ここだッ!!」
宝石塊の攻撃には一手かかる。
その間に。
(時間経過の概念を破壊する!『全壊(オール・デストラクション)』!!)
~6~
時間経過を破壊しても、止まった時間の中をくもりだけが動けるというほど都合は良くない。
世界のルールにかかわる概念の破壊はすぐに元に戻る、そういう物だとくもりは理解している。
(私の思考が手を鈍らせるなら、一瞬でも思考時間を稼ぐ、状況を見る目で負けているなら目に焼き付いた情報を整理する時間を作る)
周囲の時間経過をほんの少しの間破壊することによって、相対的にくもりは思考を加速する。
(判断力も技量も相手が上!じゃあ次の一手をより早く!より的確に!)
「私は魔王だ!破壊者だ!破壊力なら!負けるもんかあああッ!!」
露出卿が露出卿自身に触れて能力を発動させる。
(それは知っている!5cm逃げるなら避けられない範囲で攻撃を振るえばいい!)
ズシャッ!!
「ぐ、む!」
露出卿の美しい胸が引き裂かれる。
(浅い!)
「見事ッ!だが浅い!セアァッ!!」
露出卿の返しの一撃がくもりの腕を切り落とす。
ズズ…パキィン。
が、露出卿の黄金の騎士剣がくもりの腕に触れて砕け散る。
「なるほど!破壊したのだな、掌だけという能力範囲の概念を!」
(返事をする必要はない、集中力が必要だ。相手の攻撃に合わせて能力をコントロールする、相手に合わせずペースを握るんだ)
「余裕があるうちに倒しておいたほうが良かったのでは?それとも弱者をいたぶるのがお好きでしたか?」
「ふ、はははははッ!無論そのような趣味はない!が、戦いを楽しむという事、そしてリスクを切り、安全な策を選んでいたことは認めよう!」
「それは、慢心でしたね。露出卿」
「然り、痛い所を突かれたものだ、だが君がそうであるように人は過ちから学ぶものだ。経験こそが成長の糧。吾輩の友も昨日は酷く落ち込んでいたものだよ」
「ふ、ふふ。それは確かに。私も勉強になりました。ありがとう、露出卿」
「君が吾輩に勝っても、それを経験とするといい。勝つ事でも得る糧がある。それを知るのもまた重要だ」
ボロボロと、荒川くもりの服が崩れていく。
「能力範囲を全身に拡大しました、長くはコントロールできませんが貴方もやっているんですよね。だったら私にだってできる!」
今や荒川くもりは全裸である!
「少し、恥ずかしいな」
「悪くはないと思うがな、だが恥じるのなら鍛えればいい。たくさん食べても鍛えれば良いさ」
ふくよかな全裸の少女、荒川くもり。
美しき全裸の女、露出卿。
「こういうの、初めてなんですけれど、言った方が良いんですか?」
「ああ、勿論だとも」
少女は恥ずかし気に微笑み。
女は笑顔で応えた。
「では、決着をつけましょう、露出卿」
「よろしい、覚悟せよ、魔王」
(その肩書ももう恥ずかしいかな、でもそれも私らしくていいか、なら魔王らしく!)
とくもりは少し考えた。
両者が一気に間合いを詰める。
「暗闇に沈め!露出卿ッ!」
くもりが叫び。
露出卿が暗闇に包まれた。
~7~
『全壊(オール・デストラクション)』は破壊の力だ。
荒川くもりが突き出した腕から光が破壊されていく。
荒川くもりが突き出した腕から音が破壊されていく。
視覚とは光をとらえる事。
聴覚とは振動をとらえる事
この世から光さえも音さえも破壊する、魔王の力。
やることは姑息な目つぶしに等しくてもそれはこの時においては必殺の効果たりえる。
防御は完璧だが露出卿の移動はくもりの防御を貫くだろう。
触れるという点は同じであっても。
破壊と移動は違う方向性の能力だ。
移動したという事実が先にあれば触れた瞬間破壊したとしても。
剣の欠片や宝石の欠片を至近距離からねじ込まれれば、大ダメージを受ける。
(暗闇に包み込んだ露出卿を迂回するかそのまま攻めるか、違う!)
踏み込んだ足で床を破壊する。
良く知る構造なら半壊で済ませられる。
足場の悪さもまた相手の動きを阻害する。
(これで、終わらせる!!)
荒川くもりが暗闇の中に襲い掛かった。
~8~
露出卿の右肩から先が無くなっている。
露出卿の左の肘から先が無くなっている。
暗闇はもうなく。
音も戻っていた。
荒川くもりの胸に、くもり自身の腕が突き立っていた。
(剣折れた剣を無理やり私の腕の中に移動させて引き千切った。右腕を犠牲にしてそれを移動させ、さらに左腕を犠牲にして私の胸にぶち込んだ、のね)
「か…ふッ…どおし…て」
くもりの動きを察知しなければできる芸当ではない。
口から血が溢れる。
くもりのからだは破壊されていく、自身の能力によって。
「まるで見えない、まるで聞こえない。まさに暗闇に沈められたよ。でもね、君は見ていただろう?」
露出卿の出血もまた多い。
が致命に至るまでの時間はくもりよりも遅いのは明らかだ。
「な…にを?」
「暗闇の中をさ。見えなくとも吾輩を見ていた」
「…」
「吾輩には、いや違うな吾輩たちにはだな。特殊な力がある」
「?」
「吾輩たちは露出亜(ロシュア)の人間だ。魔人能力故に衣服を脱がなければならぬ」
「それ…が。なに?」
「深淵を覗く時、深淵にまたこちらを覗いているのだ、とはニーチェの言葉だったか。吾輩たちロシュア人はね、人に見られていることを感じ取ることができるのさ」
「ぷふッ…あは…かはッ、そんな…あはは」
「他のロシュア人がどう感じているかは知らぬ、性的興奮を得る者もいよう。吾輩の場合はいかに吾輩を人に美しく人に見せるかという事を考えるとそうなるのだ。どんな暗闇であろうとも相手が私を見れていなくても、見ようとするだけで感じ取れる。だが、違いはあれどロシュア人はみなそういう感覚を持っている」
「馬鹿…みたい」
消え去りながら荒川くもりは微笑んだ。
「何を言う、君もできるようになるさ。何しろ君も能力故に服を脱がねばなるまい?」
「…私、負けちゃってとっても悔しいの。今そんなこと言われてどうしろっていうのよ!」
「ははは、考えておいてくれ。ロシュアは君を歓迎するぞ」
露出卿は呵々と笑った。
「貴方の…事、とっ…ても尊敬する…し、またお話ししたいけど。それは遠慮させて」
荒川くもりは本気で嫌そうな顔をして、完全に消え去った。
勝者、露出卿。
~9~
どこかにある部屋で。
少女は泣いていた。
「負けちゃったァ、私負けちゃったよ~」
それをなだめる様に兄が筋肉を見せつけるようなポージングをキメる。
すると少女の目の前にスイーツの数々が生み出されていく。
「兄さん、確かに姉さんは甘い物が好きだけどさ、絵面が最悪」
「何を言う、可愛い妹の為に『創造(ボディ・ビルド)』を使ったのだ。何が悪いものか。さあ弟よ、次はこの間破壊した和菓子屋をイメージしろ。お前の『記録(スクラッチ・ブック)』がなければ俺は能力が使えん」
「はいはい」
弟がパタパタと本を開くと本の間から美しい折り紙でできた人々があふれ出す。
「和菓子屋はF-3の棚だったかな、とってきて」
ぺこり、とお辞儀をして折り紙人達は走り出す。
だが、一人だけその場に残る。
「あの…くもり様は大丈夫でしょうか」
「おう大丈夫だとも、ちゃんと負けたのが初めてなのでな悔しくて泣いているだけさ」
「それは良かった、あの、気が向いたらまた私たちで遊んでくださいね。くもり様は少し乱暴ですけれど。私たちを作ってくださったのはくもり様ですから」
ぐずぐずと、クッションに顔をうずめて泣く少女に折り紙たちは好意を持っているのだ。
ああ、この国は。
この世界は何度でも滅びてしまうけれど。
また、作って頂けるのでしょうか。
まだ、遊んで頂けるのでしょうか。
私たちは、まだ友達でいて良いのですか?
私たちは、また何かを求めてもらえるのですか?
魔を司る王よ。
破壊を司る王よ。
泣き疲れたら眠り。
楽しい夢を見てくれるのですか?
世界を覆う曇天よ。
この世界を創る雲よ。
~10~
「すねておるな、泣いておるのか?」
「だって今回サポートは要らないなんて言うんですから。そのなんとかさんにデータでも何でも貰えばいいじゃないですか」
「いや、まあそう言うな。前回は戦場についてきたいというから連れて行ったらあのような危険なことをされてはな」
「むー」
「VRといえども怪我をすればその場は痛いのだぞ」
「誰かさんは今回腕無くなってましたしね~」
「だからな、前回は翔がそこぬけの善人だったから助けてくれたものの、君に何かあっては吾輩が困るのだよ」
「本当ですか?」
「ああ吾輩は嘘は言わぬ」
「では許します」
「ううむ、何やら納得がいかぬ。怒るのは吾輩の方では?」
「気にしないでください、それよりやたらとスイーツが届きましたね」
「礼だそうだ」
「ふうーん」
「まあ、せっかくだし頂くとしよう」
「次の対戦相手は誰になるんですかねえ」
「聞いておるか?」
「はいはい、解りました。お茶の準備をしますので少々お待ちください、卿。それとも雰囲気だけのカクテルとかにします?」
おしまい