第3ラウンドSS・宗教施設その2

 C3ステーションの応接室で、『荒川 雨』と『荒川 晴也』は、今回のDSSバトルの発案者である『鷹岡 集一郎』と対峙していた。

「姉貴が目を覚まさない。前回の試合が終わってからだ」

 第2ラウンド・VS枯葉塚 絆との対戦で、くもりは彼女の能力により頭部を貫かれ死亡した。DSSバトルでのバトルはVR空間で行われるため、肉体の損傷については現実のそれに影響することは無い――はずだった。

「くもりちゃんの能力の影響だろうねえ。ルールの破壊がどうこう、と話していたようだし」

 その保険を、彼女の能力がぶち壊した。『全壊』によるルール破壊――彼女の能力は、VR空間という存在自体に触れることで、その前提状況すら覆した。

「――他人事みたいに言ってるけどな。そもそもこの現象、お前らの組んだガバガバVRプログラムの所為じゃないのか? VRと現実の切り分けができてるから、視聴者だって罪悪感抜きで魔人同士の殺し合いを愉しめる。この保障は、ある意味じゃ一番肝になってる点の筈だが」

「これは手厳しいねえ。だけど、それを今君が言うのはアンフェアじゃあないかな?」

 鷹岡は人差し指でこめかみを掻き、目を細めた。

「知っていたんだろう、以前から。君とくもりちゃん――隣のお兄さんはどうだか知らないが、本プログラムの仕様一式について」

 雨は鷹岡と視線を交錯させたまま、押し黙る。

「どこから入手したのかは知らないが、ともかく……デビュー戦から使用している空間破壊、そして今回のルール破壊。これに関しては、単なる物理的な破壊とは種が異なる。くもりちゃんの能力は、破壊する物に対する理解が必要だった筈だよね?」

 鷹岡の言葉は、ほぼほぼ核心を突いていた。くもりと雨は、それぞれのルートで独自にVRシステムの内部処理に関する資料を入手し、大会開始前までにある程度の理解を得ていたのだ。

「くもりちゃんが戦ったエキシビジョンマッチの終了後、システム担当から連絡が入ったよ。何箇所かのマップチップが、正常な操作ではない方法で除去されたってね」

「……あんたらも分かってて、黙認してたってことか」

「僕は面白い物語が見れれば、それで満足だから。結果として君のお姉さんも本戦出場者に選ばれたのだから、それ以上此方からの干渉はしないよ――まあ、こんな結果になるのは、流石に予想できなかったけどね」

 は、と乾いた声で、雨が笑う。

「それこそ詭弁だな、鷹岡さん。今回の現象、再現しようと思えばいくらでもできるだろ? データに直接アクセス可能なあのAIの狐っ子なら勿論、おそらく刈谷の『貸借天』で管理者権限を奪うって方法でも可能な筈だ。正直、資料を見た時は半信半疑だったが、姉貴の能力が通った――通ってしまった事で、はっきりした点がある」

 繰り返すが、くもりの『全壊』は、掌で触れた物を壊す能力である。今回の場合は、VR世界と現実世界での非干渉というルールを破壊した。

「つまり、ルールは『在った』。プログラム上の実装としては、大会参加者――プレイヤーのアバターが持つパラメータの一つ、[death_flg]。このスイッチの入り切りだけでVRでの損傷がそのままリアルに反映され、現実世界でも簡単に人が死ぬ」

 とんとん、と机を指先で叩く雨。鷹岡の表情は動かない。

「あンた、一体何を企んでる? これだけの規模でDSSバトルってのを運営しといて、うちの姉貴が最初の犠牲者だとは思えない。今迄にも何か似たような事案はあったんじゃないのか? それだけのリスクを負って、それでもこの仮想世界での殺させ合いを続ける理由は――」

「そこまでだな、雨」

 雨の隣で石の様に動かなかった晴也が、ここで漸く言葉を発した。

「俺達は探偵じゃない。此処に来た目的は、あくまでくもりについての現在の状況確認だ」

 何かを言いたそうにしていた雨だったが、晴也の言葉を受け「悪い」と一言発し、乗り出していた身を引いた。

「――鷹岡さん、此方からの要求は以下の通りだ。『第2ラウンド・荒川 くもり対枯葉塚 絆の戦闘区域である航空機ステージの状況保存』『荒川 晴也・荒川 雨・左記二人の同行者の当該VR空間立ち入り許可』」

「まあ、構わないよ。ちなみに、もし次の試合までにくもりちゃんが目覚めなければ、予選次点のリザーバーである《フルチン三刀流》万曲 蘿景が代わりに参戦、以降の復帰は不可能とするから」

「了解だ。主催者としては、あまりに強すぎる能力で今一つ盛り上がりに欠けた不良債権の処理ができて万々歳と言った所かな?」

「……流石に其処まで思っちゃいないよ。もし万曲君が上がってきたとしても、翔君や露出卿みたいに戦闘シーンがモザイク処理だらけになるのは目に見えてるし……というか、君達こそ割かしドライなんだね? 僕、てっきりそっちのマッチョなお兄さんに殴り殺されるかと思って戦々恐々だったんだけど」

「それでそのペラい笑顔貼り付けられるんならあんたも大概だな……ま、今回の件は姉貴の自責って点も確かに在るし」

 雨と晴也は顔を見合わせ、溜息を吐いた。晴也がぽつり、と呟く。

「ああ。くもりは昔、よく『自分が死んだ時が自分の寿命だ』と言っていた。俺には分からないことだが、強過ぎる力を持つということは、きっとそういう事なのだろう」

 それでも、と晴也は続けた。

「仮に此処で力尽きる事がくもりの本意であったとしても、俺と雨はそれを望まない。これより先は、単なる俺達の我侭だ」

「せいぜい足掻かせてもらうよ。それに、丸っきり勝算がゼロってわけでもない」

 二人は席を立ち、扉へ手をかける。半開きの扉を支えながら、雨が振り向いた。

「なぁ、鷹岡さん。勇者と魔王の共通点って、何だか分かるかい?」

 雨の問いに、怪訝そうな表情を浮かべる鷹岡。返答を待たず、雨は続ける。

「何度だって蘇るのさ。誰かがその存在を求め、縋る限り」

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 〈私〉の自宅へ押しかけてきたその青年が手土産に寄越したのは、季節が一つ遅れた期間限定の菓子袋の山だった。

「あんたに、可能性の検証を手伝って貰いたい。DSSバトルの方は、視聴してるんだろう?」

「ああ、〈私〉が参加できなかったのは残念だがね。君は確か、荒川 くもり嬢の弟君だったと見受けるが、可能性の検証とは具体的にどういった事かな?」

 荒川 くもり。掌で触れた物を破壊するという、何とも無体な能力を所持した魔人である。しかしその彼女も、第2ラウンドで金属を操る魔人、枯葉塚 絆に敗れた。

「視聴者側からどう見えてたのかは分からないが、うちの姉貴――荒川 くもりは、VR空間で死亡させられてから、現実世界でも目を覚まさない」

「ああ、絆嬢との会話で話していたね。『VR空間で死んだら、現実でも死ぬ』と。」

「だが、実際のところ、現実の姉貴は未だ死んじゃいない。VRダイブ中と同じ、睡眠してるみたいな状況のままだ」

 目の前の青年は何事かを考えるように、忙しなく眼球を動かしながら言葉を紡ぐ。

「そこから、一つの仮説を立てた。通常であれば、対戦者のどちらかが死亡した時点で試合終了、両者ともVR空間からログアウトする――が、今回は特殊な処理を挟んだ所為で、ログアウト処理が完了していない」

「その判断は妥当だろうね。くもり嬢の状態が変わっていないという事は、つまりそういう事だろう。」

「おそらくは一種のバグだ。現実へのフィードバックなんてプログラムが実装してあったとして、じゃあ誰がどうやってデバッグするのかって話……十人十色の魔人能力による異常処理で、例外を吐くなんて事は容易に予見できる。あるいはこの大会ですら、絶賛デバッグ中なんて事すらあるかもしれない」

「ああ、起こり得ない話ではないな。」

 そして、『起こり得る事は起こり得る』。

「……なら、どうすれば姉貴を生き返らせる事ができるか。VR上で蘇りができれば話は早いが、先生に心当たりは……」

「残念ながら存じ上げないね。よしんば居たとして、人の生き死にに関わる能力者であれば、それ相応の代償が必要になるだろう。簡単に依頼できる事ではないよ。」

 〈私〉の言葉を受け、青年は頭を抱えた。

「……だよな。だが、あまり時間はかけられない。鷹岡からVR空間保持の約定は取り付けたが、向こうとしちゃ取るに足らない一件だ。ちょっとした不都合や気まぐれで、気づいたら手遅れなんて状況になりかねない」

 そう言って、彼は自分で持ってきた菓子袋からおもむろにペプシ(柴漬け味)のキャップを空け、ラベルを見ないまま中の液体を口に含んだ。一瞬目の玉をむき出しにしたが、意を決して喉奥へとそれを押しやる。……やれやれ、うちは在庫の廃棄場所では無いのだが。

「う、っぷ。だから、一応、考えてたんだよ。多少強引な力技だが、今の状況で起こり得る可能性がある――と、俺は予想した――一案を」

 どうやら彼は、徹頭徹尾〈私〉の能力を利用するつもりらしい。在庫を押し付けられた挙句、此処まで自身の能力を好き勝手に利用されるのは甚だ不本意ではあったが、これもまた起こり得る可能性――という事なのだろうか。

「『彼女』の能力を使う。正直、無茶が過ぎるとも思ったが、あるいはこのVR空間なら――」

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一方その頃
ファックマリア様と秋葉原元康は
湾岸地区で
着実に勢力を伸ばし続けていた…

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「先ず、手合わせを願いたい。話はそれからだ」

 いつも通り、タンクトップにハーフパンツといったいでたちで晴也が赴いたのは、本大会の予選参加者のうちの一人である魔人、『珀銀』の下だった。自宅の前で声をかけられた彼女は、明らかな不審者である筋肉ダルマを一瞥し、その長い銀髪を小さく揺らす。

「不躾ですね。いきなり何です、貴方は」

「荒川 晴也という者だ。DSSバトル参加者である荒川 くもりの兄をやっている。くもりの件で、少々助力願いたい一件がある」

「はあ。用件はともかく、何故いきなり手合わせなどと?」

「それが一番手っ取り早いと感じた。力づくで従わせられるなら良し、それでなくとも、一度貴方の能力を拝見したいと思ってな」

「……話になりません。どうやら、切り伏せるのが最良な手合いのようですね」

 珀銀は背負った重剣と腰に差した細剣を抜き、二刀を構える。対する晴也も、ボクサースタイルで応じた。

「貴方の能力については伝え聞いている。俺の能力について伝えておこう――『全力(フルパワー)』。効果は筋肉の量の倍加」

 晴也が身体を沈め、前進体勢に入る。丸腰のまま二刀に挑む恰好だが、その腕、脚、身体全体は、膨張した筋肉によってあたかも鎧を着込んだかの如き重圧を放っていた。

「――それだけだ!!」

 正面から二者がぶつかった。晴也が放った右拳のパンチは細剣で弾かれ、また返す刀の重剣は晴也の左腕でガードされていた。

(固い……まるで鋼にでも打ちつけたよう)

 鍔迫り合いの状況から、珀銀が剣を払い一旦距離を取る。すぐさま距離を詰め、再び殴りかかろうとする晴也。

「遅い!」

 しかし、そのスピードは凡百の魔人と比較しても、なお遅い部類に入る。彼の能力による筋量の増加で攻撃・防御力は上がっているようだったが、その代償として素早さ・瞬発力を犠牲にしていた。珀銀は大剣で足元のアスファルトに一太刀を浴びせ、その開いた傷から脚を差込み蹴り上げ、アスファルトを引っぺがす。

「『螺旋眼』!」

 捲りあげたアスファルトに手を着き、彼女は能力を発動した。触れた黒色の塊は、捻れて拡がりながら晴也の足元に纏わりつく。

「ぬぅ……これが……!」

 ただでさえ鈍い歩みが、更に鈍重へと変わる。機動力を失い隙だらけの晴也の背後をとり、珀銀は細剣を彼の首筋へと突きつけた。

「まだやりますか? 次は殺すかもしれませんが」

 呆れたような声で、最後通牒を言い渡す珀銀。

「参った」

 晴也はあっさりと負けを認めた。抵抗の意志が無いことを認めると、珀銀は剣を納め、晴也に冷たい視線を向ける。

「……その程度の力で私をどうこうできると思っていたのなら、浅慮ですね」

「可能性が低いことは分かっていた。だが、先に『これが一番手っ取り早い』と言ったことは事実だ」

 晴也はその場に膝を着き、土下座をした。

「貴方の力を見込んで、頼みたい。一時でいい、その剣術と『螺旋眼』の力、貸してはもらえないか」

 あまりにも極端な態度の変貌に、珀銀は訝しんだ。しかし、目の前でみっともなく土下座をする男から、何か隠された意図や策略があるような雰囲気は一切感じられない。

「今大会のファイトマネーについては譲渡の準備がある。また、何かで俺達きょうだいの助力が必要なら、可能な限り手を貸そう。他には、そうだな……キャンペーンをやってただらっクマの皿の余りが」

「くもりの件、と仰っていましたね。一体、何があったんですか?」

 晴也の言葉を遮り、珀銀が訊く。晴也は(雨に伝え聞いたまま)今のくもりの状況を、かいつまんで説明した。

「VR空間での死が、現実に……私も中継は見ていましたが、そんな事が」

「俺は、くもりを助けたいと思っている。その為に、貴方の力が必要だ」

 話しながら、晴也はずっと土下座の姿勢を崩さなかった。珀銀は能力を解き、晴也に立ち上がるように言う。

「随分と執心なのですね。そこまで彼女の事が大事ですか?」

「ああ。うちは両親を亡くし……亡くしてから、血の繋がった存在は俺達三人しか知らない。全員魔人能力に目覚めたこともあって、親戚は離れていった」

 晴也は右拳を強く握り、小さく呟く。

「くもりはああいう子だから、いずれ俺達の手の届かない場所まで行ってしまうのかもしれない。だからせめて、手の届くうちは守ってやりたいと思う」

 彼の言葉を聴き終えた珀銀は、静かに目を閉じた。そして、誰かと話すように小さく口を開き、二言、三言。頷き、小さく息を吐き、晴也を見る。

「……分かりました。で、私は何をすれば良いんですか?」

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 VRの航空機ステージ――既にその航空機は崩壊し、宙に浮く残骸とNPC、そしてくもりの最期の姿を写し取ったまま、その空間は時を止めていた。

「一応、先生――〈私〉からも言質は取った。このやり方で、姉貴は蘇る筈だ」

 その中に、雨・晴也・珀銀の三人は居た。笑顔のままのくもりの死体を前に、雨がこれから行う手順を確認する。

「珀銀さん。先ず、あんたの大剣で姉貴を真っ二つにする」

「……本当に、良いんですね? およそ正気とは思えませんが」

「ああ、一思いにやってくれ。んで、その直後、二つに分かれた姉貴の死体を対象に――『螺旋眼』を発動させる」

 雨の目論見は、死亡と判定されたくもりの死体を二つに分け、その後『螺旋眼』で再度融合させるというものだった。この能力によってVR空間上のデータを融合させれば、理論上くもりの身体は元通りになる。

「ですが、致命傷を受けているのであれば、既に其処でデータの欠損が発生しているのでは?」

「いや。細かい説明は省くが、ここの仕様じゃ死亡した時点でダメージの管理は終了し、リセットされる。つまり今の姉貴は、死亡状態だがダメージは無い――死亡っつーステータス異常さえ書き換えられればいいんだ」

「……それが可能かどうかが、最大の問題というわけだな」

 もとより、それ以外の選択肢は彼らには無い。後はなるようにしかならない、という事だ。

「じゃあ、頼む」

 珀銀が頷く。背の大剣が振りかぶられ、くもりの身体を縦一閃、そして、

「――『螺旋眼』!!」

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 第3ラウンド・宗教施設での戦い。最早おなじみとなった全裸に腰ベルト、そして黄金の騎士剣。露出卿の姿が、開けた広間に在った。

「……ふむ」

 荒川 くもりが前の試合にて死亡し、その後現実の身体でも意識を取り戻さないという情報は、参加者達の間にも広まっていた。このまま彼女が目覚めなければ、予選敗退者のいずれか、又は運営が選出した他の魔人が参戦する可能性もある――次の対戦相手であった露出卿は特に、どんな相手が現れようと対応できるよう入念に準備を行っていた……のだが。

「魔王の帰還、であるか。矢張り彼女を仕留めるには、尋常では足りぬということ――」

 広間の入り口からゆっくりと歩みを進め、露出卿へと近づく影。荒川 くもり――本人の姿であった。全裸の。

「しかしその身体……少し鍛え方が足りぬのではないか? これまでの戦いを見る限り膂力は充分だが、いかんせんボディラインが平坦というか、寸胴であるな」

「んん~、それについては言い返せませんね~」

 何故彼女までもが全裸であるのか、説明が必要だろう。端的に言えば風呂場での寝落ちである。雨の目論見通り、VR空間で復活を果たしたくもりは、現実世界への帰還後に栄養摂取のため食べて食べて食べまくり、その後風呂に入った所で満腹感も手伝って眠りに落ち、間の悪い事にそのまま次の試合時間を迎えてしまった。結果、露出卿と同じく裸のままステージへ登場してしまったというわけである。

「でも、やっぱり裸は落ち着きませんね……羞恥心は破壊したので問題無いですが、後から試合の動画見たら恥ずかしいんだろうなあ……」

 ちなみに、中継を見守る荒川家のPCの前では、今回の功労者である雨と晴也が絶賛テンパり中である。

「まあ、例え服を着ていたとしても、此方の手間が一つ二つ増えるだけであるよ。――さて」

 露出卿が剣を抜く。既にくもりは全裸のため、秘剣・露出天国(ヌーディストヘブン)を使う意味は無い。目立った障害物も存在しないため、このままぶつかるならば単純な近接戦闘の技術・力量比べになる。

「お手並み拝見といこうか、魔王よ」

 その卓越した魔人身体能力で、一気にくもりへの距離を詰める露出卿。互いにインファイトを得意とする能力を持つ魔人であったが、敢えて有利・不利を付けるとするならば、この距離で有利を取るのは露出卿だった。

(ここは、一旦逃げを打つ)

 後ろへ手を振り、空間破壊で後退を行うくもり。しかし、それと同程度――あるいはそれ以上のスピードで、露出卿が追いすがる。

(速い――!)

「どうした、そんなものであるか? ふむ、やはり鍛え方が足りぬと見える」

 既に二人の間合いは剣の射程圏内へ入ろうとしている。くもりは意を決し、前進方向への空間破壊へ切り替えた。今回、露出卿を相手取るくもりにとって唯一幸運だったのは、相手が全裸であること――くもりの『全壊』を遮る衣服は無い。触れさえすれば一撃必殺の攻撃が通る、ワンチャン即死が有り得るという点である。

「っせい!」

「ふっ、鈍いな!」

 しかし、このマッチングが不幸であることも又、相手が露出卿故――くもりの『全壊』と露出卿の『高速5センチメートル』は共に接触した相手を対象として効果を発揮する能力だったが、その明暗を分けたのは練度の差であった。

(……掴んだのに、壊れない)

 くもりが相手の身体に触れ、能力を発動するまでの時間と、露出卿が相手の身体に触れ、能力を発動するまでの時間。通常であれば影響を及ぼさないコンマ以下の秒数だが、今回の戦闘については影響が如実に現れる。

「魔王よ。その能力、吾輩には通用せんぞ?」

 即ち、露出卿の能力発動がくもりより僅かに早い。実戦経験、生活環境、持って生まれた素質――それら全てを総合し、神は軍配を露出卿に上げた。

(なら、搦め手を使いたい、けれど)

 既に其処は露出卿の間合い。次々に繰り出される剣撃を避け、あるいは受けるだけて手一杯。最早一瞬の後退すらも隙、足場を崩す事すらできず、ジリ貧のまま敗北を待つのみだ。

「……っ」

(また、死ぬのかな)

 前ラウンドで、くもりは初めて『死』を経験した。あくまでVR空間の中での(現実に飛び火した点はあるが、それは置いておいて)仮想的な死ではあったが、その感覚をくもりは知らなかった。死んだ者は基本的に生き返らないため、其の感覚を知る者の方が圧倒的な少数派ではあるが。

 自身を殺したあの子の顔は、直ぐに思い出せる。彼女自身も死ぬかもしれないという恐怖に怯えながら、正に必死の形相で立ち向かい、私の頭を貫いた。

 私も、怖かった。自分で身を投げ出しておいて何を、と言われるかもしれないが、向けられる殺意が刃の形をとり、それが自身を貫く瞬間――一気に血が冷たくなる感覚。久方ぶりに感じた恐怖だった。

(怖い)

 一度意識してしまえば、其れは動きを鈍らせる枷となる。くもりのダメージは蓄積され、それも相まって加速度的に露出卿の攻撃の苛烈さは増す。

「チェックメイト、である」

 終わりは唐突に訪れる。明らかな動作の緩慢さを見て取った露出卿は、有利差を広げる刺し合いから一撃必殺の攻撃へシフトし、くもりの心臓を容易く貫く。けふ、とくもりの口から、小さく空気が漏れた。

(死――)

 無意識だった。くもりはこめかみに手を当て、『死』の破壊を念じる。

「――あは」

 明らかに絶命しながら、その顔に笑みを浮かべるくもり。その時に見た露出卿の表情は、あの時のくもりの其れと同じだった。

「壊れちゃえ」

 意識の外からの一撃は、百戦錬磨の露出卿といえど、逃れる術は無かった。

『露出卿の死亡を確認。本バトルの勝者は荒川 くもりです』
最終更新:2017年11月12日 02:02