●―逢魔が刻 999番地―
逢魔が刻
それは全ての時が交じり合い。行きかうという時空の交差点。
女は抜き身の刃をぴたりと男の首筋にあてると、そこで動きを止め、言葉を発した。
「殺された?『時逆順』がか」
それは驚きを通り越して、訝しむ口調だった。
『時逆順』は転校生でも特殊な立ち位置の存在だ。平行世界を自由に行き来し、過去未来と闊歩する
十全にコンビネーションを働かせれば自らの生き死にさえコントロールできる埒外。
そんな存在が殺された?
「少なくとも僕の『認識』ではそうなっている。話だけでも聞いてもらえる気になったかな?」
いいながら男は小首をかしげる。そういわれると彼女としても刃を引かざるを得なかった。
なにせ転校生は――――
転校生まめ知識その1 「転校生は嘘がつけない(ツンデレなど感情表現を除く)」
女はちりんと鍔を鳴らす。
「詳しく事情を説明するにはまず『時空時計』事件と『今に至るあらまし』の二つが必要になるかな。
とりあえず後者のほうから話していくことにしようか。」
◆その真犯人の名を転校生たちはまだ知らない。
「まず、確認だけど、ここのところ転校生の変死が続いていることは把握しているよね。
僕たち共通の知人でいえばトワくんとかシュガーさんとか」
その言葉に女は頷く。
名の上がったトワ、シュガーともに名の知れた転校生だった。
そして二人とも最近の災禍で立て続けに故人となっている。女は頷きつつも眉を顰める。
「だが変死ではあるが不審死ではなかったとも聞いている。
実際にトワのお茶会事件(ティーパーティー)の際は名探偵たちがこぞって押しかけて
『事件性なし』と太鼓判押して帰っていったはずだ。シュガーにしても転校生としての仕事中の出来事だろう」
「うん。依頼中の事故はよくあるものだし、お茶会のほうも人一人死んどいて痴情のもつれの巻き込まれ事故で
大事件に発展性するような余地などどこにもなかった。
でも、その中で一人だけ異を唱える人間がいたんだ。これは!連続不審死!という『事件』!であると
その人物は解決させろ解決させろ自分に調査させろと強固に主張し、依頼先の世界での事故調査を識家に申請した。」
「それが『時逆順』か」
識家は転校生集団のとりまとめ役だ。そして転校生システムの大半を握っている。その権限は極めて強い。
依頼外で転校生がその世界に干渉しようとすれば話を通す必要が出てくる。
「うん、でも、返ってきた返答は×。渡航許可は下りず、彼女の主張は無駄骨に終わった。
どころか粘った際に結構失礼なこと上からいわれたみたいで 僕のところにやって時には彼女、相当に荒れていた。
『事件』なんだ!絶対『事件』なんだ!調査させろ!(ドン!)って
あんな彼女見るの初めてだったよ。好物のマカロン食べても全然収まんないし、スイーツ食べて機嫌よく
ならない女の子って、もう僕の手には完全に手に余る代物だよ。もうどうしようかって。」
「・・・・。」
「ただその時点で腹は完全に決まっていたらしく、3個目のマカロンを平らげた後、僕に探偵の助手として
働かないかって取引を持ち掛けてきた。」
そして識家に無断で調査を開始することにしたわけか。言葉をつづけた女に男は首肯で返した。
「 造反レベルの違法行為だぞ。
倫理観ゆるゆるのお前にしてみれば今更という感じだろうが、また突っ走ったな。」
「ルール順守の優等生からみれば完全アウトな行為だよね。正直、何故そこまで彼女が入れ込むのか
理解できなかったけど、経験・年季とも僕より彼女のほうが上だし、なんらかの確証も得ているようだった。
なので、僕は彼女の言説に一定の合理性はあるかな?うん、あるかもしれないな、まあどうせ謹慎中で
暇だしと総合的に判断を下し、手伝うことにしたんだ。
まあ脱法行為っていうのは、ばれなきゃ犯罪じゃないしね。ばれなきゃいいんですよ、MANOさん」
いや犯罪だよ。
一抹のツッコミと同時に脳の奥でちりちりとした焦燥めいた焦げ付きを感じる。
女は理解したのだ。
事件の可能性を。
彼女は『真相』を見抜いたわけではない。むしろ逆だ。
ただ単に好意を持っていた人間の死を受け入れ切れなかっただけなのだという可能性を。
そこを何者かに突かれ、誘導されたとするなら…
男は女の心の内を知ってかしらずか相変わらずのほほんとした声で残酷な
「彼女の懸念がまごうことなき真実であり、現実のものだと僕が知らされたのは調査が一通り終わり
戻ってきたときだった。彼女は―
彼女は別の世界線の希望崎学園近くで、人知れず死んでいた。そう帰ってきてから僕は知らされた。
本来なら向かうことなどありえない、事件とは全然関係ない場所で、なんの手がかりも残せず彼女が死んだことを。
そして僕は「時逆順」殺しの重要参考人として組織に拘束されることとなったんだ。」
●慟哭
少女は慟哭する。声もなく。
少女は自らの不遇を叫ぶ。動くこともままならぬまま
こんな生に意味なんかあるの、だれか教えて、苦しい苦しい。いったいどうしてこんなことになっているの?
私のナニガいけなかったというの?オシエテタスケテ
その声なき声を聞く者はいない。聞こえていたとしても誰もが答えに窮するだろう問い。
その魂の叫びはむなしく木霊し、甲斐もなく解もなくやがて闇に消える。昨日もおとといも、永劫に。
だが今日。答えはあっさりとも そいつからもたらされた。
「今の君の苦境をもたらしている根本が何かという質問なら君自身だよ。
正しく『自業自得』だ、うん。
それともこう言ったほうがいいかな、君は今『認識の衝突』を経験している最中だと。」
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