幕間SS「拘束と衝突~ラストレシピ~」(前編)

●方便

ある町に長者がいました。
長者の家はとても大きいのですが、出入り口は小さな門が一つあるだけでした。

あるとき長者が外へ出ているときに、その家に火事が起こりました。
火事と聞いて長者が家に帰ってみると、燃えさかる家の中では長者の子どもたちが
今にも火に焼かれそうになりながらも遊びつづけているではありませんか。
それなのに子供たちは身の危険にも気づかず、遊び惚けているのです。

長者は『これはいけない。早く助け出さないと子供たちが焼け死んでしまう』と想い
『早く外へ出なさい!そこにいると焼け死んでしまうよ!』と叫ぶのですが、
遊びに夢中な子供たちは一行に耳を貸しません。

そのとき、長者はとっさの機転で子供たちに向ってこう叫びます。
『子どもたち、前から欲しがっていたおもちゃを買ってきたぞ!早く外へ取りにおいで!』
それを聞いた子供たちは、おもちゃをもらえると聞いて一目散に門から出て、大喜びで長者の前にきました。

さて、ここまで弟子たちの前で話をつづけた高僧は弟子に問い掛けます。

「この長者はおもちゃをその時持っていなかった。子供たちに嘘をついてだましたのだろうか?」
弟子たちは首を振ります。
「いいえ、これは嘘ではありません。『方便』(正しい方法)です。」

―――――――――――――――――――――――――――――――

「以上、法華経の『譬諭品』に出てくる「三車火宅の譬え」話でした。
さてどんな味がする?」
「うーん」

部屋には二人の男女がいた。
奇妙な組み合わせであった。男は全身白づくめで長帽子、もう一人は半身不随で車椅子に
しばりつけられている少女。

「ほんのり甘味と苦みがあって、それが折り重なう深い味わい…かな」
「なるほど、じゃ、コレちょっと味見してみて」

そういって白帽子はスプーンにのせた抹茶のムースを口に含ませる。
少女は目を見張った。
「! おんなじ味、どうやったの?私、味覚ないのに」
「ああちょっと材料に『物語』を織り込んでみた。どうやら、この手法でいけるようだね。」

かつて過去改変の末、味覚と体の大半の機能を奪われた少女は見張った眼で白帽子の姿を
探すが、彼は作成した簡易厨房のほうに既に移動しており、追い切れなかった。

「これがあなたの魔人能力なの?」
「一部使ってるけど、どちらかというと特技とかの部類にはいるかな。
料理を通じて想いを伝えるというのは僕の研究テーマの一つと言っていいし。」

「でも、おいしくないわコレ」
少女が発した容赦ない舌鋒に、男は電流をくらったように立ちすくんだ。

◆◆

「あ、結構効いている?へこんでる?」
「いや純粋に驚いているだけ…だけだよ。試行作が失敗だったてパターンは多いけど、作った料理が
おいしくないっていわれたのは…ひょっとしたら人生はじめてかもしれない。」

少女からは見えない位置にいるが返ってくる声のトーンが明らかに低い。

「一応、フォローしておくと貴方の料理の腕がズバ抜けているのは私にもわかるわ。
ただ私が判断するのはあくまで物語。貴方の場合は純粋に話下手なのよ。」

返ってくる声のトーンが若干上がった。ちょろい。
「なるほど、新たな課題点だね。じゃ例えば噺家の名人とかが話すと味がよくなったりするの?」
「雲泥の差。三ツ星シェフが作るプレーンオムレツよ!」

言葉に反応し、力を入れ力説する少女。この興奮気味に話す少女の様子を彼女の姉が聞いたらさぞかし
驚くだろう。ここしばらく聞いたことのない喜色の入り混じった声だったのだ。
白帽子は赤い本を懐におもむろに取り出すとページをなぞる様に開き、一巡させた。

「さすがに噺家に類するストックはないか・・・。
んーーじゃあ、その凄腕の三ツ星シェフが別の作品を作ったら、ソラちゃんは他の人と区別できる?」
「たぶん、そこまでの凄腕名人ならわかると思う。味に作風がでるというか、オーラを感じれるから」

少女は少しだけ、言いよどんだ
例えば姉の作品なら、どんなに変わっていても一発でわかる。逆に違えようもなく分かるから辛いこともある。
自分の中に現実が津波のように押し寄せてくる。

「ははははは、      少し疲れてきたみたい。」
「じゃ、今回はここまで。僕としても初の試みだから、とても”ため”になる。”ありがとう”。」

転校生は嘘をつかない。
その言葉を聞いて安堵したように眠りにつく少女のもと、白帽子は音もなく部屋から姿を消した。



●EUREKA
最初それは夢の出来事だと思っていた。決して届かぬ、私の心の叫びにナニカが反応したのだから。
白昼夢あるいは走馬燈的な何かだと。そして今度こそ『死神』ならいいのにと――


「―――自業自得?」

うつらうつらとした午後の陽だまりの中、それは現れた。最初に聞こえたのはどこか遠くで鳴る口笛の音
のような気がする。そして今視界の中の白帽子がぼんやりと揺れている。
罪状?私の罪?やっぱり私が悪かったの?ああ、、、

「君の現在の困窮、起因は確かに君の姉の魔人能力『S・S・C』による物語の帰結によるものだけど、
主因はあくまで君の「Cinderella-Eater」。それによって引き起こされた顛末だ。

そもそも「全てを失い絶望の中で生きていく」はずなのに、魔人能力と物語を味わえるだけの最低限の
機能だけ、くりぬいたように残っているという状況は不自然すぎる。そこが話のひっかかりどころ。

実際、読者が選んだ物語では単純に「魔人能力を含め、全てを失う」という結末になっていた。
ただそれだと君の魔人能力―物語を味わうという能力と相反してしまっている。
もしすべてを失った場合、君は喰らった物語を味わうことができない。

                    矛盾。

二つの能力が喧嘩して、双方がぶつかりあった結果、君の能力=物語を味わうという認識のほうが優先されたんだ。」

「????」
姉の能力?衝突? 枕元(正確には車いすの耳元)に立って何を囁いているのだ。この夢魔は?
突如怒涛のごとく襲い掛かってきたゴメスな事実に頭が追いつかない。
マーリン死すべき。お前ひとりのせいでどれだけのユーザーが爆死したと思っているのだ。運営の陰謀、仕組まれた罠。
家族の絆。そして天性の舌を持つ料理人を待ち受ける驚くべき結末とは、元天皇の料理番の活躍をえ描く
『麒麟の舌~ラストレシピ~』現在絶賛公開中……。

結局、彼女の中で理解が追いついたことはたった一つのことだけだった…

「全部、私の能力のせいだったの?」

全身白づくめの白帽子が頷いた。
「お姉さんは君の半身不偶の治療に奔走したんだろうけど『なんともならなかった』。
それが一つの証左ではあるだろうね。
今もまだ舌の上にあってその物語を味わい続けているから、他のあらゆる力をうけつけず弾いてしまっている。
物語を飲み込むなり吐き出して拒絶すれば別の結果になるんだろうけど、とにかく、君の能力は味わうことに
拘りぬいている。おそらく、そこが君の核心。つまり―――」

ここで不意に彼は言葉を止め、口をつぐんだ。だが病床にある彼女は他人に余計な気を使われるのを極端に嫌う。
神経をささくれだたせた少女は声をあらげた。

「ッ――ナニ?はっきり言って!」
「・・・・たぶん君の能力は凄く『食い意地が汚い』んだ。
多分他のあらゆる能力を凌駕するレベルで。料理人的見地でいわせてもらえば大変腕の振るいがいのある相手だけど、
女の子相手にこんなこといっちゃ失礼だよね。ごめん」

謝りどころが全然違う。散々他人様の人生ネタバレしといて、そこで謝るのかよ!
少女は堪りかねて吹き出し、音もなく爆笑した。本来なら声をあげて笑うところだが体の機能が追いつかなかった。
『食い意地が汚い』から。それは確かに業としかいいようのない。自分が間抜けすぎて逆に笑えてきたのだ。
1涙もたくさんたまると1笑になるというやつ。
彼女は改めまじまじとこの「真実の配達人」をみやり、ようやく彼の正体に気づいた。

「貴方料理人なの・・・全然気づかなかった。改めてみると全身これシェフかパティシュエかって格好なのに」
「うん、よく言われる。なぜか悲しいくらい気づかれない。こないだもね、お菓子もってたらトリックオア…」

少女は男の台詞に耳を介さず独り言を続ける。

「今度こそ死神さんが殺しに来てくれたのかと思ったのに…。枕元にシェフが立つとか私の食い意地ってどんだけなのかしら。」
「死神さん?」
「ほら、聞いたことない。都市伝説で不気味な泡とかなんとか、前に怪盗さんが来て次は全身白づくめの影法師でしょ。
これはもう噂の死神さんが私の魂をとりに来たのかなって。」

男は微妙な表情なまま返す。

「―――たいの?」

――――
返ってきたのはひどくゆっくりとした首肯だった。

「それとも貴方が殺してくれる?」
「僕たちは基本無益な殺生はしないよ、まあ依頼であれば別だけど。あとは報酬として引き裂いて持って帰る場合がある。」

少女の目が薄い光を放った。
「報酬を引き裂いちゃうの?」
「うん、場合により均等に引き裂いちゃいます。」

彼女は手を自分の胸に押し当てようとして、それすら叶わない現実を思い出す。動かない腕、体。薄い胸。
少女は自嘲気味に嗤った。
「はは、こんな私でも報酬になるかしら」

白帽子は不思議そうに彼女をみた。なぜそんな当たり前なことを聞くかというように。
、、、、、、、、、、、、、、、、、
「無論、君には値千金の価値がある。」

ああ、やはり夢だった。
夢だった。夢だった。夢だった。夢だった。ちくしょう。私に価値なんかない。

「じゃ、オーダーワン。」

「最後はちゃんとした料理をもう一度食べたいわ。
それで満足するから。食い意地を張りすぎた意地っ張りの私でも満足させてくれる、そんな料理が食べたい。
それで、それから、すべてを終わらせて、死神さん…」

あの僕。死神じゃなくて転校生なんだけど。などと白帽子はもう言わなかった。
最後まで弱音を吐かなかった少女が最後に吐き出した儚い、履かない約束。

オーダーを受けたまった以上、彼のすべき返事は決まっていた。
彼は誰もが見とれるほどの熟練の手つきで慇懃に礼をする。



『“La Amen”(ずべて貴女のおっしゃる通りに)』 と。


こうして少女は少しだけ楽しい夢と偽りの安息を得た。




●アクトレスアクター

扉をくくり抜けた先、廊下では女が一人、歩を進めていた。彼女は朗々と歌い上げるように
ハリのある声で言葉を紡ぐ。

「かつて主演女優を夢見た果敢なき少女に魅せる
提供すべき至高の一品。それは果たしてどのようなものであるべきか。


愛や夢か希望か友情か、それとも――

アンデルセンの眠り姫(ビューティースノー)は、のどに詰まった毒リンゴを吐き出して
王子様と結ばれたけれど。
…彼女のたどる結末は果たして果たして、どのような物語の顛末を得るのかしら?」


そこまでいうとくるりと踵を返す
そして張りめぐされた肢体と優雅な指先を窓にむけた。

その先には一匹の獣。

にゃー

「にゃー、こんにちわ、猫さん。こんなところまで忍び込むなんて悪い子ね。
自称怪盗の使い魔さんかしら? それともハートボイルド探偵の共感者さん?
どちらにしてもレディーの寝室をのぞき見るのはよくない趣味だわ。」

では、最後にひとつだけ。女は差し出した指の先をタスクのように軽く振った。

「よく誤解されるんだけど『認識の衝突』とか『世界に選ばれたという確信』とかいうのは
実は表層的な、些末なことでしかないのよね。
『転機』において一番重要なのは『唯我』
精神肉体両方における『唯我』の獲得、その獲得をもって人は『転機(転校生になる機会)』を得る。

同じことが彼女にも言えるわ。あの子の能力はその能力の優劣性においてほぼ最強、でも心が
ついていっていない。魔人なのに現実に負けることを受け入れている。

まるで敗北SSのように
それは勝ってはいけないという姉に向ける無意識の愛か優しさか、それとも人としての傲慢さか
私の望みは『面白い物語』。
貴方たちのブック(脚本)はどれも興味深い…実に興味深いレシピよね。

あなたの物語、果たして眠り姫を覚ます痛恨の一撃となれるかしら?」



(つづく)

ちょっと語句解説を追記。
EUREKA!
:ギリシャ語で「見つけた」という意味。風呂に入ったアルキメデスが叫んだ台詞として有名
パッション
:作中で踊手云々いってますが本来は「キリストの受難」という意味で同名の映画もあり。
キリストの処刑を描く凄く痛々しい映画です。ソラちゃんのことを暗示しようとして完全失敗(伏線あるある)
ラストレシピ
:今おすすめの映画。号泣。
にゃー
:唐突に出てきたのは大戦時探偵の相棒(スイートハニー)は猫ちゃんにする予定だったので
最終更新:2017年11月12日 12:24