●―逢魔が刻 999番地―
逢魔が刻
それは全ての時が交じり合い。行きかうという時空の交差点。
目的地に急ぐ制服の少女は白帽子の男に足止めを食らった。
彼は識家の拘束を一時受けたというのにその窮地を脱してここにきたらしい。そこに驚きではない、性根はともかくその有用さは前から周囲の人間から聞き及んでいたからだ。
だがら、どうだという話ではある。彼女は先を急いでいた。
「なるほど、お前は『時逆順』殺しの容疑で拘束はされたが、同時に『時逆順』に送りこまれた世界の調査でシュガー殺しの確証を得ており、一難逃れたというわけだ。で?」
「ところが『転校生が死にいたる経緯』に関しては全く不自然なところがなくてねー。
確証のかの字、証拠のしょの字も掴めなかった。
しかも僕やってないですー無罪ですと訴えても聞いてもらえず、今度こそ意識唯のお隣に永久投獄かというお話に」
思わず、ふぅと息を吐く。買い被り全否定。想像以上に無能だった。
「・・・・。で?」
「いやいや、そこで抜刀スタイルに戻らないで。あとは時空時計事件の話だけ、巻いて話すから
いや実際、転校生絡みでは粗がなかったんだよ。ただ流石にこの状況は流石にまずいということで改めて真剣に考えてみると
1点だけ、彼の死ではなく事件全体のほうに不明慮な部分があったことを思い出した。
登場人物の中で番長君に電話で匿名で助言を行い事件解決に導いた人物がいたんだけど、この人の身元が最後まで分からなかった。
僕は日雇い助手で脱走ばれのリスクもあったから早々放置して帰ったけど、名無しのアクター(事件関係者)が存在するのはいかにも気持ちが悪い。
なので、やや突飛ではあるがこの人を事件の真犯人または重要なファクターを握っている仮定して考えてみることにした。」
「話が長い、手短に結論から言え。」
白帽子は首肯した
「『物語をミステリー化する能力』
僕はそう推定した。今までの事件を「物語」として不偏してみると「彼らの死」は物語の本題では常になかった。
あくまで主要人物を彩る経過や事件を彩るファクターとしてのみ書かれている。
物語上の登場人物や探偵(加えるに読者)は、それに衝撃を受けこそすれ、起こったことそれ自体には注視しないはずだ、ノンストップで事態は進んでいるからね。
誰も実はあれが配役の段階で死ぬように配置され、その結果殺されていたんだーなんて疑わないだろう。
ただ、あの時は結末に至る過程でなんらかのイレギュラーが起きてた。だから物語外から最低限度の『干渉』で調整を行ったんだと考えた。物語を完結させるために」
だから顔出し名前だしNG電話のみの1回きりのアドバイス。
「本当に突飛だな。」
「実はそれほど突拍子のない話でもないでもない。僕は日雇い助手で脱走ばれのリスクもあったから早々放置して帰ったけど、
キーキャラに名無しのアクター(事件関係者)が存在するのは調査する側にとってはいかにも気持ちが悪いことなんだ。
時間制限がない彼女本人がいたら、きちんと調べていただろうと思う。そして僕と同じ結論に行き着いてーー
結局、彼女は『真犯人』に殺されていたんだろうと思う。
彼女の死は運命ではないけど、結末は変わらない。彼女は殺されるという筋書き(デストラップ)が既に各所に張めぐされており、
その一つに引っかかっただけ。
有能で勤勉な彼女なら、見落とさずにきちんと踏込み、同じように死んでいただろうって確信が今の僕にはある。
彼女の死という事実が僕にそう告げてくれてるんだ。」
――ある種、彼女が最後に残した無言のダイニングメッセージなのかもね。僕限定で届いたのが困り事なのだけど―
耳にそんな声が言外に聞こえてきたような気がした。
改めて男をまじまじと見たが、そこには変わらず、ぼややんとした雰囲気だけがあたりに漂っているだけだった。
「――――あと5分だ。それ以上は待たない。」
「ありがとう。続けるね。自力解決が無理そうだと考えた僕は代理人を立てることを考えた
これから事件か行方不明者が発生しますんで、その対策用に人物一人推薦します。事象の解明を依頼してください。
そう、僕はかつ丼も頼まず必死に彼らに頼み込んだ。
いやまあ正確には予告かな。問題の『迷宮時計』は、その24時間後に発生したから。
僕にとっての幸運は、彼らの中に一人、あの人のファンがいたこと。その人が、先生の実力も公平性も担保してくれた。
僕はみっともなくも元助手という立場を利用し、自分の師匠にSOSをうつ。
助けてぷーりず。先生に『迷宮時計』の「解明」をお願いしたいです。ただし絶対に『解決』はしないでくださいとね。」
『迷宮時計』そこで行われた『物語』のはじまりの一つがそこから始まった。
●賢者の贈り物
C3ステーションの本社ビル。
進道 美樹は本社ビルの応接室で目を覚ました。
「会議の途中で、確か転校生が現れて案内を・・・・夢?」
連日の疲れからかいつの間にか寝てしまっていたようだった。慌てて近くの端末を操作し、今の時間とスケジュールを確認し、ほっと息をつく。
大丈夫だ。黒塗りベンツで追突されたり示談を要求されるような穴は作っていない。
「しかし変な夢よね。あの鷹岡があんな思い違いをするなんて」
夢の中で舞踏を取り扱った映画として鷹岡は「パッション」語っていたが、実際の映画『パッション』は
”キリストの受難”を描いた作品だ。共通項が全くない。全編に渡って痛々しい作品で
あまりの凄惨さにショックで観客から死人を出したことで話題にもなったが…。
「受難…ね。」
そこでデスクに紙切れが一枚おいてあることに気が付き、何気なく目をやる。
そこにはたった一行
『賢者の贈り物』とだけ書かれていた。
彼女が一番好きな小説、オー・ヘンリーの短編小説の題名。
「・・・っ」
何故だが、とりとめとなく涙があふれてきた。
自分が本当に描きたかったのはこういう話だったはずだ。
進道 美樹の半生や価値基準は妹のソラと共にあったといっていい。
おもえば小説家への道、物語を書き始めたのも物語好きの妹の影響だった
アイドルの道や将来女優になりたいという夢に惜しみなくバックアップしようとした。
妹の成長や喜びが美樹の喜びだったのだ。
妹も”きっとそうだったに違いない”。
それが全てを奪う形になってしまった。二人にとって最悪の結末を生み出してしまった。
お互いを理解しあう? とても無理だ、あの物語のようにはいかない。
自責の念もある。そしてそれ以上にことが露見し妹から糾弾されることを自分は何より恐れていた。
私は動けない。
もし、このような物語のような選択があっても、私は決して踏み出すことはないだろう
ただ縮こまって穴倉の中で蹲っているのだ。ずーと
「だけど」
湧き出る涙の源泉はそこではなかった。彼女の中を覆っていたのは全く別の感情だった。
「でも、なんなの…今感じる、この”選ばれなかった感”は?」
(後編に続く)