思えば、貴女は私のヒーローでした。
コイン、カード、イリュージョンetc.
貴女が見せてくれるマジックはとても楽しかった。
私と貴女が誘拐されたあの日。
貴女は私を助けるために魔人になった。
私を逃がすために囮になって、そのまま誘拐犯を打ちのめした勇敢な貴女。
去っていく貴女を見るのがつらかった。
父と奇術師の修業をする、そして私のために強くなりたいといった貴女が。
私の名が指し示す花言葉のように生きられたらきっとよかったのでしょう。
だから、あの日貴女が私の前に帰ってきてくれたとき、私はとても嬉しかったんです。
後継者争いも本当はどうでもよかった。
ただ、貴女が私のために戦いたいといったから、だから―――
「また勝てなかった」
シャワーを浴びながら、ナズナはこれまでの戦いに思いを巡らせていた
勝てないという事実はナズナの心に深く圧し掛かってくる。
敗北ではない?だから何だというのだ。
勝てなかったことには変わりがない。
DSSバトルは勝利を争う大会ではない?それも救いにはならない。
そもそも面白さという評価軸においても評価が高いわけではない
ナズナが茉莉花の元を訪れた意味はあったのか?
そもそもこれまでの血の滲むような努力に意味はあったのか?
子供の頃から訓練に励み、それでも何もできない…こんな人生に何の意味があるのか。
彼女の全てが否定されているようだった。
莫大な賞金も名声も過去を改変する権利も全てがどうでもよかった。
ただ、ただ茉莉花に幸せになってほしかった。
それだけだったのに。
もう彼女の顔もまともに見れそうにない。
どうすればよかったのだろう。
わからない。
ただDSSバトルはまだ残っている。
逃げるわけにはいかない。
「おいおい、いつのまにかいいとも終わってるじゃんかー!俺っち昨日テレビの前でずっと待ってたんだよー!なんで誰も教えてくれなかったのさ!
もしかしてタモさん死んだ?」
すでにいいともが放送終了しているのを知らなかった稲葉白兎は前日テレビの前でいいともを見ようとして、別番組が始まったことをDSSバトルが始まった現在も愚痴り続けている。
タモさんは死んでない。
「何の話よ、それは」
ナズナが、トランプを手裏剣の様に投げつける。
カードスローイング。所詮は児戯に等しい技ではある。
普通ならキュウリを切れる程度の技だ。
だが、魔人であるナズナが投げれば、十分に殺傷力のある武器となりうる。
だが、白兎は危なげもなく回避している。
「いやいや手品師の嬢ちゃんさー。もっとこうさー!会話っていうのをちゃんとやろうぜー!言葉のキャッチボールっていうやつ。
このままだと大会が盛り上がらないじゃんか!いや、嬢ちゃんがすごい技術を持ってるっていうのはわかるよ。
けどさー、これって最下層同士の試合なんだぜ!エンターテイメントっていうやつを理解しよう!そんなんだから全然勝てないんだよ。
俺っちの言ってること分かる?Do you understand?」
「うるさい!」
もう一度トランプを投げつける。白兎が縦横無尽に基地の中を移動し回避している!
「何?いいともの話はお気に召さない?ごきげんようの方がお好み?ごきげんようまで終わってるんだぜ、信じられないだろ」
「さっきと何が違うのかわからないわよ!!」
ステッキで襲ってきた警備用ドローンの銃撃を防ぎつつ、逃走を続ける白兎を追う。
面倒くさい相手だ。戦う気が一切感じられない。
こちらを攻撃してこないから、攻撃のスキを突くということもできない。
そのくせ、挑発だけはしてくる。非常に鬱陶しい。
「わかんない?まあ結局のところ真面目に戦っても仕方ないっていう話よ。どうせ視聴者さんたちもスパンキングの旦那とか相撲の嬢ちゃんの試合見てるんだって。
じゃあ、視聴者のいないこんな塩試合はいいともの話でもするしかないじゃん。明日また来てくれるかなー!いいともー!ってね。
どう俺っちの親切心。感動のあまり泣けるっしょ」
オーバーなリアクションで両手を広げながら首を竦めて、逃走を続ける白兎。
完全に相手を馬鹿にしている。
「『お喋り王』にでも改名したらどうかしら?『逃走王』よりそちらの方がお似合いよ」
「手品師の嬢ちゃん面白い提案するね。でも、俺っち逃走には美学があるんでね。『逃走王』で通させてもらうさ」
その後は一進一退の攻防が続いた。
ナズナが追いついたと思えば、白兎が逃げる。
白兎が逃げ切ったかと思えば、ナズナが追いつく。
試合はその繰り返しだった。
そしてついに試合は最終局面を迎えていた。
「いやあ、そんな手を使ってくるなんて俺っち感心しちゃったなー!」
視聴者達もあまりの展開ん興奮が隠しきれなかった。
ナズナの悪魔的発想により、白兎はもはや逃走は不可能。後は殺されるのを待つだけだ。
「降参するわね?」
「降参する降参する。何せ俺っち『逃走王』だからね。殺されるぐらいなら逃げる。降参するさ」
そして、可愛川ナズナの勝利を告げるアナウンスがその場に響いた。
「ほら、ナズナ。見て!『沼地の王、ザリ・ガナー』実物大模型特別展示ですって」
パンフレットを見ながら、茉莉花がナズナの手を引く。
周囲には珍しい蟹や海老が入った水槽が並んでいる。
背後ではマスコットキャラクターのカニカマくん(鎌を持った蟹)とエビチリちゃん(地図を持った海老)の着ぐるみが歓迎のため、親子連れの客に手を振っていた。
『帆真鈴水族館』。
この日、甲殻類を中心に集めたことが特色とされるこの水族館に二人は遊びに来ていた。
渋るナズナを茉莉花が無理矢理連れてきたのだ。
ボディガードは特にいない。ナズナがいれば十分だったし、ナズナが対応できない事態にはボディガードも対応できないからだ
今、彼女たちの目の前には体長10mを超えるザリガニの模型が鎮座していた。
目の前に置かれた解説には
『かつて、ザリ・ガナーという伝説の甲殻類がこの一帯を支配していた。その圧倒的な勢力により、かえってその一帯は統率がとれていた』
と書いてある。
「大きい」
「大きいわね」
近くで見るとその巨大さに圧倒され、息をのむ。
「本当にこんなザリガニがいたのかしら?」
「どうかしら。文献にしか残ってないという話だけど」
パンフレットを見ながら、二人が会話をする。
とても仲睦まじい光景だ。
「楽しい?」
ふと、茉莉花がナズナに尋ねた。
「ええ」
「よかった」
茉莉花はナズナの返答を聞き安堵したようだった。
事実、ナズナはとても幸せだった。
けど、本当によかったのだろうか。
結局、彼女の役に立てたとは言い難い。
そんな私が幸せでよいのだろうか。。
「じゃあまた、どこかへいこうなんて考えちゃだめよ」
茉莉花の言葉にナズナはドキリとする。彼女の心を見透かされていたようだ。
「茉莉花の花言葉、知っているでしょう?」
知っている。それはナズナがずっと望んでいた言葉だ。
「『あなたは私のもの』」
「そう。そして『私はあなたについていく』。だから、どこまでもあなたを追いかけていくわ。
どこへ行っても逃がさない。蛇のように執念深く追いかける。
なんてね」
茉莉花がいたずらっぽく笑った。
「それは私の立場だと難しいかもしれないけど、でもあなたとずっと一緒にいたいという気持ちは本当のことよ、ナズナ」
茉莉花がナズナを抱きしめる。
抱きしめられたナズナの目には涙が浮かんでいる。
「どうして泣いてるの?」
「だ、だって……」
嬉しくてという言葉がうまく口にできない。
「だから、もうどこへもいかないで。私のナズナ」
「ええ」
二人は人目も憚らず、その場で抱き合い続けた。
<<HAPPY END>>