第4ラウンドSS・オフィスビル街その1





紳士淑女の一同、老若男女に姉諸兄、お集まりいただき光栄だな。
時間がいから、手早く言うか。はじめまして(・・・・・・)、俺の名天問地文(あまどいじぶん)。俺読んで、世界最の探偵だ。

「ああ……やっぱり見えねえな」



銀天街飛鳥と言う女、つまり私はオフィス街の只中を立ち尽くしていた。
如何せん、弱気になっている。私という生き物がいままで営んできた生業(なりわい)とは全く違う、東京に初めて渡って来た頃のことを思い出してしまった。
現代的なビルディングの群れに包囲され、負けじと胸を張り背を伸ばしたことを覚えている。三六〇度を見渡した、すべての方向から同じ人がやって来て、器用なことに私に触れもせずに、どこか遠いところに行ってしまう。

それがひどく寂しくて、人もまばらな故郷とまた違ったさびしさに独りで身を抱いた。あの頃に戻るだけだと思えば、きっと勇気も湧きだしてくるのだろうか?

だけど、同じく何もないまっさらな状態でも、何も手に取っていなかったあの頃と今は違う。きっと、宝物を手にする前に戻るのは難しい。
差出人不明の招待状に釣られてここDSSバトルに出場してみたものの……立て続けに二敗、名声は地に塗れ相棒も失った。僅かに残ったなけなしの誇りを賭した戦いでも結果引き分け、私は私という生き方を再び見いだせずにいた。

「銀天街飛鳥とは、どうやるのだったか……?」

慰めの言葉も軽口も、もう飛んでこない。だからといって、私自身の口から言い出すのも何かが違う気がした。
空は曇天、いつ降り出してもおかしくはない濃い模様。足早にサラリーマン姿のNPCたちが歩を進めている。
無個性なスーツ姿の彼ら彼女らが交差して、私にも誰にもぶつからずに、無数の菱型を、鋭角的な図形を描いていく。ビルの屋上から見下ろせばさぞ見事な光景が広がるだろう。

「無個性……、か」

世界をそんな一言で片づけてしまえるくらい、私は世界を知っている気になっただろうか。今の私の頭の中には無個性な数字が乱舞している。

「 2467234712456716712712371346714674014567147357

 45024671471367356740156734571257 」


「こんにちわ~。いいお天気ですね~」

だから。
無法図に世界を愛してしまえる魔王との出会いは、幸運だったのかもしれない。ざわつく環境音、彼女に触れまい、それでも急ごうとする人と人の雑踏の中、ぽつんと荒川くもり――異世界の魔王であり、転生の破壊者は立っていた。

割って入る。彼女は悠然と歩く。確かな。意図もせずに触れるだけで、描写を割く余地もなく紙を裂くほどの労力もなく、何の感慨もなく、道行く人々は消滅していく。

気づけば、雨音以外には何もしなくなる。
そして、地面に向けて垂直を引く雨の線が私たちをとみに濡らしても、どうしても私だけは微笑むことが出来なかった。



どうやら、俺が未へ向けたメッセージは役に立ってくれたらしい。そうだ、彼女が見つけた暗号文は俺に由来するものさ。
……と、言っても本来、この時におけると銀天街飛鳥なる探偵の間に接点はない。なのになぜわかったか。

それは、この暗号が普遍的な法則に従って成り立つもので、ある特定の人種を近くに持つ人間でないとまるで意味がないからだ。
それ以前に、み以上の意図はないはずなんだが、続けようか。

早速、種明かしと行こう。例文はわかるよな? 

4 4 1 4 1 1 1 1 4 1 1 4 1 4
2 2 2 5 2 2 4 5 5
6 3 6 6 3 3 6 4 6 6 3

一見、意味不明だが整然とした数字の羅列に見えるが、いつの本当の並び方はこうな
本来存在しない7や0は便宜上区切りとして入れたものだろう――、まだわからなか?


これでどうだ?
とは言っても、急ごしらえだからはある。なにせ俺は読むのが専で作るのは不得手だ。だが、ニュアンスは感じ取ってくれただろうか。

「ああ畜生。見えにくいな。喋るか。
察しの通り、俺は名前の通り『地の文』を操る魔人だ。地の文とはカッコ内の会話を除く、すべての文章とでも理解してくれりゃいい。
……ははっ、地の文を理解しといて、天の言葉に縋るなんざ、皮肉なもんだな」

これじゃわかりづらいだろうな。
答えは『点字』だよ、俺の目はもうほとんど見えない。の顔を拝むことなんざ、きっと夢のまた夢だろうな。



「知りたいって思った時点で、その人は何かが変わってしまうって思うんです。あなたはどう思いますか?」

「知りたいということは戦いなのかもしれませんね、ですが……その欲求を否定できないと知っていて、よくぞ言う――ッ!」

接触即死、空間跳躍、精神の健全化、概念の破壊――。
今更に言い立てることではないかもしれないが、荒川くもり、魔王を号するだけあってその能力は圧倒的だ。
そして、『神』の領域に届きかねないその魔人でさえも一勝しか出来ていないというこの大会の恐ろしさに表立っておののき、密かに安堵した。
後者、己の醜さをどうにか吐き捨てたいが。たまった唾を吐き捨てるには、私と言う探偵はマナーが良過ぎ、言葉を飲み込んで回避するしかない現状に、歯を打ち鳴らす!

「くっ」

たった今も、そこだけ消え失せた雨音との位相の差を聞き取れなければ終わっていた。
おそらく人差し指はもちろん、足の指先でも、肉のひとかけらでも奪われたならば、そのまま誇りの一片でさえ残さず理解(破壊)される。
これは仮説だが、露出卿との一戦から遙かに動きが良くなっている。どちらにせよ、情報が足りない。

遮蔽物の無い街路にあって、私は無惨に這いつくばり、雨と雨の切れ目を見る。
たった一人で踊り続ける、傍から見れば滑稽を通り越して狂人の沙汰だ。痛々しい……いや、なんという道化! 既に地に底にまで墜ちたプライドだったが――。

「荒川くもり、何を考えている!?」

「いやいや、今さっき気づいたんですけどね。私、皆さんのことは知りたくても、別に私のことまで知ってもらう必要は無いと思ったんですよ」

何を思ったか、荒川くもりの第一手はおのれ自身の姿を破壊することだった。
声はすれども、姿は見えず。足音はある、破壊の痕跡は残る、けれど実体は存在しない。なんという出鱈目か。

迷いなく、いや迷いも見せず、荒川くもりはすべてを削る、砕く、なくす、破壊していく。
灰色の街に彩りを寄せた街路樹の真横を駆け抜け、円環に出来損ないのキューピッドを添えたようなモニュメントを潜り抜ける、サラリーマンの仕事疲れに鞭打つ、コンビニエンスストアのエナジードリンクが空を舞った。
そのいずれもが消えていく。痕跡さえも残さずに。

これまで積み上げてきたすべてが無意味なものと化したことに苛立ちがこみ上げ、けれど飛散したガラス片で切った頬をなぞって、自分が笑みを浮かべていることに気づいた。
勝てると思った。ならば、それに向けて論理を組み立てよう。戦う理由なんて後付けで十分だと思って、あまりの不合理さに声を上げて笑った。

ならば、打開策はただひとつ。私が不得手とする推理光線、それを荒川くもりに向けて撃ち放つことだけだろう。必中必殺の銀の弾丸(シルバー・バレット)、火種はきっと君の居場所だ。

世界二位がなにを泣き言かと言うかもしれないが、推理光線を撃つ機会はきっと一度きりだ。
一事件につき――推理披露の場を何十回と設けることが叶う探偵は存在しない。

雨に遮られ、射線が定まらず、それでも真実を求めて私は走った。



よぉ、君、ふたたび天地文だ。
畜生、また白くなってきやがった。自分の名前が書けなくなるなんて、俺はもう壊れちまったのか?

「だったら、こうやって口に出して話せばいいって? ははっ、名案だな。俺が万全の状態だったら弟子にしてやってもよかったんだろうが、生憎俺の本体は『地の文』の方なのさ」

会話文なんざ俺が俺だったらこう話すなんて、過去から推測されるリプレイに過ぎねえ。
が俺であるというアイデンティティの拠り所、探偵としての魂なるものはここにしか のさ。
畜生……、畜生――!

「だからな、荒川嬢の地の文を乗っ取ったってのは本当に悪いことをしたと思ってるんだぜ。あのお嬢さん、普段ぽややんとしているようで結構考えてるからなぁ。
考えすぎてドツボにはまってるところも多いから、俺がちょっといじってやれば強いのなんのって。」

まぁ、んだ。俺がを付けたって意味で銀天街飛鳥は、確かに最後の子になるだろうが、手加減はするなむしろリミッターを外せと書いておいた。
それにな、俺は彼女自身の思考には何も力を割いてない、そう も。



雨は降りやみ、くもり空は彼女の時間。
姿を消したいなら、まずは光と音を破壊すればいい。
それなのに、一足飛びに存在に手を付けずに姿という概念的なモノに手を付けるとは。

何度目の自問自答か知れなかったが、その疑問を当の本人にぶつけてみても有意な答えが返ってくるはずもない。けれど、私の中、甘えという可能性を潰す役に立った。
犯人(てき)の自白を誘導するのは、探偵の常套手段のひとつに数えられているが、今回はそれが有効な手管ではなかったというだけのことだ。

「終わってしまった可能性にしがみついて、勝てる可能性に振り分ける労力を惜しむのは――でしたっけ、師匠」

そうはいっても、順調に追い詰められている。
上層にまで至る吹き抜けと、樹氷に似たぴかぴかの外見が印象的なビルだった。今は、半ば以上が抉り取られ、無惨に内臓をぼろぼろとこぼしていた。
今は、その正式な名を脳の限られた容量に叩き込むことさえ惜しかった。

この構図を相手も待ち望んでいたのだろう。
屋上での一騎打ち、外壁を含めてかつてビルだった破片が散らばる中での無言の決闘。片方の姿が見えないということを除けば、絵になることこの上ない。
この期に及んで商業主義に乗っかるのも片腹痛いが、ここ、すべての元凶となった『C3ステーション』本社ビルを完膚なきまでに破壊して終わると考えれば、意趣返しとしては悪くなかった。

……ここまでの鬼ごっこの中では外側から肺を傷つけたらしい。
大いに血の絡んだ唾を吐き捨てる。今は、この一言を吐き出すために全身が持ってくれればと信じるだけだ。
どうと胸を張れ、指先はピンと張れ、呼吸は正しく、発声も正しく――叫ぶ。

犯人は――私だ!!

つまり、必然的に、銀色の推理光線は、あやまたず私を撃ち抜いていた。当然、それに値する罪を犯してきたことを私自身理解していたから威力も十全のものだった。、

ゆえに、それまでに一度、そして返す光で二度、荒川くもりを彼女に当たる存在を貫いていたことも偶然ではなかったけれど。
ここに至る構図は、別に狙ったわけではない。
砕け散った鏡面加工の外壁が私と言う探偵であり――犯人を曇りなく映し出していた、それだけ。そして、その射線上に荒川くもりもいた、それだけの単純で、乱暴な真実――。

確かに、私の推理光線は湾曲する性質を持つ。
ならば、直線状に立とうと怖くはない。だが、もう一つの鏡に反応し、それを目指すという特質の方が優先された、それだけのことだった。

コンマ一ミリ、私が死ぬのが遅ければそれでよかった。
どれだけ汚辱に塗れようとも死をかいくぐり、次の事件に希望をつなげるのが探偵のあり方だ。刹那に 犯人と刺し違えてきたのは量販品の安物だろうと口の悪い者は言う。
十中八九負ける勝負を、推理光線の誤射という悪手で相打ち同然のなりふり構わない勝ちの目に変えた。

それをそしられるのも尤もなことであるが、私は鏡に撃ったおのれの姿に恥じ入るものは無いと確信する。決着はついた。

荒川くもりの気配が急速に薄れていくのを感じる。
曇り空から晴れ間が差して、壊れた街に再生の兆しが生まれる。心臓の鼓動は止まっていても熟熟とした熱と痛みが日の光に負けず劣らないものであると信じている。
だから、銀天街飛鳥は、私は、私を再びやれることに、誇りを取り戻したことにようやく気づけた。



かかっ、勝ったか。俺の最後の弟子は、やっぱり天晴ってところだな。
尤も、そんな優れた弟子を育てた俺はもっと天晴なわけだが……

っと。先程まで死にかけとった奴が何をピンピンしておるか、と思う連中もいるだろう。
俺は生憎、『全盛期』の天問地文(あまどいじぶん)だからな。
死にかけで順序追って物語追うのがやっとこさの末期と違って、結末までスキップするのなんざ朝飯前ってことさ。

ま、これなら――孫の地文(じもん)のことも、任せられそうだな。
俺に似ず、随分とひん曲がった悪たれに育ったようだが……頼むぞ、飛鳥。

銀鏡反応と言う言葉もある様に、表面に銀のコーティングを施して作り上げた鏡は存在する。
奇しくも銀無垢の花嫁という言葉が頭に浮かんだ。
生憎、それを見届けてやれないのが口惜しいが――
まあ、老兵はただ去るのみ、さね。

ああそうそう、お若いの。最後に暗号のおさらいだ。

1246712713571275012345734571234567
最終更新:2017年11月19日 02:30