第4ラウンドSS・オフィスビル街その2

「あれ、もしかして……獅子中サン?」

「む。お前は」

 C3ステーションに併設される食堂にて、大間 真(くもりにプロローグで負けたやつ)は偶然にも獅子中 以蔵(絆にプロローグで勝ったやつ)と出会った。

「確か……大間だったか。いくつか試合は見させてもらっているが、苦戦しているようだな」

 Cセット(かけそば+ミニ親子丼、税込み580円)のそばをずるずるとすすりながら、以蔵は大間に座るよう促した。ばつが悪そうに笑いながら、大間は対面の椅子を引き自分の盆を置く。

「へへ、有名人のダンナに名前覚えてもらってるなんて光栄ですな。まあ実際、中々上手くはいかないもんで」

 日替わりセット(しょうが焼き+ご飯・味噌汁・漬物、税込み550円)の漬物をかじりながら、大間はぼやいた。

「次のバトルは一ヶ月以上後になるらしいですわ。それが終われば次のインターバルは更に開き……あと2,3試合もすれば実質引退、って感じになりますかねえ」

「視聴者は新しいモノを求め続ける。変化に付いていけないようなら、それも致し方ない事だろう」

「手厳しいや、ダンナは」

 率直な意見にたじろぐ大間だったが、その言葉は以蔵の本音であった。彼とてディーチューバーとして、短くない期間をVR空間で過ごしてきた。一握りの魔人がスターダムへと駆け上がる一方で、大間の様に一線を退く者はそれこそ数多、熱しやすく冷めやすい視聴者様方であればその消費速度は尚のこと。知力・体力・時の運、その他諸々に恵まれなくては、DSSバトルの参加者としては立ち行かない。

「しかしまァ、ダンナは今回上手くやりましたね。すごいじゃないですか絆ちゃん、ここまで3戦全勝なんて」

「ああ。しかし、この結果は俺にも読めなかった。あいつがここまでやるとはな」

 以蔵がサポーターを務める枯葉塚 絆は、第3ラウンドの対『変幻怪盗ニャルラトポテト』戦を制し、遂に次回は全勝同士の一騎打ちへ臨む。対する相手はオスモウドライバーを駆る格闘技の天才『野々美つくね』。

「エキシビジョンとはいえ、これで絆ちゃんを倒したダンナの株も上がるってもんでさあ。中々の策士ぶりですな」

 大間の言葉に、下心が漏れ出し頬が緩みそうになるのをこらえて、以蔵は大間へ聞き返す。

「ん……しかし、お前に勝った荒川 くもりの戦績は――1勝2敗、か。芳しいものではないな」

「ええ。率直に言って意外でしたよ」

 あむ、とご飯としょうが焼きを咀嚼し飲み込んでから、大間は言葉を続ける。

「勿論、他の魔人の能力を舐めてるわけじゃあないですが。荒川の『全壊』はそれに拮抗し、なお余りある強さを持っている――実際に対峙して、俺はそう感じました。しかし、実際に蓋を開けて見れば、ロシュアの当世随一の剣士・露出卿はもとより、普通の女子高生だった絆ちゃんにすら敵わなかった」

 自身を負かした相手に対する不満――よりも、心底不思議に思う態度が、大間の表情には色濃く出ていた。

「獅子中のダンナはどう思います? 荒川と彼女らの差は何処に有ると」

「意志、だろうな」

 以蔵の答えには、迷いは無かった。

「能力の強弱・相性、身体の基礎強度の優劣、事前の仕込み・戦闘思考速度、それに偶然の偏り。挙げようと思えば勝敗決定の要因などいくらでも有るが、それら全てを引き寄せるのは意思の力よ」

「へえ」

 言葉の意味は理解できたが、その深層までは大間には理解できていないようだった。

「それについては、荒川 くもりも相当なものだったのだろうが……お前も、実際に見れば解るかもしれんな。今回運営が集めた16人、特にその上位陣については、理屈で測れない規模の力を持つ」

「『転校生』のようなもの、ですか?」

 味噌汁をすする大間に、以蔵は首を横に振った。

「それもまた違う。例えるなら、前提条件全てを無視し、因果に直接干渉する程の力」

「……それが、意志の力だと」

「ああ。それが、荒川 くもりには僅かに不足していた。露出卿の折れぬ矜持や、絆の全てを受け入れる大器に対抗する為の何かが」

 お碗に箸を置き、手を合わせる以蔵。大間は眉を下げながら、苦みばしった笑みを浮かべた。

「はは。やっぱ自分には、こっち側の世界は合いませんわ。大人しく、学生バレーのコーチに戻るとしますか」

「ん? 大間、お前そんな本業持ってたのか?」

「こっちも半分ボランティアみたいなもんですけどね。最初はまあ酷い有様でしたけど、近頃は結構やるようになってきたんですよ。見てるこっちもつい熱が入っちまって……」

 相槌を打ちながら、大間の表情を窺う以蔵。その幸せそうに緩んだ表情を見、彼はきっと、もうこれ以上此方側へ来ることはないのだろうと以蔵は思った。

 そして一方、本大会の参加者の殆どが、それとは逆方向へと進み続けている事もまた彼は感じていた。

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 その凄惨な光景は、2ラウンド目の再現と言ってよかった。オフィス街の中、命を持たないNPC達は、その機能を失い道端へごろごろと転がっている。

「やれやれ、その破壊癖は相変わらずといったところかな? で、次は其処の高層ビルでも壊してみるかい」

「……場を整えていただけですよ。死にたくない観戦者の方達には、ログアウトしてもらいました」

 車の通らない大通りに、信号機だけが明滅する。それらが交わるスクランブル交差点の真ん中に、くもりとその対戦相手『銀天街 飛鳥』は居た。

「貴方の能力――『天賦の銀才(シルバードロップ)』への対応策です。世界二位のあらゆる技術を拝借する其れは確かに強力ですが、対象を絞ってしまえばその応用力は著しく弱まる」

 そして、とくもりは続ける。

「今回の試合、私はこれ以降『全壊』は使いません」

「……ふむ?」

「貴方は私から、『世界二位の破壊力』を奪えばいい。あるいは能力を使わずとも、此処からは只の殴り合いです」

「一回戦から、君の戦いは視聴させてもらっているけどね。君が一度でも対戦相手を『殴った』事はあったかな? 能力を使わないだなんて、信ずるに値しない言葉だね」

「ならばその意図、看破してみてはどうです。探偵さんはお得意でしょう? そういうの」

 しかし、その答えをくもりは待たない。左足から駆け出し、緩い弧を描きながら飛鳥へ近づく。

(――二択だ。世界二位の破壊力か、それとも私自身の探偵能力か)

 一度飛鳥が能力を発動してしまえば、それより後は世界二位の技術(今回の場合は『破壊力』)以外の直接干渉は不可能となる。くもりの能力からすれば、おそらく肉弾戦以外の攻撃は通らなくなるだろう。

(能力を使えば、推理光線は事実上封殺される。地力の推理発勁(バリツ)だけでも接近戦の能力で劣るとは思わないが……否、今の私の消耗具合を考えるなら、使える物は何だって――!)

 迷った末、飛鳥は能力――『天賦の銀才』を発動した。眼前にまで迫ったくもりへ真っ直ぐ突きを放つが、くもりはそれを跳躍し、避ける。

「っせい!」

 頭部を狙い横薙ぎに払った、不恰好な蹴り。ガードポイントを作りながら、飛鳥はそれを受け、返しの鉄槌を放つ。空中の受けは効かず、世界二位の破壊力で叩きつけられたくもりの身体は二、三度地面を跳ね、飛鳥と大きく距離を開けた。

「っ、つう、まだまだ!」

 くもりは跳ね起き、再び前進を始める。空間破壊は使わず、只真っ直ぐに、愚直に。

(……本当に能力を使わないつもりか? あるいは引っ掛け(ミスリード)か)

 互いの射程ギリギリのところで、とんとんとステップで身体を揺らすくもり。数秒後、今度は飛鳥の側から仕掛けた。ショートトレンチコートを翻し、袈裟懸けに蹴りを放つ。

「はああああ!!」

 まともに攻撃を受けながら、右腕のクロスカウンター。能力抜きの単純な破壊力では、くもりの世界での順位はおそらく100位前後といったところだろうが、結局のところ当たってしまえばダメージを受けるのは同じこと。今度は二人同時に後方へと吹っ飛ぶ形になる。受身をとりながら、飛鳥はくもりへ語りかける。

「先程から推理はしているが、解らないな――荒川 くもり。このVR空間での破壊活動は、君の大望だったのではなかったのか? これ程破壊しつくしたいフィールドも無いだろうに、何故私との徒手空拳での勝負に拘る?」

「そう、ですね。前の私なら、きっとそうしていたでしょう」

 転換点は、前ラウンドの対露出卿との試合。第2ラウンドの絆に敗北した時は、未だ彼女自身に大きな油断があった。故にその敗北を受け入れなかった――受け入れられなかったのは、事実。

「でも、それじゃ駄目なんです。私は漸く、敗北を理解しました。だから」

 完璧な敗北だった。読みで上回られ、誘導されて操られ、正真正銘の全力でぶつかり――尚もその裸身は、遠かった。今まで戦ったどの勇者よりも、彼女は美しく気高く、そして強かった。

「もう負けたくないんです。勝ちたい。この戦いも、これからの戦いも」

 敗北の記憶は壊せるが、その事実自体はくもりにも壊せない。そして、くもりも其れの破壊を望まなかった。魔王である彼女に残された汚点は、同時に彼女を人間たらしめるモノとなったのだ。

「……ふっ、はっ!」

 息を吐きながら、三度の前進。ここに来て飛鳥は、彼女の纏うもう一つの力に気づく。

(固有能力は使っていない。そして純粋な身体強化――だけでもない。これは)

 くもりの呼吸のリズムが変わった。一本調子だったステップに曲げ、揺らぎの動きが加わり、打点を読みづらくする。魔王であるくもりならば、決して使わなかったであろう小手先の技――

「――セイ、ヤ!(Say-ya!:「yaと言え」という意味の英語)」

 くもりの身体が沈み、直後下から突き上げる拳が、飛鳥の身体を僅かに浮かした。

(っ、英語、だと――っ)

 露出卿に敗北し、泣き腫らした目でマカロンを食べながら、彼女は今の自身にできる事を探し街へと足を伸ばしていた。何かをせずには居られなかった――そんな彼女の目に飛び込んだのは、バスロータリーに面するビルに掲げられた看板。其処にはややかすれた赤背景に白抜きで『駅前留学』の文字が躍っていた。

 最早彼女に迷いは無かった。その日から今日まで血の滲むようなLessonを重ね、彼女は駅前留学で付け焼刃ではあるが英語を身に付けた。実力的には未だ初段にも満たない程度ではあるが、その技術は確実に彼女の血肉となり、魔人身体能力を引き上げている。

「hoooooo!!!」

 連打される拳。当然飛鳥も反撃を試みるが、その拳が、蹴りが、すかされ逸らされる。

「咄嗟の時程、体に染み付いた動きが出てしまうものです」

 飛鳥の攻撃を受け流しながら、徐々にダメージを蓄積させていくくもり。

「"本格派"の推理発勁の型は予習済み、貴方の癖に応じた微調整もできました……当たらなければ、世界二位の破壊力など虚しいものです」

 どこか自嘲気味に独りごち、顔面に掌打を放つ。くもりが能力を使えば勝負有りの局面だったが、やはり彼女の能力は発動せず、飛鳥は鼻面を押さえながらくもりへ向き直った。

「伏線は張っておいた筈なんですけど、ね。とはいえ、流石にこれだけの未公開情報は反則ですか」

「……探偵殺すにゃ刃物は要らぬ、といった所かな。出来の悪い、三流の推理小説だ」

 人は変わっていく。荒川 くもりも、銀天街 飛鳥も、そして他の参加者達も。望むと望まざるとに関わらず、交わり染まり、あるいは染めて、物語は続く。

「能力は使わない、と言ったが。君は強かったよ、強くなった――あるいは、私が弱くなったのかな」

「分かりません。だけど、もしそれがあなたの弱さだったとして、迷いや惑いに起因するものなら――あなたはこの先きっと、もっと強くなれる」

「君のように、かい。はは、探偵が魔王だなんて、柄じゃないね」

「……さて、そろそろ決着、つけましょうか」

 がっし、と向かい合い、二人の両手が合わさる。破壊力を握力に転用し、飛鳥は簡単にくもりの両手を握りつぶす――が、それもまたミスディレクション。ほぼ同時のタイミングで、くもりは思い切り頭突きをかました。

「お、お、おおお」

 飛鳥が怯んだ隙に、くもりは握りつぶされた両手を合わせ、一つの拳を作る。ハンマー投げのように、身体を軸とし回転しながら、その一撃は放たれた。

「ふ、っ、とべええ!(foot to be:「遠くへ行ってください」という意味の英語)」

 大槌が飛鳥の腹部へ突き刺さり、彼女はビルの5階辺りまで吹き飛ばされた。渾身の一撃を放ったくもりは、その場にへたり込む。

『……銀天街 飛鳥を戦闘不能と判断。本バトルの勝者は荒川 くもりです』

 VR空間に唯一人残ったくもりは、大の字に寝転がったままそのアナウンスを聞いていた。彼女のDSSバトルは、こうして幕を閉じたのだった。

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「くもり」

 目覚めた寝室で、晴也と雨がくもりを見下ろしていた。

「……ん」

「楽しかったか、くもり」

 晴也が笑顔で尋ねる。

「楽しい――ばっかりじゃあ、なかったね。でも、これで良かったんだと思う。……お兄ちゃん、雨、今まで、迷惑かけてたね。ごめんね」

「やめろよ、姉貴。どうせ今からだって、さんざん迷惑かけられるんだから」

 雨の言葉に、くもりは微笑んだ。

「私、此処を出るよ。お兄ちゃんと雨は」

「ああ。次は、俺達も一緒だ」「……仕方ないな、付き合うよ」

 彼女は今回、能力を使わなかった。しかしそれは、あくまで自身の弱さをひた隠すための暫定処置。本能である破壊衝動が消えたわけではない。

 きょうだい達は再び、この世界との決別を予感していた。
最終更新:2017年11月19日 01:43