【世界から逃げる】

【世界から逃げる】




「ゴメスに~稲妻走り~♪ 炎のゴメスを照らす~♪ ってあれ? これゴメス燃えてね? もぐもぐ」

 稲葉白兎はC3ステーションビルの廊下でお気に入りのゴメスォングを歌いながら歩く、手に持つ容器からポップコーン掴み頬張る。
 頭にはカチューシャを付け白シャツにジーパン腰にはウエストポーチといつも格好だ。
 本戦第4ラウンド第5試合『軍用施設』は開始されている。
 しかし、こうして白兎が廊下を歩いているのはそうブッチしたからだ。

「いやーホントにポップコーンは最高だな味は変わらないのにいくらでも食べられる
 バケツぐらいデカいカップのポップコーンがあるけどあのサイズが売れる納得のおいしさ
 そもそもポップコーンを食べる為に映画を見てる所あるよね、もぐもぐ」

 そう言ってまたポップコーンを頬張る、誰に喋っているのか。

「待ちなさい!!」

 後ろから声がした、声の主は4ラウンドで白兎と対戦するはずだった可愛川ナズナ。
 頭にはシルクハットを被り青いドレスに上から黒いマントを羽織っている、右手にはステッキを持ちいつみてもマジシャンじみた格好である。
 探すために走って来たのだろう息を切らしながら肩を上下に動かす。

「あらら? もう追いついてきた? 俺っちってモテモテ~だけどこれから行くところがあるんだ
 愛の告白なら後にしてくれるかな、俺っちレズってよくわからないんだよね~気持ち嬉しいけど
 期待には答えられないかも、あポップコーン食べる?」

 白兎はポップコーンのカップをナズナに向ける。

「い、いりません!! どうして対戦場に現れなかったの!?」

 白兎のふざけた態度にナズナはかんかんの様子だった。
 それに対して特に気にした感じも無く平然とポップコーンを食べ終えカップをゴミ箱に投げ込みながら白兎が言う。

「どうしてってもうねクソ運営には付き合ってられないよ、こんな対戦カード誰も期待してないって
 いくらポイント的に優勝が遠いからってこうも盛り上がらないマッチングは流石に俺っちでも
 やる気がでないってもんよ」

「盛り上がらないですって!?」

「俺っちだって叶う事ならさ怪盗VS泥棒でオカマ怪盗の旦那とか
 二番の嬢ちゃんとドラマチックに探偵VS泥棒とか
 同じく『王』の名前が付いてる魔王の嬢ちゃんやお尻の旦那とか
 そういう誰から見てもワクワクするようなマッチングを期待していたのにマジでクソ運営だな
 ダンゲロストーン×100でも足りないくらいの無能っぷり長くないよこのコンテンツ」

「そんなの戦ってみないとわからないじゃないの! 私だってあなたを倒す秘策を考え……」

「いやいい、いい、もう先見えてるって
 軍用施設でそのマジックの嬢ちゃんの能力使って目線ずらして銃乱射とかだろ
 もうねそんなの何度も経験してるわけ、レーザーポイントもネタがバレてるぜ
 その気になれば銃なんて見なくても避けれるし、銃声聞いて『ラピッドラビット』余裕でした
 そしてさ、その後はどうせ爆弾で施設ごと爆破でしょ? お嬢様の為にも~とか言って
 爆発オチなんて最近のB級映画でもやらないよ、俺っちが逃げて勝って、はい終わり
 誰が見るんだって感じじゃん
 そんなんだから俺っちはブッチしたわけ、OK?」

 次から次へと対戦した時の展開を吐き捨てる白兎。
 ナズナは自分の主である茉莉花も侮辱されたと憤る。

「この……どこまで人を馬鹿にしたら気が済むの
 もう我慢できない、あなたをこのまま逃がすわけにはいかない」

 白兎は大きくため息をついた。

「なんでさ、もういいじゃん不戦勝で勝ったんだから、そこまでする必要ある?
 理解できないなぁーそれにここ廊下だぜ? 
 こんな狭い廊下で戦うなんて最近の不良学生でもしないって
 そこまで貴族のお嬢様が大事かね
 お金持ちとそれに群がる媚び犬の気持ちはいつになってもわからないな」

 ナズナはステッキを構えマントを翻す。

「もう試合とかでないの! もう無様な試合はしないって決めたのに! 
 DSSバトルが終わればあなたは指名手配犯ですよね
 ならば私はここであなたを捕まえて自分のチカラを示すの!」

 ナズナはシルクハットを手に取りステッキくるくる回したあと叩く。

「イッツ! ショータイム!」

 ボン!

 と音を鳴らしシルクハットから鳥がバサバサと出て来る。
 廊下の上には10羽の。

「なんだいマジシャンらしく鳩でも……タカっ!?」 

 タカである。

「まだまだ……はい!!」

 そうマントを翻しポーズを決めると何処からかナズナの後ろには。

「トラっ!?」

 トラである。

「おーすごいすごい、次はバッタでも出すのかい? 一体どうやって?」

「そのどうやってをするのがマジックです、バッタはでません」

 ナズナは誇らしく胸を張る、本来ならばタカもトラもマジシャンとしてのパートナーであるが自分だけのチカラだけでは足りないと今までの戦いを考え連れてきた、それだけナズナには後が無かったのだこのC3ステーションにバレずにトラを持ち込めるのは世界でもナズナぐらいであろう、マジシャンとしての腕には誰よりも自信があった。

「ふふふ、この子達には悪いけど朝からゴハンを与えてないの」

 ナズナの能力『アトラクションショー』は他者の視線を他に集中させる能力。
 現在タカとトラは腹を空かし白兎というエサにくぎ付けであった。

「ありゃりゃ、こりゃ」

 狭い廊下の前にはナズナとトラ、後ろには10羽のタカ、八方塞がりである。

「なるほどね、こりゃ適当に試合展開を予想したのは謝るよ、流石はマジシャンってとこかな」

「お得意の降参をするなら今の内ですよ、ここはVR空間みたいなルールはありません」

「ルール? ホントにな、わざわざルールを守って戦ってきたのに中々うまくいかないもんだね」

 白兎の目は細くなる。

「なに? どういう事なの?」

「VR空間なんてお遊びじゃないか、基本的には命の保証があるただのよくあるゲーム
 命のやりとり(・・・・・・)ってことなら話が違う。
 ルールなんて関係ない、どうせ最後だし俺っちの好きな様にさせてもらうぜ」

 白兎はその場にしゃがみ込み両手を地面につけ右足を後ろに突き出す、クラウチングスタートのポーズを取った。

「前の戦いでクッソタレな家をぶっ壊して気分が良い
 だから見せてやろうじゃん! この『逃走王』の本気の逃走ってやつを!!」

「そんな事させない! 勝つわ。私の名と花言葉に誓って!!」

 白兎の目が赤く光る、そしてカチューシャで留めた黒髪が白く変色していく。

「俺っちってこの見た目通り博識なんだけど
 『ナズナ』の花言葉って“全てを捧げます ”って意味なんだってな
 ちなみに俺っちの『稲』にも花言葉があって意味は“神聖”
 今までDSSバトルのしょうも無いルールを守ってきた俺っちにピッタリ」

 タカとトラ達がバタバタと白兎に襲い掛かる。

「どの口が言えるんで……!?」

 白兎は逃げだした。





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 C3ステーションのとある一室。
「なんなのこれは! 不戦勝なんて! ふざけてるの!?」

 DSSバトル第4ラウンドの不戦勝のアナウンスを聞いてモニターに向かい進道ソラは叫んだ。
 ブラウンのロングへアに白を基調とした衣装、整った顔立ちをしているが、右腕のギブスと片目に眼帯、車いすに座る痛々しい姿は彼女の魅力を半減させていた。

「ごめんなさい、警備員の人を総動員して探したのだけれど捕まらなくて……」

 ソラをなだめる様に姉の美樹が言う。
 姉妹で顔は似ているが美樹は女性ものスーツを着て、社長秘書の肩書に恥じないキリっとした風貌であった。
 が、妹の前では姉としてのそしてソラを今の状態にしてしまった負い目もあり、たじたじの様子だ。

「でも他にも注目の対戦が残ってるのよ、ほらゴメスVS刈谷なんて水と油みたいな対戦じゃない?」

「そういう問題じゃないの!?」

 ソラは怒り心頭の様だった。
 美樹はこうなっては無駄だと逃げるようにコーヒーを淹れようとキッチンに向かう。

(なんでここで不戦勝なの……逃げるタイミングなんていくらでもあったでしょう
 そもそも稲葉白兎は逃げてばかりで戦う気があるのかしら?
 大きい口を叩く割にはこれまでの対戦は全戦全敗
 予選でも運よく上がってこれただけで、本当に何を考えているのかわからない
 視聴率も期待できない、攻撃もせずに逃げてばっかりのつまらない試合ばかり
 観客はいつも文字通り血湧き肉踊る戦いを求めてる、私の『S・S・C』でもそれを皆が望んでいる)

 淹れたコーヒーを飲みつつ美樹はイラ立つ、この後の試合はどうしても盛り上がるものにしなくてはと、妹が気に入る様な試合展開をなくてはとそう考える。
 キッチンから戻ると美樹は目を疑った。
 ソラと白兎が向かいあっていた。
 侵入経路であろう窓は開いており、風でカーテンが勢いよくはためいている。

「え!?」

 美樹は手にしていたコーヒーを投げ捨て二人の間に入ろうと走る。

(どうしてここに!?)

 白兎は腰のウエストポーチに手を入れ何かを取り出そうとする。

(ナイフか!? 試合でも使わなかった武器をなんでここで、どうしてソラを??
 まさか『S・S・C』がバレて私を脅そうとしてる? でも何処でそれを?
 普通なら知る事のない情報のはず、ならば腹いせの殺人!? C3ステーションで殺人が起きたと
 なれば大問題、最悪DSSバトル終了、そういう事なのこの男!)

 美樹は走る。

(だめ、間に合わない……)

 ソラは困惑の表情を浮かべ白兎を見つめる。
 白兎はソラに勢いよくウエストポーチから――――

「そ、ソラ! 逃げ……!!」

 ――――サインペンを差し出した。

「え」

「このシャツにサインお願いできるかな、ファンなんだソラちゃん(・・・・・)
 白兎は眩しいくらい笑顔で言った。



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 稲葉白兎は裕福な家に生まれた。
 財政界を背負う為に幼少の頃から隔離された生活。
 決められた時間。決められた食事。決められた教育。決められた友好。決められた進路。決められた
環境。決められた未来。

 できなければ食事無しはもちろん、体罰もいくらでも食らった。青春の言葉など微塵もなかった。
 しかしそれを白兎は辛いなどと考えたことはなかった、それが当たり前の事だと考えていた。

 そして十五歳の頃に出会ってしまう、当時新人アイドルとして活動中であった進道ソラに。

 キッカケは学校でたまたま職員室の掃除中にあった先生のアイドル雑誌だった。
 一目ぼれと言ってもいいだろう、アイドルとして頑張るソラは白兎からはとてつもなく輝いて見えた白兎はソラに夢中になっていった。

 初めて手にした娯楽、厳しい生活の中で触れたオアシス、逃げ場所、誰かが決めたわけでもない自分が本当に夢中になれるもの、稲葉白兎にとって進道ソラはただのアイドルというわけではない存在になっていた。

 そこからの白兎は凄かった、少しでもソラを見ようと完璧に課題をこなし空いた時間を雑誌やDVD、CDを楽しむ為に使った、もちろん執事やメイドに頼み込み、バレないように親族には内緒で。

 だが2年後に父親にバレてしまう。メイドの一人がヘマをしたのだ。
 もちろん反発した、初めての父親への反抗だった。父親は白兎の顔面をタコ殴りにし、2年間集めて隠していたソラのグッズを全て燃やした「こんなものにかまけては上に立つべき人間として恥」と白兎の目の前で。

 それから数日後、事件が起こった。

 進道ソラが事故にあったのだ、アイドルコンテストで下半身不随の重症とアイドル引退。
 白兎は絶望した、目の前が真っ暗になる感覚こんなに感情が渦巻いたのは人生で初めてだった。
 その絶望は怒りへと変わりすぐさま父親に向かった。
 ソラを襲ったアイドルをどこで見たか忘れてたが見覚えがあった、理由なんてそれで十分だった理屈も考えず我を忘れて父親に掴み掛かった。
 そしてこんなことを言いただしたのだ。

「私は悪くないだろ、ただ皆がその結末を面白いと思っただけだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 父親は心底ムカつく顔で言い放った。
 白兎は確信した直感ではあったが確信した、ソラは事故でアイドルを辞めたのではない。
 自分が好きになってしまったからこそ巻き込まれてしまった。何も関係ないソラを。

 そして白兎は逃げだした。17歳の夜だった。

 逃げる為に車を盗んだ、金も盗んだ、魔人に覚醒した。

 家族に指名手配された、白兎を捕まえようとどこからでも人が集まった。

 その中、白兎はソラについて調べていき『逃走王』呼ばれる程チカラを付けていった。

 白兎二十歳、たまたま拾った雑誌で小さくソラが写っているのが見えた。

 これだと思い白兎はDSSバトルに出場を決意した。長かった三年間であった。




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 C3ステーションのとある一室

 進道姉妹は白兎の「サイン書いてくれ」に面を食らった様だった。
 その姿に白兎は気付き。

「おっと、俺っちとしたことがテンションが上がりすぎて自己紹介してなかった
 初めましてソラちゃんとお姉さん、俺っちは稲葉白兎、俺っちの試合は見てくれてかい?」

 両手を広げて大げさなアクションで自己紹介を始める白兎、ソラは「ええ」と返事する。
 白兎はソラと目線を合わすためにしゃがみ瞳を見つめる。

「どうだったかな俺っちの試合、ソラちゃんに見てもらえるようにカートゥーンアニメの猫とネズミの 追いかけっこみたいとはいかないけど血とか極力見ないでいいように配慮したつもりなんだけど」

「え?」

 ソラが呆気にとられる。

「ほらソラちゃんって暴力的な事嫌いでしょ? 新人デビュー当時の雑誌に書いてあったぜ
 俺っちソラちゃんには試合見てもらいたくて頑張ったんだぜ、ちょっちカッコ悪い所も見せちまった かもしれないけど」

 白兎は頭を掻き恥ずかしそうに言う。対戦で見せるムカつく笑顔ではなく、本当に照れ隠しの笑い。

「なに言ってるの! だったらどうして第4ラウンドに出なかったの? ソラはあの時は違うのあなたの逃げるだけの試合なんて面白いわけないでしょう!!」

 二人の会話に美樹が入ってきた。白兎は立ち上がり美樹の方を向く。

「そうだ俺っちはお姉さんに用事あったんだ俺っち辛抱無しだからさ、あんたの能力で俺っちの望む過去を変えさせてくれ」

「な!?」

「俺っちも色々調べたんだけど、どうもお姉さんが怪しいんだよねソラちゃんといい
 無理してこのC3ステーションにいる理由がないよね、
 悪い話じゃないよ俺っち金が欲しいんじゃなくて『真の報酬』のほうが目的だからさ」

「そんな事できるわけな」

「俺っちは“ソラちゃんが五体満足でアイドルに復帰して欲しい”」

 美樹の言葉を遮って白兎がいつものふざけたトーンではなく真面目に言い放つ。

 姉妹は目を見開き驚く。

「昔さ、色々あってこのDSSバトルの仕組みを知る機会があってさ
 優勝したら過去も変えれるんだろ、いや実際は優勝とかその人気や声名を使って
“その展開を皆の声”として認識するんだろう
 だからお姉さん自体は使えない、過去を変えられない」

 白兎はこの三年で到達した答えを喋る。

「ダメよそんな事いって! そもそもあなた人気が無さすぎるのよ!」

「だからお願いしに来てるんじゃないか
 敵99人と意見が違っても一人の人気で過去を改変できる素晴らしい能力じゃないか
 俺っちは“世界が敵に回してもソラちゃんのファンだぜ”」

「その傲慢な言い方やめなさい! そもそもあなたにソラの何がわか……」

「お姉ちゃんやめて!!」

 今度はソラが美樹の言葉を遮った。
 ソラが目の前に立つ白兎が持つサインペンを手に取る。

「……私……もう必要ないのかと思ってた……アイドルとしてもう舞台に上がってはダメなのかと思ってた……」

 ソラはサインペンを握りしめ俯いた姿勢で喋る。

「でもたった一人でも望んでくれるなら……私……またアイドルとしてもう一度戦いたい……」

 言葉が熱を帯びる。

「それに……白兎さんの試合はほんとにヒドイ味でしたけど……」

 ソラは顔を上げ白兎を見つめる。

「嫌いな味じゃなかった……」

 ソラの顔は涙でぐちゃぐちゃであった、元アイドルの顔とは思えないくらい。

「私、この人を……白兎さんを信じたい……!」

 絞るような声を上げるソラ。

「こうも泣かれるとは思わなったな、これじゃファン失格、死んだ時はきっと地獄落ちだなこりゃ」

 美樹は絶句した誰よりも理解していると思っていた妹がこんなに泣きアイドルとして復帰したいと思っていた事に、喜んで見ていると思っていたDSSバトルが好きではなかった事に、それを気付いて助けを求められてる白兎に、美樹は嫉妬に似た感情すら抱いた。

「でも無理よ、私だってソラを助けたいけど人気がポイントが無いとどうしようもない贔屓や不正はできない」

 美樹は冷たい声で言った。

「そうかやっぱり人気・ポイントが全てか世知辛いね~本来ならここで社長あたりが出て色々するんだろうけど露出や尻やの苦情で手一杯だろうし俺っちがやらなくても勝手に誰かがやるだろ、ホント他の連中には感謝してもし足りないくらいだ」

 白兎はどこの誰でもなく語り掛ける。

「と言う事だこんな所(・・・・)まで見に来てるんだ趣味が悪いったらありゃしないね
 でもここまで見に来たんだアンタ俺っちの追っかけ(ファン)って事でいいんだよな?
 なら今からやる事は決まってるよな? 俺っちはハッピーエンドが好きなんだ」

 白兎はニヤリと笑った。 

「俺っちは“逃げる事を妥協しない”最後に勝つのはこの『逃走王』稲葉白兎だ!!」


 この物語は何処まで行っても逃走劇。

  世 界(進道ソラ)救 う(逃がす)闘争劇。
最終更新:2017年11月19日 01:54