人は38度5分を超える高熱に見舞われた時、ケツブルガリアの幻覚に襲われる。
ケツブルガリア!?
「ケツブルガリア…ケツブルガリアって何だろう?」
「良いんだ、全部出しきれ。疑問に思ったことは何でも聞いてみると良い。」
布団の中で寒気に震える〈私〉を、ケツブルガリア先生が優しく介抱してくれた。
いや、解放してくれたのだ。理性の帳から。
「辛かったろう。職場を早退したのに、割とサっと帰れたのは。」
「ああ…はい。ロキソニンが効いてきた見たいです。」
こいつ全然反省してないな。ケツブルガリア先生は思ったが、口には出さなかった。
そもそもケツブルガリア先生とは何なのか?新手のスパンキング変質者なのか?
ケツがブルブルのガリア地方(後のフランス)なのか!?
いや、下手に疑問に思うのはよそう。これは幕間SSだ。〈私〉が出てきた以上、ケツブルガリア先生にもありとあらゆる可能性が付与される。
可能性とは「特に何も考えてません。本当にごめんなさい。」という意味だ。
だが、それは読者が許すことで無限の世界へと回帰する究極の力だ。
力だ。力が欲しい。
ケツブルガリア先生は〈私〉の願望が生み出した存在なのかもしれない。
これは幕間SSなのか?自キャラ敗北SSなのか?幕間SSの読み方は《マクマ》なのか?《マクアイ》なのか?
マクマホン。
そうだ。幕間SSの読み方が二つだけだと誰が決めた!?
これからのダンゲロスはマクマホンSSの時代だーーー!!!
何故、今朝は体温を測ったら34度2分だったのか?体温計が壊れていたのか?
否、壊れているのは俺の頭なのか?
そうだ。俺は正常だ。なぜなら、もう壊れる部分など無いからだ。
「〈私〉は無敵だーーーーっ!!」
「寝てろーーー!」
ケツブルガリア先生に後頭部を殴られた〈私〉はノックアウトされ、布団の中へとダイブインザスカイした。
嗚呼。
「何もかも、ボーボボのビデオを久しぶりに見たのが悪かった。」
「そうだな。お前はブルガリアの風上にも置けん男だ。」
「なんかムカついたので神戸屋先生に風邪を感染しに行こうと思う。」
「最低だな。じゃあ早速行動に移そうぜ。」
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神戸屋先生を訪ねたらめっちゃ怒られたので詳しいことは割愛する。
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刈谷融介は鏡で身だしなみを確認していた。
最近は外見に気を遣えてなかったが、確認作業はとても大切だ。
特に、刈谷融介のような、見た目で人を判断"される"ような人間には。
鏡で自分の顔を凝視する傍ら、その手には電話が握られていた。
「…俺は刈谷融介だ。今は適当な電話番号を『借りて』電話してる。あんたに頼みがある。」
「どうしたんだい?匿名の電話番号なんか使ってさあ?」
逃亡中の彼だが、彼の手元には何でもあった。その気になれば何でも用意できた。
それは、彼が刈谷融介だから、という自負に他ならない。
では何故、他人に頼みごとなどするのか。
それは、ここ最近の込み入った事情が関係してるのかもしれない。
刈谷はここ数週間、自分の外見どころか、内面も取り繕えていない。
それほどまでにVRでのバトルは過酷で、精神を削るものだった。
「俺が本人だという確証が必要か?なら証拠でも見せてやろうか?」
「いいや、止そう。この場で貸借天の能力を使われるとどうなるのか分かったものではないからね。間違いなく君は刈谷融介だよ。」
電話を通して聞こえる声は鷹岡集一郎。
「ケツブルガリアのビデオが見たいんだ。集一郎、頼むよ。親友だろ。」
「ガチャン」
無慈悲な音が、電話回線が切れたことを如実に物語っていた。
「ちくしょう、なんで、こんなことに…」
どうして刈谷融介はケツブルガリアのビデオが見たくなったのか。
それは間借りしたホテルの従業員達の何気ない会話を横耳に挟んだからだ。
「ケツブルガリアってさーーーっマジイケてるよね~。」
「は?何言ってんのお前?」
従業員達は楽しそうにケツブルガリアのことについて会話していた。
「は?何アンタ、ケツブルガリアも知らないワケ?」
「はあっ!?何か言ってんのはテメーだろ!!ワケわかんねーこと言ってんじゃねーよ!!」
「いい度胸してやがる。テメーのことは前からキライだったんだよ。」
「年上に向かって生意気な!野郎、取っちめてやる!」
従業員達は殴り合いながらケツブルガリアについて語り始めた。その光景を刈谷はただ眺めているしかなかった。
「なんでこいつら、客の前でこんな喧嘩してんねんやろう…?」
一応、逃亡中とはいえ、このホテルにとって刈谷は上客である。
かつてホテルに突っかかってきた暴力団を撃退してやったこともあった。
後に刈谷のところへ無言電話や脅迫メールが大量に届いたが、全部『返して』やった。
今では、暴力団にとっても刈谷は上客の一人だ。
いや、"元"上客か。
三回戦までで、刈谷は社会的信用を圧倒的に失ってしまった。
激怒、絶望、逃走、敗北、そして貸借天。
全てが露見され、裏の顔が公の元に晒された今、かつての刈谷の繋がりがどれだけ保たれているか。
このホテルにも、いつまで居られるのか分かったものではない。
とはいえ、まだこのホテルにとって刈谷は上客の筈で、ホテルの一室も間借りしている以上、従業員もそれなりの態度で接するべきである。
このホテルの教育方針が行き届いていることは承知の上だし、そうでなければここを選んだりしない。
何らかの魔人能力の可能性も疑ったが、ケツブルガリアという単語が何かの魔人能力と想像するだけで悪寒が走る。
だってほら、ケツでブルガリアだぞ?
「いったい何なんだ、ケツブルガリア…」
それは刈谷を魔界へと誘う、魅惑のキーワードに他ならなかった。
そんな次第で、恥を忍んで鷹岡集一郎に電話で聞いてみたのである。だって他に友達いないもん。
ネットで調べてみたが、何もヒットせず。
「降り出しか…これも鷹岡の陰謀なのか?」
思えばC3バトルの対戦組み合わせは全てがおかしかった。
まるで、わざと刈谷の精神を摩耗させようとしているかのような戦いばかりを強いられた。
結果、こうして逃亡生活をしている。
まさかこうなることも含めて、全て鷹岡は承知だったのか?
「あり得る。ではケツブルガリアも鷹岡の臀部がブルブル震えているのかもしれない。」
そう考えると辻褄が合っていると言えなくもない。まさか鷹岡は自分の臀部がバイブレーションする動画を世界中に配信して、世の中を支配するつもりなのでは。
鷹岡集一郎は!自分の臀部がバイブレーションする動画で!
世界を支配するつもりでは!?
「野郎、絶対に許さねえ。こんなことに俺を利用しやがって。」
瞬間、刈谷は激怒した!C3バトルでも刈谷は終始すぐに怒っていた!つまり、彼の沸点はどこにあるのかイマイチよく分からないのだ!
本人もよく分かってない!
「うおおおおお鷹岡の思い通りになってたまるかあああ」
刈谷はズボンを脱ぎ、ケツを丸出しにすると、猛スピードでケツを降り始めた。
早い!刈谷がケツを振るスピードは超高速だ!高速スピナーだ!ヘビーウェイトだ!タモリ倶楽部超倍速再生だ!
この高速ケツ振り、ケツスピナーは対スパンキング翔くん相手に考えていた対策法である。
「まずは、このように高速でケツを振ることで翔くんの注目を集めるでござるな!一流のスパンカーを誘惑するには生半可なケツ振りでは不可能!故に、全身全霊もってケツを振るでござる!絶対にケツを振るでござる!」
刈谷は久しぶりに開放感に満たされていた。ここ数週間、あまりにも精神的に疲労していたのだ。
それが彼をこんな無茶な行為に誘ったのだ。
「そして、拙者の魅惑的な腰つきに我慢できなくなった翔くんは思わず拙者のケツにムシャぶりつくでござる!この不埒者!我慢できなくなったでござるか!?」
「ユースケ、何してるの…?」
「そこで拙者が翔くんにサブミッションでござるーー!」
「いやっ離して…!」
「ケツサブミッション!!これこそがラストスパンKING唯一にして絶対の攻略法!!
関節技は!!
ケツを!!
叩かない!!だから強い!ジャンケンの理論でござるな!」
「何してるのユースケ!!離して!」
「ふふ…その表情、ケツに関節など効くのか?という疑問を呈しているでござるな…?しからば!こうしてケツを揉めば良いのでござる!」
「成る程ね!ラストスパンKINGはケツを叩くほど強くなる能力。ならば…ケツを揉めば良い!!ケツをマッサージすれば…ケツを揉まれて力が出ないアンパンマン理論!」
「これがっ…俺の本能寺じゃああああい!」
「テメーは何をやってるんだあああああーっ!」
刈谷融介は笹原砂羽に蹴り飛ばされて壁に掛けてあった絵画に陳列された。
「すっ…砂羽!?一体いつからそこに!?」
「最初からいたわ!!ていうか途中から気付いてたろ!!気付いて最後までやろうとしたろ!!」
「すみません…最後の方はぶっちゃけ気付いてました。気付いて最後までしようとしてました。」
「だろーが!?この童貞野郎!!だから童貞なんだよ!!」
「いや違う…お前は砂羽じゃない!砂羽はもっとこう…淑やかだ!俺のケツも受け入れてくれる筈だ!」
それきり刈谷は泣き崩れる。砂羽は狼狽した。自分にはこういうとき、出来ることがない。お互いに甘えていたのだ。砂羽は常に被害者だった。彼女は自分より弱っている人物への接し方が分からない。
「こいつ一人の時はこんなことしてたんだな…」
砂羽は大人になりきれなかった子供で、刈谷は大人の真似が上手な子供だった。二人で少しずつ大人になりたかった。ケツ振りマンになった。
「なあ、砂羽。二人生きることと、一人でケツを振ることでしか生きていけないのは違うんだ。違うんだよ……」
「うん、そうだね、なんかごめんね……」
砂羽もあまりの事態にまた涙した。二人は折り重なるように抱きしめあい、傷を舐め合った。刈谷融介は童貞を失った。砂羽は自分の女性を受け入れることができた。
砂羽は顔のマスクを剥がしてオッサンの姿になった。
「残念だったな!僕は笠原砂羽ではない!秋葉原元康氏だ!」
「うわあああああああ」
笠原砂羽は笠原砂羽ではない。秋葉原元康氏だったのだ!
「笠原氏と入れ替わっておいたのさ!彼女とは昔、仕事の関係で繋がりがあってねえ…!」
「ちくしょうベイベェ、ケツブルガリアとは一体何なんだぜ。」
あわよくばケツブルガリアの意味が分かるかと思って聞いてみたが、秋葉原元康氏はどうしようもない奴を見る目で刈谷を見返した。
「えっ…何で知らんの、お前…?」
「ええっ知ってて当然のレベルですかぁ?」
その時、ホテルの窓ガラスが割れた。
ついにファックマリア様がバイクで刈谷の部屋に突入したのだ。
「卒業おめでとうっ!刈谷融介!」
「アギャギャギャギャ」
「刈谷融介ー貴様の貸借天の弱点は、二階から突然バイクで後頭部を轢かれると防御が間に合わないことだ!」
「アギャギャギャギャ」
「秋葉原氏の仇だーッ!」
秋葉原氏は部屋の隅で血塗れで動かなくなっていた。
「アギャギャギャギャ」
「卒業おめでとうっ!」
「卒業おめでとうっ!」
「卒業おめでとうっ!」
こうして刈谷融介はファックマリア様に鎖で首を拘束されたまま、C3ステーションまでバイクツーリングすることになった。
卒業おめでとうっ!
後半へ続く
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