ファックマリア様に貸借天の能力をアッサリと攻略された刈谷融介は首を鉄製の鎖で拘束されたまま、C3ステーションへと拉致された。
「馬鹿な、俺は刈谷融介だぞ…!俺がこんな…こんなことに…」
「暴力は良くないことだ。だが、アタイは良くないことが大好きさ。」
相手が悪かったのだ。まさか刈谷も予選で敗退した危険人物が寝込みを襲ってくるなど思いもしなかった。
その可能性は考えてなかった。
しかし、可能性がある以上、それは起こりうる出来事である。
「しかし、見直したぜぇ刈谷融介。お前、私のような可憐な乙女様には手を出さないんだな。キルヶ島シャバ僧は殺したクセによ?」
そんな端役のことは忘れた。そう言わんばかりに、刈谷は後頭部から血を流してぐったりしている。
「あがらがががが」
「これはキルヶ島シャバ僧の痛みだと思え。」
キルヶ島シャバ僧は有名な男優だったが、苛烈な拷問で業界を追われた悲劇の男だ。
少なくとも、ここではそういう扱いである。
「ウピピピピ」
刈谷は血を流しながらVRの世界へと堕ちていった…
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いつからその人のことばかり気になり出したのか。覚えてない。
兎に角、気がついたらその人ばかり目で追うようになっていた。
どんな苦境でも
どんな酷い目にあっても
眼が死んでいても、その奥底に見える光に惹かれた。
その人に好きな人がいる、と聞いた。
「俺は刈谷融介…外面だけはいい27歳無職。人に不快感を与えない風貌に、いつも笑顔を絶やさない温和で心優しい人物だと思われている。」
これでいい。外面さえ取り繕えば、心の中まで顧みられない。
他人にも、自分にも。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「面白くないなぁ、そういうことされちゃうの」
開口一番であった。しかし言葉とは裏腹に、鷹岡集一郎の表情は屈託のない笑みのままだった。
「せっかく残虐婦女暴行殺人ストリーマーのキルヶ島シャバ僧にVRカードを送ったのに、君がボコボコにしてカードも奪いとっちゃったんだって?しかもうちの諜報部も返り討ちにしたそうじゃないか」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
意識が混線していた?
目を覚ました刈谷は、まず後頭部が無事であることを確認した。
血も出ていない。
だが、頭の後ろ部分だけ、バイクで削られたみたいに妙に禿げている。
これはこれでオシャレだが、これはつまり、バイクに轢かれたところまで事実だったことを意味する。
ん…惹かれた?
「ここは…つまり、VR空間か。」
刈谷は頭頂部に浮かんだ緑色の数字を見て確信した。
彼の頭の上には彼の預金残高が表示されている。
大した金額だと自分でも思う。全て自分の実力で、力で得た金だ。
社会的に有利に立ち回り、有効に金を稼ぐ。今までそうして生きてきたはずだ。
それなりのルックスに、ある程度の身長。筋肉質な体。どれも整形や骨格矯正などで手に入れたものだ。
何故?…見た目が整っている方が、いろいろと有利だから。
「ここがVR空間なら…俺は一体いつからここにいた?」
一体いつから?ファックマリア様に鎖で縛り付けられ、C3ステーションまで連れてこられた。
その時からに決まってる。
「何でだ?今回のキャンペーンは四回戦までのはずだろ?ケツを振ったからか?ケツ…ブルガリア…」
刈谷融介は目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。
横たわる急峻な山々、いくつもの湖、広がる緑、そして花々。
それはまさに、音に聞くブルガリアの大地そのものだった。
「そうか…ここがケツ…ブルガリアなのか。鷹岡マンも味な真似をしおってからに。」
そのまま彼は…これがVR空間であり…衆人環視に晒されていることも忘れ…ズボンを脱いだ。
やはり精神的に疲れていたのだ。オッサンで童貞を卒業してしまったのが決定的に彼の破滅願望を刺激してしまったのかもしれない。その可能性はある。
「ケツ…ブルガリア…」
圧倒的なブルガリアの大地で、ケツ丸出しにして高速ケツ振りダンスをする後頭部が禿げた男がいた。そのスピードはタモリ倶楽部超倍速だ。
この光景はC3ステーションを通して世界中へ拡散され、ブルガリアの観光収入が五倍以上に跳ね上がったことはあまりにも有名である。
このケツブルガリアンが誰であろう、あの刈谷融介だとは、さしもの衆人も気が付かなかったであろうて。
「さあいつでも出てこいスパンキング翔くん。いや、最早スパンキングを攻略された君など、私にとってはスパーキングジョーだ。さあジョーくん。僕と楽しくスパーキングしよう。」
そんな大自然の中でキラリと煌めく光る流星あり。
光り輝くナイフは、彼方より放擲され、刈谷融介のケツに突き刺さった!
「おぉーっー!刺激的な攻撃だね。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
高熱で魘された状態で訪問した〈私〉を、友人は怪訝な様子で迎え入れてくれた。
「倒す?刈谷融介を?」
「ああ、そうだよ神戸屋先生。ロキソニンが効いてきたからね。兎に角誰でもいいから、一緒に地獄に堕ちてくれる奴が欲しくてね。」
「ついに狂ったか。前から君はそんな感じのヤツだと思っていたよ。」
「いや、これは熱のせいではない。風邪を拗らせたからでもない。兎に角、単に予選敗退しただけでは癪だからね。なんかしてやらないと気が済まないんだ。」
熱気を帯びて説明する〈私〉に、神戸屋先生は冷たい視線を遠くから投げかけた。
「僕は全く興味は無いがね。その刈谷ってキャラは僕たち向きのヤツなのかい?」
「いや、割と真面目なヤツで、性格の悪い食えない性格のタイプのヤツさ。あと読者人気が高い。」
〈私〉が言うと、神戸屋先生は阿呆らしそうに手を振った。
こういう時の神戸屋先生は、本当に全く物事に興味を示していない。刈谷融介の人となりにも、わざわざ戦わなくていいのに、触れる必要は無いと考えている。
「人気があるんなら、尚更戦っても意味なく無いか。むしろ周りの反感を買うだろ。」
「良いかい神戸屋先生、全ては可能性の話なんだよ。」
〈私〉は大分アバウトなことを言った。これは熱のためだ。
「〈私〉は予選敗退した時に、今回の可能性が無くなったと思った。しかしだ、神戸屋先生。〈私〉は他者の物語に登場したのさ。」
「何言ってんだこいつ。」
神戸屋先生はわりと本気で心配していたが、こういう時の〈私〉は早口で説明が止まらないので、やはり自分でも止めることは無い。
「まあ聞いてくれよ。神戸屋先生。」
「いや、流石に寝ろ。」
神戸屋先生はしゃがみ、〈私〉の目線に合わせて〈私〉を見つめる。
「いや聞いてくれよ神戸屋先生。〈私〉は他者の物語の中でなら存在し得るのさ。つまり、そういうことなんだ。」
「そうか、成る程な。起こりうることは全て起こりうる。要は、何でもアリってことか。」
神戸屋先生は立ち上がると、後ろを振り向き、障子の戸に手をかけた。
その手に力が篭る。
「ならば…今この場が現実ではなく、VR空間だという可能性もあり得るわけか。」
「流石神戸屋先生。話が早い。そうさ。〈私〉はそれが言いたかったんだ。」
最早恐れは無い。ここはVR空間で、ならばこれはC3バトルだ。
障子の向こうには戦いの舞台が広がっている。
それは出来ればブルガリアが良い。
「では障子を開くぞ。」
「ああ。」
障子を開くと、大自然の中でケツを振る一人の男がケツを振っていた。
神戸屋先生は黙って戸を閉めた。
「説明してもらおうか。」
ケツブルガリア。
今や彼は"その怪異"そのものになってしまったのだ。
「神戸屋先生。戦う前に頼みたいことがある。手伝って欲しいんだ。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あり得たかもしれないもう一つのバトル
ケツブルガリアVS〈私〉
地形:ブルガリア
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
〈私〉がケツブルガリアに放った投げナイフは敢え無く彼の肛門に突き刺さってしまった。
これは〈私〉にとって完全な誤算だった。
「おぉーっー!刺激的な攻撃だね。僕に興味があるんだね?」
魅惑的なイケメンの顔が股ぐら越しに〈私〉に語りかけてくる。
刈谷融介は今やケツブルガリアとなってしまった。〈私〉は自分で仕掛けた罠で、他人を怪異へと成り果たせてしまったのだ。
現象の怪異。もはやケツブルガリアは戦う為に誰かから何かを借り続け、狩り続けるブルガリアの大地そのものと言えるだろう。
実際それくらい刈谷の能力は強く美しいと思う。
「ケツブルガリア。何故〈私〉のナイフを受けた。」
「青いな。5点だ。お前みたいに5点のヤローは嫌いだな。」
刈谷…ケツブルガリアはどうやら〈私〉のことがお気に召さなかったようだ。
「ケツブルガリア。何故〈私〉がお前を対戦相手に選んだのか分かるか?」
「知らん。興味も無いし、勝手にやってくれ。」
ケツブルガリアは高圧的に〈私〉に接してくる。考えてみれば当たり前のことで、彼の性格を考えれば当然の態度だ。
相手は圧倒的な強者。〈私〉も改めて気を引き締める。
「可能性さ。〈私〉と君が対戦する可能性はあったし、こうして"起こりえた"。だが、それは〈私〉が想定していた事態でもあった筈だろ?それは何故だと思う?」
「そんな事より…見ろよこのブルガリアの大地を。俺は今、すごく開放的な気分なんだ。」
いろいろ開放的過ぎて大変な事になっているけど…それは言ってはいけない気がする。
口にすると、その時点でこれまでの刈谷が帰ってこないような。そんな予感。
「ケツブルガリア。君の貸借天はハッキリ言ってかなり弄りがいがある。色々応用が考えられる筈だ。そんな無体な使い方をしてしまうものじゃ無い。なのに、これまでの対戦者達ときたら、みんな君の内面にばかり攻撃を仕掛けてくる。」
「ああ…俺がケツブルガリアになっちまったのも…全部これまでの対戦者達のせいってわけか。」
そうだ。〈私〉は悪く無い。悪く無いんだ。
「〈私〉なら、ケツブルガリア。君の能力を十全に使い潰してやれる。頼む。〈私〉と戦って欲しい。」
「そんなことして俺に何の利益があるんだね。君もケツブルガリアになったらどうだい?」
駄目だ!ケツブルガリアはもう、壊れてしまっている!
刈谷はもう刈谷じゃない!彼はケツブルガリアになってしまったんだ!
「良い加減にしろっ!ケツブルガリア先生!!あの時俺を介抱してくれたのは嘘だったのか!?」
「それは多分君がみた幻さ。私では無い。今の俺はただブルガリアでケツを露出するだけの存在。これが鷹岡マンの望みなら、良いぜ。ノってやるよ。癪だがな。」
「それ以上生意気な口を聞くとファックマリア様を呼ぶぞ。」
「ファックマリア様っ!?」
ケツブルガリアのケツが僅かに動揺を見せた。その瞬間を〈私〉は見逃さなかった。
〈私〉は口から溶解液を吐き出し、ケツブルガリアのケツに吐きかけた。
「喰らえええ溶解液塗れにしてくれるわ。」
「グォアアアアっー!」
溶解液に塗れたケツブルガリアは、全身が爛れて死んでしまうのかと思いきや、意外と平気だった。
「馬鹿め。貸借天で溶解液の『ケツブルガリアを溶解する権利』を借りたのさ。つまり、俺の服は解けるというわけだなあ。」
「くそっ!全裸というわけか。」
ケツブルガリアはみるみるうちに服だけが解け、全裸になった。いや、見ないけど。
「この溶解液の『権利』はまとめてお前に返してやるぜ!お前は今まで戦った中で一番弱かったぜ!」
「エジプトパンチ!」
エジプト仕込みの〈私〉の右パンチが刈谷に炸裂する。
貸借天の能力は所詮人間が操るものなのじゃ。ならば、目にも留まらぬスピードで殴り抜ければケツブルガリアは防御出来ないというわけじゃな。
だが、そんな〈私〉を襲ったのは、無傷でニヤリと笑うケツブルガリアの笑顔だった。
「お前、本当に"魔人"なのか?いくら何でも遅すぎるぞ。そんなパンチ、いくらでも『借りる』ことが出来るぜ。」
「そうか…なら、お前はもうケツを振り回すしか出来ないなあ。」
〈私〉もまたニヤリと笑った。
果たして〈私〉はおかしくなったのか。ある意味ではそうだ。おかしくてたまらない。
ケツブルガリアと一緒になったのか?それは違う。〈私〉は〈私〉だ。ケツブルガリアになんてなったりしない。
遥かなブルガリアの急峻な斜面でケツを振り続ける、現象の怪異には。
「ほう…やっと僕とケツブルガリアする気になったんだね。優しくしてあげるよ。」
「いやあ…やっぱりお前は馬鹿なんだと思ってさ。」
〈私〉が言うと、ケツブルガリアは怪訝な顔で〈私〉の瞳を見つめた。
「何故?ケツを露出しているからか?」
「まず一つ。お前は自分の預金残高を頭の上に表示してるが、それはお前には見えない。何故って、〈私〉が確認する為だけにそう設定してもらったからさ。お前がどうしようが、実は関係なかったのさ。」
「何を…言っているんだ。」
「そしてもう一つ。君は自分の能力を可能な限り色々試したとどこかで言っていたが。それは多分嘘だ。〈私〉なら怖くて絶対に自分の能力は使わなくなる。」
物事の価値を、誰が決めるのか。
お尻を出した子一等賞なのか?
借りたら返せば、それでチャラなのか?
「答えはケツブルガリア先生、『特に決めるものは決まってないし、決めるのは自由』だよ。先生。」
「違う…そんなはずは無い。」
「多分、現実が受け入れられないと思うけど、一応言っておくよ。ケツブルガリア先生の能力は本当に素晴らしかった。弄りがいがある。人は認めない可能性が高いけどね。
物事の価値を決めるのは基本的に社会とか国とかだと思うが、君の能力の場合は違う。本当にありがとう。」
「嫌だ…止めてくれ。」
「ケツブルガリア先生の能力をもう一度よく見てみよう。『金銭的価値が不明のものは希少性を中心に利子が決定する。そのため魔人能力などは非常に高価である。』ここを見たときピンときたんだ。そうだ!なら俺と神戸屋先生で物事の価値を決めてしまえば良いってね。
だってそうだろ?人間が二人以上いれば、金銭的価値は発生するからさ。本来ならそこに他者が介在する余地は無い。民法は私法のの一般法なのさ。
人間はどんな契約を結んでもいい。それが、民法の大原則。
ところがケツブルガリア先生の能力は、その契約自由の原則には準拠していても、肝心の公序良俗の原則を無視し続けいることは、これまでの戦いを見れば明らかだ。
なら?もう一度聞こう。先生、物事の価値は誰が決める?それは〈私〉と神戸屋先生だ。」
「俺は…刈谷融介だ。」
「話が長くて分かりにくかったかな?とりあえずそこの頭に表示されてる金額を見てくれ。ああ、自分では見えないのか。
そこに表示されているのは…君の預金残高からマイナスして…8かける…10が120個着く。そういう金額だ。先生の能力のもとではあらゆる公序良俗が排除される。本当にありがとう。」
「止めろ…止めろーーっ!」
刈谷融介…ケツブルガリアの頭上に表示されていたのは、マイナス8不可思議円から本来の預金残高を引いた金額だ。
不可思議。それは那由多の万万倍の単位で、天文学的とかいう数字すらも遥かに超えた、物凄い金額だ。
何が起きたのか。
簡単だ。〈私〉は戦いに臨む前、神戸屋先生と二つ以上の契約を交わした。
『〈私〉は神戸屋先生に〈私〉の行動によって発生するあらゆる"運動エネルギー"に関する価値を譲渡します。』
『〈私〉、神戸屋先生は以下の貸借契約を結ぶ。神戸屋先生は〈私〉に運動エネルギーを貸し与える。その価値は8不可思議円。もし、運動エネルギーを損耗した場合は同額で弁償します。利子は1秒に10割。』
つまるところ、契約は契約なので、貸借天の前ではこのような契約ですら正常に機能してしまう。
契約を甘く見るな。これは古代ギリシャ以前から人類が培ってきた偉大なる知識と知恵の結晶だ。
本当に自分の能力を確認したのか?
それは一人でやらなかったか?
誰か…自分の能力を見てくれる、心の友はいなかった?
「ケツブルガリア先生。人類史上類を見ない大借金を背負ってくれて本当にありがとう。俺の負債は全て先生が奪ってくれた。そして、その運動エネルギーは俺のものではなく、神戸屋先生のものだ。どうやって返す?残高が0を切った時点で、能力はもう行使できない。」
「まだだ、返却すれば…」
「ケツブルガリア先生、これはあくまで可能性の話だが…『〈私〉だけが実在を主張する人物を、どうして存在すると理解できる?』神戸屋先生が〈私〉の妄想だけの存在だと、どうして疑わないんだ?そして、この言葉を聞いた時点で、起こりうることは全て起こりうるのさ。」
「え…」
チェックメイトだ。ケツブルガリア先生。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その後、刈谷融介…ケツブルガリアは普通に殴って〈私〉に勝利した。
〈私〉は体力的には魔人に劣り、所詮は雑魚だったのだ。
ケツブルガリアは…8不可思議円を超える、ギネス級の大借金を背負ったまま、C3ステーションを追い出されるように後にした。
そこにいたのは…眉目秀麗な美男子ではない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「俺は刈谷融介…外面だけはいい27歳無職。人に不快感を与えない風貌に、いつも笑顔を絶やさない温和で心優しい人物だと思われている。」
これでいい。外面さえ取り繕えば、心の中まで顧みられない。
他人にも、自分にも。
「俺は刈谷融介だ。見れば分かるだろう。」
「刈谷融介だ。そんなに証拠が欲しいのか。」
「刈谷融介は笹倉砂羽のことが好きではない。俺も、刈谷融介のことが嫌いだ。」
「俺は刈谷融介だ。笹倉砂羽のことが好きではない、刈谷融介なんだ。」
毎日の日課だ。鏡を見て。自分が誰なのかを再確認する。
コツは、電話でもいいので誰かに話しかけながら確認することだ。
振り向いてくれ。
頼むから。
俺は狂ってない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「面白くないなぁ、そういうことされちゃうの」
開口一番であった。しかし言葉とは裏腹に、鷹岡集一郎の表情は屈託のない笑みのままだった。
「せっかく残虐婦女暴行殺人ストリーマーのキルヶ島シャバ僧にVRカードを送ったのに、君がボコボコにしてカードも奪いとっちゃったんだって?しかもうちの諜報部も返り討ちにしたそうじゃないか」
★★★★★★★★★★★★★
「面白くないなぁ、そういうことされちゃうの」
開口一番であった。しかし言葉とは裏腹に、鷹岡集一郎の表情は屈託のない笑みのままだった。
「せっかく君にVRカードを送ったのに。しかもうちの諜報部も返り討ちにしたそうじゃないか、残虐婦女暴行殺人ストリーマーのキルヶ島シャバ僧くん。」
俺は狂ってない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「もう飽きたからさあ、何もかも止めにしちゃおうよ。」
刈谷融介…ケツブルガリアは雨に打たれながら歩いていると、正義の味方タカオカマンに声をかけられた。
鷹岡集一郎。その正体は、昼は外道行為に手を染め、夜は少女とOLの夢と希望を守るために戦う、正義の味方タカオカマンだ。
彼の全ては道楽行為。正義も企みも、全てが同じ天秤の秤に乗っかっている。
釣り合う対価は存在しない。
だから存在できる。だから両立する。
そんなタカオカマンに、彼も憧れている時期があった。
「タカオカマン…助けてくれ。」
「おいおい。此の期に及んで救いを求めるのかい?これは君が望んだ結果だろう?」
「助けてくれ…砂羽を!あの子は何も悪いことをしてないんだ。なのに…なんであの子があんな目に会わなくちゃいけなんだ。」
「言うに及ばず、だよ。正義の味方タカオカマンは婦女子の強い味方だからね。」
タカオカマンが翼状のマントを翻すと、その場には初めからそこにいたかのように、笹倉砂羽が現れた。
砂羽はしっかりとケツブルガリアの目を見つめていた。
「砂羽…」
「ユースケ…」
二人はしばし無言で見つめ合っていたが、業を煮やしたタカオカマンが口を開いた。
「いい加減にもうやめたらどうだ。キルヶ島シャバ僧。僕の偽名を演じるのは。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
キルヶ島シャバ僧。男優。
かつて業界を追われた彼は、刈谷融介こと鷹岡集一郎が脱税の為に建てた映像会社で、婦女に残虐、暴行、殺人をする端役に成り下がっていた。
彼はいつも正義の味方タカオカマンに倒される役だったが、女性に対する苛烈な行為が一部で人気を博した。
いわゆる裏ビデオというものだ。
会社名は『ケツブルガリア』。
そんな中で、一人の女性と出会った。
笹倉砂羽…彼女は、出会った時から"完全に壊れていた"。完全に壊れた人間は、二度と修復できない。
しかもこの砂羽という女性、鷹岡集一郎の幼馴染で、鷹岡の手によってこの業界に沈められたという。
それもただの道楽行為だ。
鷹岡集一郎にとって、笹倉砂羽はその程度の価値しかなかった。
だが、砂羽は、 どこまでも鷹岡に執心していた。それだけが唯一の希望と言わんばかりの目をしていた。
しかし、彼女は壊れていたので、鷹岡のことを鷹岡と認識しないことにしているようだった。代わりに、他の人を鷹岡と刈谷を別個の人物と認識するようにしていた。
その希望が、キルヶ谷は好きになった。
だってそうだ。何故なら、彼女はこの世界で唯一完全な被害者だから。
魔人能力もその時に身につけたものだ。
まず、貸借天の能力で『借りた』のは鷹岡集一郎の『刈谷融介』である権利。
そこからは、自分が刈谷融介であることを自分に言い聞かせることに終始した。
最近は、砂羽も漸く自分が刈谷だと認識してくれているようだ。
砂羽は、ユースケが好き。
融介は、ユースケが嫌い。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お前がどれだけ砂羽に尽くしてきたか。知らぬ砂羽ではあるまい。いい加減に認めたらどうだ、キルヶ島。笹倉砂羽は刈谷融介ではなく、キルヶ島シャバ僧に救われたのだと!」
タカオカマンの叫びが雨夜に反響する。
ケツブルガリアは…泣いた。
「お前の借金は俺が背負ってやる。刈谷融介の権利を一旦俺に返せ!そうすれば、もう一度ゼロからやり直せるだろう。」
「何故お前がそこまでするんだ…砂羽を壊したお前が。」
「黙れヒョウロクダマ!俺は自分が気持ちよくなれれば一番良いんだ。今、どうしようもないお前を救ったら最高に気持ち良い気分だ。私の気が変わらないうちに早く!」
「ユースケ…誰がなんと言おうとあなたはユースケよ。いいえ、ケツブルガリアよ。ケツブルガリアのケツブルガリア、最高にカッコよかった。」
笹倉砂羽は…とうに救われていたのだ。ケツブルガリアによって。
その日、ケツブルガリアが流した涙はわりと良い値段で売れた。
その後、タカオカマンに天文学を超える大借金を押し付けたが…何をどうしたのか、翌日には鷹岡集一郎は元の資産規模に戻っていた。
そう、破産宣告をしたんだね。賢いね。
おわり