SS「拘束と衝突~ラストレシピ~」(後編)」その2

「大当たりだ。
進道ソラの【Cinderella-Eater】は『物語』を味わうことができる。
テイストの結果、彼女は、一連の事件を”同じ書き手”による”連作”の『物語』であると断言した。

そして、こう言い切った。

この『三ツ星シェフ』が作ったモノなら、一口食べただけで作り手が一発でわかるわ。たとえどんな
畑違いのジャンルで腕を振るおうとも絶対に違えない、絶妙にして巧智、こんなミステリアスな味、
一度味わったら絶対忘れられないわ。

今は、過去に遡って類似の事件がなかったかを洗い出し中だ。真犯人にとって
”腕があまりにも良すぎた”のが仇になった形だ。

そして阿摩羅識は遅まきながら一連の転校生の不審死を『連続殺人事件』と断定。
お前があの世界で繰り返し行った『実証実験』及び『臨床試験』のデーターと鑑みた結果、
お前の提案するプランを採用することとなった。
以上が現状の報告だ―――――――――――――――だが、本気で実行する気か?」

耳飾りからの報告は事務的な調子で続いていたが、最後は、なんともいえない口調で終わっていた。
本気というより、よほど正気かといいたかったのかもしれない。

果たして、次の物語、誰が望んだ結末に落ち着くのか。



●乙女心と秋のソラ

それは、きらめくような眩しい夏だった。

進道ソラはアイドルコンテスト決勝戦で惜敗した後、事務所との契約更新を行わず、アイドル活動の
無期の休止宣言を行った。それは事実上の引退宣言といえるものだった。突然の引退劇にファンの
間からは惜しむ声も多かったが、
「夏の戦いで全てを出し切りました。今度はまた新しい別のことに挑戦してみたいと思っています」
という本人のコメントを受け、周囲もやがてそれを受け入れていった。

一度、そうなると時の流れははやい。まるで潮を引くように彼女の周囲からひとの渦が消えていった。
彼女の活動といえる活動はアイドルの一環としてやっていた個人ブログぐらいになっていた。

しばらくして彼女は料理と文芸に関する投稿するようになったのだ。
自身の足で巡ったお店の料理の感想、またある時は書評を味に例えながら、自分の言葉で綴っていく
フォローするひとはがくんと減ったが、反応はそこそこ好評――だと思う。
実際に自分で料理にもチャレンジしている。実践、実行、それはまるで『何事も勉強』という感じで―――


〇〇〇

「まなかちゃんの最新作、決め手はやはりオーロラソース!使用していたのは通常のトマトピューレ
でなくなんとイチゴ! あまおうによる甘みと酸味でかつてない仕上がりに…
意見を聞かれたので”オーロラ”はフランスで明け方を意味するので、今後このソースに
『〇〇のヨアケ風』と名付けるのはどうかと提案してみた。…まさに新時代『ヨアケ』の味…っとと」

今ではなじみの洋食屋から新作の試食をお願いされることもある。進歩だ。
レポートを書きつつ、体が左に傾きつつあることを意識した私は、大きくのびをし、矯正を行った。

おいち、にい、ぐぎぎぃ

いつの間にか変な癖がついていたらしく椅子に座っていると、どんどん姿勢が悪くなっていく。
どうも一度ついた悪い癖はなかなか治らないようだ。整体師さん曰くデスクワーク長いヒトだと
なりやすいデスヨネとのこと。
うーむ、事務方はどちらかといえばお姉ちゃんの方であるはずなんだけど(ただ彼女の姿勢およびスタイルはすごくいい。流石やりて秘書だ。)

姉の美樹とは今は離れて暮らしていて、今はちょっと距離をおくようにしている。
別に仲が悪くなったわけではない。むしろ美樹姉が、いつまでも妹離れしない相変わらずべったり
仕様なので、しびれを切らしたこちらが対処療法として行っている感じだ。なにせ自らの天職と
言い切る小説に至っても油断すると私好みの味付けで書き始めるくらいだから(そして真っ先に私
にメールで読んで読んで感想頂戴とよこす!)困ったことだ。
おかげで「いい加減に自分の書きたいお話を、読者側をむいて書きなさい!!」とお尻を叩くのが最近の日課となっている。

最近はようやく妹中心主義を諦めたのか、寓話を基にした創作物を書き始めている。
うんうん、もう一押しだろう。元々、デザート向きな作風なのだ。カスタードクリームのように
甘さをぎゅっと中に押し込め、周りをサクサクとした歯ごたえのあるパイの皮で包み込めば、
甘いけれどしつこくないあの作風はより際立つはず、きっと万民に受け入れられていくだろう。

自分にはその手のことには『確信』があった。
”そういうこと”に最初に気づいたのは、プログで書籍と料理の批評を始めたとき。
熱心に感想を述べてくれるひとがいたので、その人に私はこう返信を返したのだ。

「現役時代から変らず応援ありがとうございます。励ましのお便り、いつも楽しく読ませて
いただいてました。あの時はお返事することができず心苦しかったのですが、今は~」

現役時代一番熱心にファンレターを送ってくれていた相手と『同じ味』がしたから無意識で”つい”
そう返してしまったのだが、メールの返信相手はさぞかし驚いただろうと思う。なにせ彼は
ずーと匿名で応援の手紙を書き続けてくれていたのだから。
でも、私にとって話の書き手を取り違えることはもはや茶碗と花瓶を取り違えることがないように
ごく当たり前のことになっていた。
茶碗は茶碗だし、花瓶は花瓶だ。それが今の私には手に取るようにわかる。

「貴方のための物語」(メルヒェン・マイネス・レーベンス)

『物語』はドラマや小説だけではない。あらゆる創作に息づいている。手紙もその人の『物語』の一部なのだ。
私は一度味わった味は忘れない。ただまあ、それで返ってきたメールが「脱兎。。。。」の一文
だったのには笑ってしまったけど。それはもう実に”味のある”文章だった。その人とのやり取りは
今も続いている。折を見てオフ会に誘おうと画策しているが、いつもするりと逃げられている。

ぐぬぬ、さすがのHN:逃走王。何処まで行っても捕まらない。


〇〇〇〇〇


秋が深まり、冬の音連れを待とうかというころ
私は、某けやき通りにいた。

始まりは家の書斎で書棚のファイルを取ろうとしたときだ。 ひらり と今年さいしょの初雪がまいおりてきたのだ。

それは一枚の白紙の用紙。
無地の中、『思い出ラーメン』という文字と通りの住所が手書きで書き綴ってあった。
字は私の字体だった。一瞬、首を傾げたけど、
大丈夫、間違いないこれは私の物語だ。とすぐに思い直した。

『思い出ラーメン』

ネット検索で言葉を調べると「食べると人生の思い出がよみがえる、その人の物語が味わえる
”うわさの”ラーメン」とあった。一種の都市伝説のようだった。
こうなると物語と味に関しては一家言ある私である。もうもう見過ごすことはできない。

ということで、私こと進道ソラは秋仕様コーデに身を固めるとすることにした。
駅を降り、スマホのナビに従って路地を回る。そこに映った風景に思わず口から感嘆の声が零れ落ちた。


「わあぁ  …」

黄色い銀杏の葉が一面絨毯のように道を舗装していたのだ。
思わず写メを一枚とってから、銀杏拾ってかえろうかしらという考えがちらっと浮かぶ。
頭をぶんぶんふっとふりその考えを追い出す、。
そんなことをしたら折角お気に入りで固めてきたのに匂いが移ってしまう。あと今からそんなこと考えているとまた食い意地がはっていると思われてしまいそうだ。

―――――――――――――――――――
―――――――誰に?

OTIBAFUMI OTIBAFUMI

小気味よい音を立てつつ道を進む。お店は黄色の絨毯の先、こじんまりした佇まいで立っていた。
『白蘭』と書かれた看板を横目に、白樺でできた扉を私は開ける。

カランコロン、ベルの音と外の気温とは温かい空気が新規のお客を出迎えた。

「――――――――――――――」

店にはテーブルが一つとカウンターがあるだけだったが、その分、贅沢に間取りを取っており、
置時計や絵画などが置かれ、とてもラーメン屋には見えなかった。
内装はどちらかといえば個人の洋食専門店といった感じだった。少々、服に気合い入れ入れすぎ
たと感じてた自分は逆にこれにほっとした。

メニューに目を通し、目当てのものを注文する。

「―――――――。」

注文した後、調度品に目を移す、アンティークの中でひときわ目を引くのは肖像画だろうか、
女の人の油絵が飾ってある。生憎絵にはそこまで詳しくないが、確か印象派?
こってりとした絵の具の乗り方が目を引いた。でも絵具のにおいはしない。においが移らない
ようしっかりコーティングをされているようだ。 


やがて、良い香りが届き始め、鼻孔を刺激するようになる。――

おそらくはブイヨン・ド・レギューム。

フランス料理の「野菜の旨み」だけで作るだしだ。
残り野菜や調理に使用しない端切れなど、普段捨ててしまうものを有効活用して作る。

香りを嗅ごうと無意識に眼を閉じると、今度は耳元にコトコトとスープを煮る音が届けられた。
眼を閉じ、しばしその音に耳を傾けることにする。併せて聞こえる包丁のおとが、心地よい。

「――――。」

こと。気づいた時には目の前に料理が置かれていた。

それは「塩ラーメン」だった。透き通ったスープに。水晶のような細麺。

その上に上品におかれたもやしとハーブ、あとマロン? 私はレンゲでスープを掬い、一口、口に含んだ。

能力「Cinderella-Eater」が発動する。

〇〇〇〇〇

―――それは一人の青年の物語だった。

物語としてはよくある話。父親に反発した少年はある日、家を飛び出す。
少年には特殊な才能があった。世間を騒がせることになる少年。増長する少年の前に現れる壁。

「貴方は世界の敵なんかではありませんヨ。ちょっとオイタが過ぎた唯の悪ガキデス。CHOKUZUKI」

やがて知る、父親の過去、想い、そして死。暗転。安易に逃げたしっぺ返しは大きかった。

暗雲。新宿で出会ったもう一つの出会い。絶対独立。暗転。新世界。ホールでの予期せぬ出来事。出会い。

お店でお菓子をぱくつく女の子は、扉をあけ書生風の男性が入ってくると喉を詰まらせ急き込む。暖かな笑い声。

暗転。

死の知らせ。暗転。死の知らせ。暗転。続く、死の知らせ。暗転―――

暗闇を歩きながら、彼は灯りを灯す方策を探す。弔いの灯を求めてではない。彼はその時、私に光を見出した。
わたしはその時、闇を見つめていた。

わたしは―――


「――――――――――このペテン師!

なにが通りがかりの転校生よ。偶然装っているだけで、完全に能力目当ての仕込みじゃない。
嘘つき!変態!ストーカー! 全く『EURIKA!』(見つけた!)じゃないわよ!
あと話や登場人物の表記がごじゃごじゃして全体的に分かりにくい、一見さんにも分かり易く書く
とかいう気配りや目配りする気はないの? 
しかも黒歴史といいつつ、やってる演出は怪盗そのものじゃないの!ぜんぜん昔のくせ抜けてない、
主題ももう少しはっきり!
そして”相変わらず”おいしくない! 
何よりこの物語、全然、完結していないじゃないの!全くこんなの出すなんて何様のつもり……」

吹き出た言葉の勢いのまま、どん!とどんぶりを置く、
そこは一粒の涙もなく、全てが綺麗に飲み干されていた。
あふれんばかりの涙でも飲み干せば最後には笑いに変わることもある。アレはどこで聞いたのだろう。

カウンターの向こう側にいたシェフは、私の罵声と酷評に帽子を取ると謝意を示した。

「うーん。僕が今出せる精いっぱいだったんだけど、お客様にはご満足いただけなかったようで。
じゃあ、約束のお代は頂けないかな。」

全然、謝意を感じない。笑ってるし。わたしはえへんえへんと2度ほど咳払いをした。

「そういうわけにはいかないわ。代金を支払わないなんて、進道ソラという人間の沽券にかかわる。
働かざる者”くう”べからず。ソラは働き者、ゆえに食べた分はきちんと働いて返す。


―――――――――――――だって貴方、・・・『私』が必要なんでしょ?」

ふいに風が吹いた。目の前に突如として無限の荒野が広がる。先ほどまで目の前にいた
彼がひどく遠くに映った。

「これから…
これから、君が選ぼうとしている道は安穏と平凡から程遠い異邦の旅路だ。
僕は君の安全を担保できない。選択後のすべての宿痾は君自身が受けもたなければならないからだ。それでも新しい挑戦に歩を進めるかい?」

真実の言葉。それは事実であり同時に呪いの言葉でもあった。
私は答えた。質問を質問で返さない、と。

「こちら側に踏み込めば、後戻りできない。それは君が今までいた世界の因果から外れることを
意味するんだ。
今まで築きあげた大切な関係、想いをすべて置き去りにして、君は後悔しないでいてくれるかい?」

それを無視し続く真実の言葉。それは彼の責任逃れの言葉であり同時に彼の優しさでもあった。

私は答えなかった。
代わりにカウンターに手をかけるとひらりと飛び越え、向こう側に着地してみせた。
RASAHAI!
相手の心の距離や垣根なんて関係ないとばかり、詰め寄る。そして店主に向き直ると手を胸に当てて宣言した。

「いい、私は”みんなに愛されるアイドル”になりたくて頑張ってきたんじゃない。
ただ『アイドル・進道ソラ』というこの世に一つしかない綺羅星になりたくて、切磋琢磨してきた。
同じように”姉さんの作品の主演女優になる”のが夢だったじゃない。
姉の作品に妹として主演ができる人間が、私一人だけしかいなかったから、それを『夢』にした。
私は、私を優先する。私は私だけにできることを探している。そういう人間なのよ。」

「うん、それはよく知っている。」

男はうなずいた。
彼女は見つめる先は空高く、常に上を向いていた。進む道は、空。二つとない唯一。
そしてもし更にその先があるなら、彼女は当然のようにそれを目指すだろう。傷つき、折れた翼は癒えたのだから。

「もう一度聞くわ。きちんと答えなさい。私じゃなきゃ駄目なんでしょ。
私にしかできないことが”そこ”にある。そうよね? 」


男は―――

「あと返事するときはうんじゃなくハイ。こういう大事な返事の時くらい、もっとシャキッとしなさい」

男は音もなく爆笑した。全く反論の余地がなかった。

「『はい』、世界中どころか三千世界を探しても君に変わる人間なんていない。
君でなくては駄目なんだ。是非、僕の仕事を手伝ってほしい。」

そういって彼は手を差し出した。その差し出された手は救いの手でも憐憫でも同情でもなかった。
ただ、対等な関係を示すモノ。自分の欲していたものとはたぶん”ちょっとだけ”ずれているけれど――


―まあ、今回はこれで及第点としますか―

この出会いは偶然で会ったかもしれない、そして、その出会いの別れがいつとなるか、人たる身で知ることはできない。けれども


「よろしい。では契約成立。」


けれども、私がこの手をとったことを後悔する日がくることは決してないだろう。








「じゃ、あらためて。ハッピーバースディ、進道 ソラ。

――――――――――――――――――――――転校生の世界にようこそ。」







●スズハラ本社ビル地上”存在しない”130階 ― 存在しない時間にて ―


蒼い空の中、テーブルを挟み、一組の男女が向かい合っていた。


「はぁ『未来探偵』を殺す方法ですか…」

定時報告の後、不意に投げられた問いに対し女はテーブルに置かれた紅茶を手に取り、ひとくち口に含む。
そして舌の上でアッサムを転がすように味わった後、世界第一の名推理を披露した。

「なるほど、それは遠回しに

『お前のことを殺したいほど愛しているんだ』という意思表示、つまりプロポーズということですね。

判りました。そこまでおっしゃるなら仕方ない。寿退社一直線、早急に準備に取り掛かります。
大丈夫有給はくさるほどありますから…え、違う?

どちらかというと『スタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強いと思う?』的な
お遊び的な質問?

ははぁ、なるほど、ではそんな感じで。少しお話していきましょうか? どうやったら『私』を殺せるかに関して。」


無論、この物語、綺麗ごとのみで終わるはずもない。



                             『進道ソラの自力本願』(了)

                      (「インタビュー・ウィズ・スズハラZERO」につづく)
最終更新:2017年12月31日 21:10