鳴神ヒカリはリアルな武器の中では拳銃が一番好きだ。
元々体の弱かった彼の小さめの体躯でも十分な威力を発揮するし、取り回しが利く。
とはいえ一般市民でもある彼がそれを普段から扱っていたわけではない。すべて空想の中の知識だ。彼は幼い頃から、銃を自在に取り回すフィクションの姿に憧れていた。
その憧れはドンドン成長していき、次第に彼の周りから人を遠ざけた。しかし彼はその周囲からの奇異の目を、自身の外見から来たものだと信じ込んでいだ。
――自身が可愛い女の子だったら。もしくは映画の中に登場するスパイのように、華麗な立ち回りが出来たら。きっとこんな風に仲間外れにはされないはずなのに。
そんな幼少期の自尊心は、幾重もの彼のコンプレックスを肥大させていった。
「ク……クッハッハッハー! 我が美貌にひれ伏すが良いー!」
そうして成長した彼は、自室のパソコンの前で中二心を炸裂させているのだった。
彼がその少女に変貌する能力に目覚めたのは、日頃からVRMMOにてネカマとして活動していたことが主な原因だった。空想の世界で女の子になれば、誰もがちやほやしてくれる。そんな空想と妄想の世界で彼は生きていた。
しかしネカマがバレそうになり現実の世界が彼の見る夢にまで侵食してきたそのとき。極限まで精神を追い詰められた彼は、その姿を理想の少女へと変貌させた。
その日から彼――彼女は、女性として暮らし始める。
その後の彼女はビデオチャットなども使いだし、それまで以上に姫プレイにも腐心した。
能力を使うことで現実でも大きな暴力性を手にして、ゲームの中に限らず彼女は自由を手に入れる。
「俺は――いや、わたしは自由だ! 何でもできるし、誰もが崇拝する! ハーハッハッハッ!」
完全なる全能感。まさしく魔人たる素質を備えた彼女は、力に溺れていた。
そうして彼は犯罪を繰り返す。顔・指紋・性格、そして能力を変幻自在に変えるその力。
変幻怪盗ニャルラトポテトと名乗り活動し始め、少しばかりその名が響き渡った頃。
そんなとき、彼女は一人の少女に出会った。
「ひっ……! だ、誰よ、あなた!」
病院の一室。まるで電気椅子にでも縛り付けられているかのように、包帯に巻かれ車椅子に座った少女は怯えながら叫んだ。
「あなたは……あなたは何なのよ! どうして――」
右腕を固定され、その右目を眼帯で覆った少女は震えながら声をあげる。
そこに訪れた少女がロリータファッションに身を包み、窓から侵入して来たから……ではない。
「――どうして、私と同じ顔をしているの……?」
――それはこっちが聞きたい。
ヒカリの顔は、目の前の少女の顔にそっくりだった。
長い栗色の髪に愛らしい瞳。その眼帯がなければ、その怪我がなければ、彼女は双子の姉妹のように見えただろう。
ヒカリの外見は、彼女がプレイしていたMMORPGのアバターの影響が大きく反映されている。ヒカリは目の前の少女をどこかで見て、無意識に同じ姿を象ってしまったのかもしれない。
しかし、どちらにせよ。
「お前は――」
鳴神ヒカリはその瞬間、目の前の少女の姿に運命を感じた。
実際はただの偶然のめぐり合わせにしか過ぎない。
しかし、ヒカリがそれを認識したとき。
「――ぐ、ああああ!」
――その能力は発動する。
「な、何――!?」
車椅子に座ったまま動けない少女は、困惑した表情を浮かべる。
ヒカリは右目を押さえてその場にうずくまっていた。
「ひ……うぇぇえっ……」
ヒカリはその場に嘔吐する。
――『TRPG』。
それはヒカリの魔人能力だ。
ヒカリは一瞬、目の前の少女を自分として認識してしまった。
それ故に、彼女の瞳は、舌は、脳髄は、感情は、記憶は――一瞬で焼け爛れた。
ヒカリは息を荒らげつつ、膝をついたまま目の前の少女の顔を見上げる。
「――進道ソラ」
ヒカリの右目は、燃えるように赤くなってその少女を見つめた。その瞳は失明はしていないものの、今の一瞬で視力を大きく失ってしまっている。
彼女の焼け焦げた瞳に映る半身に大怪我を負った少女は、言葉を失っていた。
代わりに、ヒカリが嗚咽混じりに声を漏らす。その声は震えていた。
「お前は――お前はなんて世界に生きてるんだ」
ヒカリは絶望を見たその瞳で、涙を流す。
「絶望と、孤独と、苦痛に呑まれ、そしてそれでもなお抱え続ける――」
ヒカリはゆっくりと立ち上がる。
「――愛情か、これは」
ヒカリに愛はわからない。
だが彼女が『TRPG』で同期したソラの心の中には、一つの暖かな小さな想いがあるようだった。
しかしそれはまるで甘い毒のように、ソラの心を蝕んでいるようにも感じる。
「お前の醜い姿も、絶望も――」
ヒカリは一歩近づき、同じ顔をしたソラの頬に手を当てた。
「――そしてわずかな希望すらも」
今では『TRPG』の効果により、出会ったときには異なった顔の細部のパーツまでもが同じ形に変化している。
まるで双子のような二人は見つめ合った。
「すべて、わたしが盗み出してやる」
ヒカリはそう言うと、入ってきた窓へ向かってふらつく足取りで歩きだす。幸いその右半身にソラの怪我を転写させきる前には意識を切り替えられたが、うっすらと残る灼熱の痛みがその全身を支配していた。
「ま、待って……。あなたはいったい……? 私のことを、知っているの……?」
視線だけ動かして、ソラは困惑するような眼差しをヒカリに向けた。
ヒカリはそれに構わず窓に足をかけ、手に持った箒を外に投げ出す。
その箒は、空中に浮かんだ。
「――わたしの名は……ニャルラトポテト」
それはヒカリが幼少時、ネカマを行う前にMMORPGで使っていたハンドルネームでもある。クトゥルフ神話の邪神、ニャラルトホテプをもじっただけで、特に意味はない。チャットや犯罪予告以外で名乗るのは初めてだったので、やや恥ずかしさを覚えて彼女ははにかんだ。
「怪盗さ」
そう言い残すと、彼女は『魔女』から能力コピーした力で箒の上に立ち、星空の中へと消えて行った。
数日後――怪盗は一枚のカードを盗み出した動画をネットへと上げた。
「次はこのVRカードを使ってC3ステーションから最大の美術品を盗み出してやろう――クッハッハッハ! 見ているが良い――! わたしが次のDSSで、華麗に勝利する様を!」
動画の中で、ヒカリは世間に初めてその姿を見せ高笑いをあげる。
投稿された動画は拡散され、C3ステーションもそれを積極的に広めた。
世間を騒がせた小悪党、怪盗ニャルラトポテトの参戦。
それがDSSの戦いにいったいどんな影響を与えるのか。それはまだ、誰も知らない――。