”スパンキング”翔 プロローグSS


 国際ジャーナリスト、幸田俊治が目を覚ました時、最初に感じたのは動物の糞尿の臭いだった。
 その臭いに顔をしかめ、鼻をつまもうとするが、両手が動かない。荒縄か何かで、後ろ手に縛られているようだ。

「ここは……どこでしょう」

 木でできた、高い天井の平屋。柱で四角く区分けされた空間が、整然と並んでいる。匂いからして、恐らく使われなくなった牛舎だろう。
 なぜ、こんなところに。
 思い出そうとすると、頭が痛む。どうやら、誰かに頭を強く殴られたようだ。
 少しずつ、記憶に色が付く。中東の街中。路地裏に住むホームレス少年への取材。後頭部への衝撃。

「手しか拘束しない、このお粗末な縛り方から見て……観光客狙いの悪ガキってところですかね」

 ゆっくりと身を起こし、入口に目をやる。少年たちが、げらげら笑いながら酒盛りをしている姿が見えた。
 出入口は一つしかない。どうやら、目を盗んで脱出するのは難しそうだ。

「さあて、困りましたね。なにか、縄を切る道具でもあれば……」

 状況は非常に絶望的だが、日本に残してきた妻と子のためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。
 何か使えるものはないかと、幸田が辺りを見回しているとき、低い男の声が届いた。

「おい、誰かいるのか」

 幸田が、硬直する。
 少年の一人が、様子を見に来たのだろうか。音を立てないように、静かにしゃがみこみ、自分が元いた場所に素知らぬ顔で戻る。
 しかし、いつまでたっても足音は聞こえない。しばらくしてから、再度低い声が響いた。

「誰かいるなら返事をしてくれ。俺も捕まったんだ」

 声の主は、牛舎の奥。ちょうど幸田からは死角になる位置にいるようだ。
 響く低い声と共に、異様なギシギシと梁がきしむ音が聞こえる。柱にでも拘束されているのだろうか。

「君も、彼らに捕まったんですか」

 幸田が声を送ると、「やっぱり誰かいるんだな!」と、弾んだ返答が返ってきた。

「ここを抜け出すために、手伝ってほしい。こっちまで来てくれないか」

 幸田は、九死に一生を得たと思い、しゃがみながら少しずつ歩を進め始める。

「しーっ、静かに。今、そっちに行きます」

 牛舎の最奥には、梁から伸びた鎖に両手首を頭上で縛られ、サンドバッグのようにつるされた、身長2メートルを超えるであろう筋骨隆々の大男がいた。
 半裸に安っぽい布のズボンだけを着た体は、切り傷や青あざだらけになっている。その痛々しさは、彼が受けた責苦を容易に想像させた。
 にも係らず、男は明るい笑顔で、ぷりぷりと張りのあるしなやかな尻を、前後左右に振り回した。

「おーっ! しかも日本人か! 俺も、日本人なんだ。名前は、尻手翔。よろしくな」

「ははは……。まあ、君が元気なことも含めて、喜ばしい偶然と言えるでしょうね。僕は、幸田と言います。よろしく。
 さて、状況は芳しくない。僕は両手が使えないし、君は手と足を縛られた上、吊るされている。この絶望的状況を、どう切り抜けますかね」

 あごに手を当て思案する幸田。そんな幸田を尻目に、翔は高笑いを上げた。

「ハッハッハ、そんなことは簡単だ。俺に考えがある」

 翔が、プリッと尻を突き出した。

「俺のケツを蹴ってくれ」

 幸田が、硬直した。助けを求めるように辺りを見回しても、この場には自分以外に誰もいない。観念し、頭を垂れた。

「……僕が悪かった」

「いや、何謝ってんだよ、おっさん! 俺のケツを蹴ってくれって言っただけだろ!」

 思わず謝ってしまった幸田に、恐ろしいツッコミを入れる翔。どうやら、幸田の聞き間違いではなかったらしい。現実は残酷だ。
 幸田は、震える歯を噛みしめながら、大きく息を吐いた。

「ああ、分かりました。君の性癖に関しては、今は問いません。人間は、極限状態でこそ、子孫を残すべく性欲がいきり立つという話もありますからね。
 ですが、まだ諦めてはいけない。最後の最後まで、あがきましょう。絶望するのは、その後でも遅くありません。まず、僕が君の縄をかじって、君の脚を使えるようにして……」

「いや、必要ねえって。俺のケツを蹴ってくれれば」

 まさかこの男、スパンキングプレイさえできれば、死んでもいいとでも思っているのだろうか。


――――――――――――――――


 寂れた牧場に似つかわしくない真っ白なリムジンが、藁を踏みしめながら門をくぐった。
 牛舎前で酒を飲みながら談笑していた少年たちは、すぐさま立ち上がり、気を付けの姿勢を取る。
 リムジンから次々と出てくる、判で押したように同じ黒服を着た男達。
 彼らが整然と列を成した後、ゆっくりと出てきたのは、高級な白いスーツに身を包み、銀縁の丸眼鏡をかけた、黒い肌の巨漢だった。
 彼、トム・ベンジャミンは、白い手袋をつけた両手を、大きく広げた。

「礼を言うぞ、善意の第三者よ! このオレこそが、半年で中東最強の犯罪組織を作り上げた男、トム・ベンジャミンだ! てめえらが、尻手翔を捕えてくれたのだな!」

 その言葉を受け、少し誇らしげな表情を浮かべて、少年の一人が進み出る。トムが差し出した右手を、へらへらと笑いながら握った。

「へ、へへ。礼なんて、そんな。それで、報酬は……」

 その瞬間、トムが少年の額に左手をぶち当てた。
 少年の後頭部からは、太く強靭な針が飛び出ていた。トムが左手の掌底から飛び出たそれを引き抜くと、少年の頭から噴水のように血しぶきが飛び散る。
 全てが金色に差し替えられた歯を見せながら、トムはシャコンと音を立て、義手に仕込まれた暗器を収納した。

「その顔が、このオレは嫌いだ! 相手にへりくだり、楽しくもないのに笑いを作る人間に、虫唾が走る。許されるならば、今すぐこの薄汚い少年の顔を蹴り飛ばし、永遠に笑顔を作れないようにしてやりたい!」

 トムが、クイッと人差し指を少し曲げた。黒服たちが懐から拳銃を取り出し、残りの少年たちに突き付けた。
 ヒッ、と少年たちが小さい悲鳴を上げ、身を寄せ合うように小さく抱き合う。何が起こっているのかも理解できず、ただ歯をガチガチと鳴らしながら、拳銃を茫然と見つめている。
 その姿を見たトムが、突然胸を押さえて膝をついた。

「嗚呼、なんと悲しき人生! 彼らは貧しさが故に礼儀を知らず、常識を知らず、人生を知らなかった。
 このオレが、尻手翔を捕えた者に報酬を出すなどと言う絵空事を、信じていたとは。全く持って、同情を禁じ得ない。
 許されるならば、部下たちに拳銃を下ろさせ、このまま逃がしてあげたい!」

 少年たちが、涙を流しながらも溜息をついた。助かるかもしれない。そんな淡い期待が、恐れと共に入り混じった目を、トムに向けた。
 トムは立ち上がり、眼鏡をクイと直した後に振り向き、高々と右手を上げてパチンと音を鳴らした。

「まあ、無知は罪だな!」

 立ち上る銃声。倒れる少年たち。
 ベンジャミンは、その光景を目にもせず、リムジンの後部座席に座る。

「さあ、尻手“スパンキング”翔! この俺が、貴様に引導を渡してやろうじゃないか!」

 リムジンが高らかにエンジン音を上げながら、牛舎の入り口に突っ込んだ。


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 轟音と共に牛舎の入口が破壊されたのは、幸田が翔に極限状態でも諦めない生命の尊さを、懇々と説いているときのことだった。

「おっさん、隠れろ」

 翔に言われるまでもなく、幸田は反射的に翔の足元に積まれた藁山の陰に隠れていた。翔が、安心したように息を吐く。
 入口を破壊した真っ白なリムジンを追うように、黒服たちがバタバタと入ってくる。その手には、誰もが拳銃を持っていた。
 黒服の一人が、リムジンの後部座席を開ける。中から出て来たトムと、翔の目が合った。
 二人は、お互いに満面の笑みを浮かべた。

「あ、トムじゃん。やっほー」

「ハッハッハ! 随分洒落た格好をしているじゃないか、“スパンキング”翔。許されるならば、今すぐお前をハグして、その顔面をずたずたに切り裂いてやりたい!」

「相変わらず、元気なこって。お前の組織を潰して以来だな。半年で一から再建するなんて、なかなかやるじゃねえか」

 旧友にあったかのように、ゆるりと声をかける翔。対してトムは眼鏡を外しながら、ゆっくりと歩みを進める。

「すごいだろう! このオレの手腕は、大したものだ。このオレは、人に褒められた時が、一番気分がいい。許されるならば、もっとてめえに褒められたうえで、てめえの絶望に歪む顔を拝みたい!」

「相変わらず、爽やかに不愉快なやつだな。もう一度組織はぶっ潰すとして、お前は今度こそぶっ殺しといた方がいいのかもしれねえな」

「文字通り手も足も出ねえ奴が、何を言ってやがる! てめえはもう、おしまいなのさ」

 トムの部下が、一斉に翔に銃を突きつけた。トムが一言指示を出せば、その瞬間翔はハチの巣になるだろう。
 それでもなお、翔の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「いやあ、俺はまだ死ねないなあ」

 翔が、幸田を見ながらすぅっと思いっきり息を吸った。その視線を追ったトムが、藁山に隠れる幸田を認めた瞬間、顔色を変えた。

「撃て、てめえら! あいつに、スパンキングをさせんじゃねえ!」

 だが、一手遅かった。

「おらあああああああああ!」

「ひゃあいいいいい!」

 翔の口から、爆音が轟いた。
 それは、訓練された黒服たちですらも一瞬ひるむほど。間近で聞いていた幸田は、たまらず飛び跳ねるように立ち上がった。
 翔は、飢えた猛獣のような目つきを幸田に向けながら、ケツをプリッと突き出した。

「ケツ蹴れええエエエエエアアアアアア!!!!」

「ふわあいいいいいいいい!」

 幸田が、勢いに任せて翔の尻にミドルを放った。『ラスト・スパンKING(最後のケツ叩き王)』発動。ケツに送り込まれたエネルギーが、翔の全身をめぐり、翔は一瞬にしてポパイの如くバンプアップした。

「ウルゥアアアアアアアア!!!!」

「うひゃあああああ!」

 翔が裂帛の気合とともに叫ぶと、バキンッ、と翔の腕を拘束していた鎖が弾け飛ぶ。
 同時に、幸田の悲鳴をかき消すように、黒服たちが手に持つ拳銃が火を吹いた。

(あ、これ死んだな)

 幸田の脳裏に、妻と子の姿が走馬燈のように蘇える。押し寄せる恐怖から逃避するように、幸せな家庭を思い浮かべながら、目を瞑った。
 しかし、いつまでたっても銃弾は幸田に届かなかった。恐る恐る、目を開ける。

「ありがとな、おっさん」

 幸田は、見た。尻手翔の、さわやかな笑顔を。
 その後ろに、叩かれたようにへこんだ銃弾が、床一面に散らばる姿を。
 翔が、黒服たちに振り返る。

「頂いたぜ、お前らのスパンキング」

 その一言を置き去りにして、土煙が上がり、翔の姿が消えた。
 いや、消えたわけではない。翔がさっきまでいた場所の土は、爆発が起こったかのようにえぐれている。
 翔は、ただ跳んだだけだ。あまりにも高速すぎて、目でとらえることができなかったのだ。
 黒服が、目の前に現れた翔に、思わず殴りかかる。構えを取らない無防備な翔の顔面に、黒服たちの拳が迫る。
 しかし、その拳は翔の顔面に届くことはなかった。
 ずむ、と肉の塊を殴るような触感。力強く、重量感があり、しかししなやかな。

 尻だった。

 翔は、黒服の拳が届くその瞬間、驚異的なスピードで身を翻し、尻で拳を受けたのだ。
 そのまま、尻で黒服の腕をつかみ、勢いよく腰をひねった。
 日本に古来から伝わる、相手の力を利用し、最小限の労力で敵を倒す技術。

 そう、これが合気道だ。

 黒服の体が宙に浮き、他の連中も巻き込みながら吹き飛ばす。
 次の瞬間には、目で捉えきれないほどの速さで移動し、黒服を投げ飛ばす。移動し、投げる。ただそれだけの動作を、尻で繰り返す。
 その内、立っている者はトムだけになった。トムは、乾いた笑いを上げながら、翔に拍手を送る。そのまま、鷹揚に歩みを進め、翔に近づいた。

「やってくれたなあ、尻手“スパンキング”翔」

「あとは、お前だけか。どうする。まだやるかい」

「いやあ、流石にもう諦めるさ。二度もここまで完膚なきまでに叩きのめされちまうと、頑張る気力もない。このオレは、今果てしなく無気力だ。許されるならば、今すぐおうちの布団にもぐって、幸せな夢を見たい!」

「そんな高らかに無気力なやつもいないけどな」

 翔の目の前まで来たトムが、静かに右手を差し出した。

「このオレは、てめえを認めてやろう! これは、友好のシェイクハンズだ。もう、てめえに関わる気はない。許されるならば、悪いこともすっぱりとやめ、てめえの信頼に応えたい! その握手だとも」

「ここまで信用できねえ言葉も、なかなかないな。まあ、別にいいけど」

 トムが出した右手に応え、翔が手を差し出す。それは、自信の表れでもあったのだろう。
 固い握手をしたまま、トムがにたりと笑った。

「覚えているか。半年前、てめえがこのオレから奪ったものを」

 ジャコンっと機械音がした瞬間、翔の右手は、トムの右手から突き出た太く長い針に貫かれた。

「いってえ!」

 翔が、大声を上げながら右手を押さえた。明らかな隙。トムは、左手を翔の顔面に向かって突き出した。

「両腕だ!!」

 左手の掌底からは、既に血に塗れた針が飛び出ている。

「この機械制御された、針の穴を穿つかの如き正確無比かつ超強力な一撃を食らえい!」

 トムが左手を叩きつけた翔の顔面に、トム渾身の一撃が突き刺さった。

 はずだった。

 その一撃は、翔の顔面にはたどり着かなかった。
 目の前には、尻だけがあった。

「お前が穿ったのは、俺のケツの穴だったようだな」

 なぜか、足元から翔の声が聞こえる。トムが視線を下げると、そこには翔の不敵な笑みが見えた。
 翔は、目にもとまらぬ速さで逆立ちをし、顔面があった場所に尻を移動させたのだ。

「刺激的なスパンキング、ありがとよ! こいつは、お礼だ!」

 キュッと、翔が尻穴を締め、トムの左手を制した。
 そのまま翔が立ち上がるだけで、トムは軽々と、まるで肛門に残った長いペーパーカスのように放り投げられた。

「ケツに……帰りな!」

「ぬおおおおん!」

 トムが絶叫と共に、牛舎に積み上げられた牛糞に頭から突っ込んだ。
 牛糞をまき散らしながら、トムはなおも笑顔を絶やさない。

「ハッハッハーッ! かくなる上は、この義手に内蔵されたICBM(大陸間弾道ミサイル)を……ありゃ?」

 ビシビシと、両腕の義手から火花が散る。ぶるぶると震え、その挙動はもはやトムにも制御できない。

「いけねえ。隙間に牛糞のカスが詰まって、動作不良を……。あ、両手とも義手だから何もできない……」

「おっと、こいつは嫌な予感がするな」

 翔は、素早く牛舎の壁を尻破ると、倒れていた幸田を抱えて飛び出した。
 暴走する両腕に振り回され、トムは全身がもはや一歩も動けなくなっていた。

「こ、このオレが……! このオレが牛の糞に塗れながら死ぬなどと……!」

 トムが両腕を開き、空を仰いだ。
 空には、木製の天井しかなかった。

「ゆ、許されるならば、後世に残る大爆発と共に死にたぁーい!」

 その瞬間、トムの両腕が光に包まれた。
 轟音、それに続いて爆風。牛舎は粉々に吹き飛び、炎は摘まれていた藁に引火し、牧場は燃え盛る業火に包まれた。
 人間の背丈よりも大きな炎。その中を、まるで風のように猛然と走る大型のネイキッドバイクの姿があった。

 後部座席には、両手を縛られたままの日本人。
 そして、バイクを運転するのは、2メートルを超える筋骨隆々の大男。
 それは、世界中の誰よりもぷりぷりでしなやかな、張りのある尻を持つ男。

 “スパンキング”翔は、後部座席の幸田に、爽やかに声をかけた。

「さあて。帰ろうぜ、おっさん」

 こうして、長い夜が終わった。

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「翔君、行くんですか」

 朝焼けの中、少年たちが使っていた大型のネイキッドバイクに跨る翔に、幸田は声をかけた。
 翔は、バイクにエンジンをかけながら、幸田に笑顔を向ける。やはり、バイクは大型が一番だ。尻への振動が違う。

「ああ。もともと、旅の途中だったしな」

「そうですか……。君は、どこに行くんですか? 一体、なぜ旅を?」

 翔が、ふっと息をつく。
 一瞬、幸田は目を奪われた。その表情は、先ほどと変わらない笑顔であるにも関わらず、どこか哀愁があり、どこか寂しそうだった。何か、触れてはいけないものに触れたのだろうか。

「ああ、いや。言いたくないなら言わなくても……」

「DSSバトルって、知ってるか。それに参加するつもりなんだ」

 翔が、懐からVRカードを出した。幸田は、目を見開く。
 DSSバトル。その言葉を、知らないものなどいない。今最も人気のコンテンツ。次のバトルは過去最大規模になる予定であり、そこで勝ち上がれば、『真の報酬』を受け取ることができる。
『真の報酬』……。それは、どんな願いも叶えることができる、魔法のようなものと噂されている。

「叶えたい願いが、あるんですか」

「俺さ……」

 翔が、ゆっくりと天を仰いだ。

「ギネスブックに、載りたいんだ……」

「……ぎねす?」

「ああ。世界で一番スパンキングされた男としてな。絶対、ギネスブックに載ってやる。そう決めて、旅をしているんだが……。いまだに、ギネスブックの載り方はわからない。だから、DSSバトルで勝ち上がれば、その方法を知ることができるんじゃないか、って思ってさ」

 翔の目の端に、何か光るものが見えたような気がしたが、一瞬頭を振ったら、もうそれは消えてなくなった。あるいは、幸田の気の所為だったのかもしれない。

「いつか必ず、おっさんも俺の名をギネスブックで見るぜ。だから、しっかり覚えておいてくれよな。尻手“スパンキング”翔の名前をな!」

 そう叫んで、翔はアクセルを回した。中東の地面を、朝焼けに向かって、砂塵を巻き上げながら進む翔は、どこまでも格好良かった。
 だから幸田は、何も言えなかった。翔の背中にかける言葉なんて、何もなかった。なかったのだ。
最終更新:2017年10月14日 19:52