DSSバトル。仮想空間内で魔人同士が死闘を繰り広げる、インターネットサービス『C3ステーション』のメインコンテンツ。その地にまた一人、足を踏み入れようとする魔人が居た。
名は『荒川 くもり』。三度の飯と破壊が大好きな、夢見る時を過ぎた元少女である。
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『えー、どもども。では本日もやっていきたいと思いマース、ゆいかの朝までDSS実況~~~いえ~~~』
草木も眠る丑三つ時――などと呼ばれたのも今は昔。昼夜を問わず門戸を開き、多くのコンテンツで溢れかえるウェブの世界。一日の活動を終え寝静まる人々が居る一方で、夜も深まったこの時間から活動する者達も多く居る。彼女――『盾村 唯火(たてむら ゆいか)』もその一人だ。
『それでは早速やっていきましょー。えっと、あっこんばんはー、はい、はい、今日はですねー……』
コメントに相槌を打ちながら、動画の再生を始める。その内容は先程のタイトルコール通り、DSSバトルの配信動画である。ネットの海へ漂う大多数の人間達と同じく、彼女もまたDSSバトルの魅力に惹かれている一人だった。
『んー、エキシビジョンマッチの、対戦者は……『我如球(マイボ)』の大間と、初参加の女性ですねー』
前者の魔人には、唯火を含めた動画の視聴者には見覚えがあった。DSSバトルの経験は浅いものの、初戦の敗北をバネに2連勝し通算成績を勝ち越しとした、一部で注目を集める期待の新人である。綺麗に剃られたスキンヘッドがトレードマークの彼は、名を『大間 真(おおま まこと)』と言った。
対するややふくよかな女性については、今のところのデータは無し。経歴等のデータについては事前に公開される事も多いが、今回はあえてそれを省いているようだ。
『まあこの辺りのシクレはよくありますわねー。デビュー戦であれば特に、あっ始まりますねーちょっと黙ります』
二人の横顔が向かい合うカットイン。大間は好戦的な、女性は柔和な笑みをそれぞれ浮かべる。フェードアウトしながら、画面はVRの戦場へと移り変わっていった。
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「どーだ! どれが俺か見分けがつかねえだろう!!」
VR地形では学校に属するフィールド、その中の体育館。両手にバレーボールを持ったまま、大間が目の前の対戦相手に言い放つ。ランニングウェアに身を包み、態勢は万全といったところだ。
対峙する、とてもこれから戦場へ赴くとはいえない服装――だぶついたニットとロングスカートのコーデ――の女性は、人差し指を口元に当てながらゆっくり3秒程考え込み、
「……えーと、分かりますよー?」
「はいボケ甲斐のないゆるっゆるの突っ込みありがとさん!! あんたのお陰で出鼻からダダ滑りだわこれ!!!」
「いやー、多分他の人が相手でも一緒だったんじゃないかとー……」
対照的なテンションでのやり取りからそのバトルは始まった。めったやたらに癖のあるイントネーションで喋る大間に、女性の側はやや引き気味である。
「ふう。ま、いーや。あんた名前は?」
「『荒川 くもり(あらかわ くもり)』と言いますー。本日はよろしくお願いしますー」
「おう。知ってるかもだが『大間 真』だ。俺はあんたの能力は知らねえが、あんたは」
「知りませんよー。こちらだけ情報を握るのはアンフェアですし、私はそこまで勝利に拘るつもりもありませんから」
首を振るくもりに、大間は頷く。
「オーケー。そんじゃあおっ始めるとするか――一つ言っとくが、さっき言った俺の言葉、あながち冗談でもないかも知れんぜ?」
ぐ、と屈伸運動をした後、大間は右腕を振り上げ、ボールを投げ上げる。慣れたステップで前方へ走り込み跳躍、最高到達点で球のスイートスポットを左掌で打ち抜いた。
(これが、彼の武器?)
くもりは洞察する。大間の均質に強化された肉体から繰り出されるサーブは、確かに人類の壁を軽々と飛び越え彼女へと迫る。とはいえ、それだけと言えばそれだけの話。当たればそれなりに痛いだろうが、蓄積されるダメージは蚊に刺されたほどだろう。
(とりあえず、ガードか……)
自身の動き出しの遅さは理解している。奇襲に対する咄嗟の選択として、彼女のとれる対策はそれほど多くは無い――ガードで受けるか、相打ち覚悟のカウンターか。無理矢理回避することも可能ではあったが、ここで態勢を崩すリスクは犯したくなかった。くもりは腕を身体の前で立て、ボクサースタイルの防御姿勢をとる。
「へっ、そう来るかい。そんじゃあっ!」
バレーボールをくもりが受ける直前。ボールは消え、代わりに突如として大間が現れた。
「うらぁっ!」
空中での蹴り。くもりの意表をついた一撃は、ガードを吹き飛ばしその身体を壁まで押しやった。激突までは行かなかったが、ダメージは彼女の想定よりも大きい。
「……ああ。そういう能力ですか」
「そういう能力さ。簡単な話だろ?」
大間の魔人能力・『我如球(マイボ)』。彼が認識する球状の物体と彼の身体の位置を入れ替える、擬似的なテレポート能力である。能力の有効半径は200m程度で、彼がその球を視認している事が発動条件となる。複雑な仕掛けが無い分、使い易くもあり、またタネが割れてしまえば対策も容易な部類の能力である。
「さて、あんたの能力は――まだ発動してねえみたいだな。出し惜しみ、あるいは隠蔽隠匿大いに結構だが、一応こっちは勝つために来てるんでね」
「…………」
くもりは推量する。自身の能力を曝して先手をとった以上、ここから大間は勢いに任せてゲームを終わらせたいと考える筈。このまま彼女が動かなければ、彼は容赦なくガードを削り取りながら攻め潰しに来るだろう。様々なボールが並ぶ体育館というロケーションは、彼の能力のポテンシャルを引き出す意味では最適といえる状況だった。
(そろそろ移るべきだろう、攻めに)
移動のためのエンジンを吹かしながら、彼女の能力――『全壊(オール・デストラクション)』を軸にプランを練る。足場を崩すか、近場の道具を利用するか、あるいは――
(あ。アレ、やってみようかな)
思案の中、くもりはいくつかのプランの中で、『最も不確定性が大きいもの』を選んだ。そもそもの前提条件が成立するかが不透明だったが、なればこその選択。選択肢の少ない受け側であればともかく、攻め側であれば彼女は躊躇しない。
破壊願望。綺麗な勝利など必要なく、彼女が求めるのは混沌の中に渦巻く、誰も予想し得ない未来。それを見るためならば、他人だろうが自分だろうが、全部壊してしまえばいい。全部壊れてしまえばいい。
「オラ、オラ、オラァ!!」
バレー、バスケ、ハンドボールの三連弾を、壁沿いに走りながら回避するくもり。大間の位置を確認するが、先程まで居た筈の大間の姿は既にボールと為っていた。
(何処だ……?)
加速を切らさないため、くもりは走りながら大間を探す。彼にとって有利な場所から、そう簡単に逃げ出すとは思えない。おそらくは、この体育館のどこかに、
「ここだよォ!!」
大きく扉が開け放たれた、ボールの密集地点である体育倉庫。心理的にどうしても注視してしまうそこへ向けた視線――その思考を、透かされた。大間はそちらではなく、天井の柱にはさまったボールと位置を入れ替え、上空から再度の奇襲を狙っていたのだ。
(……予定は狂ったけど)
既に大間は眼前へと迫っている。五分の状態なら接近戦で引けは取らないつもりだが、位置とタイミングが悪い。先程のように奇襲の形をとられたせいで姿勢制御が間に合わず、さらに上空から天井吊りのハロゲンランプを背に飛び掛る大間の姿は捉え辛く、その対応を行うにはやや不安が残る。
ガードは間に合わない。カウンターを撃つならこちらが不利を負う。ならば。
(試して、みますか)
くもりは、殆ど閉じていた糸の如き瞼を見開く。能力発動の合図である。
「……そんなンで、びびっかよォ!!」
くもりの様子を窺いながら、大間はそのまま突貫する事を選んだ。彼の視界に映るボールと位置を入れ替え仕切り直しもできる状況だったが、それでも敢えて能力は使用しなかった。前述の通り、このままの勢いで勝負を決めたいという思考は彼の中に有った事と、彼の能力発動のタイムラグはほぼゼロ――最悪、くもりの能力によるカウンターを見てから退避でも間に合う。視界の有利を織り込んだ上での判断だった。
「っはい、っ!」
腕を振る。彼女の掌は、その空で一体何を捉えたのか――刹那、大間の打撃がくもりを襲う。
「――っはぁ!?」
しかし、彼の腕は空を切った。一瞬前まで其処に居た筈のくもりの姿は、既に大間の射程を外れた位置に居た。距離にして1m弱といったところか。
(っおい、今のが奴の能力か!? 俺と同じ瞬間移動――に見えたが、なら何で初弾は律儀に受けた?)
「あ、できたできた~」
考え込む大間をよそに、くもりは小さく拍手をしながら微笑む。今彼女が試み、そして成功を収めたのは、自らの能力の拡大解釈による応用――空間そのものの破壊である。表現を変えるなら『距離を潰す』という言い方が適切だろうか。
大間から見て瞬間移動と見紛うそれの正体は、くもりの能力『全壊(オール・デストラクション)』により距離を潰したことによるショートカット。初速の不利を補うために、くもりの考えていた能力応用の一つだった。
「それじゃ、ここからは私のターンですよ~」
踊るように、腕を回す。その掌で触れた空間を削り取りながら、くもりは上下左右へと分身するように奇妙な動きを繰り返していた。超スピードでもなく、単純なテレポートでもないそれは、さながらゲームのバグめいた挙動を見せる。
(……やべえな、動きが読めん。一旦距離をとって仕切り直す!)
大間は離れたボールの一つを視、能力を発動する。距離は空いたが、尚も空間破壊で追いすがるくもり。
「ぐ、っ、もう一回」
「やらせません、って!」
床に掌を着き、床面全体を――破壊する。木製の板床は軒並み剥がされ、ベース部分の金属製レールが顔を覗かせた。
「ちょ、見えん……!」
起立した状態での上からの目線では多数のレールに阻まれ、先程まで床面に転がっていた――そして、今は床下にある――ボールまで視線が通らない。咄嗟に上を向き、再度天井に挟まったボールと自分の位置を入れ替える。
「それも、分かってれば、間に合いますっ」
くもりはすぐさまレールを30cm程度に切断し、天井方向へ手当たり次第に投擲する。狙いも何もないめくら撃ちだが、例え当たらずとも思考時間を数コンマ秒でも潰せればよい――投擲後、すぐさま泳ぐような動きで天井へと向かう。
「しつこいったらよォ!!!」
天井からなら体育館中に視線は通る。移動した後反撃に移れるよう、ボールの密集した地帯へとワープ――
(――しまったァ!!!)
「透けてますよ。その思考」
気づいた時には後の祭り。平時であれば気づいたかもしれない。しかし、結果的にはくもりの誘導にまんまと大間が乗ってしまった形だ――ワープした先には当然、くもりが待ち構えていた。
「つーかーまーえー、た」
「なろっ……!」
既に見える範囲で天井にボールが無いことは双方とも承知。咄嗟に跳躍しようとした大間の足元が、沈む。
(ここだけピンポイントで、ひびが……)
「あなたは強かった。だから、遊びは無しです」
肌を曝した頭部へ掌を当てる。今までで一番大きく目を見開くと、大間の骨肉は一瞬で粉と化し、血混じりの赤黒い水分が沈んだ足場へぼたり、と落ちた。
『大間 真の死亡を確認。本バトルの勝者は荒川 くもりです』
試合終了のアナウンスを確認し、くもりは再び目を細めた。その奥に隠れた瞳は、無邪気な子供のように躍っていた。
「ここは楽しいですねー。好き放題しても、迷惑がかかりませんしー」
彼女はかつて人だった粉を掬い、少し困ったような、不満げな表情で眉を下げる。
「本当は、こんなつまらないやり口は嫌いです……もっと遊びたかったですよ、大間さん。もっとじっくり壊してあげたかった。肉を削ぐ音も、骨を断つ音も、みっともなくあげる悲鳴も聞いてみたかった。服の下の体毛から内臓の色まで、観察してみたかった。もっと――あなたを知りたかった」
彼女にとって、破壊とは理解の方法の一つでもあった。単に壊したり、殺したりが楽しいわけではなく、また弱者を甚振るのが趣味というわけでもない。本能的に破壊を求めているのは確かだが、それだけではない意味を彼女は破壊活動に求めていた。
「現実世界で会ったら、解体――は無理ですよね。なら、お茶でもできたら、いいなあ」
ふとくもりが呟いたその言葉が届いたのか、現実世界にログアウトした大間の背筋には悪寒が走っていた。
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『ふーむ』
動画の終了後、唯火は誰にとも無く感想を呟く。
『くもりちゃん、まだ戦闘経験は浅そうですねえ。動作や思考に少しトロい部分があるというか……自身の能力把握についても完全とは言えなさそうですし』
だが、単純なスペックで見れば多くの部分が平均より上だ。触れれば終わりの単純な破壊力=攻撃力、空間破壊による瞬間的機動力、ガードやカウンター、通常移動等もそこそこ以上には動けている。
『ま、大間は決定力不足が露呈した感じですかねー。一発逆転の手が無いし、あと単純に堅い相手だと破れないんですよあの能力じゃ。この先DSSで戦っていくにはキツいかもしれませんが……くもりちゃんはまだまだ伸びしろがありそうなんで、個人的には期待したいトコですねー』
その後、唯火はコメントに適当な相槌を打ちながらPCの操作を行い、画面上にアンケートフォームを表示させた。
『さて。このくもりちゃんなんですケド、実は今度開催されるでっかいDSSのトーナメントに招聘されるかもーなんて噂が流れてるんですよネ。まー一般の投票とかじゃなく、運営様の独自選抜らしいですけどー、まあここの運営はそれなりに優秀ですから、おそらく本戦にはベストな面子が揃うんでしょうな』
画面の質問欄には『荒川 くもりのDSSトーナメント出場を…』と書かれている。解答ボタンは二つ。『支持する』、『支持しない』。
『まーそんなわけで、ここでも勝手に聞いてみちゃいまーす。これからもくもりちゃんの仕合を見てみたーい、って方は『支持する』に、もっと他の魔人が見たーい、って方は『支持しない』に投票お願いしますー。あーそれと』
唯火はおもむろにマイクを切り、"此方を向いた"。
「『貴方達』は、きちんと投票して下さいね? 強制するわけじゃないですが、折角のお祭じゃあないですか。同じ阿呆なら踊らにゃ損々! 彼女の、そして他の参加者の運命を決めるのは、結局のところ貴方達なのですから……ね」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、再びPCへ向き直る唯火。
『あーごめんなさい、マイクの接続がちょっと……あ、アンケ結果出てますねー、えーっと……』
マウスのクリック音とキーボードの打鍵音と共に、夜は更けてゆく。