ミルカ・シュガーポット プロローグSS


――恥の多い人生を送ってきました。
見慣れた天井を仰ぎながら、そっとつぶやく。
時に、こうやって感傷に浸りたい気分だったのだ。
なんて、彼に言ったら、柄にもないって返されるだろうか。
今日を笑っていられる、元気をください。


◇ ◇ ◇


昨日見逃したDSSバトルの録画を見ながら軽食をつまむ朝。
眠気をガツンと吹き飛ばすような魔人同士の激闘は、決して私を飽きさせない。
プロレスのようで、台本のない素人のデスマッチ。
VR空間を活かした自由な戦場で繰り広げられるドラマチックな戦いの数々。
思わず誰かに話したくなる巧みな戦術も見逃せない。

それは、数ヶ月前、突如としてお茶の間に現れた。
テレビ界のタブーとも言える魔人を起用した番組として、当初から炎上を続けていた。
だが、それを上回るほどに面白い試合の数々が放送されると、やがて好意的な目で受け入れられていった。
一般人すら楽しませる、生の戦い。
心を揺さぶる、競技者たちのドラマ。


私はこうも思っている。
たとえば、番組制作者が魔人を抱えていたら。
裏ではどんな能力がひしめいているのだろうか――と。
それは別として、どんな試合も見逃せない。
私もすっかりこの番組の虜にさせられていたのだから。

◇ ◇ ◇

紅茶の入っていたティーカップを洗って、外出の準備を。
毳毳しい紫のドレスに身を包み、簡易的な化粧を施したなら。
みんながよく知る美少女MC――――ミルカ・シュガーポットの出来上がりだ。

たとえラジオであっても身だしなみは気になる。
何故なら、私が相手にするのは顔の見えない視聴者だけではないからだ。
同じラジオ局に務める先輩、上司、後輩――彼らの目がある。
いつもと同じ、ミルカで無ければいけない。
まあ――それが楽しくてこの仕事、続けられるんだけどね。

◇ ◇ ◇

表の郵便受けを覗くと、一枚の封筒が入っていた。
差出人はC3ステーション――? 聞いたことのない名前だった。
触ってみると、ほのかに熱い魔力が全身を駆け巡るのを感じた。
恐らく――不用意に触れると爆発するとか、そういう類の。
ありがちなトラップだ。そういう魔人能力者が居てもおかしくないのだから。
幸い、何も起こらずに魔力は通過した。どうやら私はこの封筒に『選ばれた』ようだ。

中には一枚の便箋と、プラスチックのカードが入っていた。
便箋に目を通すー―。


それが、ゲームスタートの合図だった。

「これなら――パパとママに再開できるかも」

身体が火照っていくのを感じる、秋晴れの朝。
私は願ってもない形で、夢を大きく前進させる。



お茶の間に鷹岡集一郎が現れたのは、その翌日のことだった。
VRカードを手にした魔人たちの死闘が、次なるDSSバトルを生むことを宣言するために。
私は傍観者じゃないし、視聴者でもない。
――参加者の一人に選ばれていたことを再確認する。
伝説の始まりに立ち会える――なんて素晴らしいことだろう。
最終更新:2017年10月09日 20:17