~1~
幻都、新宿。
現代の不夜城とも言うべき華やかなりし夜の街を女が歩いていた。
編み込まれた美しき黒髪をなびかせ、美しく滑らかな肌、整った顔立ちは道行く人々を振り返らせた。
女には少女が一人付き従っている。
「あー、そこの女性、止まりなさい」
軽やかな歩みを進める女の行く手を警察が阻む。
いかに乱れた魑魅魍魎の棲み処であろうと法の守護者は存在するのだ。
女は、しかしそれを気に留める様子もなく、また歩みを止めなかった。
「待ちなさい、君。そこの女、止まりなさい」
警官は声を荒げる。
「あの、卿の事では?」
「む?さては吾輩に呼びかけていたのかな?」
「おそらくは」
傍らに付き添う少女に問われ、今更ながらに気付いた様子で女は警官の方を振り向いた。
その素振りは優雅さすら感じさせ、体つきは魅惑的ですらある。
「そこの痴女の君!ここは公道だ!」
女は全裸であった。
豊満な胸は惜しげも無く晒され、隠すべき所を一切隠さぬ。
一糸纏わぬ姿と言いたいが、その腰には皮のベルトに一振りの剣が吊られていた。
「痴女?」
「変態の事だと思われます」
「失敬な。吾輩は断じてHENTAIなどではない」
少女(全裸ではない、ちゃんと服を着ている)に説明され、女はまるでそう言われた事が不可解であるかのように首をかしげる。
「あー、わかったわかった。話は署で聞こう。さあそんな恰好ではご両親も悲しむぞ。それに風邪をひくかもしれない」
「成程成程、これは然り。久方ぶりの街行きであれば、服を忘れていたぞ、だが」
近寄る警官に対して女は呵々と笑う。
一時、黄金の輝きが一条の線となって円を描く。
キィン…。
僅かな鍔鳴りの涼やかな音と共に常人には見切れぬ剣閃は鞘へと納められる。
その瞬間。
「うっ、うわああ!?」
「きゃああああ!?」
「な、なんだあ!?」
周囲に悲鳴が溢れかえる。
女に歩み寄ろうとしていた警官だけでなく道行く人々の衣服が細切れになって消し飛んだのだ。
「そんな格好、と言われたな?だが人間だれしも一皮むけば人は裸の猿よ。猿に虚飾の衣など不用ではないか?」
もはや女の声に応える者は居ない。
周囲は全裸になった人々が混乱の坩堝に飲まれるのみ。
ただ一人、傍らに侍る少女のみが被害を免れている。
「恥ずかしがるならば見られても恥ずかしくないように己の体を鍛えればよいのにな。吾輩は自らの美しさには恥じる事など無い。それにこれは必要であるが故よ」
「卿、しかしながら自分に自信のある者ばかりではありませんし。そうそう皆が脱衣を趣味としているわけでもありません、また脱がないといけない魔人能力なんてレアも良い所です」
秘剣・露出天国(ヌーディストヘブン)。
そう、これは剣技である。
僅かの一閃で人々を傷つける事無く衣服のみを切り捨てたのだ。
魔人の域にまで到達した絶技の剣。
呵々、と女は笑う。
「さて、懐かしき我が故郷、ロシュアまではあと数日といった所であるかな」
「車にのればそんなにはかかりません、卿」
女の名はアンナ・ハダカレーニナ。
だが人々は畏怖を込めて彼女をこう呼んだ。
露出卿、と。
~2~
露出亜(ロシュア)自治区。
雪と氷に閉ざされた極寒の地。
人口の7割が魔人という極度の魔人密集地ではあるが、人口そのものは然程多くはない。
この地の魔人達はある共通点を抱えていた。
魔人能力にはしばしば制約が付きまとう、強力な能力であるほど使用や効果に条件が必要となるのだ。
ロシュアの魔人達の能力制約は非常に重く、厳しい。
使用すべき時と場所を間違えれば、致命的な代価を支払う事になる。
であるが故に強大な力を持つ魔人も多いとされた。
そう、ロシュアの魔人達の共通の制約。
それは一般社会で能力を使おうとすると猥褻物陳列罪で逮捕されるという恐ろしい制約である!
ああ、何という事であろうか、他の魔人達は惜しげも無く魔人能力を使っているというのに、なぜロシュア人だけがこのような憂き目にあうのであろうか!
能力を使う為に致し方なく服を脱いでいるだけなのに警察は、法はそれを許そうとしないのであった。
この土地は一種の流刑地である。
年中、雪に閉ざされた極寒の地。
いかに露出狂といえど寒さには勝てない、風邪をひいてしまうのだ。
一般的に春先になると露出狂が増えると言われている。
が、これは逆なのだ。
確かに春の陽気に誘われる一面もあるだろうが本質はそこではない。
冬は寒いから裸になるのを躊躇しているだけなのである。
その性質を利用し環境を用いた魔人拘束具。
それが絶対寒冷地露出亜という場所であった。
~3~
「見事なものだな」
露出亜大統領、ウラビデオミール・プラーチンは呟いた。
凍土の平原に掘られた巨大なウラン採掘穴。
堅い氷の大地は重機と言えど易々とは掘り進められないだろう。
しかしこの穴は人の手で掘り進められたのだ、しかも立った一人の手によって。
いや、それは間違いである。
手ではないのだ。
「我が祖国の誇り“白鯨(はくゲイ)”のセルゲイ」
プラーチンの目の前に座る全裸の男こそが、この巨大穴を掘り進めたのだ。
「誇り、などとは言われぬ事だ。大統領。私達は貧しい、この大槍(ゲイ・ボルグ)が血に塗れても我らは自由に服を脱ぐ事すらままならない」
セルゲイの股間にいきり立つ大槍は常に赤く血に染まっている。
そう、この穴はセルゲイの股間によって掘り続けられたものなのだ。
「DSSバトルだな?」
「そうだ、そこで活躍することで我が露出亜の力を示すことができれば最上だ、その収益だけでなく、我らの名誉すら取り戻せよう」
「大統領。貴方が出る、という選択肢は」
「ない、俺の能力は広域破壊によりすぎている。勝利できても人々に恐怖を与えてしまっては本末転倒、俺達は今までよりも弾圧されるだろう」
熱い紅茶にジャムを入れ、プラーチンはそれを飲み干した。
セルゲイは立ち上がる。
「ならば急いで私を出場させるべきだ、直ぐにでも露出亜に勝利を捧げよう」
「いや、そういう訳にもいかなくなった」
「何故だ?他に候補者でもいるというのか」
「ああ、理解が早くて助かるよ」
「ふん“巨象(きょぞう)”か?奴は確かに強いがデカいだけの男だ、技がない。“百獣(ひゃくじゅう)”などそれこそモノマネの児戯よ。“未確認(シュレーディンガー)”では話にもならん、そもそも見えぬではないか、他には…」
「奴が戻ってきた」
大統領の一声にセルゲイの眉が吊り上がる。
凍土の採掘穴の対岸に立つ女の影を見たのだ。
「久方ぶりであるな、“白鯨”」
「勝った方が出場で良いな!プラーチンッ!」
セルゲイが吠えると同時に走り出す。
露出卿が剣を構えた。
~4~
赤き魔槍が唸りをあげる。
鋼鉄にも劣らぬ氷の大地をも貫き穿ち砕く。
セルゲイの『ゲイ・ボルグ』は限界まで鍛え上げられた股間である。
それがドリルのように回転しどのような物でも貫くのだ。
回転していても捩じ切れる事は無い。
生物としての常識的機能を逸脱した魔人能力。
砕かれた大地は氷岩となって露出卿に降り注ぐ。
「素晴らしい(ハラショー)!男相手でなくとも使えるようになったのであるな!」
砕かれ降り注ぐ氷岩を受け流しながら露出卿は感嘆の声を上げた。
そう、かつてのセルゲイはゲイであった。
しかし今は、女でも大丈夫。
どちらでもイケる男になったのだ。
いやむしろ、無機物でもイケる、氷の大地すら今のセルゲイにとっては性欲の対象であった。
降り注ぐ無数の氷岩は露出卿の肌に触れた瞬間弾かれるように移動する。
これこそが露出卿の魔人能力『高速5センチメートル』。
触れた物を5cmだけ移動させる、もしくは5cm以内にある物を自分の方に引き寄せる。
無数の攻撃を瞬時に移動させるのは並大抵の能力制御では不可能であるが露出卿の制御は完璧で隙がない。
「うふ、はははは。見事だ。素晴らしい肉体美だよ。白鯨、よくぞこの領域にまで技を磨いたものだね」
「黙れ、露出卿。貴様のごとき小娘に見下される私ではない!唸れ!ゲイ・ボルグ!全てを巻き込み抉り切れ!黄金の氷嵐(ゴールデンブリザード)!」
荒々しき回転は、まさに氷嵐をも巻き起こす。
やや汚い話になってしまうがお許し頂きたい。
すなわち股間から撒き散らされた水分が瞬時に凍結し氷塊となっているのだ。
重機関銃にも匹敵する連射の中を風のように露出卿は走る。
剣閃が氷を切り裂き、細かな欠片へと変える。
金色の嵐は、柔らかな黄金の雪に変えられてゆく。
「ぬうん!」
「はっ!」
赤き魔槍が振り下ろされる。
黄金の騎士剣がそれを受け止める。
ギィン!
魔槍の回転に弾かれるように露出卿は中空へと跳ね上がる。
だがその手に剣はない
「が、があっ!?」
セルゲイが苦悶の声を上げた。
魔槍の回転が止まる。
回転により何物をも弾く魔槍に剣が突き立っているのだ。
『高速5センチメートル』
僅かに5cm。
だがそれだけで十分、それだけの移動で容赦なく防御は突破できる。
ふわり、と回転を止めた魔槍の上に露出卿は降り立つ。
その姿は白い氷原の背景をキャンバスにした一枚の絵画の様ですらあった。
「かああッ!!」
再び回転を始める魔槍ゲイ・ボルグ。
だが既に露出卿は大地に降り立っている。
「ふッ!」
気合いと共に露出卿は魔槍を受け流し、一撃を叩き込む。
『高速5センチメートル』上方へ。
セルゲイの体が浮き上がる。
「見事だ、白鯨。最後まで闘志を失わぬ英雄よ」
顔を狙って突き出された拳に吸い込まれるようにセルゲイの顔がめり込んだ。
「だが、今回も吾輩の勝利であるな」
その女は全裸であった。
~5~
「能力の使用制限はないのだね?」
「VR空間なので、問題ありません」
「いやあ、楽しみであるな」
「何がですか?」
「吾輩は美しい物が好きだ、美しい肉体が好きだ。それを存分に見ることができるのであるからな」
「程々にしてあげてくださいね、卿」
「はは、努力はしよう。だが芸術を愛でるのは本能である」
呵々、と露出卿は笑い
露出卿の傍らに侍る少女はやれやれとため息をついた。